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しおりを挟む私の贅沢作戦が始まって一月が経った頃、ミリオ様を診るために屋敷にやってきた医師が信じられないという顔で首を傾げた。
「これは……なんということでしょう。辺境伯様の脈が明らかに力強くなっている。奇跡としか言いようがありません!」
興奮気味に語る医師の言葉に、隣で聞いていたミリオ様も驚いた顔をしている。
そんな都合の良いことがあるはずがない。
そんなわけはないだろう……そう思って考えを巡らせた私の論理的思考は一つの結論に達した。その瞬間、まるで稲妻に打たれたような衝撃が私を貫いた。
これは死ぬ前の最後の輝きに違いない!
白鳥は死ぬ前に最も美しい声で歌うとされている。これも似たようなものなのだ!
いけない、のんびりしている暇はない。残された時間はあとわずかなのかもしれない。私はますます計画に邁進することを心に誓った。
「今日は気分が良いんだ」
そう言って、ミリオ様が車椅子を押されて庭を散歩する時間が増えた。
ならばと私は庭師を集めて庭園の大改造を命じた。世界中から珍しい花々を取り寄せ、噴水には宝石を散りばめ、小道には金粉を撒かせた。
「やりすぎじゃないかい?」
「いいえ!辺境伯様が最期に見る景色は天国よりも美しくなければなりません!」
私の言葉にミリオ様は呆れたように笑っていた。
長らく療養生活を続けていた彼のために王都一の楽団を定期的に屋敷に呼び、二人で音楽を聴く時間も作った。美しい旋律に耳を傾けながら穏やかな時間を過ごす。
そんな生活の中で彼の楽しそうな様子を見ていると、私まで楽しい気持ちになっていることに気づいた。ミリオ様も私に穏やかな笑顔を向けてくれることが増えた。
けれど、たまに彼はふっと真剣な、どこか暗い顔をすることがあった。
その表情を見るたびに、私は胸が締め付けられるような気持ちになる。
そうだ、私たちの関係はミリオ様の死を前提にしたもの。ここで私が彼に特別な感情を抱いてしまったら、それは彼を裏切ることになるのではないか。彼もきっと私に情を移してはいけないと、そう考えているに違いない。
お互いに本当に言いたいことには触れられない。そんなもどかしい空気が私たちの間に漂っていた。
◇ ◇ ◇
ある日。
私が辺境伯夫人になったという噂を聞きつけたスポールが屋敷に乗り込んできた。
「フィリー!死にかけの男から君を救い出しに来た!」
庭園でミリオ様と散歩をしていた私たちの前に息を切らして現れたスポールはそう叫んだ。
なんだこの無礼者は!
私はその失礼な物言いに冷たい視線を送る。
「舎弟の分際で辺境伯邸に乗り込んでくるとはいい度胸ですね。それとも、また私に投げ飛ばされたいのですか?」
「ち、違う!僕は君を心配して……!」
言い募ろうとするスポールをミリオ様が穏やかに制した。
「スポール侯爵令息。私の妻とは幼馴染だったそうだね」
「ミリオ辺境伯……!こんな人質のような結婚はあんまりだ!」
「人質とは心外だな。妻のことを心配してくれたのだね、ありがとう。だが、これは双方の家が合意の上での結婚なのだよ」
「ですが……!」
「幼馴染が心配なのは分かるが、人の屋敷に押し入るとは少々礼を欠くのではないかね?」
ミリオ様はにこやかにそう言ったが、その目は全く笑っていなかった。
スポールは何か言いたげに口を開きかけたが、ミリオ様の静かな迫力に気圧されたのか、結局何も言えずに執事に連れられて帰っていった。
いつも穏やかな彼にしては随分と堅い態度だった。
これはもしかして、親しげに会話する私とスポールを見て……。
「嫉妬、してくださったのですか?」
思わず、口からそんな言葉がこぼれていた。
ミリオ様は少し驚いた顔をしたが、すぐに悪戯っぽく笑う。
「さて、どうだろうね」
はぐらかされてしまったけれど、なんだか胸がそわそわするような、温かくなるような感じがした。
私は自分自身に困惑していた。
どうしてこんな気分になるのだろう。
この感情の名前を、私はまだ知らなかった。
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