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しおりを挟むミリオ辺境伯の屋敷に到着した私は早速彼の寝室へと案内された。
天蓋付きの大きなベッドの上で、これから夫となる人が体を起こしていた。あからさまに顔色が悪く、頬もこけている。これは確かに余命が短いというのも頷ける。痛々しい姿だった。
「ようこそ、フィリー嬢。噂には聞いていたが、確かに見目麗しいお嬢様だね」
彼は穏やかに微笑んでみせたが、その声には力がなかった。少し驚いたような顔をしているのは私の容姿が予想と違ったからだろうか、それとも、こんな状況に飛び込んできた物好きを珍しがっているのだろうか。
「ご歓迎いただきありがとうございます、ミリオ様。本日より妻となりますフィリーです。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼むよ。……短い間かもしれないがね」
彼の諦観の滲む言葉に私は首を横に振った。
「短い間と決まったわけではありません。私、ミリオ様には一分一秒でも長く生きていただき、贅の限りを尽くしていただくことに決めましたので」
私の言葉に、ミリオ様だけでなく周りに控えていた使用人たちも目を丸くした。
「……てっきり僕にはすぐにでも死んでほしいと願っているものだとばかり」
「その認識がそもそも不健全だとは思いませんか?」
私は言い切った。
「この、遺産相続のために嫁いできたという状況そのものが不健全なのです!妻となったからにはミリオ様には一分一秒でも長く生きていただき、これでもかと言うほど贅を尽くして、思い残すことなど何もないという心持ちになっていただくのが私の務めです!」
燃えるような決意を込めてそう語ると、先程まで生気なく横たわっていたミリオ様がくつくつと喉を鳴らして笑い始めた。
「ははっ、面白い娘が僕の妻になったものだ」
「ええ、面白いだけではありません。これからあなたの資産をすべて使い切るほどの贅沢をして『もう贅沢はたくさんだ』と音を上げるまで付き合わせてさしあげます。覚悟してください!」
私の辺境伯夫人としての日々はこうして始まった。
そして私の計画は宣言通り、その日の午後から早速実行に移された。
「まずは一日の大半を過ごす寝台から豪華にしなければなりません!」
私が真っ先に向かったのはミリオ様の寝室だった。
ただでさえ最高級に見える天蓋付きのベッドを指さし、私は執事に命じる。
「これではいけません。すぐに国一番の職人を呼びなさい。王族ですら使ったことのないという幻の木材と、天使の羽で織ったと噂の生地で至高の寝具を誂えるのです!」
私の突拍子もない命令に執事は目を白黒させている。ミリオ様はといえば、ベッドの上で体を起こしたまま面白そうに私を見ていた。
「君の分はどうするんだい?」
「私?私はそこの床に藁でも敷いていただければ十分です」
私の答えに、ミリオ様はとうとう声を上げて笑った。
「仮にも妻に藁で寝ろと?それじゃあ僕の寝覚めが悪い。君の分も同じものを用意させよう」
数日後、王族もかくやという豪華絢爛なベッドが二つ、寝室に運び込まれた。
私までこんな贅沢なベッドで寝るのは気が引ける……と思いつつも、ミリオ様に見守られながら恐る恐る腰を下ろしてみる。
「ふわっ!?」
体が雲に包まれたかのような心地よさに思わず変な声が出た。ミリオ様が肩を揺らして笑っているのが視界の端に入る。――恥ずかしい。
次は食事だ。
私は料理長を呼びつけると、世界地図を広げさせた。
「東の国の香辛料、西の海の珍味、南の島の果実、北の山の恵み!手に入る限りの美味を毎日食卓に並べなさい!量は食べきれないほどに!」
その日の夕食、テーブルには見たこともないような料理がずらりと並んだ。
ミリオ様がベッドの上で給仕された料理にゆっくりと手を付けるのを確認し、私は満足して席を立とうとする。
「フィリーは食べないのかい?」
「はい。私はその辺のカエルでも捕まえて食べますので」
またしてもミリオ様は楽しそうに笑った。
「そういうわけにもいかないだろう。君も一緒に食べよう」
そんな!
この作戦に私の精神的ダメージまでは考慮していなかった!
彼に贅沢をさせるのは良い。だが私がその贅沢を享受するのは話が別だ。罪悪感で食事が喉を通らない。
しかし、辺境伯の言葉に逆らうわけにもいかず、私はおずおずとナイフとフォークを手に取った。
一口、肉料理を口に運ぶ。
……おいしい。
とろけるような食感と、口いっぱいに広がる豊かな風味に思わず頬が緩むのが自分でも分かった。
はっと顔を上げるとミリオ様が嬉しそうに目を細めて私を見ていた。その視線に気づき、私の顔にカッと熱が集まる。
衣服もすべて新調した。
肌触りの良い絹の、それも極上のものだけを選んで毎日違うデザインの服をミリオ様に着せる。
山のように積まれた新しい服を前にミリオ様が尋ねてきた。
「フィリーも同じものを着ないのかい?」
「いえ、さすがに服は持参したものを着用します。好きなものを着させてください」
さすがに服まで好き放題に買っては罪悪感で押しつぶされてしまう。
ミリオ様は少しだけ残念そうな顔をしたが、その目の奥が怪しく光った気がした。
――そうだ、ついでに薬も用意させよう。
私はこっそりと執事を呼びつけた。
「世界中から不治の病も治すという薬があるならすべて取り寄せなさい。金に糸目はつけません」
「奥様、しかしそのようなものは眉唾かと……」
「構いません。せっかく贅を尽くしているのですから、薬代にも糸目をつけずに景気よく使いましょう。ただし、このことはミリオ様には内密に。彼が知ったらきっと止めるでしょうから」
執事は心得たとばかりに恭しく頭を下げた。
日に日に減っていく資産目録の数字を眺めながら、私は満足げに鼻息を吐いた。
計画は順調だ。
ベッドの傍らで本を読んでいたミリオ様がそんな私を見てくすりと笑う。
「君は本当に面白いね。毎日見ていて飽きないよ」
その声は初めて会った日よりも少しだけ力強い気がした。
気のせいかもしれないが、彼の顔色もほんの少しだけ良くなっているように見える。
ふふん、最高の贅沢は最高の薬でもあるということか。それともあの怪しげな薬のどれかが効いたのだろうか。
この調子でどんどん資産を使い果たしてもらわなければ。
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