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侯爵の勲章
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倒れそうになって足を踏ん張るも、床に崩れてしまいそうだ。視界がまぶしくなったかと思えば、暗くなった。そして、再びまぶしくなる。
誰かが目の前でひざまずいたのだ。
(ラメ入りヒョウ柄……?)
目の前でひざまずくヒョウ柄。知っているつむじのある黒髪。
(侯爵さま?)
目を伏せたジュリエッタには見えなかったが、侯爵はシャルロットの手を取らず、頭だけ下げた。そして、そのまままっすぐにジュリエッタのもとにやってきたのだった。
「ジュリエッタ」
侯爵はジュリエッタを見上げてそう言うと、授かったばかりの勲章をジュリエッタに差し出してきた。
「勲章を受け取って欲しい」
「侯爵さま………?」
驚きに目を見開いて侯爵を見つめていれば、侯爵が言ってきた。
「私にあなたに触れる栄誉を」
周囲が二人を固唾を飲んで見守っているのを感じる。
(え……?)
ジュリエッタが震える手を差し出すと、侯爵がそれを恭しく受け取り、甲に口づけ、そして、勲章を渡してきた。
一瞬ホールは静まり返ったかと思えば、どっと沸く。
「公女さまは将軍さまの愛妻なのね!」
「何と仲睦まじい」
侯爵の部下も、妻のいる者は妻に、恋人のいる者は恋人に、それぞれ、勲章を捧げ始めた。
「バルベリ軍、万歳! 王国軍、万歳!」
ホールの中では歓声がとどろき、鳴りやまなかった。
ただ一人、シャルロットが壇上でその顔を歪ませていた。
***
馬車の中でハンナが興奮した声で喋っている。
「あんなに大勢の前で侯爵さまにちょっかい出そうだなんて、シャルロットさまも良い根性をしておられますわね。でも侯爵さまは見向きもせずに、ジュリエッタさまのところにいらっしゃって、さすが侯爵さまですわ!」
(どうしよう、全身が震えるほど嬉しい)
侯爵から勲章を受け取ったあとも、ジュリエッタは常なる微笑を顔に貼り付けたままだったが、どうやって叙勲式の会場から出て馬車に乗ったのかも覚えていなかった。
「ハンナ、もしかしたら、侯爵さまは私を妻と思ってくれているのかしら……」
ハンナは唖然とした顔を向けてきた。
「姫さま!? え、起きてます? 目がちゃんと開いてます? 侯爵さまは姫さまに首ったけです。一度、視力検査でもなさいます?」
「だって、わ、私、怖いのに?」
「はあ? 何ですってえ?」
ハンナがあごをしゃくり出す。
「だって令息たちは私を見て怖がるわ」
「それは、姫さまの美しさにおののいているだけです!」
「私、少しも可愛くないし」
「はあ?」
またもやハンナがあごをしゃくり出す。
「だって、私、いかついし、小さくないし、ふわふわしたところなんてないし」
「姫さまがいかついですってえ? どこのどいつがそう言ったんですか?!」
「自分でわかるわよ」
「いいですか、姫さまはとろけるくらいに可愛いですわ。姫さまの素の笑顔はどれほど破壊力があるか。そこら辺の令息なら腰抜かしますわよ。そこら辺の令息には決して拝めませんけどね」
「でも、私は」
言い返そうとするジュリエッタにハンナは被せて言ってくる。
「では、姫さまは私をどう思います?」
「そりゃ、とっても可愛いわ。顔もとっても可愛いけど、くるくる変わる表情が本当に可愛い。騎士さまたちだって、いつもハンナを見つめているわ」
「姫さまを正面から見られないから私を見ているだけです。姫さまは私なんかと比べようもないほど可愛いんですから!」
「それは絶対にない。ハンナの方が可愛い!」
「姫さまは私の100万倍可愛いです!」
「ハンナはその100万倍可愛い! 絶対そう!」
「姫さまは知らないでしょうが、姫さまの寝顔なんかいつまででも見ていられる可愛さなんですからね!」
「ハンナは自分の後ろ姿を知らないでしょうけど、目に焼き付く可愛さだから!」
「姫さまのうなじは、それはそれはたおやかで可愛らしいんですから!」
「ハンナの背中だって小さくて、いつも抱きしめたくなるくらいに可愛いわ!」
二人が言い合っているところで、ドアが開いた。いつの間にか侯爵邸についていたらしい。ドアの向こうで、侯爵にヤンスが笑いをこらえるような顔をしている。
口喧嘩は外にまで聞こえていたらしい。
「閣下、このお二方はどちらも可愛い、ってことでよろしいですな」
「ああ、そうだな。それは間違いない」
ジュリエッタは侯爵と目が合い、カッと肌が熱くなるのを覚える。穏やかな黒目に捉えられて、心臓が鷲掴みにされる。
差し出された侯爵の手に、自分の手を乗せれば、体じゅうの血管がひどく暴れ出す。
(私、どうしちゃったのかしら)
ぎくしゃくとぎこちない動きしかできずに、足がもつれて、馬車のステップを踏み外した。侯爵がジュリエッタをすかさず受け止める。侯爵の厚い胸に抱きとめられ、ジュリエッタは動揺した。
(ひゃあ!)
