余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里

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 そういえば、私が料理の練習をしているときにも同じような顔をされた。特にジャム作りは苦手で、作るたびに鍋の底を真っ黒に焦がしてしまうのだ。

「フィリー、また鍋を炭にしたのか。お前にかかれば鉄の鍋すら炭になるのだな。いっそ炭職人にでもなるか?」

 父のからかい半分の言葉に私はカチンときた。
 見ていなさい、絶対に美味しいジャムを作って見返してやる。

 絶対そうしてやる、今決めた!

 私は敗因を分析した。
 焦げるのは水分が飛んで糖分が鍋にこびりつくからだ。ならば極限まで保湿しながら超弱火で煮詰めればいいのでは?
 我ながら完璧な作戦だ。

 私は早速、鍋に大量の蜂蜜と、保湿といえばこれだろうと蜜蝋をたっぷりと投入し、そこに果物を加えてひたすら混ぜ続けるという奇抜な調理法を敢行した。
 しかし、完成したのはジャムとは似ても似つかぬほんのり果物の香りがする艶やかな塊だった。どう見ても柔らかい蝋燭のようなものだ、これ。

 また失敗だ……。
 私は悔し紛れに味見のために指でそれをすくい、おそるおそる口に含んだ。唇がべとべとになる。

「おいしくない……」

 その時だった。

「まあお嬢様!なんて艶やかで美しい唇でしょう!」

 いつの間にか背後にいた侍女頭がなぜか目を輝かせて褒めてくる。
 ちょうどそこへ通りかかったスポールも、私の顔を見るなり、さらに顔を赤くして足早に去っていった。

 きっとジャム作りに失敗した私を馬鹿にしているんだわ!

 私はその後もジャム作りに挑戦し続けたが、なぜか必ずこの柔らかい蝋燭のようなものが出来上がってしまう。もうジャム作りは断念しようと思ったのだが、その度に侍女頭が「お嬢様、そのお姿こそお嬢様の魅力を最大限に引き立てますのよ!」などと訳の分からないことを言って、なぜか私にこの美味しくない蝋燭を唇になすりつけながら食べさせ続けるのだった。

 そのことを父に愚痴ったところ、
「お前を美しくしようという亡き妻の怨念すら感じる話だが……これを食べ物と認識するお前にはがっかりだよ」
 などと、また残念そうな顔をされる始末。
 失礼な!実際にジャムを作ったはずなのだから食べ物で合っている!
 相変わらず、父の言うことには納得がいかない。



「そのようにはしたなく色香を使って……スポール様を誑かしたのね!」

 ある日、因縁をつけてきた令嬢がいた。彼女は言った。

「唇を強調するようなお化粧までして、はしたない!」

 心外だ!

 私は彼女に、これはジャム作りの失敗作で仕方なく食べているだけだと説明した。すると彼女は面食らったように言ってきた。

「では、あなたのその妙にきめ細かいお肌は……」
「これは憎きスポールに掴みかかられないように改良を重ねた結果で……」
「では、そのきらきらと輝く髪は……」
「これは防虫剤の失敗作をなぜか侍女が毎日髪につけてきて……」

 私が聞かれたことに正直に答えていると、だんだん彼女が残念なものを見るような目になっていく。

「あなたは……その、少々常識から外れた方のようですのに、美の女神には愛されているのね……」

 あれ、今なんだか失礼なことを言われなかったかしら?
 それに美の女神ではなく、貧乏神の間違いではないだろうか。

「その……美味しくないジャム、少しだけ分けていただけないかしら?」

 彼女は頬を染めながらおずおずと尋ねてきた。
 いらないから全部あげるけど……。

 それからも度々ジャムもどきをもらいに来るその令嬢は「毎回フレーバまで変わるのがなんとも憎いですわね」などと言っていた。



 私の行動はいつだって論理的なはずなのに、なぜか周りは不思議な反応をする。父もなんとも言えない残念なものを見るような顔をしてくる。
 今回の一件も、そんな父の訳の分からない偏見から任されたに違いない。

 契約を結んだ後、父が私を呼び止めた。

「フィリーよ、くれぐれも頼むぞ。途中で返品などされたら我が家は終わりだからな」
「返品とは失礼な!私は物ではございません!」
「ふん。脳みそは十歳ぐらいで止まってるところがあるくせに、なぜか見た目だけは綺麗になっていきおって……」
「なんですって!?」

 脳みそ十歳とはあまりにも失礼ではないだろうか!

「まあ、長い結婚生活は無理でも余命の短い時間であればお前のその……奇行もごまかせるだろう」

 奇行など行ったことはないのに!



 そんな会話をしながら、今回の件について私は思う。
 本来、辺境伯の資産は彼が一代で築き上げたものだ。それを、死を待って我が家がかすめ取るなどあまりに不正義ではないだろうか。
 そんな罪悪感に苛まれていた、その時。私の論理的思考が完璧な解決策をひらめいたのだ。


 そうだ。辺境伯には私が結婚している間に人生の贅という贅を尽くしてもらえばいい!


 遺産など一欠片も残らないほどの贅沢をさせて満足して逝ってもらうのだ。そうすれば我が家が不正に金品を受け取ることもなく、すべて丸く収まるではないか。
 我ながら完璧な作戦だ。

 絶対そうしてやる、今決めた!
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