君は神様。

志子

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家族が増えた。

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「今日からこの子もここで暮らすことになるわ」

 実家から帰って来た母さんの隣に立っている子ども。

 ふわっふわでサラサラなプラチナブロンドヘアーに蜂蜜色の大きな目。日焼けを知らない真っ白な肌にほんのり色づいた桜色の唇をした美少女……間違った、美少年だ。フリルたっぷりの高級感ある白ブラウスを違和感なく着こなし、黒の半ズボンから伸びている足は真っ白で細い。

 まるで綺麗に着飾った西洋人形だ。………だだし目が死んだ西洋人形。

「名前はエルトリオン。マルク、あなたと同い年だから仲良くしてちょうだい」

 え、背丈からして五歳ぐらいだと思っていた。そう思うぐらい目の前のエルトリオンはちいさくて、小枝のように細かったからだ。……いやガリガリだ。

「俺、マルク。よろしくな」
「………」

 手を差し出したがエルトリオンは無反応だった。するとヴィレ叔父さんがエルトリオンの前に腰を下ろした。

「エルトリオン。私もかつて君と同じだった。……ここには父のような人間はいない」
「………」
「ゆっくりでいい、君の心を取り戻そう」

 その日からエルトリオンとの生活が始まった。エルトリオンはこっちが何かを伝えない限り、一日中部屋のソファに腰掛けて動かなかった。

 「食べて」と言わないと食事を口にしない。「水を飲んで」と言わないと水を飲まない。トイレも自分から行こうとしない。眠るのだって「寝ていいよ」というまで起きている。だから常に誰かが傍にいなくてはならなかった。でも母さんやヴィレ叔父は領地と……自分たちの父親をどうするかで忙しく、バードや僅かなメイドも仕事がある。なので俺がエルトリオンの傍にいることが多かった。

 エルトリオンに今日の外の様子を教えたり、お気に入りの冒険小説を読み聞かせた。時には狩ってきた小型の魔獣を見せたりもした。エルトリオンからの反応はなかったが、それでも毎日話しかけた。

 エルトリオンが生きた人形のようになってしまったのは、母さんとヴィレ叔父の父親が原因だ。そいつは綺麗な少年を買っては自分好みの人形に仕立てるという悪癖を持っていた。

 人形だから喋ることも、勝手に動くことも許さず、そして大きくならないよう食事制限をする。ヴィレ叔父さんもかつて実の父親からそれを強要され、今でもそれが酷くトラウマとなっている。

「エルトリオン。君は人形じゃない。人間だ。心を持った人間なんだ」

 ヴィレ叔父さんは無表情のエルトリオンに優しく何度もそう告げた。

 エルトリオンが家に来て二年が経った。ガリガリだった身体に肉がついて身長も俺と同じぐらいになった。

「マル……ク。これ……きれい……あげる」

 エルトリオンが小さな野花を俺に渡してきた。

「おお、あんがと。押し花にして栞にするわー」

 お礼を言うとエルトリオンが僅かに笑みを浮かべた。最近、エルトリオンは拙いながらも言葉を発し、意思を持って動くようになった。なお、栞は趣味で作っていて市場でたまにあるチャリティーに出している。なんかよくわからんがとある冒険者に好評だ。ただ、エルトリオンから貰った花で作った押し花の栞は売らずに戸棚に仕舞っている。

 エルトリオンは俺の後を追ってどこにでも付いてくる。なんか親鳥になった気分だ。魔獣狩りの時は流石に止めているけど。その度にエルトリオンはちょこっとだけムッとした顔をする。そんなエルトリオンに俺はいつもこう言った。

「体力をしっかりつけて、身を守る術と魔法が上手く扱えるようになったら連れて行ってやるよ」って。

 この世界には魔法が当たり前のようにあって、俺の国では身分関係なく全員が五歳になると教会で魔法の属性の判別、登録を必ずしなければならない。でも金で買われ存在を秘匿されていたエルトリオンはそれを受けていなかった。数か月前、頃合いを見て母さんがエルトリオンを教会に連れていったら光属性だと判明した。光属性の人が扱える魔法は治癒と浄化の二つだ。光属性の人は教会に入ることが多いが、エルトリオンは魔力量が少ないので引き続き俺の家で暮らすことになった。

 属性が分かって以来エルトリオンはヴィレ叔父から魔法の扱い方を教わっている。俺もヴィレ叔父さんから教わった。ヴィレ叔父さんは魔法に関する知識が凄くて、魔塔に入れるレベルじゃね? って思ったぐらいだ。でもそのことは口にしない。ヴィレ叔父さんは過去のトラウマのせいで領地から外に出ることを怖がっているからだ。でも昔は家から出ることすらできなかったと聞いていたので、行動範囲が広がって良かった思う。

