余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里

文字の大きさ
4 / 9

4

しおりを挟む

 私の贅沢作戦が始まって一月が経った頃、ミリオ様を診るために屋敷にやってきた医師が信じられないという顔で首を傾げた。

「これは……なんということでしょう。辺境伯様の脈が明らかに力強くなっている。奇跡としか言いようがありません!」

 興奮気味に語る医師の言葉に、隣で聞いていたミリオ様も驚いた顔をしている。
 そんな都合の良いことがあるはずがない。
 そんなわけはないだろう……そう思って考えを巡らせた私の論理的思考は一つの結論に達した。その瞬間、まるで稲妻に打たれたような衝撃が私を貫いた。


 これは死ぬ前の最後の輝きに違いない!


 白鳥は死ぬ前に最も美しい声で歌うとされている。これも似たようなものなのだ!
 いけない、のんびりしている暇はない。残された時間はあとわずかなのかもしれない。私はますます計画に邁進することを心に誓った。



「今日は気分が良いんだ」

 そう言って、ミリオ様が車椅子を押されて庭を散歩する時間が増えた。
 ならばと私は庭師を集めて庭園の大改造を命じた。世界中から珍しい花々を取り寄せ、噴水には宝石を散りばめ、小道には金粉を撒かせた。

「やりすぎじゃないかい?」
「いいえ!辺境伯様が最期に見る景色は天国よりも美しくなければなりません!」

 私の言葉にミリオ様は呆れたように笑っていた。

 長らく療養生活を続けていた彼のために王都一の楽団を定期的に屋敷に呼び、二人で音楽を聴く時間も作った。美しい旋律に耳を傾けながら穏やかな時間を過ごす。

 そんな生活の中で彼の楽しそうな様子を見ていると、私まで楽しい気持ちになっていることに気づいた。ミリオ様も私に穏やかな笑顔を向けてくれることが増えた。
 けれど、たまに彼はふっと真剣な、どこか暗い顔をすることがあった。

 その表情を見るたびに、私は胸が締め付けられるような気持ちになる。

 そうだ、私たちの関係はミリオ様の死を前提にしたもの。ここで私が彼に特別な感情を抱いてしまったら、それは彼を裏切ることになるのではないか。彼もきっと私に情を移してはいけないと、そう考えているに違いない。
 お互いに本当に言いたいことには触れられない。そんなもどかしい空気が私たちの間に漂っていた。


 ◇ ◇ ◇


 ある日。
 私が辺境伯夫人になったという噂を聞きつけたスポールが屋敷に乗り込んできた。

「フィリー!死にかけの男から君を救い出しに来た!」

 庭園でミリオ様と散歩をしていた私たちの前に息を切らして現れたスポールはそう叫んだ。
 なんだこの無礼者は!
 私はその失礼な物言いに冷たい視線を送る。

「舎弟の分際で辺境伯邸に乗り込んでくるとはいい度胸ですね。それとも、また私に投げ飛ばされたいのですか?」
「ち、違う!僕は君を心配して……!」

 言い募ろうとするスポールをミリオ様が穏やかに制した。

「スポール侯爵令息。私の妻とは幼馴染だったそうだね」
「ミリオ辺境伯……!こんな人質のような結婚はあんまりだ!」
「人質とは心外だな。妻のことを心配してくれたのだね、ありがとう。だが、これは双方の家が合意の上での結婚なのだよ」
「ですが……!」
「幼馴染が心配なのは分かるが、人の屋敷に押し入るとは少々礼を欠くのではないかね?」

 ミリオ様はにこやかにそう言ったが、その目は全く笑っていなかった。
 スポールは何か言いたげに口を開きかけたが、ミリオ様の静かな迫力に気圧されたのか、結局何も言えずに執事に連れられて帰っていった。

 いつも穏やかな彼にしては随分と堅い態度だった。
 これはもしかして、親しげに会話する私とスポールを見て……。

「嫉妬、してくださったのですか?」

 思わず、口からそんな言葉がこぼれていた。
 ミリオ様は少し驚いた顔をしたが、すぐに悪戯っぽく笑う。

「さて、どうだろうね」

 はぐらかされてしまったけれど、なんだか胸がそわそわするような、温かくなるような感じがした。
 私は自分自身に困惑していた。

 どうしてこんな気分になるのだろう。

 この感情の名前を、私はまだ知らなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

美人な姉と『じゃない方』の私

LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。 そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。 みんな姉を好きになる… どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…? 私なんか、姉には遠く及ばない…

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

結婚して5年、初めて口を利きました

宮野 楓
恋愛
―――出会って、結婚して5年。一度も口を聞いたことがない。 ミリエルと旦那様であるロイスの政略結婚が他と違う点を挙げよ、と言えばこれに尽きるだろう。 その二人が5年の月日を経て邂逅するとき

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

私に婚約者がいたらしい

来栖りんご
恋愛
学園に通っている公爵家令嬢のアリスは親友であるソフィアと話をしていた。ソフィアが言うには私に婚約者がいると言う。しかし私には婚約者がいる覚えがないのだが…。遂に婚約者と屋敷での生活が始まったが私に回復魔法が使えることが発覚し、トラブルに巻き込まれていく。

婚約者の心の声が聞こえるようになったが手遅れだった

神々廻
恋愛
《めんどー、何その嫌そうな顔。うっざ》 「殿下、ご機嫌麗しゅうございます」 婚約者の声が聞こえるようになったら.........婚約者に罵倒されてた.....怖い。 全3話完結

処理中です...