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たまにはズルしたっていいんだ
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伯爵家当主専用の執務室で、ゼンと父親は黙ったまま睨み合っていた。
執務室内だけがやけに冷たい空気にさらされている。
「フィーロを当主にするために貴族学校へ行かせるだと?私が許可すると思うのか?」
「許可をしてください。俺はいずれ屋敷を出ていくことになるかもしれない。そうなれば伯爵家を継ぐのはフィーロ以外にはありえない」
「欠陥のあるお前を当主に据えることですら躊躇するというのに、あの能無しを当主に据えることを許可できると思うのか!アルファでなければ価値などない!伯爵家の血筋を途絶えさせるつもりか!?」
「その欠陥品の地位を頼りに伯爵家を維持しているのは誰だ?よく考えて発言しろ」
つい敬語が崩れてしまった。父親はアルファではあるものの、伯爵家当主を務めるだけの才覚はあまりない。
そのため伯爵家を維持するための資金のほとんどをゼンの給金や、一級魔術師に与えられる特別褒賞金などで賄っている。
他貴族もゼンと関係を深めるためだけに伯爵家との交流を行っているため、この家からゼンが協力を止めれば困るのは父親の方だ。
「っぐ、そもそもなぜ婚約など……一級魔術師の地位を捨てる気なのか」
「そのつもりはない。それに父上に説明する気もない。いいから黙って許可を出せ」
本当に腹立たしい男だ。祖父である先代は優秀なアルファだった。しかし跡継ぎがアルファにしては愚鈍な父親しかおらず、相当苦労をしていた。
(結局性別なんてただ飾りに過ぎない)
オメガでもベータでも輝く瞬間が用意されているべきだし、その瞬間は訪れると信じている。
「……わかった。許可しよう。だがゼン、くれぐれもオメガだということはバレてはならない。お前はアルファだ。主治医に言って薬の量を増やしてもらえ。わかったな」
「言われなくてもわかっています」
父親に背を向けると陰気な執務室から出た。あんな男に腹を立てるのも馬鹿らしく思えてため息をつきだした。
「ゼン様、どうされたのですか?随分お疲れのようですが」
「シャノンか。父上と話をしていただけだ」
「フィーロ様の件ですか?」
「あぁ。フィーロにはできる限りのことをしてやりたいからな」
前回してやれなかった分、今回は大切にすると誓った。
(前回?)
自分が思ったことに疑問が浮かんだが、シャノンがゼンの名前を呼んだことですぐに思考が途切れた。
「ゼン様がフィーロ様のこと大切になさっているのが伝わってきます。僕も彼のことが大切です」
「好きなのか?」
考えてみればシャノンの気持ちを聞いたことがなかった。
ルーカスと結ばれるとばかり思っていたため、こんな状況になってしまったせいでシャノンの考えはまったくわからない。
「好きです。でもこの気持ちをフィーロさまに伝えるつもりはありません。彼もいつか僕達は主人と従者の関係が一番適切だと気づくはずです」
ベータとオメガというだけでも乗り越えなければならない壁は大きい。けれどそれよりも問題なのはフィーロが次期伯爵家当主候補であり、シャノンが専属使用人だという点だ。
身分差は貴族社会でなによりも重要視される。
ベータであるフィーロは伯爵家の発展のためにアルファ性の女性を婚約者に選ぶのが妥当だ。
「言いたいことはわかる。だがまだ決断をするには早いと俺は思う」
ルーカスとシャノンが身分差を乗り越えて結ばれたように、二人もまた壁を乗り越えられるはずだ。
「……ゼン様はオメガだといつか公表されるのですか?」
「……気づいていたのか」
「フィーロ様の専属使用人なる前にお部屋の掃除のとき抑制剤の瓶が置いてあるのを見たことがあったんです。決して口外はしていません」
不用心だったと後悔したが、見つかったのがシャノンで良かったとも思った。
シャノンのことは信頼しているから、口外していないという言葉を信じている。
「お前のことは信じている。それに伯爵家にいれば秘密の一つや二つ目にすることもあるだろう。むしろ黙っていてくれたことに感謝する」