いつも一緒にいて慣れているはずなのに、突然、ジュリエッタは侯爵への恥じらいでいっぱいになってしまった。
(もう駄目……、侯爵さま、胸が爆発しそう……)
ジュリエッタは侯爵を押し返すも、今度は後ろによろめき、足首に激痛が走った。後ろに転びそうになる。それをまた、侯爵が支えてくる。しっかりした腕に支えられ、ジュリエッタの全身の血管が暴れて収まらない。
(もう、いやっ……)
ジュリエッタは一刻も早く侯爵から離れなければ、死んでしまいそうな心地だった。そこで、侯爵から逃げ出そうと前に足を出したところで、再び足首に激痛が走り、しゃがみ込んだ。
それをまた侯爵が支えてくる。
ジュリエッタは足を痛めてしまったようだ。それに気づいた侯爵にジュリエッタは抱き上げられてしまった。
「お、降ろして………」
恥じらいにジュリエッタはカーッと頭に血が上る。ジタバタと暴れれば、侯爵が強く抱きしめてくる。
いつもなら安心するだけの侯爵の体温なのに、侯爵の汗ばんだ首筋を感じれば、心臓が早鐘を鳴らす。
「いや、いやです……。おろして……」
「ジュリエッタ、落ち着いて。大丈夫だから。足を痛めたんだ。ベッドまで運ぶだけだ」
侯爵の落ち着いた物言いに自分が恥ずかしくてたまらなくなった。
(どうして私ばかりこんなに落ち着きなくなっちゃったの?)
ハンナにヤンスら騎士たちの注目がジュリエッタに突き刺さる。ジュリエッタは顔を両手で覆うしかなかった。
(私、おかしいわ……)
***
侯爵はベッドにジュリエッタをそっと降ろした。ジュリエッタの心臓は爆発寸前だ。
「侯爵さま、ありがとうごじゃりま……」
(か、噛んだわ……!)
焦るジュリエッタが背中を向けると、侯爵はジュリエッタのスカートをめくり上げてきた。
(はい……?)
誰かが目の前でひざまずいたのだ。
(ラメ入りヒョウ柄……?)
目の前でひざまずくヒョウ柄。知っているつむじのある黒髪。
(侯爵さま?)
目を伏せたジュリエッタには見えなかったが、侯爵はシャルロットの手を取らず、頭だけ下げた。そして、そのまままっすぐにジュリエッタのもとにやってきたのだった。
「ジュリエッタ」
侯爵はジュリエッタを見上げてそう言うと、授かったばかりの勲章をジュリエッタに差し出してきた。
「勲章を受け取って欲しい」
「侯爵さま………?」
驚きに目を見開いて侯爵を見つめていれば、侯爵が言ってきた。
「私にあなたに触れる栄誉を」
周囲が二人を固唾を飲んで見守っているのを感じる。
(え……?)
ジュリエッタが震える手を差し出すと、侯爵がそれを恭しく受け取り、甲に口づけ、そして、勲章を渡してきた。
一瞬ホールは静まり返ったかと思えば、どっと沸く。
「公女さまは将軍さまの愛妻なのね!」
「何と仲睦まじい」
侯爵の部下も、妻のいる者は妻に、恋人のいる者は恋人に、それぞれ、勲章を捧げ始めた。
「バルベリ軍、万歳! 王国軍、万歳!」
ホールの中では歓声がとどろき、鳴りやまなかった。
ただ一人、シャルロットが壇上でその顔を歪ませていた。
***
馬車の中でハンナが興奮した声で喋っている。
「あんなに大勢の前で侯爵さまにちょっかい出そうだなんて、シャルロットさまも良い根性をしておられますわね。でも侯爵さまは見向きもせずに、ジュリエッタさまのところにいらっしゃって、さすが侯爵さまですわ!」
(どうしよう、全身が震えるほど嬉しい)
侯爵から勲章を受け取ったあとも、ジュリエッタは常なる微笑を顔に貼り付けたままだったが、どうやって叙勲式の会場から出て馬車に乗ったのかも覚えていなかった。
「ハンナ、もしかしたら、侯爵さまは私を妻と思ってくれているのかしら……」
ハンナは唖然とした顔を向けてきた。
「姫さま!? え、起きてます? 目がちゃんと開いてます? 侯爵さまは姫さまに首ったけです。一度、視力検査でもなさいます?」
「だって、わ、私、怖いのに?」
「はあ? 何ですってえ?」
ハンナがあごをしゃくり出す。
「だって令息たちは私を見て怖がるわ」
「それは、姫さまの美しさにおののいているだけです!」
「私、少しも可愛くないし」
「はあ?」
またもやハンナがあごをしゃくり出す。
