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しおりを挟む夜会の当日、私は侍女たちの手によって完璧に着飾られて王城へと向かった。
瑠璃色のドレスは私の肌の色をより白く見せ、銀糸の刺繍は動くたびにきらきらと輝く。ミリオ様の最後の我儘。その想いを胸に私は背筋を伸ばして会場へと足を踏み入れた。
その瞬間、ざわめきが起こった。
なぜだろう。
会場中の視線が突き刺さるように私へと集まっている気がする。まるで見世物にでもなったかのような心地だ。
まあ、それもそうか。
死にかけの辺境伯に嫁いだ貧乏貴族の娘。皆、好奇の目で見ているに違いない。
「フィリー様……!」
声をかけてきたのは以前私に因縁をつけてきた令嬢だった。彼女はなぜか顔を真っ赤に紅潮させながら、うっとりとした表情で私を見つめている。
「もともと美の女神に愛されているかのようなご尊顔でしたけれど、本日はそのドレスも相まって本当に女神が舞い降りたかのようですわ……!」
「……はあ」
世辞にもほどがある。きっともうすぐ未亡人になると聞いて最後の憐れみをかけにきたのだろう。可哀想なものを見るような、そんな目だ。
そんな同情の視線が飛び交う中、ずかずかと私の前に躍り出てきた男がいた。スポールだ。
「フィリー! やはり君は死にかけた人間に捧げるような人生を送るべき人じゃない!さあ、僕の手を取ってくれ!」
「なっ何ですか、急に!」
彼は私の返事も聞かず、強引に私の腕を掴んでダンスの輪へと引き込もうとする。舎弟の分際でなんて横暴なのだろう。こんな時のために鍛えた(?)肌で、その手を振り払って張り倒そうとした。
その時だった。
「――私の妻に気安く触れるな」
凛とした、けれど氷のように冷たい声が響き渡った。
スポールの腕が背後から現れた手に力強く掴まれ、私から引き剥がされる。
会場が水を打ったように静まり返った。
誰もが信じられないという顔でその声の主を見つめている。
そこに立っていたのは病で不参加のはずだったミリオ様だった。
彼はいつもより力強い足取りで私の隣に立つと、私の腰を抱き寄せ、スポールを射殺さんばかりの眼光で睨みつけた。
「ミ、ミリオ辺境伯……!? なぜここに……病のはずでは……」
「見ての通り、至って健康だが? それよりも侯爵令息。人の妻を無理やり誘うとは随分と礼儀を弁えないのだな」
ミリオ様の静かな、しかし有無を言わせぬ迫力にスポールは顔を青くして後ずさる。
周囲の貴族たちも彼のあまりの変貌ぶりに息を呑んでいた。あの余命いくばくもないと言われていた男と、目の前の力強く立つ男が同一人物だとは到底思えなかったのだろう。
もちろん私も目を丸くしていた。
「ミリオ様……! どうして……お体は……!」
「ああ、君には嘘をついていた」
彼は悪戯っぽく笑うと、私の耳元に顔を寄せた。
「私が出席しないというのは、あれは嘘だ。本当はこうして衆人の前で、僕と君の仲を見せびらかしたかったんだ」
「なっ……!」
「それにね、フィリー」
彼はさらに声を潜め、甘い響きを乗せて囁く。
「君と一緒にいると、毎日が楽しくて仕方ない。死んでいる場合ではなくなったんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中ですべてのピースが繋がった。
――ああ、そうか。やはり、そうだったのだ。
これは、無理を押して来てくれたのだ。もう死期がすぐそこまで迫っているのに、最後の力を振り絞って、私を守るために。そして、私との最後の思い出を作るために。
そう思うと、今まで必死に堪えていたものが堰を切ったように溢れ出した。
ぽろろと、大粒の涙が頬を伝って流れ落ちる。
「……ミリオ様は、本当に、馬鹿ですね……っ」
嗚咽混じりにそう言うと、彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにふっと優しく微笑んだ。
「ああ、そうだよ」
彼は私の涙を指で優しく拭うと、愛おしむように私のことを見つめる。
「君のことになると、僕は自分の全財産を使い果たしてしまうほど馬鹿になるんだ」
その愛の告白は、私の心に深く、温かく染み渡っていった。
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