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第12話:静かなる交錯
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夜の静寂が神殿を包んでいた。
遠くでかすかに揺れる空間の歪みが、カナタを現実へと引き戻す。
カナタは月神殿の露台で、外の冷たい空気をゆっくり吸う。 先ほど使った力の余韻が、まだ指先に残っている。
「……今日は少し、使いすぎたかもしれませんね」
そう呟いた瞬間、扉の前で足音が止まった。
服部が姿を見せ、いつもの落ち着いた声で問う。
「カナタ、もう休んだ方がいい。先日倒れたばかりだろ。まだ本調子じゃないはずだ」
カナタは苦笑し、小さく首を振る。
「眠れそうにありません。それに……もう一度確認しておきたいんです。」
部屋に戻り、静かに腰を下ろし、再びモニターに視線を注ぐ。
街の上空をかすめる翼竜の影は落ち着いているものの、裂け目は静かに波打っている。
何度もモニターを確認するカナタを、服部は少し見つめ、静かに言った。
「怖いのか?」
カナタはその問いにしばし黙る。
「……怖いです。でも、みなを護りたいんです。護らないと…」
その言葉には、服部は引っかかるものを感じる。決意のような、言い聞かせているような。
だが、服部は気づいていないふりをして、遠くを見つめる。
そして、ただそっと、隣に立つ。
「なら、俺が見ている。おまえは少しだけ座っていろ」
「……ありがとうございます」
観測室の照明が落とされ、モニターの光だけが二人を照らした。闇の向こうでは、裂け目の波紋はなお揺れ続けている。
カナタの胸の奥は誰にも言えないまま、静かに夜が更けていった。
――
翌朝の神殿は、静かに始まった。
カナタは早くに目を覚ました。 深く眠れた感覚はない。
観測室に足を運ぶと、服部が機器を見つめていた。
「おはよう。……寝られたか?」
「少しだけ。でも、大丈夫です」
その声は、まるで自分自身を安心させたくて、どこか無理に明るく装ったような響き。
服部はその変化に気づきながらも、あえて触れずに言葉を続けた。
「昨夜よりは、空間の揺らぎは落ち着いているようだ。」
カナタもモニターをのぞき込み、うっすらと波打つ空間を眺める。
「裂け目は閉じかけているようにも見えます。翼竜も、今日は……」
言いかけたところで、画面の端に一瞬の影がよぎるが、すぐに消える。
それは、昨日よりも薄く透けている。
「……刺激さえ与えなければ、大丈夫そうですね」
椅子に座っている服部が腕を組みながら言う。
「問題は“与えないようにする”こと、だ。だが、人混みや、お前たち月神子の纏っている神気《しんき》の強い場所では、反応する可能性があるな」
「僕の力は……今日は最小限だけにしますね」
声は穏やかだが、不安さを感じる。
服部はモニターから視線を離し、カナタをまっすぐ見つめた。
「…ったく。おまえは、いつも守らなくていい時でも守ろうとする。無理をして倒れたら意味がない。俺も困る。」
そう言いながらニッと笑う。
その言葉と温かさが、カナタを包み込む。
「……はい。分かっています」
服部の言葉に、自分の心がほんの少しだけ和らぐのを感じた。
「じゃ、またあとでな」
そう言って服部は立ち上がった。
「今は大人しく、言われた通り報告してやるさ……」
今なら当たり障りのない報告で済む。服部は小さく呟くと部屋を後にした。
その日の観測は大きな異変もなく進み、揺らぎはゆっくりと落ち着きを取り戻しつつあった。
しかし、カナタの指先のかすかな痺れは消えることがなく、カナタ自身もまた、その意味を考え始めていた。
遠くでかすかに揺れる空間の歪みが、カナタを現実へと引き戻す。
カナタは月神殿の露台で、外の冷たい空気をゆっくり吸う。 先ほど使った力の余韻が、まだ指先に残っている。
「……今日は少し、使いすぎたかもしれませんね」
そう呟いた瞬間、扉の前で足音が止まった。
服部が姿を見せ、いつもの落ち着いた声で問う。
「カナタ、もう休んだ方がいい。先日倒れたばかりだろ。まだ本調子じゃないはずだ」
カナタは苦笑し、小さく首を振る。
「眠れそうにありません。それに……もう一度確認しておきたいんです。」
部屋に戻り、静かに腰を下ろし、再びモニターに視線を注ぐ。
街の上空をかすめる翼竜の影は落ち着いているものの、裂け目は静かに波打っている。
何度もモニターを確認するカナタを、服部は少し見つめ、静かに言った。
「怖いのか?」
カナタはその問いにしばし黙る。
「……怖いです。でも、みなを護りたいんです。護らないと…」
その言葉には、服部は引っかかるものを感じる。決意のような、言い聞かせているような。
だが、服部は気づいていないふりをして、遠くを見つめる。
そして、ただそっと、隣に立つ。
「なら、俺が見ている。おまえは少しだけ座っていろ」
「……ありがとうございます」
観測室の照明が落とされ、モニターの光だけが二人を照らした。闇の向こうでは、裂け目の波紋はなお揺れ続けている。
カナタの胸の奥は誰にも言えないまま、静かに夜が更けていった。
――
翌朝の神殿は、静かに始まった。
カナタは早くに目を覚ました。 深く眠れた感覚はない。
観測室に足を運ぶと、服部が機器を見つめていた。
「おはよう。……寝られたか?」
「少しだけ。でも、大丈夫です」
その声は、まるで自分自身を安心させたくて、どこか無理に明るく装ったような響き。
服部はその変化に気づきながらも、あえて触れずに言葉を続けた。
「昨夜よりは、空間の揺らぎは落ち着いているようだ。」
カナタもモニターをのぞき込み、うっすらと波打つ空間を眺める。
「裂け目は閉じかけているようにも見えます。翼竜も、今日は……」
言いかけたところで、画面の端に一瞬の影がよぎるが、すぐに消える。
それは、昨日よりも薄く透けている。
「……刺激さえ与えなければ、大丈夫そうですね」
椅子に座っている服部が腕を組みながら言う。
「問題は“与えないようにする”こと、だ。だが、人混みや、お前たち月神子の纏っている神気《しんき》の強い場所では、反応する可能性があるな」
「僕の力は……今日は最小限だけにしますね」
声は穏やかだが、不安さを感じる。
服部はモニターから視線を離し、カナタをまっすぐ見つめた。
「…ったく。おまえは、いつも守らなくていい時でも守ろうとする。無理をして倒れたら意味がない。俺も困る。」
そう言いながらニッと笑う。
その言葉と温かさが、カナタを包み込む。
「……はい。分かっています」
服部の言葉に、自分の心がほんの少しだけ和らぐのを感じた。
「じゃ、またあとでな」
そう言って服部は立ち上がった。
「今は大人しく、言われた通り報告してやるさ……」
今なら当たり障りのない報告で済む。服部は小さく呟くと部屋を後にした。
その日の観測は大きな異変もなく進み、揺らぎはゆっくりと落ち着きを取り戻しつつあった。
しかし、カナタの指先のかすかな痺れは消えることがなく、カナタ自身もまた、その意味を考え始めていた。
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