「……オメガは生きづらいです。母も平民と恋に落ちて僕を生みました。祖父は生まれてくる子がアルファなら子爵家に帰ってくることは認めると言っていたそうですが、オメガだったため母は帰ることができず伯爵家の使用人としてここで働いていました。そのあいだ僕は父の働く街の食堂で過ごしていました。でも発情期が始まってからは高額な薬を買うために父も母も苦労していて、二人とも体を壊して亡くなってしまいました」
「確かにオメガには生まれながらに苦労が課される。自由が欲しくとも難しいときもある」
「ええ。ですからなおさらフィーロ様と結ばれることは難しいんです。僕のせいでフィーロ様に迷惑をかけたくない。平民から伯爵家へ引き取られた彼がようやく幸せを掴もうとしているのに、その邪魔なんてできない」
そう言いながら辛そうに顔を歪めたシャノンを今すぐ抱きしめてやりたくなった。
楽しいことばかりの人生ではない。前世の記憶があるからなにもかもうまく進められるなんて考えは間違っていたのかもしれないと思い知らされた。
それでも──
「それでも俺はお前たち二人が笑い合える日が来ることを信じている。俺は叶えたい願いを掴みとるためならどんな手段も迷わず使ってきた。だからお前もたまには自分のためにズルく生きてみろ」
華奢な肩に励ますように手をおいた。励まし方などわからないけれど、少しでもシャノンの気持ちが軽くなればいいと必死に言葉を選んだつもりだ。
「ふふ、ありがとうございます」
その気持ちに応えるように、シャノンが柔らかな笑みを向けてくれた。それに安心してゼンもうなずく。
「シャノン、髪飾りを毎日つけているだろう、きっとフィーロもお前にとっては手放せない存在のはずだ」
「そうですね……。目を離すことなんてできないです」
「フッ、フィーロのことをこれからも頼んだ」
肩から手を離すと、シャノンの横を通り過ぎて部屋へ戻った。
ゼン自身も考えさせられることが多い。引き出しに近づくと一通の手紙を取り出す。今朝届いたルーカスからの手紙だ。
街に行くというのは本気だったらしい。
(難しいことは考えず楽しむことも必要だな)
そう考えられるようになってきたのは進歩な気がする。
ルーカスが自分に執着してくる理由はいまだによくわからない。けれど婚約破棄をする気がないのなら気持ちは本当なのだろう。
手紙をしまうとウォークインクローゼットへ足を伸ばす。街に着ていけそうな服を考えながら、ゼンは無意識のうちに口角を緩めていた。
執務室内だけがやけに冷たい空気にさらされている。
「フィーロを当主にするために貴族学校へ行かせるだと?私が許可すると思うのか?」
「許可をしてください。俺はいずれ屋敷を出ていくことになるかもしれない。そうなれば伯爵家を継ぐのはフィーロ以外にはありえない」
「欠陥のあるお前を当主に据えることですら躊躇するというのに、あの能無しを当主に据えることを許可できると思うのか!アルファでなければ価値などない!伯爵家の血筋を途絶えさせるつもりか!?」
「その欠陥品の地位を頼りに伯爵家を維持しているのは誰だ?よく考えて発言しろ」
つい敬語が崩れてしまった。父親はアルファではあるものの、伯爵家当主を務めるだけの才覚はあまりない。
そのため伯爵家を維持するための資金のほとんどをゼンの給金や、一級魔術師に与えられる特別褒賞金などで賄っている。
他貴族もゼンと関係を深めるためだけに伯爵家との交流を行っているため、この家からゼンが協力を止めれば困るのは父親の方だ。
「っぐ、そもそもなぜ婚約など……一級魔術師の地位を捨てる気なのか」
「そのつもりはない。それに父上に説明する気もない。いいから黙って許可を出せ」
本当に腹立たしい男だ。祖父である先代は優秀なアルファだった。しかし跡継ぎがアルファにしては愚鈍な父親しかおらず、相当苦労をしていた。
(結局性別なんてただ飾りに過ぎない)
オメガでもベータでも輝く瞬間が用意されているべきだし、その瞬間は訪れると信じている。
「……わかった。許可しよう。だがゼン、くれぐれもオメガだということはバレてはならない。お前はアルファだ。主治医に言って薬の量を増やしてもらえ。わかったな」
「言われなくてもわかっています」
父親に背を向けると陰気な執務室から出た。あんな男に腹を立てるのも馬鹿らしく思えてため息をつきだした。
「ゼン様、どうされたのですか?随分お疲れのようですが」
「シャノンか。父上と話をしていただけだ」
「フィーロ様の件ですか?」
「あぁ。フィーロにはできる限りのことをしてやりたいからな」
前回してやれなかった分、今回は大切にすると誓った。
(前回?)