 ちなみに俺の魔法は風属性だ。魔力量は多くなく大技は出来ないが中型の魔獣までなら十分対応できる。

「マルク……まじゅうがり、まほう…ど、つかう…の?」
「ん? あー…空気を圧縮……えっと、こう、ぎゅっと固めて針状にして、それを飛ばしてるんだ」

 手のひらに風を発生させて、そのまま細い長い針状に圧縮させる。そしてそれを庭の隅に設置してある練習用の的に向かって放った。針は的に深々と刺さり、そしてスゥと消えた。残っているのは小さな穴がついた的だけ。エルトリオンは目を見開いてジッとその穴を見ていた。

(他にも魔獣の顔を風の膜で覆って酸素だけを一気に引き抜く方法もあるが……)

 風の針と違って一瞬で殺すことはできず、死ぬまで少々時間が掛る。傍から見ればワザと苦しめているように見えるので、教育上よろしくないと思い黙ることにした。

「よしっ! 準備はできたか?」
「うん。問題ないよ」

 十二歳を迎えた俺とエルトリオンは防具に身を包んでいた。去年から二人で森に入って魔獣狩りを行うようになった。

「マルク、レッドウルフの足跡だ」
「げ、まじかよ。これ以上進まないほうがいいな」

 エルトリオンが少しぬかるんだ地面に付けられたレッドウルフの足跡をなぞりながら言った。俺は未だにブルーウルフとレッドウルフの足跡の見分けがつかない。エルトリオン凄い。

「ブルーウルフなら対処できるけど、レッドウルフは無理だ。戻って母さんに報告しよう」

 俺の言葉にエルトリオンは「うん」と言って立ち上がった。

「ああー……もう少し奥にいけばホワイトバードの住処があるのに……」

 ホワイトバードは七面鳥に似た魔鳥だ。今の時期は脂が程よくのっていて旨い。

「レッドウルフに食べられてるかもしれない」
「まじかー……」
「また、今度にしよう。あ、さっき来た道の途中に解熱剤に使う薬草が生えていたから採取して、モルトさんのところに持っていこう?」

 モルトさんとは領地に住んでいる町医者だ。

「ありゃ、気付かんかった。エル、ナイス―」

 俺がぐっと親指を立てるとエルトリオンも照れたように親指を立てた。そして来た道を引き返し途中で薬草を採取した。

「マルク。これあげる」

 そう言ってエルトリオンは俺に小さな野花のような魔華を渡してきた。もちろん無害だ。

「おおーサンキュー。押し花にして栞にするわー」

 エルトリオンから貰った花で作った押し花の栞は今や棚の一部を占領しつつある。お礼を言うとエルトリオンが凄く嬉しそうに笑った。目の前にいるエルトリオンはあの頃の感情を失った人形のような面影はない。シュッとした顔立ちに光を持った蜂蜜色の目。身体も鍛えて筋肉が程よく筋肉がついていて俺より背が高くなった。

「さて、もど……」

 戻ろうかと言おうとした時、周りの空気がズシッと重くなった。

「………ッッッ‼‼」

 肩に圧し掛かった重さに耐えきれず俺は膝をついた。息が……できない。エルトリオンはなんとか踏ん張っているが苦悶の表情を浮かべていた。これは俺たちより遥か上の魔力をもった何かが放っている威圧だ。そしてその何かが俺たちの目の前に姿を現した。

「グアアアアアアッッッ‼‼」

 ブラックベアだ。身長はゆうに五メートルを超えている。更に最悪なことに黒い霧のようなもの……穢れを纏っていた。

(嘘だろっ⁉)

 俺は言葉を失った。だめだ。大型のしかも穢れを持ったこいつには勝てない!

(……ッ! でもッやるしかないっ!)

 こんな至近距離では逃げるのは到底無理だ。それにエルトリオンは攻撃魔法を持っていない。無謀だと分っていても俺はブラックベアの顔に風の膜を張り窒息させようとした。……が、その膜はブラックベアにあっさりと破られた。くそっ! やっぱりかっ! 相手のほうが魔力が上だと風の膜が破られることがある。瞬時に風の針を投げ飛ばしたが、分厚い毛皮に弾かれてしまった。

 ブラックベアが俺に狙いを定め一直線に走ってきた。

(やばいっ! 死ぬっ!)

 そう思った瞬間だった。エルトリオンがバッと俺の前に立ちはだかり、ブラックベアに向かて右手を翳した。

「バカッ!」

 俺は咄嗟にエルトリオンの左腕を掴んだ、次の瞬間。

 ブラックベアの頭上から無数のぶっとい光の針が降り注ぎ、ブラックベアを串刺しにしたのだ。すぐ目の前でブラックベアは倒れ光の針はスゥと粒子となって消えていった。あとに残っているのは穴だらけになったブラックベアの姿だけ。

「………は?」

 目の前の光景が理解できなくて俺はおそるおそるエルトリオンを見上げた。エルトリオンは驚いた表情で自分の手のひらを見た後、俺のことを見下ろし………そして笑った。


 その笑みはまるで……美しい悪役のようだった。


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