余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里

文字の大きさ
8 / 9

8

しおりを挟む
 事業が軌道に乗り、辺境伯家の資産が以前よりも豊かになったある日のこと。
 私は書斎で帳簿を眺めていたミリオ様に、ずっと疑問に思っていたことを尋ねた。

「ミリオ様。この事業で得た資産はどう考えても事業を立ち上げたミリオ様のものであるはずです。なぜ、すべて私のものだとおっしゃるのですか?」

 私の問いに彼はペンを置き、穏やかに微笑んだ。

「フィリー。この事業の源泉は君から生まれたものたちだ。僕がしたのはそれに名前をつけて市場に流しただけだよ」
「ですが、それがなければただの失敗作です! 私には過ぎた大金です!」

 私がそう反論すると、彼はくつくつと楽しそうに喉を鳴らした。

「大丈夫だよ。経営の管理は僕がする。でも富はすべて君のものだ。それにね」

 彼は悪戯っぽく目を細める。

「君が最初に言ったんだろう? 『もう贅沢はたくさんだ』と僕に言わせるのが目的だって。君のおかげで僕は本当にそうなってしまったよ」

 からかうような物言いに私の顔に熱が集まる。

「僕はもう、これ以上の贅沢はいらないんだ。ただ君がそばにいてくれればそれでいい。だから、これからも僕の贅沢は今まで通り君が決めてほしい」

 ――ずるい。
 なんてずるい言い方だろうか。
 そんな風に言われたら断れるはずがないではないか。

 私が言葉に詰まっていると、彼はすっと立ち上がって私の前に跪いた。
 そして私の右手を取り、その甲にそっと口づけを落とす。

「フィリー」

 真剣な眼差しが私を射抜く。


「君は僕の命の恩人だ。一度は諦めたこの命を君が救ってくれた。だから、僕の残りの人生、すべてを君に捧げたい。君を守るためだけに使わせてほしいんだ。……改めて、僕と結婚してください」


 ずるい。本当に、ずるい。
 そんなの、断れないに決まっているじゃないか――



 こうして私たちの結婚は最初の契約書を暖炉の火にくべて、新しいものへと書き換えられた。

『ミリオ辺境伯の生涯を妻として隣で見守ること。その対価は辺境伯の遺産ではなく、彼からの生涯をかけた愛と、彼の持つ全てとする』

 私はこの新しい契約書にある一文を付け加えるべきだと思って交渉する。

「ミリオ様、一つだけ条項を追加していただいてもよろしいでしょうか」
「なんだい?」


「ここに、こう書き加えてください。『代わりに妻はミリオ辺境伯へ生涯にわたり贅沢をさせる義務を負う』と」


 私の提案にミリオ様は一瞬きょとんとした顔をしたが、やがてたまらないというように笑い出した。

 その交渉が最終的にどういう形で決着したのか。
 それは私たち夫婦だけの、ささやかな秘密である。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

美人な姉と『じゃない方』の私

LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。 そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。 みんな姉を好きになる… どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…? 私なんか、姉には遠く及ばない…

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

結婚して5年、初めて口を利きました

宮野 楓
恋愛
―――出会って、結婚して5年。一度も口を聞いたことがない。 ミリエルと旦那様であるロイスの政略結婚が他と違う点を挙げよ、と言えばこれに尽きるだろう。 その二人が5年の月日を経て邂逅するとき

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

婚約者の心の声が聞こえるようになったが手遅れだった

神々廻
恋愛
《めんどー、何その嫌そうな顔。うっざ》 「殿下、ご機嫌麗しゅうございます」 婚約者の声が聞こえるようになったら.........婚約者に罵倒されてた.....怖い。 全3話完結

私に婚約者がいたらしい

来栖りんご
恋愛
学園に通っている公爵家令嬢のアリスは親友であるソフィアと話をしていた。ソフィアが言うには私に婚約者がいると言う。しかし私には婚約者がいる覚えがないのだが…。遂に婚約者と屋敷での生活が始まったが私に回復魔法が使えることが発覚し、トラブルに巻き込まれていく。

処理中です...