「だって、私、いかついし、小さくないし、ふわふわしたところなんてないし」
「姫さまがいかついですってえ? どこのどいつがそう言ったんですか?!」
「自分でわかるわよ」
「いいですか、姫さまはとろけるくらいに可愛いですわ。姫さまの素の笑顔はどれほど破壊力があるか。そこら辺の令息なら腰抜かしますわよ。そこら辺の令息には決して拝めませんけどね」
「でも、私は」
言い返そうとするジュリエッタにハンナは被せて言ってくる。
「では、姫さまは私をどう思います?」
「そりゃ、とっても可愛いわ。顔もとっても可愛いけど、くるくる変わる表情が本当に可愛い。騎士さまたちだって、いつもハンナを見つめているわ」
「姫さまを正面から見られないから私を見ているだけです。姫さまは私なんかと比べようもないほど可愛いんですから!」
「それは絶対にない。ハンナの方が可愛い!」
「姫さまは私の100万倍可愛いです!」
「ハンナはその100万倍可愛い! 絶対そう!」
「姫さまは知らないでしょうが、姫さまの寝顔なんかいつまででも見ていられる可愛さなんですからね!」
「ハンナは自分の後ろ姿を知らないでしょうけど、目に焼き付く可愛さだから!」
「姫さまのうなじは、それはそれはたおやかで可愛らしいんですから!」
「ハンナの背中だって小さくて、いつも抱きしめたくなるくらいに可愛いわ!」
二人が言い合っているところで、ドアが開いた。いつの間にか侯爵邸についていたらしい。ドアの向こうで、侯爵にヤンスが笑いをこらえるような顔をしている。
口喧嘩は外にまで聞こえていたらしい。
「閣下、このお二方はどちらも可愛い、ってことでよろしいですな」
「ああ、そうだな。それは間違いない」
ジュリエッタは侯爵と目が合い、カッと肌が熱くなるのを覚える。穏やかな黒目に捉えられて、心臓が鷲掴みにされる。
差し出された侯爵の手に、自分の手を乗せれば、体じゅうの血管がひどく暴れ出す。
(私、どうしちゃったのかしら)
ぎくしゃくとぎこちない動きしかできずに、足がもつれて、馬車のステップを踏み外した。侯爵がジュリエッタをすかさず受け止める。侯爵の厚い胸に抱きとめられ、ジュリエッタは動揺した。
(ひゃあ!)
いつも一緒にいて慣れているはずなのに、突然、ジュリエッタは侯爵への恥じらいでいっぱいになってしまった。
(もう駄目……、侯爵さま、胸が爆発しそう……)
ジュリエッタは侯爵を押し返すも、今度は後ろによろめき、足首に激痛が走った。後ろに転びそうになる。それをまた、侯爵が支えてくる。しっかりした腕に支えられ、ジュリエッタの全身の血管が暴れて収まらない。
(もう、いやっ……)
ジュリエッタは一刻も早く侯爵から離れなければ、死んでしまいそうな心地だった。そこで、侯爵から逃げ出そうと前に足を出したところで、再び足首に激痛が走り、しゃがみ込んだ。
それをまた侯爵が支えてくる。
ジュリエッタは足を痛めてしまったようだ。それに気づいた侯爵にジュリエッタは抱き上げられてしまった。
「お、降ろして………」
恥じらいにジュリエッタはカーッと頭に血が上る。ジタバタと暴れれば、侯爵が強く抱きしめてくる。
いつもなら安心するだけの侯爵の体温なのに、侯爵の汗ばんだ首筋を感じれば、心臓が早鐘を鳴らす。
「いや、いやです……。おろして……」
「ジュリエッタ、落ち着いて。大丈夫だから。足を痛めたんだ。ベッドまで運ぶだけだ」
侯爵の落ち着いた物言いに自分が恥ずかしくてたまらなくなった。
(どうして私ばかりこんなに落ち着きなくなっちゃったの?)
ハンナにヤンスら騎士たちの注目がジュリエッタに突き刺さる。ジュリエッタは顔を両手で覆うしかなかった。
(私、おかしいわ……)
***
侯爵はベッドにジュリエッタをそっと降ろした。ジュリエッタの心臓は爆発寸前だ。
「侯爵さま、ありがとうごじゃりま……」
(か、噛んだわ……!)
焦るジュリエッタが背中を向けると、侯爵はジュリエッタのスカートをめくり上げてきた。
(はい……?)
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