大好きだけど、結婚はできません!〜強面彼氏に強引に溺愛されて、困っています〜

楠結衣

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 ぽかぽかする。
 あたたかで、ぬくぬくな春の気配。
 花の匂い、ごはんの匂い、それに、リュークの匂い。


「んっ…………?」

 
 リュークの匂いがして、まだ眠たいまぶたを持ち上げる。

「リューク……?」
「ミー!」

 泣きそうな顔のリュークが目の前にあった。

「リューク、おはよう……?」

 起きあがろうとしても身体に力がうまく入らない。リュークが支えてくれて、起き上がる。

「ミー、雪降るくらい寒いのに、薄着で寝んなよ! 冬眠はじめてたぞ……っ」
「ええっ、わたし、冬眠してたの……?」
「俺が来たら、ミーがすげー寝てて、死んだみたいに寝てて、溺れた時と似てるから、マジやべえって思って……」

 お医者さんを呼びに行ったこと、部屋の温度を春と同じにしたこと、アイスケーキを買ってから三日が経っていたことをリュークから聞いた。そして、リュークがほとんど寝ないでそばに居てくれたことを目の下の黒いクマで知った。

「ミーが目覚めてよかった……」

 くしゃりと笑ったリュークに優しく抱きしめられる。わたしより高い体温とあまい匂いに包まれた。

「ミー、悪い。俺の故郷に行くか悩んでるの知ってて、ミーに甘えてた──俺にとって大切なのはミーだから! ミーが居たらそれだけでいいから! ミーの大事なもんが全部あるこの国で結婚して、俺もミーの大事なもんになりたい。ミー、結婚しよう?」

 腕に力が篭ったのが苦しくて、厚い胸板を叩く。リュークの言葉は嬉しいけど、夢を簡単に諦めてほしくない。

「わたしは、リュークが好き。だから、もう、リュークが隣にいないなんて考えられない! リュークの故郷に行けるって勇気を持ちたくて、薄着で過ごしてたの。ちょっと失敗しちゃったけど、寒くてもいっぱい動いていたら寒くなかったし、氷の国でも寝るときは、あたたかくしたら冬眠しないと思う──だから、氷の国でリュークのお嫁さんになりたい。だめかな?」

 一気に話してリュークを窺うと、頭をガシガシかいて、わたしをまっすぐに見た。


「だめに決まってんだろ!」
「えっ……」

 びっくりして固まっていると、リュークがニンマリ笑った。

「俺の故郷は、氷の国じゃねえし」
「えっ!?」
「氷の国は、エンペラーペンギン獣人とアデリーペンギン獣人しかいねえよ。寒いじゃん」
「え? えっ?! リュークの故郷じゃないの?」
「ああ、俺はイワトビペンギン獣人だからな、故郷は南の国だぞ」
「ええ────っ?!」

 驚きと羞恥が全身を駆けめぐり、熱くなった顔を尻尾にうずめた。

「ったく、可愛すぎるだろ。ミー、寒いと冬眠すんのに、俺のために頑張って氷の国に行こうと思ってたとか、ほんと、かわいい」
「うう、恥ずかしいから言わないで……」
「好きな子が俺のために頑張ってくれて、喜ばない男なんていないからな。ほんと、マジかわいい。なあ、ミー、頼むから顔見せて」

 甘い声色に誘われて、尻尾からちょっぴり顔を覗かせる。リュークの両手が尻尾と顔の間に差し込まれ、ぐいっと上を向かされた。

「ミー、俺の故郷は、一年中あったかい」
「うん」
「ミーの好きな栗も向日葵の種も採れるし、俺の好きな魚も旨い」
「うん」
「あとな、一番大事なこと言ってなかったから、今、言うな」
「う、うん……?」

 わたしのこげ茶色の瞳を、赤い瞳にじっと見つめられる。心臓がどきどき早鐘を打ち、ごくん、と喉が鳴った。

「俺の故郷は、ミーの好きなナッツも、ミーの見たことないナッツもたっくさん採れる」
「っ!! ほんと?」

 ククッとリュークが笑う。

「ああ、ほんと。ミーはナッツに目が無いからな、ここぞって時に言おうと思ってた」
「カシューナッツもアーモンドもある?」
「ピスタチオもピーカンナッツもマカダミアナッツもある」

 わたしを見つめるリュークの瞳がやわらかく細められていく。わたしの好きな表情を見たら、胸があまく震えた。

「きゅう」
「ミー、ナッツ好きすぎんだろ」
「うう、この声は、ナッツにじゃないよ……リュークにだもん」

 吹き出すリュークにほお袋を膨らませる。リス獣人だから、ぷくうと頬は大きく膨らんだ。愛おしそうに頬袋をなでるリュークに胸がきゅんと締め付けられる。

「ミー、ほお袋膨らませるの、可愛いだけだからな」
「きゅう」
「マジかわいいな」
「リューク、声が止まらなくなっちゃうよ……」

 きゅうは、好きの声。
 好きの声がリュークを求めている。きゅう、きゅう、と何度も鳴いてしまう。

「ミー、南の国で俺の嫁になってほしい」
「うん、南の国でリュークのお嫁さんになりたい」

 わたしの返事のあと、リュークは目尻を下げてニカッと笑った。

「リューク、大好き」
「ん、俺もすげー好き」
「きゅうう」
「ミー、もっと声聞きたいけど──先に飯食え」

 好きの声とお腹の音が同時に鳴ったわたしを、リュークが吐息で笑う。わたしの尖らせた唇へ、なだめるようなキスを落としてくれた。

 とろとろのシチューをひと匙掬って、口に運ばれる。わたしはリュークの手に指を絡ませて、ぬくもりを求める。きゅう。太い指でやわらかなパンをちぎって、ひと口食べさせてもらう。空いたリュークの手のひらに丸い耳をすりよせて、撫でてほしいと求める。きゅう。
 
 きゅうは、求愛の声。
 もうだめ、やっぱり好きが止まらない。リュークに触れたくて、触れてほしくて、求愛の声が高くなる。脳の芯までぼうっとして、瞳に涙が集まってくる。


「リューク、もう……お腹いっぱい」
  

 絡ませていた手を引き寄せて、リュークの指先にキスをした。ちゅ、と音を鳴らし、ちゅう、と吸いあげる。指を口にくわえて小さな舌で懸命に舐めた。くすぐるように動くリュークの指の腹を柔やわく噛んで、爪を甘やかに噛む。
 リュークを見上げると、赤い瞳に熱が灯ってゆらめいていた。

「はあ、ミー、それ煽りすぎだからな」
「きゅう」

 きゅう、は発情の声。
 冬眠が終わると、春になる。
 春は、恋の季節。

 だから、もう、リュークが欲しくて──

 

「今日、泊まっていい?」



 鼻の触れ合う距離。リュークの殊更甘く掠れた声で問われて、体温が上がる。好きの声より先に、リュークの首に腕をまわして甘い未来これからをねだった。

 
 


 おしまい
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