未来で愛人を迎える夫など、要りません!

文野多咲

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いざ、領地へ!

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ジュリエッタは背筋を正して、侯爵を見据えた。

「王都にいなければ困る、と言われれば、今度は私が困ります。領地に行かないでは何もできません」

「しかし、あなたには俺のそばにいてほしい」

「まさか、あなたに私が必要とでも?」

「ええ、あなたが必要だ」

(まさか、夫婦の仲を深めようとでも言うの? のちにシャルロットに惹かれる侯爵が、まさか正反対のタイプである私を好きになるはずもないけど、ひょっとして多情な方なのかしら)

そう考えればなおさら侯爵のそばにいたくはない。侯爵を見る目が冷たくなる。

「交わしたばかりの約束を侯爵さまは反故するというのですか?」

「そのつもりはない。ただ、これから王宮では戦勝会がある。そのときに妻として俺の横にいてほしい」

(困るというのは対面上困るということね。私ではなく、妻、にそばにいてほしいってことね)

「侯爵さまはお一人でも立派に出席できますわ。何せ、勝利の立役者、英雄ですもの」

「戦勝会だけではない、戦勝報告会、戦勝祝賀パーティー、と戦勝記念式典が続く。俺はすべて一人で参加しなければならないのか」

国王はことさら戦勝を祝うことで、貴族らに威厳を示そうと考えているのだろう。そのために何度も記念式典を開くのだ。しかし、夫婦として多くの目に触れれば触れるほど、のちに捨てられるジュリエッタは余計に惨めに見えるのだ。

「わたくしは絶対に参加しませんわ。参加しないと約束を反故にすると言われても参加しません」

思わずジュリエッタの語尾がきつくなった。

予知夢では侯爵は戦勝記念式典でシャルロットと出会った。

二人の出会いの場など、ジュリエッタは見たくもない。

侯爵はジュリエッタの強い語調に戸惑ったようだったが、すぐに観念した。

「そうか、では、諦めよう。あなたの好きな日に出発すればいい。ただし、日にちが決まったら教えて欲しい。護衛騎士団をこちらでも準備しておこう」

ジュリエッタは、実家から連れてきた騎士たちとともに向かうつもりだったが、そうしてもらえるとジュリエッタとしても助かる。何しろ、辺境の地、都会育ちの騎士では不安がある。土地柄に詳しいバルベリの騎士に守ってもらえるのは素直にありがたい。

「それは助かります。ぜひ、お願いしますわ」

侯爵が出て行ったあと、ハンナが不満げな顔を向けてきた。

侯爵と離婚するつもりでいるのがハンナには理解できないのだろう。恨めし気な目でジュリエッタを見ている。

『侯爵さまならきっと姫さまを幸せにしてくださいますのに』

ハンナの顔にはそう書いている。

(私だって予知夢を見なければ婚姻続行したいわよ。侯爵は好人物だし、頭も悪くはないみたいだし)

ジュリエッタは短期間に、侯爵の長所ばかりを見つけてしまっていた。部下にも慕われているし、勤勉だし、物腰は穏やかで優し気だ。しかし、いずれ、シャルロットと恋に落ちるのだ。

(おのれ、シャルロット! 憎たらしい!)

***

二日後、ジュリエッタは領地に出発することになった。母とマリーを訪問し、挨拶を交わした。母には良い人材がいれば、紹介してほしい旨を頼んでおくのを忘れなかった。

侯爵は黒い甲冑のバルベリ騎士団を用意していた。騎士も馬も選び抜かれていることはひと目でわかる。馬の毛並みはひときわよく、黒い甲冑も公爵家の銀色の甲冑に引けを取らない立派さだ。侯爵がジュリエッタを気遣っているのがわかった。

レオナルダ騎士が12に、バルベリ騎士が24と、合計36名の護衛騎士をつけた大げさな一団となってしまったが、これで賊は手を出すどころか近寄っても来ないだろう。

(一応は妻としては気遣ってくれているのね。ありがたいわね)

