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夜会から屋敷に戻った次の日の朝、定期検診のために訪れた医師がミリオ様を診察するなり目を剥いた。
「信じられません……! 脈、呼吸、血色、どれをとっても健康そのもの! まさに奇跡だ! 辺境伯様、あなたは……完治なされたのです!」
興奮して叫ぶ医師の言葉に私は呆然と立ち尽くした。
え……? 完治?
死ぬ前の最後の輝き、ではなかったの……? 本当に、死なないの?
その事実がようやく脳に染み渡った瞬間、喜びが爆発した。
「ミリオ様っ!」
私は彼の胸に飛び込んでいた。涙が後から後から溢れてきて止まらない。
「よかった……! 本当に、本当によかった……っ!」
「ああ。心配をかけたね」
私を優しく抱きしめ返すミリオ様の腕の中で、私はしばらくの間ただただ泣き続けた。
何が良かったんだろう? あの、えり草とかいう怪しげで高価な薬だろうか?それとも、やはり贅沢が最大の薬になったのだろうか?
けれど喜びの涙が少し落ち着いてくると、私の思考が急速に再起動を始める。
……あれ?
だとしたらこの結婚は?
彼の死を看取ることが条件だったはず。
遺産相続の話も当然なくなる。
ということは我が家への資金援助は……って、待って。その資金、私が全部使い尽くしてしまっていなかったかしら!?
私の顔からさっと血の気が引いていく。
「ミリオ様、あの、その……」
「ん? どうしたんだい?」
「この結婚は、どうなるのでしょうか……? それと、我が家への援助は……」
私のしどろもどろな問いに、ミリオ様は困ったように笑った。
「ああ、すまない。本当は回復の兆しが見え始めた頃に僕のための贅沢を止めるべきかとは思ったんだ。だが君があまりにも楽しそうに僕の財産を使い果たしていくものだから、つい言い出せなくてね。君との生活があまりに楽しすぎたんだ」
「た、楽しすぎたって……! 私はミリオ様の最期を最高の形で飾るために必死で……! って、そうではなくて! 大変です! 援助のお金が! 私が全部使ってしまいました!あれ、でも元々その計画だった?それでいいんでしたっけ?」
頭を抱えて大混乱に陥る私を見て、ミリオ様は「まあ落ち着いて」と私の肩を優しく叩いた。
「大丈夫だよ。僕に考えがある」
「考え、ですか?」
「実は毎日君と顔を合わせていて、ずっと思っていたんだが……君の作る『それ』、途轍もなくお金になるんじゃないか?」
彼が指さしたのは、部屋の隅に置いてあった私の失敗作の数々だった。
そんなものが売れるわけがない。
そう思っていた私の予想はものの見事に裏切られた。
ミリオ様は私がジャム作りを失敗して生み出したほんのり果物の香りがする蝋燭もどきを『リップグロス』と言う名で、
スポールに投げられないために開発した肌をつるつるにする白い粉を『ファンデーション』と言う名で、
そして防虫剤の失敗作であるきらきら光る液体を『ヘアオイル』と言う名で売り出したのだ。
さすがは一代で巨万の富を築いただけある。彼の商才は凄まじかった。
あれよあれよという間に、私の失敗作たちは社交界の貴婦人や令嬢たちの間で瞬く間に評判となり、飛ぶように売れていった。
まさか私の奇行……もとい、奇行ではない!断じてない!
……私の失敗作達が、こんな形で評価されるなんて。
いつしか私はその美容品を開発した手腕と、余命いくばくもなかった辺境伯を奇跡的に蘇らせた(と噂されている)ことから『美と健康の女神』などと呼ばれるようになっていた。
「違うんです! あれは全部失敗作で、夫が元気になったのは本人の生命力のおかげです!」
私がそう叫んでも誰も聞いてはくれない。
むず痒いことこの上ないけれど、私の手元にはあっという間に巨万の富が転がり込んできた。
傾きかけた実家の問題も、綺麗さっぱり解決したのだった。
「信じられません……! 脈、呼吸、血色、どれをとっても健康そのもの! まさに奇跡だ! 辺境伯様、あなたは……完治なされたのです!」
興奮して叫ぶ医師の言葉に私は呆然と立ち尽くした。
え……? 完治?
