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序章
4 ようこそ魔の世界へ
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エントランスは、中央に鎮座する巨大な炎が灯りとなり照らしている。
驚くべきことに、その炎はエインリッヒの倍はあるであろう背丈の、瓶の中に入っているのだ。蓋の開いた半透明の瓶の中で、暖かな光がめらめら燃え盛っている。薄っすらと青色に色づいた瓶の色が、中身の炎を幻想的に見せていた。瓶の中に薪がくべられているわけではない。燃料となるものは一切なく、ただ炎だけが瓶のなかに閉じ込められている。
炎は時折勢いよく燃え上がると、空中に光る小さな粒のような火の粉をまき散らしていた。空中に飛び散って輝いた炎の粒は、床に落ちることはない。小指ほどの小さな鳥がすかさず火の粉に群がって、身に纏うのだ。火を浴びても、優雅に空中を翻る小鳥たちが焼き焦げる様子はない。長い尾っぽで飛んできた火の粉をすくいあげ、小さな光を灯している。そうして何羽もの光を纏った小鳥たちがホールの中を自由に飛び回ることで、中央の巨大な炎だけでは照らしきれないエントランスの柱の陰に明かりを灯している。
エントランスホールを行き交う人々は、誰も彼もが忙しそうに早歩きしている。大抵のヒトが自分の身長に合わせた丈のローブを身に纏い、ある程度の重さと厚みのあるそれは優雅に風になびく。だが、その内の誰一人として、エインリッヒと「同じ」ものは存在しなかった。
あるものは、顔全面に魚のうろこのようなものをびっちりと生やし、鈍く光らせている。本来耳がある箇所に鰓とひれのようなものをはやしていた。エインリッヒの腰ほどまでしか背丈のないものは、短い手足で人ごみの中を糸を縫うようにせかせかと歩き回っている。周りよりも幾分も長い帽子を被ったものは、人々に迷惑そうにされているにも関わらず堂々と見栄を張って歩いている。ふさふさと、狼のような尻尾を二本も三本も生やしたものは、後ろの女性がうっとりと、その毛並みを見つめていることに気づかない。
エインリッヒの常識からかけ離れた世界が、そこには広がっていた。これが夢なのか、幻なのか即座に判断はできない。けれど、腰を抜かして眺めている内に、そこに確かに彼らは生きており、彼の常識から外れた現実であることが、ようやく理解できた。
「……これは」
――これは、魔法だ。
魔法と、魔法を使役する自由な種族たちだ。
途端、エインリッヒの鼓動が、これまで生きてきて初めてというほど、早い鼓動を奏でた。
そして巡る血流が彼の頬を火照らせる。
これは、未知のものに対する興奮だ。なぜならば、エインリッヒの故郷は「人」しかいない。そしてそれが当然のものだと信じていたし、ほかの国も「人」で構成されているものだと信じ込んでいた。人が古来から営みを続け、知恵を身に着け、技術の革新を繰り返し、すべては人の理解の範疇の中にあるのだと。
けれど、違ったのだ。自分が知り得たことなど、あまりにも世界の一端でしかなかったのだ。エインリッヒの絶望に満ちた人生に、今まさにぽっと明かりが灯された。ごくり。生唾を飲み込んだ彼の瞳は、らんらんと輝きだした。
「魔法」という概念は知っている。それはおとぎ話や、市井で話題の娯楽小説によく登場していた。不思議な力を使って物を浮かせたり、時間を止めたりすること。そしてドラゴンや、妖精などの、見たことのない生き物たちと時に戦い、時に協力し合うのだ。
その世界の一員に今自分がなっているという事実が、今までの人生などすべて忘れさせてくれるほどに、エインリッヒの気持ちを高らせた。
『――おい、いままでどこに居やがった!』
が、エインリッヒが感動に浸り呆然としていると、突然後ろから肩をぐいとつかまれ、無理やり後ろを振り向かされた。
驚いたエインリッヒが反抗もできず力のままに振り返ると、全身を真っ白な毛に覆われた、白い熊が仁王立ちしていた。ただし、普通の熊ではない。エインリッヒと同じ灰色のコックコートを着込んでいる。料理人風の白熊は、今にも襲い掛からんとした迫力で怒鳴り声をあげた。
『新人! サボるとはいい度胸じゃねえか、とっちめてやる!』
「はあ……なるほど」
白い熊は牙をむき出しにして、エインリッヒに対して怒号を浴びせている。座り込んでいたエインリッヒはこれ以上怒りを買ってはならない、と素直に立ち上がり、ひとつうなずいた。
