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事業が軌道に乗り、辺境伯家の資産が以前よりも豊かになったある日のこと。
私は書斎で帳簿を眺めていたミリオ様に、ずっと疑問に思っていたことを尋ねた。
「ミリオ様。この事業で得た資産はどう考えても事業を立ち上げたミリオ様のものであるはずです。なぜ、すべて私のものだとおっしゃるのですか?」
私の問いに彼はペンを置き、穏やかに微笑んだ。
「フィリー。この事業の源泉は君から生まれたものたちだ。僕がしたのはそれに名前をつけて市場に流しただけだよ」
「ですが、それがなければただの失敗作です! 私には過ぎた大金です!」
私がそう反論すると、彼はくつくつと楽しそうに喉を鳴らした。
「大丈夫だよ。経営の管理は僕がする。でも富はすべて君のものだ。それにね」
彼は悪戯っぽく目を細める。
「君が最初に言ったんだろう? 『もう贅沢はたくさんだ』と僕に言わせるのが目的だって。君のおかげで僕は本当にそうなってしまったよ」
からかうような物言いに私の顔に熱が集まる。
「僕はもう、これ以上の贅沢はいらないんだ。ただ君がそばにいてくれればそれでいい。だから、これからも僕の贅沢は今まで通り君が決めてほしい」
――ずるい。
なんてずるい言い方だろうか。
そんな風に言われたら断れるはずがないではないか。
私が言葉に詰まっていると、彼はすっと立ち上がって私の前に跪いた。
そして私の右手を取り、その甲にそっと口づけを落とす。
「フィリー」
真剣な眼差しが私を射抜く。
「君は僕の命の恩人だ。一度は諦めたこの命を君が救ってくれた。だから、僕の残りの人生、すべてを君に捧げたい。君を守るためだけに使わせてほしいんだ。……改めて、僕と結婚してください」
ずるい。本当に、ずるい。
そんなの、断れないに決まっているじゃないか――
こうして私たちの結婚は最初の契約書を暖炉の火にくべて、新しいものへと書き換えられた。
『ミリオ辺境伯の生涯を妻として隣で見守ること。その対価は辺境伯の遺産ではなく、彼からの生涯をかけた愛と、彼の持つ全てとする』
私はこの新しい契約書にある一文を付け加えるべきだと思って交渉する。
「ミリオ様、一つだけ条項を追加していただいてもよろしいでしょうか」
「なんだい?」
「ここに、こう書き加えてください。『代わりに妻はミリオ辺境伯へ生涯にわたり贅沢をさせる義務を負う』と」
私の提案にミリオ様は一瞬きょとんとした顔をしたが、やがてたまらないというように笑い出した。
その交渉が最終的にどういう形で決着したのか。
それは私たち夫婦だけの、ささやかな秘密である。
私は書斎で帳簿を眺めていたミリオ様に、ずっと疑問に思っていたことを尋ねた。
「ミリオ様。この事業で得た資産はどう考えても事業を立ち上げたミリオ様のものであるはずです。なぜ、すべて私のものだとおっしゃるのですか?」
私の問いに彼はペンを置き、穏やかに微笑んだ。
「フィリー。この事業の源泉は君から生まれたものたちだ。僕がしたのはそれに名前をつけて市場に流しただけだよ」
「ですが、それがなければただの失敗作です! 私には過ぎた大金です!」
私がそう反論すると、彼はくつくつと楽しそうに喉を鳴らした。
「大丈夫だよ。経営の管理は僕がする。でも富はすべて君のものだ。それにね」
彼は悪戯っぽく目を細める。
「君が最初に言ったんだろう? 『もう贅沢はたくさんだ』と僕に言わせるのが目的だって。君のおかげで僕は本当にそうなってしまったよ」
からかうような物言いに私の顔に熱が集まる。
「僕はもう、これ以上の贅沢はいらないんだ。ただ君がそばにいてくれればそれでいい。だから、これからも僕の贅沢は今まで通り君が決めてほしい」
――ずるい。
なんてずるい言い方だろうか。
そんな風に言われたら断れるはずがないではないか。
私が言葉に詰まっていると、彼はすっと立ち上がって私の前に跪いた。
そして私の右手を取り、その甲にそっと口づけを落とす。
「フィリー」
真剣な眼差しが私を射抜く。
「君は僕の命の恩人だ。一度は諦めたこの命を君が救ってくれた。だから、僕の残りの人生、すべてを君に捧げたい。君を守るためだけに使わせてほしいんだ。……改めて、僕と結婚してください」
ずるい。本当に、ずるい。
そんなの、断れないに決まっているじゃないか――
こうして私たちの結婚は最初の契約書を暖炉の火にくべて、新しいものへと書き換えられた。
『ミリオ辺境伯の生涯を妻として隣で見守ること。その対価は辺境伯の遺産ではなく、彼からの生涯をかけた愛と、彼の持つ全てとする』
私はこの新しい契約書にある一文を付け加えるべきだと思って交渉する。
「ミリオ様、一つだけ条項を追加していただいてもよろしいでしょうか」
「なんだい?」
「ここに、こう書き加えてください。『代わりに妻はミリオ辺境伯へ生涯にわたり贅沢をさせる義務を負う』と」
私の提案にミリオ様は一瞬きょとんとした顔をしたが、やがてたまらないというように笑い出した。
その交渉が最終的にどういう形で決着したのか。
それは私たち夫婦だけの、ささやかな秘密である。
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