死ぬ前の最後の輝き、ではなかったの……? 本当に、死なないの?
その事実がようやく脳に染み渡った瞬間、喜びが爆発した。
「ミリオ様っ!」
私は彼の胸に飛び込んでいた。涙が後から後から溢れてきて止まらない。
「よかった……! 本当に、本当によかった……っ!」
「ああ。心配をかけたね」
私を優しく抱きしめ返すミリオ様の腕の中で、私はしばらくの間ただただ泣き続けた。
何が良かったんだろう? あの、えり草とかいう怪しげで高価な薬だろうか?それとも、やはり贅沢が最大の薬になったのだろうか?
けれど喜びの涙が少し落ち着いてくると、私の思考が急速に再起動を始める。
……あれ?
だとしたらこの結婚は?
彼の死を看取ることが条件だったはず。
遺産相続の話も当然なくなる。
ということは我が家への資金援助は……って、待って。その資金、私が全部使い尽くしてしまっていなかったかしら!?
私の顔からさっと血の気が引いていく。
「ミリオ様、あの、その……」
「ん? どうしたんだい?」
「この結婚は、どうなるのでしょうか……? それと、我が家への援助は……」
私のしどろもどろな問いに、ミリオ様は困ったように笑った。
「ああ、すまない。本当は回復の兆しが見え始めた頃に僕のための贅沢を止めるべきかとは思ったんだ。だが君があまりにも楽しそうに僕の財産を使い果たしていくものだから、つい言い出せなくてね。君との生活があまりに楽しすぎたんだ」
「た、楽しすぎたって……! 私はミリオ様の最期を最高の形で飾るために必死で……! って、そうではなくて! 大変です! 援助のお金が! 私が全部使ってしまいました!あれ、でも元々その計画だった?それでいいんでしたっけ?」
頭を抱えて大混乱に陥る私を見て、ミリオ様は「まあ落ち着いて」と私の肩を優しく叩いた。
「大丈夫だよ。僕に考えがある」
「考え、ですか?」
「実は毎日君と顔を合わせていて、ずっと思っていたんだが……君の作る『それ』、途轍もなくお金になるんじゃないか?」
彼が指さしたのは、部屋の隅に置いてあった私の失敗作の数々だった。
そんなものが売れるわけがない。
そう思っていた私の予想はものの見事に裏切られた。
ミリオ様は私がジャム作りを失敗して生み出したほんのり果物の香りがする蝋燭もどきを『リップグロス』と言う名で、
スポールに投げられないために開発した肌をつるつるにする白い粉を『ファンデーション』と言う名で、
そして防虫剤の失敗作であるきらきら光る液体を『ヘアオイル』と言う名で売り出したのだ。
さすがは一代で巨万の富を築いただけある。彼の商才は凄まじかった。
あれよあれよという間に、私の失敗作たちは社交界の貴婦人や令嬢たちの間で瞬く間に評判となり、飛ぶように売れていった。
まさか私の奇行……もとい、奇行ではない!断じてない!
……私の失敗作達が、こんな形で評価されるなんて。
いつしか私はその美容品を開発した手腕と、余命いくばくもなかった辺境伯を奇跡的に蘇らせた(と噂されている)ことから『美と健康の女神』などと呼ばれるようになっていた。
「違うんです! あれは全部失敗作で、夫が元気になったのは本人の生命力のおかげです!」
私がそう叫んでも誰も聞いてはくれない。
むず痒いことこの上ないけれど、私の手元にはあっという間に巨万の富が転がり込んできた。
傾きかけた実家の問題も、綺麗さっぱり解決したのだった。
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