自分が思ったことに疑問が浮かんだが、シャノンがゼンの名前を呼んだことですぐに思考が途切れた。
「ゼン様がフィーロ様のこと大切になさっているのが伝わってきます。僕も彼のことが大切です」
「好きなのか?」
考えてみればシャノンの気持ちを聞いたことがなかった。
ルーカスと結ばれるとばかり思っていたため、こんな状況になってしまったせいでシャノンの考えはまったくわからない。
「好きです。でもこの気持ちをフィーロさまに伝えるつもりはありません。彼もいつか僕達は主人と従者の関係が一番適切だと気づくはずです」
ベータとオメガというだけでも乗り越えなければならない壁は大きい。けれどそれよりも問題なのはフィーロが次期伯爵家当主候補であり、シャノンが専属使用人だという点だ。
身分差は貴族社会でなによりも重要視される。
ベータであるフィーロは伯爵家の発展のためにアルファ性の女性を婚約者に選ぶのが妥当だ。
「言いたいことはわかる。だがまだ決断をするには早いと俺は思う」
ルーカスとシャノンが身分差を乗り越えて結ばれたように、二人もまた壁を乗り越えられるはずだ。
「……ゼン様はオメガだといつか公表されるのですか?」
「……気づいていたのか」
「フィーロ様の専属使用人なる前にお部屋の掃除のとき抑制剤の瓶が置いてあるのを見たことがあったんです。決して口外はしていません」
不用心だったと後悔したが、見つかったのがシャノンで良かったとも思った。
シャノンのことは信頼しているから、口外していないという言葉を信じている。
「お前のことは信じている。それに伯爵家にいれば秘密の一つや二つ目にすることもあるだろう。むしろ黙っていてくれたことに感謝する」
「……オメガは生きづらいです。母も平民と恋に落ちて僕を生みました。祖父は生まれてくる子がアルファなら子爵家に帰ってくることは認めると言っていたそうですが、オメガだったため母は帰ることができず伯爵家の使用人としてここで働いていました。そのあいだ僕は父の働く街の食堂で過ごしていました。でも発情期が始まってからは高額な薬を買うために父も母も苦労していて、二人とも体を壊して亡くなってしまいました」
「確かにオメガには生まれながらに苦労が課される。自由が欲しくとも難しいときもある」
「ええ。ですからなおさらフィーロ様と結ばれることは難しいんです。僕のせいでフィーロ様に迷惑をかけたくない。平民から伯爵家へ引き取られた彼がようやく幸せを掴もうとしているのに、その邪魔なんてできない」
そう言いながら辛そうに顔を歪めたシャノンを今すぐ抱きしめてやりたくなった。
楽しいことばかりの人生ではない。前世の記憶があるからなにもかもうまく進められるなんて考えは間違っていたのかもしれないと思い知らされた。
それでも──
「それでも俺はお前たち二人が笑い合える日が来ることを信じている。俺は叶えたい願いを掴みとるためならどんな手段も迷わず使ってきた。だからお前もたまには自分のためにズルく生きてみろ」
華奢な肩に励ますように手をおいた。励まし方などわからないけれど、少しでもシャノンの気持ちが軽くなればいいと必死に言葉を選んだつもりだ。
「ふふ、ありがとうございます」
その気持ちに応えるように、シャノンが柔らかな笑みを向けてくれた。それに安心してゼンもうなずく。
「シャノン、髪飾りを毎日つけているだろう、きっとフィーロもお前にとっては手放せない存在のはずだ」
「そうですね……。目を離すことなんてできないです」
「フッ、フィーロのことをこれからも頼んだ」
肩から手を離すと、シャノンの横を通り過ぎて部屋へ戻った。
ゼン自身も考えさせられることが多い。引き出しに近づくと一通の手紙を取り出す。今朝届いたルーカスからの手紙だ。
街に行くというのは本気だったらしい。
(難しいことは考えず楽しむことも必要だな)
そう考えられるようになってきたのは進歩な気がする。
ルーカスが自分に執着してくる理由はいまだによくわからない。けれど婚約破棄をする気がないのなら気持ちは本当なのだろう。
手紙をしまうとウォークインクローゼットへ足を伸ばす。街に着ていけそうな服を考えながら、ゼンは無意識のうちに口角を緩めていた。
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