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しおりを挟む私の贅沢作戦が始まってから数ヶ月が過ぎた。
ミリオ様の屋敷での生活は驚くほど穏やかに、そしてあっという間に過ぎていく。
そんなある日のこと。
私はふと、ベッドの傍らで本を読んでいるミリオ様の横顔を見て首を傾げた。
あれ……?
気のせいだろうか。初めて会った頃に比べ、明らかに顔色が良い。血の気が戻っているというか頬のこけ方もずいぶんとましになっている気がする。
それに最近では車椅子を使わず、杖一本で庭を散策する時間も増えた。この間など、私が庭園の改造計画について庭師と熱弁を交わしていると背後から現れて「また面白いことをしているね」と笑いかけてきたのだ。
……おかしい。
私の計画では今頃はもっとこう、人生の終焉に向けてしめやかな雰囲気に包まれているはずなのに。むしろ日に日に元気になっていないだろうか?
私の中で何かが警鐘を鳴らすが……
まあ、死ぬ前の最後の輝きが少し長引いているだけだろうと、無理やり自分を納得させた。
そんな日々が続いていたある午後、ミリオ様に呼び出された。
「フィリー。近々、王城で恒例の夜会が開かれるのだが僕の名代として君に出席してもらえないだろうか」
「私がですか?」
「ああ。ご存知の通り、僕はまだ医師から長時間の外出を止められていてね。だが辺境伯家からもできれば誰か出席した方が良い」
なるほど、それはそうだ。
誰が出るかと言えば妻として私がその役目を果たすのは当然のことだろう。
「承知いたしました。辺境伯家の名に恥じぬよう努めてまいります」
「ありがとう。頼んだよ」
ミリオ様はそう言うと満足げに微笑んだ。
そして侍女に合図を送ると、奥の部屋から大きな箱が運び出されてきた。
「これは?」
「君への贈り物だ。夜会で着ていくといい」
箱が開けられると、中から現れたのは夜空に星を散りばめたような深く美しい瑠璃色のドレスだった。繊細な銀糸の刺繍が施され、スカートの裾には宝石が縫い付けられている。私がこれまでミリオ様のために誂えさせたどんな衣服よりも明らかに高価で手の込んだ逸品だと一目で分かった。
「こんなに素晴らしいものを……。ですが私の服は持参したもので十分だと申し上げたはずです」
「もちろん覚えているよ。でもこれは僕からの我儘なんだ」
ミリオ様は少し悪戯っぽく笑いながら言った。
「僕は医師から大事を取って出席しないように言われているが、本当は君と一緒に行きたかった。それが叶わないのならせめて会場の誰よりも君を最高に輝かせたいんだ。どうか受け取ってほしい」
彼の真摯な眼差しに私は言葉を失った。
その時、ふと私の頭にある考えがよぎる。私は執事に目配せし、こっそりと最新の資産目録を持ってこさせた。
そこに記された数字を見て、私は息を呑んだ。
底が見えている。
私の数ヶ月にわたる贅沢作戦と、このドレスの代金がついに辺境伯家の資産をほぼ食い尽くしていたのだ。
その事実に気づいた瞬間、私の論理的思考が完璧な答えを導き出した。
――ああ、そうか。
ミリオ様はもうご自身の最期が近いことを悟っているのだ。
だから残されたすべてを使い、人生の最後に妻である私へ最高の贈り物をしたくなったに違いない。
なぜだろう。
計画が最終段階に至ったというのに胸が締め付けられるように痛い。目の奥が熱くなって視界が滲みそうになる。
いけない、ここで泣いてはだめだ。彼の最後の願いを悲しい顔で受け取るわけにはいかない。
私はぐっと涙をこらえ、精一杯の笑顔を作って彼に向き直った。
「……ミリオ様は、本当にしょうがない人ですね」
そう言ってドレスを受け取ると、彼は心から嬉しそうに微笑んだ。その笑顔が私の胸に深く突き刺さる。
分かった。分かったわ、ミリオ様。
あなたの最後の我儘、私が最高の形で叶えてみせる。
このドレスで夜会に出席し、あなたの妻がどれほど素晴らしいかを皆に見せつけ、辺境伯家の品位を天高く轟かせてみせるのだ。
絶対そうしてやる、今決めた!
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