「言葉、さっぱり分からないな」
驚くべきことに、その炎はエインリッヒの倍はあるであろう背丈の、瓶の中に入っているのだ。蓋の開いた半透明の瓶の中で、暖かな光がめらめら燃え盛っている。薄っすらと青色に色づいた瓶の色が、中身の炎を幻想的に見せていた。瓶の中に薪がくべられているわけではない。燃料となるものは一切なく、ただ炎だけが瓶のなかに閉じ込められている。
炎は時折勢いよく燃え上がると、空中に光る小さな粒のような火の粉をまき散らしていた。空中に飛び散って輝いた炎の粒は、床に落ちることはない。小指ほどの小さな鳥がすかさず火の粉に群がって、身に纏うのだ。火を浴びても、優雅に空中を翻る小鳥たちが焼き焦げる様子はない。長い尾っぽで飛んできた火の粉をすくいあげ、小さな光を灯している。そうして何羽もの光を纏った小鳥たちがホールの中を自由に飛び回ることで、中央の巨大な炎だけでは照らしきれないエントランスの柱の陰に明かりを灯している。
エントランスホールを行き交う人々は、誰も彼もが忙しそうに早歩きしている。大抵のヒトが自分の身長に合わせた丈のローブを身に纏い、ある程度の重さと厚みのあるそれは優雅に風になびく。だが、その内の誰一人として、エインリッヒと「同じ」ものは存在しなかった。
あるものは、顔全面に魚のうろこのようなものをびっちりと生やし、鈍く光らせている。本来耳がある箇所に鰓とひれのようなものをはやしていた。エインリッヒの腰ほどまでしか背丈のないものは、短い手足で人ごみの中を糸を縫うようにせかせかと歩き回っている。周りよりも幾分も長い帽子を被ったものは、人々に迷惑そうにされているにも関わらず堂々と見栄を張って歩いている。ふさふさと、狼のような尻尾を二本も三本も生やしたものは、後ろの女性がうっとりと、その毛並みを見つめていることに気づかない。
エインリッヒの常識からかけ離れた世界が、そこには広がっていた。これが夢なのか、幻なのか即座に判断はできない。けれど、腰を抜かして眺めている内に、そこに確かに彼らは生きており、彼の常識から外れた現実であることが、ようやく理解できた。
「……これは」
――これは、魔法だ。
魔法と、魔法を使役する自由な種族たちだ。
途端、エインリッヒの鼓動が、これまで生きてきて初めてというほど、早い鼓動を奏でた。
そして巡る血流が彼の頬を火照らせる。
これは、未知のものに対する興奮だ。なぜならば、エインリッヒの故郷は「人」しかいない。そしてそれが当然のものだと信じていたし、ほかの国も「人」で構成されているものだと信じ込んでいた。人が古来から営みを続け、知恵を身に着け、技術の革新を繰り返し、すべては人の理解の範疇の中にあるのだと。
けれど、違ったのだ。自分が知り得たことなど、あまりにも世界の一端でしかなかったのだ。エインリッヒの絶望に満ちた人生に、今まさにぽっと明かりが灯された。ごくり。生唾を飲み込んだ彼の瞳は、らんらんと輝きだした。
「魔法」という概念は知っている。それはおとぎ話や、市井で話題の娯楽小説によく登場していた。不思議な力を使って物を浮かせたり、時間を止めたりすること。そしてドラゴンや、妖精などの、見たことのない生き物たちと時に戦い、時に協力し合うのだ。
その世界の一員に今自分がなっているという事実が、今までの人生などすべて忘れさせてくれるほどに、エインリッヒの気持ちを高らせた。
『――おい、いままでどこに居やがった!』
が、エインリッヒが感動に浸り呆然としていると、突然後ろから肩をぐいとつかまれ、無理やり後ろを振り向かされた。
驚いたエインリッヒが反抗もできず力のままに振り返ると、全身を真っ白な毛に覆われた、白い熊が仁王立ちしていた。ただし、普通の熊ではない。エインリッヒと同じ灰色のコックコートを着込んでいる。料理人風の白熊は、今にも襲い掛からんとした迫力で怒鳴り声をあげた。
『新人! サボるとはいい度胸じゃねえか、とっちめてやる!』
「はあ……なるほど」
白い熊は牙をむき出しにして、エインリッヒに対して怒号を浴びせている。座り込んでいたエインリッヒはこれ以上怒りを買ってはならない、と素直に立ち上がり、ひとつうなずいた。
「言葉、さっぱり分からないな」
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