未来で愛人を迎える夫など、要りません!

文野多咲

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私が侯爵さまを幸せにする!

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(もう大丈夫、私は侯爵さまを信じられる。侯爵さまはシャルロットではなく、私を愛してくれる。予知夢とは違った未来になったのだわ)

ジュリエッタは、自分の寝室で鏡に向かっていた。

予知夢がなければ、ジュリエッタは侯爵を元平民だと疎んじたまま過ごし、贅沢三昧を続けていたはずだ。そして侯爵をシャルロットに奪われていた。予知夢のお陰で、自分の傲慢さを反省し、今や侯爵に愛を抱いている。

予知夢は警告だったのだ。

(侯爵さまを幸せにするのは、シャルロットではない、私よ。私が侯爵さまを愛し、そして、愛されて、侯爵さまを幸せにするの)

身を引くなどと、思えばそれもまた傲慢なことだった。好きなら、愛しているなら、縋りつけばいいのだ。たとえ惨めを晒そうとも、がむしゃらにしがみつけばよいのだ。

ジュリエッタに覚悟が整った。

鏡越しのハンナを見る。

「ハンナ、今夜は特別に丁寧に支度をしてくれる?」

ハンナは目を見開いた。

(姫さま、ついに?!)

(ええ、覚悟を決めたわ)

二人は黙ったまま言葉を交わす。

ハンナは目にじわりと涙を浮かべる。しばらく、ジュリエッタと見つめ合ったのち、やがて、ハンナの目がカッと見開かれた。自分の両頬をパシパシッと叩くと、充血した目をぎょろつかせる。

(このハンナ、持ちうる力をすべて費やして、姫さまの支度をさせていただきます)

ハンナの心の声がジュリエッタに聞こえてくる。

(すべて費やしては駄目よ。明日からの分を残しておいて)

(いいえ、すべて費やします! 明日は明日で新しい力が湧きますからご心配なく)

(まあ、頼もしいわね)

ジュリエッタの髪を梳くハンナの鼻息が静かな室内でうるさかった。

準備が整った。ジュリエッタは真新しいネグリジェに身を包んでいた。ハンナが大切に取っておいたものだ。これまで何度も『取っておき』を出してきたが、長らくしくじってきた。

しかし、今宵こそは、しくじりも最後になるはずだ。

薄衣に包まれたジュリエッタは輝いていた。

「ねえ、私、おかしくない? 侯爵さまに受け入れてもらえるかしら」

「心配しないでも、侯爵さまは猪突猛進してきますわ! でもあの侯爵さまですから、姫さまにはお優しく触れるはずです。姫さまはじっとしておられれば良いのです」

「じっとしていればいいのね?」

「ええ、殿方に全てを任せておけば良いのです。私が経験していないのが悔しいですわ。経験していればもっと姫さまにいろいろなことをお伝えできるのに」

「大丈夫よ、リタからも話を聞いたことがあるから」

ジュリエッタは乳母のリタから閨で何をするのかを聞いていた。さすがに娘であるハンナの前では言いづらかったのか、ハンナが席を外した場所でのことだった。

***

ジュリエッタは緊張した顔で侯爵の部屋を尋ねた。

侯爵はいつもの穏やかな笑みを浮かべて見つめてきた。

「今日はダニーはこっちに来てないけど」

ダニーを探しにきたと思ったようだった。

「ダニーはハンナに預けたの」

ジュリエッタはもうそれ以上何も話せなくなった。侯爵のベッドにぎくしゃくと足を運ぶと、横になって目をつむった。

侯爵は戸惑っているようだったが、ジュリエッタに掛布をかけると、足音が遠ざかった。それから、なかなかベッドに来る気配はない。薄目を開けると、机に向かったまま、書類でも片付けているようだった。

(やっぱり私は魅力的ではないのかしら)

ジュリエッタの気がくじけそうになる。

(自分の部屋に戻りたくなってきちゃった……。でも、駄目、侯爵さまの妻になって、侯爵さまを幸せにすると決めたのだから)

やっと灯りが暗くなり、侯爵が近づいてくる気配があった。

(来たわ……!)

まな板の上の鯉のような気持ちで、ジュリエッタは身を固くする。ギシリとベッドが音を立てる。しばらくするも、侯爵がジュリエッタに手を伸ばしてくることはない。

またもや薄目を開けると、侯爵はごろりと背を向けていた。

(どうして何もしてこないの?)

起きていることを知らせるために、コホンと咳をしてみた。

しばらく待っても侯爵に動きはない。ゴホゴホッ、と大げさに咳をしてみれば、侯爵は起き上がり、ジュリエッタに手を伸ばしてきた。

(ついにきたわ……!)

ジュリエッタは身構える。

侯爵はジュリエッタの額を触ってきた。その手つきは優しい。

(どうしよう、緊張する……)

ジュリエッタが一瞬気が遠くなるも、意識を取り戻したときには、ジュリエッタの首元まで掛布がかけられていた。

侯爵はジュリエッタの咳に体温を測るために額に触り、熱がないことがわかると、風邪をひかないように掛布をきっちり掛けてくれたようだ。

(世話の焼き方がまるでハンナ?!)

隣を見ればまたもや侯爵は背中を向けていた。

(やはり私は魅力がないのね……。でも、もう私は侯爵と本当の夫婦になるって決めたの! あなたにしがみつくんだから!)

ジュリエッタはムクリと起き上がった。

(ええい、ままよ)

ジュリエッタは、侯爵めがけて飛びついた。侯爵はビクッと驚いて体が揺れた。そして、そのままじっとしている。

ジュリエッタに次の手はない。ただ、侯爵の背中にぎゅっと抱き着くしかできない。侯爵は身動きもせず、じっとしている。

(これだけやっても駄目なの?)

ジュリエッタは混乱し、そのうち涙が込み上げてきた。

気が付けば、ジュリエッタは嗚咽し、しゃくりあげていた。侯爵が、ぎょっとしたように振り向いた。

「ジュリエッタ……?」

「侯爵さま……、グスッ……」

「どうした?! どこか痛いのか?」

侯爵は大げさなほど心配した声を上げている。

「違います……、ズビッ……」

「では、お腹が空いたのか?!」

「ち! ち、が、い、ま、す!」

「では、どうした?!」

「ぁ、ぃ、じで……」

「え?」

「ご、ごうじゃぐざま、あいじでいばぶ……」

ジュリエッタの舌は肝心なときに故障してしまった。

「え? 何?」

「あいじでいばぶ……」

「え? 悪いが、もう一度」

「あいじでいばぶ!」

「え? もう少しはっきり」

「あいじでいばぶ!」

「え? もう少しゆっくり」

(お願いだから伝わって!)

ジュリエッタは侯爵に抱き着いて、唇に唇を押し付けた。
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