52 / 148
二年目
忠告と要請 1
しおりを挟む「はい。はい。ではよろしくお願いいたします」
月子のマネージャーである平山は、電話を切ってエレベーターに乗った。
扉が閉じ切る前に、制服姿の純がするりと入ってくる。
「あ、えっと、行先は?」
ボタンの前に立つ平山が尋ねると、純は閉じた扉に顔を向けたまま、静かに告げた。
「同じ階です」
平山は目をぱちくりとさせながら手を下ろした。純の視線が、光る数字のボタンに向かう。
「会議室のフロアですね。会議ですか?」
「え? ああ、ええ……」
平山はぎこちない笑みを浮かべ、うなずいた。エレベーターが上に進む中、純は平山を見据える。その視線に、平山も気づいているようだった。
二十代後半で中肉中背。ラベンダー色でストライプ柄のネクタイは、月子のイメージに合わせたもの。担当のタレントに対する敬意と、仕事の真剣さが伝わってくる。
イノセンスギフトのマネージャーである熊沢とはちがい、真面目で人当たりがいい。規則は守り、仕事を覚えるのが早い優等生タイプ。
「時間がなさそうなので、簡潔に言いますね」
「あ、え……?」
平山は困惑しながら純を見る。妖しく細めるキツネ目と、目が合った。
「脅しみたいになっちゃうからほんとうは嫌なんですけど」
純の表情はあくまでもやわらかい。穏やかな声で告げる。
「今のままじゃ、月子ちゃん。半年以内に壊れて、テレビに出られなくなります」
「え?」
目を見開いた平山だったが、すぐに空笑いを浮かべる。
「はは……まあ、忙しい身ですから。本人も疲れがたまって思うところはあるんでしょう」
無理に話を合わせている声だ。純の言葉を取り合うつもりはないらしい。
「星乃くんは月子と仲が良いですもんね。でも大丈夫ですよ。今後は月子の負担にならないようスケジュールを組むつもりなので」
言葉から思考を読み取った純は、眉をひそめる。
月子に対する平山の認識が、純の持つ認識と大きくズレていた。
純は必死に頭を動かし、平山の言うとおりの方法で何が起こるか予測を立てる。はっきりとした未来を視るためにはまだ時間が必要だ。
無情にも、エレベーターが、止まる。
「待ってください! その方法じゃ……」
「じゃあ、ぼくはこのあと会議なので」
扉が開き、平山は降りていく。平山なりに話を切り上げたことは当然わかっている。それでも純は後ろを追って、必死に続けた。
「月子ちゃんのスケジュールを調整していくつもりなら、俺の話をちゃんと聞いてください」
「聞いてますよ、だから……」
若干のうっとうしさを感じている声に、純は声をあらげた。
「ウソですよ! 聞く気なんてない。俺は売れないアイドルで、ただの月子ちゃんの友達だから。事務所の社員のあなたにとってなんのアドバイスにもならないと思ってる」
平山はさすがに顔をゆがめ、ため息をついた。思考と感情が嫌でも頭に入り、純は眉尻を下げる。
芸能事務所のマネージャーは、タレントのスケジュールを管理する以外に、書類作業や広報活動、営業にも力を入れなくてはならない。
ただでさえ忙しいマネージャーに、よそのアイドルが口出ししているのだ。なんの実力もない純の発言力は知れたもの。邪険にされるのも当然だ。
頼ろうとしたことが間違いだったのだ。やはり、一人でなんとかするしかない。
月子のためなら、たとえイノセンスギフトの仕事がおろそかになっても構わなかった。
「すみません。ムチャ、言いましたね。俺が言ったこと、忘れてください。自分で、なんとかしてみます」
純は背を向けて、来た道を戻る。平山はその背中を見て、すぐそばにあったドアをノックし、開けた。
「失礼します!」
「あら? 純ちゃんの声が聞こえてたから、一緒だとばかり思ってたんだけど。……なにがあったの?」
「あ、いえ、それは」
ずっしりとした女性の声は、純の耳にも届いた。すぐさま踵を返し、会議室の中をのぞく。
フロアの中でも一段と広い会議室では、スーツを着たお偉方や平社員がテーブルを囲んでいる。その一番奥、上席に、ピンクのスーツを着た中年女性がこちらを向いて座っていた。
「ああ、やっぱりいたのね、純ちゃん」
パーマをかけたボブヘアの女性は、フローリアミュージックプロダクションの名物社長だ。口元を隠す手の指に、きらびやかな指輪がいくつもはまっている。
「ちょうどよかった。あなたにも意見を聞いてみたいと思っていたところだったの」
お気楽に笑う社長に反し、他の社員たちはいぶかしげに純を見る。その中には、熊沢もいた。純に近い手前の席に座っている。
なにか重要なことを話しあっていたであろうことは言わずもがなだ。
「俺が意見だなんて恐れ多いです。今日は平山さんに用があっただけですので、出直します」
この重たい空気の中へ入っていく自信はない。丁重に断っているのに、社長は穏やかな口調で続けた。
「今ね、来年度のマネージャーの担当について検討してたの。社員と面談して、適性を考慮しながら決めるのよ。今のタレントの担当を続けるか、変わるか、タレントによって人数を増やすか減らすかって具合にね」
「……なるほど」
「今、ちょうど、アイドルや子役を担当してるマネージャーたちに現状や希望を聞いてたところだったの」
だから平山や熊沢がここにきているのだ。平山は他の社員にうながされ、席に着いた。
「純ちゃんから見て、どうかしら? 自分たちのマネージャーは」
社長は試すような目で純を見すえる。
0
あなたにおすすめの小説
朔望大学医学部付属病院/ White Dictator
御月様(旧名 僕君☽☽︎)
キャラ文芸
White Dictator______通称:『白衣の独裁者』
<ホワイト・ディクテイター>
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
圧倒的な「実力」と「技術」で捩じ伏せ・現場を支配する凄腕たち。
___ ごく僅かな一瞬の隙も逃さない神手の集まり。
月弥総合病院
御月様(旧名 僕君☽☽︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる