星乃純は死んで消えたい

冷泉 伽夜

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二年目

つかみ取れた仕事

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「ティーンエイジャー・アイドル!」のスタジオ収録が終わり、なぜか純だけが楽屋に残るように言われた。マネージャーも一緒だ。

 純はおとなしく座っているが、隣に座る熊沢の貧乏ゆすりがせわしない。

 ノックの音が響くと、すぐにドアが開いた。

「いやー、お待たせしてすみません!」

 純とマネージャーは立ち上がってお辞儀をする。

 入ってきたのは番組のプロデューサーだ。番組制作の全責任者で、タレントとの打ち合わせも担当している。

「すみませんねぇ。お二人に残ってもらったのは、ちょっとお願いしたいことがありましてね」

 プロデューサーは熊沢の前の座る。二人も続けて座った。

「実はですね。来年度からこの番組、体制が変わるんですよ」

 苦笑したプロデューサーは肩をすくめる。

 それ以上の詳細は話さなかったが、出演者が問題を起こしたことが原因なのは言わずもがなだ。ニュースで取り上げられるほど大問題とあっては、番組の継続にも響いてくる。

 少なくとも、プロデューサーは番組を終わらせるつもりがないようだ。体制を変えることで悪いイメージを払拭し、番組を存続させようとしている。

「新体制になるにあたって、フローリアのアイドルグループから、一人ずつレギュラーとして出てもらおうってことになったんです。それで、どうでしょう? イノセンスギフトから星乃くんに出てもらうというのは」

「俺が、ですか……?」

 純は目を見張る。

 それまで「ティーンエイジャー・アイドル!」の出演は無作為にメンバーが選ばれていた。レギュラーになるということは、毎週出ることが確定する。

 マネージャーも驚きを隠せないようで、前のめりになり首を振った。

「いやいやいやいやうちの星乃をですか?」

「ええ! ぜひ!」

 純はプロデューサーの表情と全体の雰囲気を捕らえる。頭に入ってきた感情と思考を分析した。

「星乃くんが出演してくれるようになってから、現場がよく盛り上がるんです。コメントもひねり出してくれるし、みんなとは違う角度で反応してくれますしね」

 理解した純は、気づかれない程度に息をつく。

 実際は、第一候補として千晶を上げていたようだ。しかし千晶の忙しさでは、スケジュール的に難しい。

 純は第二候補、といったところだ。比較的スケジュールには余裕があり、テレビの前でトークもできるから。

 それでも嬉しかった。少しでも自分が認められたような気がした。必要だと思われることが、嬉しかった。

「ウチのスタッフにもロケで気を使ってくれて評判良いんですよ」

 和気あいあいと話すプロデューサーに、熊沢は硬い表情で首をかしげる。

「はあ……そうですか? しかし」

 熊沢は他のメンバーを薦めようとしている。純が先手を打った。

「ほんとうに俺でいいんですか? でも俺なんて他のメンバーに比べたら……」

 あくまでも謙虚に、真面目に、真剣な声で言う。プロデューサーの視線が、純にまっすぐ向いた。

「いえいえ、自信もってください! MCの日野さんもアシスタントの渡辺さんも、星乃くんだったらって言ってるんですから!」

 これはお世辞でもなく社交辞令でもないようだ。 

 純は明るい笑みを浮かべる。

「それなら、ぜひやってみたいです」

「ほんとですか? 星乃くんは今まで通りにしていただいて結構ですので。他のアイドルグループの方もレギュラーはじめての方が多いので、やりやすいと思いますよ。スケジュール的にも問題ないですよね?」

 プロデューサーは熊沢に顔を向ける。不快な感情を隠すのに必死な熊沢は、ぎこちなく返した。

「ですが、星乃は今私立の高校に通っていまして」

「収録は土曜日の予定なんですが、大丈夫ですか?」

「ああ……しかしですね。星乃を出すくらいでしたら」

 純が笑顔で、はっきりとかぶせる。

「大丈夫です! できます! なんとか出れるように調整します」

 その言動は、やる気に満ち溢れた若手アイドルとしての印象をこれでもかと放っていた。プロデューサーには好感触だ。満面の笑みでうなずく。

「ありがとうございます! 一緒に頑張っていきましょう」

 それからしばらく、番組の変更点や現状で決まっていることが伝えられる。純は必死にメモをして、番組に意欲的な態度を見せていた。

 用件を終えたプロデューサーは、笑顔で楽屋を去っていく。純も自身の手帳と筆記具を片付けて、熊沢と一緒に楽屋を出た。

「言っとくけどおまえの評価じゃないからな」

 前を歩く熊沢が振りむき、嫌みに口を開く。

「イノセンスギフトの肩書と、おまえの親が有名人ってのがあるからだ。しかもしょせん、千晶のおこぼれ。あんな関東ローカル番組、千晶が断れるくらい大した仕事じゃねえんだよ」

 熊沢の声は、廊下一帯に響いていた。
 
 誰が聞いているのかわからないこの場所で、そんなことをよく大っぴらに言えるものだ。純は心の底からあきれていた。もし許されるのであれば、少し距離を取って知らない人のフリをしたいくらいだ。

「よかったな~、おまえ。周りの人間に恵まれて」

「はい。ほんとうにそう思います」

 嫌みなく、純粋に笑う。

「これで少しでもグループに貢献できるならよかったです」

 熊沢が怪訝けげんな表情を浮かべたときだった。

「あ、純ちゃん」

 前方から、月子が早足で近づいてきた。私服姿で台本を抱えている。

 以前会ったときよりも穏やかな笑みを見せていた。

「レギュラーの話きたんでしょ? もちろん受けるよね?」

 純がうなずくと、月子は勝気に鼻を鳴らす。

「よかった~。純ちゃん、スタッフからの評判いいもんね。お兄ちゃんは俳優業に専念したいからって断ったらしいけど、実際は不器用でバラエティが苦手だからよ。妹の私とはちがうのよね~」

 一見、ふざけるような言い方だったが、その目は熊沢に向き、鈍い光を放っている。

 月子の指摘と嫌みに気づいた熊沢は、顔をゆがませていた。

「お兄ちゃんが断った仕事を純ちゃんが引き受けてのよ。どちらにしろイノギフの手柄になるんだから、全然オッケー、でしょ?」

 何も言い返さず顔を赤くさせる熊沢に、月子は鼻で笑った。

「まあ、ヒステリックな女子中学生に言われても伝わんないだろうけど」

 満足したとばかりに、純に対して穏やかな笑みを向けなおす。

 月子は、また、助けてくれたのだ。純を傷つけようとするのが大人であろうと、負けじとやり返してくれる。

 その反骨精神と、高いプライドで、自身の立場をおおいに利用しながら。

「来年度も、よろしくね。純ちゃん」

 月子の情緒は、回復しつつある。ようやく、純の知っている月子の姿に戻ってきた。

 安心とよろこびで涙が出そうになるのを、ぐっとこらえる。

 純は目を細め、うなずいた。

「月子ちゃんが、元気になったみたいでよかった」

「うん。純ちゃんにもらった元気玉のおかげ」

 月子らしくない言い方に、純は失笑する。

 プレゼントにあげたチョコレートは、大事に大事に食べているらしい。

「違うよ。月子ちゃんはそもそも強い子だから。何があっても、立ち直れる力をちゃんと持ってるんだよ」

「そうね、私、強いの。天才だから」

 大きな猫目が細くなり、華やかでやわらかい空気が辺りに広がっていく。他のタレントが評価するようなクールビューティとは程遠い。

「また、いつでも連絡して。今までどおりに」

「もちろん」

 純は、不快気な表情をした熊沢とともに立ち去る。その後ろで、月子がほほえみながら手を振っていた。

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