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最後の女王
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「ジュリエッタ、胸は?」
ジュリエッタは、胸に突き刺さっているナイフに気が付いて、「ぎょええっ」と令嬢らしからぬ、女王としてはあってはならぬ声を上げた。そして、ダニエルの腕にしなだれ込んだ。
「姫さま……」
誰よりも先んじて冷静さを取り戻していたハンナは、ナイフの柄を持つと、えいやっ、と抜いた。ドレスの胸の裂け目には、金属が覗いていた。
中から出てきたのは、ロケットペンダントだった。
ナイフはロケットの蓋に突き刺さってはいるものの、底は破られておらず、ジュリエッタは無傷だった。しかし、ナイフに驚いてショックに気を失っている。
「姫さま、しっかり! あら、大きなマカロンがありますわ!」
「えっ、マカロン? まあ、どんな味なの?」
ジュリエッタは目をパチッと開けた。そして、状況を理解する。
ジュリエッタはロケットペンダントを手にした。
「あなたが守ってくれたんだわ」
ダニエルの肖像画は真っ二つに破れていた。
ジュリエッタはペロッと舌を出す。
「びっくりして、お腹がすいちゃった。今日の夕飯は何かしら」
「姫さま、今日は宴ですから、何でも食べ放題ですわ」
「じゃあ、もう少し、頑張らなきゃ」
ジュリエッタは元気よく起き上がった。もう一度、テラスに顔を出す。
即位したばかりの女王が刺されるのを目の前で見た民衆は騒ぎ立てていたが、ジュリエッタが再び立っている姿にさざ波が伝わるごとく、静まり返っていった。
ジュリエッタは背筋を伸ばし、威厳のある声を出した。
「我はブルフェン王国、最後の女王である。我が主は国民である!」
水を打ったように静まり返っていた民衆は割れんばかりの拍手をし、叫び始めた。
「ジュリエッタ女王、万歳!」
「最後の女王、万歳!」
ジュリエッタはテラスから下がると、ダニエルに甘えるように言った。
「あと10年だけ、我慢してね。10年後は私の主はダニエルさまだけよ」
「俺の主はずっとジュリエッタだ」
***
「信じられないだろうけど」
そう前置きしながらダニエルは話した。何度も転生を繰り返してきたことを。
「信じるわ。だって、私も予知夢を見たもの。予知夢ではあなたはシャルロットと愛し合って私をないがしろにして、シャルロットと子どもまで作ったのよ。ノルラントに攻められたときには、シャルロットを助けに行って死んだの。私はノルラント兵に嬲り殺されたわ。だから、離婚を切り出したの。王都から逃げなくちゃいけないと思って」
ダニエルとしては、シャルロットと愛し合った覚えはなかった。ただ、『軸』を移そうと思って近づいたが、シャルロットが妊娠したことになっているとは思いもよらぬことだった。
それに、ジュリエッタをないがしろにしたつもりもない。どの人生でも自分なりにジュリエッタを愛してきた。
それを聞いたダニエルはぽつりと言った。
「そうか、ジュリエッタに『軸』が移ったんだ」
アドルフによって、王位は前王からジュリエッタの母に移ったことになり、王の系譜は書き換えられた。その系譜で言えば、ジュリエッタは王女だったことになる。
「では、『歪み』は治ったんだな」
『歪み』とは、フィリップが王位についたことかもしれなかったし、あるいはノルラントに王都が攻められることだったのかもしれない。ともかく、フィリップの王位はなかったこととなり、ノルラントの侵攻も起きなかった。
「ダニエルさま、私、いつもあなたに守られてきたんだわ。私が思っていた以上に」
ダニエルは『やり直し』の絶望的な苦しみの中でも、ジュリエッタを守ろうとしてきた。死なせないようにしてきた。
「でも、最後にジュリエッタに『軸』は移ったんだから、『歪み』を直したのはジュリエッタだ。ジュリエッタが頑張ったからだ」
「ええ、私、頑張ったわ。バルベリでも王都でも随分、頑張ったわ」
***
ジュリエッタは無事双子を生んだ。男の子と女の子だが、王子とも王女とも呼ばれることはなかった。
ブルフェン最後の女王は、賢王として名を残した。
(おわり)
ジュリエッタは、胸に突き刺さっているナイフに気が付いて、「ぎょええっ」と令嬢らしからぬ、女王としてはあってはならぬ声を上げた。そして、ダニエルの腕にしなだれ込んだ。
「姫さま……」
誰よりも先んじて冷静さを取り戻していたハンナは、ナイフの柄を持つと、えいやっ、と抜いた。ドレスの胸の裂け目には、金属が覗いていた。
中から出てきたのは、ロケットペンダントだった。
ナイフはロケットの蓋に突き刺さってはいるものの、底は破られておらず、ジュリエッタは無傷だった。しかし、ナイフに驚いてショックに気を失っている。
「姫さま、しっかり! あら、大きなマカロンがありますわ!」
「えっ、マカロン? まあ、どんな味なの?」
ジュリエッタは目をパチッと開けた。そして、状況を理解する。
ジュリエッタはロケットペンダントを手にした。
「あなたが守ってくれたんだわ」
ダニエルの肖像画は真っ二つに破れていた。
ジュリエッタはペロッと舌を出す。
「びっくりして、お腹がすいちゃった。今日の夕飯は何かしら」
「姫さま、今日は宴ですから、何でも食べ放題ですわ」
「じゃあ、もう少し、頑張らなきゃ」
ジュリエッタは元気よく起き上がった。もう一度、テラスに顔を出す。
即位したばかりの女王が刺されるのを目の前で見た民衆は騒ぎ立てていたが、ジュリエッタが再び立っている姿にさざ波が伝わるごとく、静まり返っていった。
ジュリエッタは背筋を伸ばし、威厳のある声を出した。
「我はブルフェン王国、最後の女王である。我が主は国民である!」
水を打ったように静まり返っていた民衆は割れんばかりの拍手をし、叫び始めた。
「ジュリエッタ女王、万歳!」
「最後の女王、万歳!」
ジュリエッタはテラスから下がると、ダニエルに甘えるように言った。
「あと10年だけ、我慢してね。10年後は私の主はダニエルさまだけよ」
「俺の主はずっとジュリエッタだ」
***
「信じられないだろうけど」
そう前置きしながらダニエルは話した。何度も転生を繰り返してきたことを。
「信じるわ。だって、私も予知夢を見たもの。予知夢ではあなたはシャルロットと愛し合って私をないがしろにして、シャルロットと子どもまで作ったのよ。ノルラントに攻められたときには、シャルロットを助けに行って死んだの。私はノルラント兵に嬲り殺されたわ。だから、離婚を切り出したの。王都から逃げなくちゃいけないと思って」
ダニエルとしては、シャルロットと愛し合った覚えはなかった。ただ、『軸』を移そうと思って近づいたが、シャルロットが妊娠したことになっているとは思いもよらぬことだった。
それに、ジュリエッタをないがしろにしたつもりもない。どの人生でも自分なりにジュリエッタを愛してきた。
それを聞いたダニエルはぽつりと言った。
「そうか、ジュリエッタに『軸』が移ったんだ」
アドルフによって、王位は前王からジュリエッタの母に移ったことになり、王の系譜は書き換えられた。その系譜で言えば、ジュリエッタは王女だったことになる。
「では、『歪み』は治ったんだな」
『歪み』とは、フィリップが王位についたことかもしれなかったし、あるいはノルラントに王都が攻められることだったのかもしれない。ともかく、フィリップの王位はなかったこととなり、ノルラントの侵攻も起きなかった。
「ダニエルさま、私、いつもあなたに守られてきたんだわ。私が思っていた以上に」
ダニエルは『やり直し』の絶望的な苦しみの中でも、ジュリエッタを守ろうとしてきた。死なせないようにしてきた。
「でも、最後にジュリエッタに『軸』は移ったんだから、『歪み』を直したのはジュリエッタだ。ジュリエッタが頑張ったからだ」
「ええ、私、頑張ったわ。バルベリでも王都でも随分、頑張ったわ」
***
ジュリエッタは無事双子を生んだ。男の子と女の子だが、王子とも王女とも呼ばれることはなかった。
ブルフェン最後の女王は、賢王として名を残した。
(おわり)
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