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儀式を泳ぐ
聖女と恋するそら豆
しおりを挟む塩ゆでしたそら豆を手にしたまま視線をお姫さまへ向ける。
「あの、お姫さま、もしかして酔ってます?」
空耳じゃなければ、『かれんしゃま』って噛んだような気がする。でも、お姫さまのお猪口の勝利酒は、舐めた程度にしか減っていないし、顔色も赤らんでいないし涼やかなままなんだけど——。
「わたくしは、酔ってなどないもん」
あっ、これ絶対酔っ払ってるやつだ。お姫さまは顔色変わらないまま酔っぱらうタイプらしい。
そして、酔っ払いは必ず酔っ払ってないって言うんだよね、と思いながら改めてお姫さまの様子を窺おうとした時、リリエさんが「姫さまは、お酒に酔うと語尾が『もん』になります」とこっそり耳打ちしてくれた。
えっ、なにそれ、すごくかわいい! あんなに美人でつんつんしているのに、酔うと『もん』って言うなんてギャップ萌えしてしまいそうで、萌え苦しい胸を両手で押さえる。
「かれんしゃま?」
こてんと小首を傾げるお姫さまがかわいいけれど、勝利酒を舐めただけでこんなに酔うなんて大丈夫なのかな、と心配になってしまう。
「かれんしゃまは、そら豆、好きなんらもん?」
もう一度こてんと首を傾けながら見つめられる。
そら豆が好きかどうかがよっぽど気になるらしく、目の前でもそら豆について、なにやら呟いている姿が幼くみえて可愛らしい。
「はいっ! そら豆好きですよ」
「やっぱり、かれんしゃまも好きなんらもん」
酔っ払っている今なら色々質問をしても答えてくれるかなと思い、口を開く。
「お姫さまも好きなんですか?」
「はひ——。色がとってもきれいなんらもん」
お姫さまはそう言うと、そら豆をひと粒つまむと手のひらの上にそっと置いて、うっとり見つめている。
私も手に持っているそら豆の黒っぽい部分の『おはぐろ』の切り込みのところを、くっと押しながら皮をむいて口に運ぶ。茹でたてのそら豆から青い香りとほくっとした食感に初夏を感じる。うん、そら豆は茹でても天ぷらにしても美味しいし、好きだなとしみじみ思う。
「お姫さま、食べないんですか?」
「はひ。見ているだけしあわせなんらもん」
こくりと頷いたお姫さまの瞳は、どこかせつなそうで、まるでそら豆に恋をしているみたい——?
「あっ、もしかして、ベルデさんの瞳の色にそっくりだから……とか?」
ちょっと揶揄うような私の言葉が、お姫さまの耳に届いた表情をみた一瞬、瞳の奥がきらきら揺れて、お酒ではなく恋に頬を上気させたお姫さまの姿があった。
「はひ——。わたくしが、小さな頃にベリュデの瞳はそら豆に似てるって言ったら、それからずっと作ってくれるようになったんらもん。そら豆はとくべつなんらもん」
きらきら瞳を潤ませて、つんつんしていたのが嘘のように、ちょっと舌足らずに教えてくれる。
「ああ、でもそら豆って確かにベルデさんに似てますね」
「はひ。優しくて穏やかな緑色なんらもん」
「えっと、瞳の色もですけど、そら豆って空に向かって伸びるから、お姫さまの空色の瞳や太陽みたいな金色の髪に憧れている感じが、ベルデさんとそら豆は、そっくりですよね」
そら豆は、春から初夏にかけて全部のさやがみんな上を向いて育ち、天に向かって手を伸ばしている姿がお姫さまに憧れているベルデさんの姿に重なる。もしかしたらベルデさんは、そら豆に自分を重ねて、お姫さまにそら豆を渡していたんじゃないかな、なんて想像したらせつなくて、ロマンチックすぎて悶えてしまう——。
この世界に花言葉があるのか分からないけれど、そら豆の花言葉は『憧れ』だったと思う。
やっぱり二人は両想い、いやいや、よく小説に出てくる両片想いというやつだなと思うと頬が緩んで、にやにや、によによが止まらなくなってしまう。
「かれんしゃま」
舌足らずなお姫さまの瞳がとろりと私を見つめる。
「わたくしの瞳と髪の色は、何色なんらもん?」
舌足らずの口調なのに、お姫さまの大きな瞳から目が離せなくなり、その質問にすらりと答える。
「お姫さまは、金色の髪に青色の瞳の金髪碧眼っていうやつですよね?」
「やっぱり、かれんしゃまは、聖女しゃまなんらもん」
「ふえっ? な、な、なんで?」
お姫さまの言いかたが、改めて確認するというより確信を持っていて目をまん丸にして驚いてしまった。
別に隠しているわけではないけれど、わざわざ言うこともないと思っていたので、いきなり聖女だってバレちゃうなんて思っていなくて動揺して視線が左右に揺れてしまう。
「聖女しゃまと聖獣しゃまにしか、わたくしの瞳と髪の色は正しく見えないんらもん。みんなには、みんなと同じ緑色に見えてるんらもん」
「ふえっ? そ、そうなの?」
「はひ。そういうわけで、聖女しゃまのかれんしゃま、ベリュデをお願いしますもん」
「ふえっ? な、な、なんで? だって二人は両想いだよ?」
あまりに驚いて、咄嗟に本音が飛び出てしまうと、お姫さまは一瞬、瞳をきらきら輝かせたけれど、すぐに困ったように、しおしおと元気がなくなっていく。その様子は、この村をはじめて訪れたときの立ち枯れていた草花を思い出してしまう。
「ベリュデは、この村の者じゃないんらもん。だからこの村にいることないんらもん。かれんしゃまと一緒なら好きなところ、違うところにいけるんらもん」
酔っているせいなのか、言っている内容が理解できないけれど、曖昧に頷くこともできなくて困って視線が宙を漂っていると、お姫さまがそら豆をつまんで、愛おしそうにそっと口に運んだ。
「この村の者たちは、カルパ王国の先王に仕えていた者たちなんらもん。そして——わたくしは、カルパ王国の王女、ソレイユ・カルパなんらもん」
「……へっ? 本当に、お姫さまだったの?」
こくりとひとつ頷いたソレイユ姫は、泣きそうな顔で笑った——。
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