侯爵は旅立つジュリエッタを見送ることはなかった。次、いつジュリエッタが王都に戻るのかも、訊いてくることはなかった。

(つくづく私に興味がないのね。でも、そのほうが未練もないからいいわね)

ジュリエッタは秋空に王都の大聖堂が小さくなっていくのを馬車の窓から見つめていた。

***

バルベリ領はブルフェン王国の北方防衛の要衝である。北方からの侵攻に備えて、王国軍も駐留するために、王都とバルベリ領とをつなぐ街道は発達し、街道沿いにはいくつもの宿場町が点在している。

ジュリエッタも宿場町で宿を取りながらバルベリ領に向かっている。

道中、バルベリ騎士からバルベリ領について話を訊くことにした。

ヤンスという男がバルベリ騎士団のリーダーだった。ジュリエッタよりも一回りほど上の茶目茶髪の実直そうな男だ。

ヤンスは最初は緊張して強張っていたが、すぐに口を開くようになった。だが、ハンナが目を光らせているせいか、その体は馬車の隅っこで微動だにしない。

ヤンスは侯爵の側近として常にそばに仕えてきたという。

「では、あなたは侯爵さまとは長いのね」

「はい! 閣下が王国軍に志願してきたときには私の部下でしたが、めきめきと頭角を現して、閣下はあっという間に将軍になられました。私も閣下のお陰で生き残ってまいりました!」

「すごい人なのね」

「はい、兵士はみな、閣下の下にいたから生き残ったと思っています!」

「ふうん」

ジュリエッタには戦場の過酷さはわからない。しかし、ヤンスから侯爵への敬意は並大抵のものではないのは伝わってきた。

「バルベリ領のことを教えてもらえる?」

「城下には兵士として職を求める自由人が常に流入してきます。人口増加に伴って、職人や人夫の需要が増え、居着いた商人も多く、一大都市として栄えています」

「巨大な胃袋はどうやって支えているの?」

「肥沃な土壌の広がるバルベリ領と言えども支えきれず、街道を行き来する物資に頼っておりますが、兵士らのもたらす経済効果で都市は豊かになる一方です」

「では、代々の領主さまはそれほど苦労することなく領地を経営してきたのね」

「バルベリ領では領地経営に関して領主は無関係です」

「無関係?」

ジュリエッタが聞き捨てならぬ声を出すと、ヤンスは気まずそうに言い直した。

「もちろん、領主さまが統治をしておられますが、代々ヌワカロールが家令を担っておりますので、領主は心配不要でございます」

「もしかして、ファビオ・ヌワカロール伯爵?」

領地からジュリエッタに届いた王都邸の予算となる証書には、すべてその署名があった。

「ええ、現家令はファビオ・ヌワカロールです」

「伯爵に近いうちに会いたいわね」

ヤンスは奇妙そうな顔をした。今度はジュリエッタが首をかしげる。

「侯爵家の家令なのでしょう? 私も会わなければならないわ」

「えっと、その」

「何かおかしいのかしら?」

「そういうわけではありませんが、通例、領主さまがわざわざヌワカロールに会いに行くことはありません。ヌワカロールがお届けした書類に目を通すくらいが関の山です。ヌワカロールは侯爵領での全権を握っておりますので」

「全権?」

ヤンスはまた気まずそうな顔をした。

「全権を代理しているという意味です。閣下は軍事以外、すべてのことを家令に任せておりますので」

「では、侯爵さまが入用なときはどうするの?」

「そのときにはヌワカロールにその旨を伝えれば、ヌワカロールが用立てします」

「呆れた、領主なのに家令に小遣いをねだるようなやり方なのね」

「代々バルベリ領はそうなっております。」

「どうしてそうなっているのかしら」

「バルベリ侯爵は代替わりが激しいものですから」

ジュリエッタにはヤンスの言わんとすることが理解できなかった。
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