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三年目
動き出す歯車 2
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苦笑した飛鳥が、「そろそろ行かなきゃ」とドアのほうに手を向ける。古橋と並び、先に向かう伊織の後ろをついていった。
「それにしてもすごいな、古橋は。純くんとうまくかかわれてるんだ?」
「そりゃ、まあ。一緒にいることが多いですし」
「俺たちはもう三年いるのに、全然だよ? 心開いてくれる気がしない」
「あー……確かにプライベートに関する話題はあまり出てこないですね」
伊織がドアを押して廊下に出る。ドアの裏に目を向けた瞬間、震え上がった。
「ぅわぁ。びっくりした」
「どうした、伊織? うわっ」
そこには、壁に背をつけてたたずむ純の姿があった。なにを考えているのか決して読ませない表情で、二人を見返している。
なんとも言えないぎこちない空気が広がる中、純の視線が最後に出てきた古橋に向かった。
「話、終わりました?」
「え? あ……」
察した伊織が短く息をつく。飛鳥に目くばせして、歩き出した。純も伊織も、互いに話すことはない。伊織に続く飛鳥も純をちらりと見るだけで、声をかけることはなかった。
「僕になにか? 用があるならマネジメントフロアで待っててもよかったのに」
「……そこではちょっと、話せない内容なので」
二人の足音が遠のいていくのを確認し、純は声を落とす。
「熊沢さんから、聞きました。国営放送のロケ番組で、ゲスト出演が決まったって」
「あ、聞きました? おめでとうございます。あの番組、俺も星乃さんなら絶対にうまくいくような気がするんですよね」
純粋な笑顔で、明るいオーラをぱあっと放っている。少し胸が痛む純だったが、表情はそのままに続けた。
「あの仕事、断ろうと思うんです」
「へ?」
古橋の頭には、たくさんの疑問符が浮かんでいる。質問攻めをされる前に続けた。
「俺が断ったとは言わずに、そのまま爽太の仕事として回してください」
「はあ?」
「もちろん俺が断ったなんて言うと怒るだろうから、内緒で」
「いや、そりゃそうでしょ!」
さっきまで純の仕事の姿勢がプロだと言い切っていた古橋は、その発言に自信を無くし始めていた。とはいえ、純がなんの考えもなしに言っているとも思えない。
「絶対に、爽太のためになると思うんです」
古橋の目と合わせる琥珀色の瞳は、ふざけている要素をみじんも感じさせなかった。
「爽太のほうが、学び得られるものが大きいはずです。もちろん熊沢さんにも内緒にしてください」
「そんなむちゃな……」
「それと、このことを古橋さんから直接会長に伝えてほしいんです」
「お、俺が? そんなの無理ですよ」
「無理じゃない。やってください。会長に直接言ってくれたら、熊沢さんに伝わることはありませんから。伝わったとしても、俺が古橋さんを守ります」
本気だった。それは古橋にも伝わっていた。
純の顔に、いつもの、はかない笑みが浮かぶ。
「大丈夫、古橋さんには害がないようにします。……あのとき、俺のこと、かばってくれたからね」
古橋は眉尻を下げ、なにも答えることができなかった。
†
デスク作業も営業先への電話も終えた熊沢は、閉じたノートパソコンをもって立ち上がる。マネジメントフロアのワークスペースを出ようとした途端、スーツのポケットに入っていたスマホが震え、取り出した。
画面を見て眉をひそめるものの、タップして耳に当てる。
「はい、熊沢です」
「まだ事務所かな?」
ひょうひょうとしながらも重い声。会長だ。
「そうです」
「国営放送の件なんだけどね。あれってきみが同行する予定なんだっけ?」
「はい。その予定です」
「それね、新人につかせてあげてよ」
「はい?」
わかりやすく怪訝な表情を浮かべた。
「同じ日に、千晶の仕事が入ってるでしょ。そっちについてあげて」
会長の要望に混乱する熊沢だったが、千晶の名前を出され合点がいった。
千晶はソロデビューを直前に控えている。ソロ曲の発売日もミュージックビデオの公開も差し迫り、ソロでの番組出演も複数決まっていた。会長はその状況を考慮したうえで、千晶のほうに手をかけるべきだと言いたいのだ。
「しかしながら、現場にはライオンさんもいらっしゃいます。なにより国営放送です。古橋と星乃でうまくやれると思えません。せめて、田波が」
「それはぁ、僕もフォローするしなんとかするよぉ。それより千晶だよ。この時期が正念場だろ。休みもないし本人も疲れてる。ここで気を緩めて変なことしでかされちゃ困るんだよね。千晶の場合は人の手が多いほどいいんだ。主任のきみと、経験のある田波がそろっていたらこれほど心強いものはない。……きみもそう思うだろ」
「承知しました。ではそのように古橋にも伝えておきます」
「ああ、大丈夫大丈夫。僕のほうでもう連絡しておいたから。じゃ、あとはよろしく」
電話が切れた。しばらく画面を見つめた熊沢は舌打ちする。
「……会長も落ちぶれたもんだな。失敗すんのが目に見えてるわ」
「それにしてもすごいな、古橋は。純くんとうまくかかわれてるんだ?」
「そりゃ、まあ。一緒にいることが多いですし」
「俺たちはもう三年いるのに、全然だよ? 心開いてくれる気がしない」
「あー……確かにプライベートに関する話題はあまり出てこないですね」
伊織がドアを押して廊下に出る。ドアの裏に目を向けた瞬間、震え上がった。
「ぅわぁ。びっくりした」
「どうした、伊織? うわっ」
そこには、壁に背をつけてたたずむ純の姿があった。なにを考えているのか決して読ませない表情で、二人を見返している。
なんとも言えないぎこちない空気が広がる中、純の視線が最後に出てきた古橋に向かった。
「話、終わりました?」
「え? あ……」
察した伊織が短く息をつく。飛鳥に目くばせして、歩き出した。純も伊織も、互いに話すことはない。伊織に続く飛鳥も純をちらりと見るだけで、声をかけることはなかった。
「僕になにか? 用があるならマネジメントフロアで待っててもよかったのに」
「……そこではちょっと、話せない内容なので」
二人の足音が遠のいていくのを確認し、純は声を落とす。
「熊沢さんから、聞きました。国営放送のロケ番組で、ゲスト出演が決まったって」
「あ、聞きました? おめでとうございます。あの番組、俺も星乃さんなら絶対にうまくいくような気がするんですよね」
純粋な笑顔で、明るいオーラをぱあっと放っている。少し胸が痛む純だったが、表情はそのままに続けた。
「あの仕事、断ろうと思うんです」
「へ?」
古橋の頭には、たくさんの疑問符が浮かんでいる。質問攻めをされる前に続けた。
「俺が断ったとは言わずに、そのまま爽太の仕事として回してください」
「はあ?」
「もちろん俺が断ったなんて言うと怒るだろうから、内緒で」
「いや、そりゃそうでしょ!」
さっきまで純の仕事の姿勢がプロだと言い切っていた古橋は、その発言に自信を無くし始めていた。とはいえ、純がなんの考えもなしに言っているとも思えない。
「絶対に、爽太のためになると思うんです」
古橋の目と合わせる琥珀色の瞳は、ふざけている要素をみじんも感じさせなかった。
「爽太のほうが、学び得られるものが大きいはずです。もちろん熊沢さんにも内緒にしてください」
「そんなむちゃな……」
「それと、このことを古橋さんから直接会長に伝えてほしいんです」
「お、俺が? そんなの無理ですよ」
「無理じゃない。やってください。会長に直接言ってくれたら、熊沢さんに伝わることはありませんから。伝わったとしても、俺が古橋さんを守ります」
本気だった。それは古橋にも伝わっていた。
純の顔に、いつもの、はかない笑みが浮かぶ。
「大丈夫、古橋さんには害がないようにします。……あのとき、俺のこと、かばってくれたからね」
古橋は眉尻を下げ、なにも答えることができなかった。
†
デスク作業も営業先への電話も終えた熊沢は、閉じたノートパソコンをもって立ち上がる。マネジメントフロアのワークスペースを出ようとした途端、スーツのポケットに入っていたスマホが震え、取り出した。
画面を見て眉をひそめるものの、タップして耳に当てる。
「はい、熊沢です」
「まだ事務所かな?」
ひょうひょうとしながらも重い声。会長だ。
「そうです」
「国営放送の件なんだけどね。あれってきみが同行する予定なんだっけ?」
「はい。その予定です」
「それね、新人につかせてあげてよ」
「はい?」
わかりやすく怪訝な表情を浮かべた。
「同じ日に、千晶の仕事が入ってるでしょ。そっちについてあげて」
会長の要望に混乱する熊沢だったが、千晶の名前を出され合点がいった。
千晶はソロデビューを直前に控えている。ソロ曲の発売日もミュージックビデオの公開も差し迫り、ソロでの番組出演も複数決まっていた。会長はその状況を考慮したうえで、千晶のほうに手をかけるべきだと言いたいのだ。
「しかしながら、現場にはライオンさんもいらっしゃいます。なにより国営放送です。古橋と星乃でうまくやれると思えません。せめて、田波が」
「それはぁ、僕もフォローするしなんとかするよぉ。それより千晶だよ。この時期が正念場だろ。休みもないし本人も疲れてる。ここで気を緩めて変なことしでかされちゃ困るんだよね。千晶の場合は人の手が多いほどいいんだ。主任のきみと、経験のある田波がそろっていたらこれほど心強いものはない。……きみもそう思うだろ」
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