【完結】黒伯爵さまに生贄として嫁ぎます

楠結衣

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7.真夜中の月

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 地面まで続くシーツに月光が流れて白く輝いています。

 僅かに躊躇ためらいましたが結びつけたシーツをきつく握りながら慎重に半分まで下りました。このまま辿っていけば無事に下りることができそうだと思っていたら突然強い風が吹いてシーツと一緒に大きく揺らされます。

「、っ……!」

 強い風は止みましたがシーツをゆするような風が途切れることなく吹いてきて下りることができません。動かないで風が止むのを待っているとガウンを羽織っただけの身体に夜風が冷たくて震えてしまいます。
 もう少しの我慢だと堪えていたら、ビリ、と嫌な音が聞こえました。

「――っ、……っっ!?」

 裂けはじめたシーツはあっという間に大きな音を立てて裂け、私は声にならない悲鳴をあげて落ちていきます。目をきつく瞑って衝撃に備えていたはずなのに地面に激突しませんでした。


「危なっかしいですね」


 聞き慣れてしまった呆れた声色に驚いて目をひらいて見れば、私が逃げてきたはずのセイブル伯爵様に抱きとめられています。

「あの……、セイブル伯爵様……?」

 目の前のセイブル伯爵様は黒髪に黒い瞳で結婚式にお会いした方とまったく同じなのに、なぜかオドレーナ様とまったく同じ声と優しい甘い香りに包まれているいう訳がわからない状況に首を傾げました。

「今夜、ゆっくり説明するつもりでいたのですが、オドレーナと僕は同一人物です」

 困ったように眉尻を下げたセイブル伯爵様の言葉に驚き目を見張ります。

「あなたがセイブル・レオナードの僕と会ったのは一度だけですし、オドレーナでいるときは緑色のかつらと色レンズをつけていたので気付かなくても仕方ありません。オドレーナはレオナードの文字を入れ替えたアナグラムです」

 人は驚きすぎると言葉を失うものだと知りました。

「あなたと契約結婚や白い結婚としたのは、シャムロック子爵領の優れた薬草や調薬をこれからも優先して納めてもらう手筈を整えたあと、あなたをシャムロック子爵家へ戻そうと思っていたからです。一度でも結婚さえしてしまえば、今後の縁談をすべて断ることができるという打算もありました」

 私もシャムロック子爵家の借金とエリックの学費を理由に縁談を受けているので同じだと示すように小さくうなずきます。そんな私にセイブル伯爵様のやわらかな眼差しが向けられました。

「ひとつ予想外だったのは、あなたと一緒に過ごす時間がとても心地よかったことです」

 黒い瞳に覗き込まれるように告げられた言葉に心臓が大きく跳ねてしまいます。この先に続く言葉に期待したいような聞きたくないような気持ちのまま、ただセイブル伯爵様を見つめ返しました。

「僕はマーガレットのことが好きです」
「──……っ」

 セイブル伯爵様が今までに見たことのないくらいやわらかく微笑みます。

「あなたのいない人生はつまらないと思いました。これからの人生を僕はオドレーナとしてではなくて、レオナードとしてあなたの側にいたいと思っています」

 セイブル伯爵様の言葉が心に届くと頬がたまらなく熱くなりました。私を見つめるとても甘い眼差しに心拍数が早くなるばかりで言葉がうまく出てきません。
 しばらく見つめ合ったまま沈黙が流れるとセイブル伯爵様が眉を下げ、まとう雰囲気が固くなりました。

「あなたを騙していた事実は決して消えません……。だから、僕のことを信用できないなら――」
「そんなことないです!」

 とても切なそうな声に私は反射的に声をあげます。

「それは、本当ですか?」
「ほ、本当です……。ずっとずっとオドレーナ様に惹かれていました。だけど私はセイブル伯爵様に嫁いだのだから好きになってはいけないと言い聞かせて気持ちに気づかないようにしていました……。だから、私はオドレーナ様がレオナード様だとわかって嬉しいです」

 絶対に届けてはいけない気持ちだと知っていたから、気づかないようにしてきました。それでも気づいてしまったこの気持ちは永遠に蓋をして口には出さないつもりでした。
 それが好きになってもいいと言われて、さらに好きだと告げてもらえるなんて奇跡みたいな出来事に目の前がにじんでいきます。

「物事には順番があると思っていたので僕とオドレーナが同じ人物だと告げてから僕の気持ちを伝えようと思っていました。それが結果的にマーガレットを追いつめてしまうことになって……。本当に申し訳ないと思っています」

 肩を落として謝るセイブル様に気にしていないと伝えるために首を左右に振ると、セイブル伯爵様が私をやわらかな芝生の上に下ろしました。

「あの、セイブル伯爵様……?」
「これから僕のことはレオナードと呼んでほしいです」
「……レオナード様、好きです」

 私を見つめていたセイブル伯爵様がしあわせそうに笑うので、その愛しい瞳をただ見つめてしまいます。

 セイブル伯爵様の大きな右手が私の頬を包みこめば、満月の明かりを灯した黒い瞳の中には私が映っています。
 瞳の中の私の顔は、隠しようもないくらいセイブル伯爵様のことを好きだと描いてあり、そして、セイブル伯爵様のお顔にも私と同じように好きだという想いが描かれていて――…


 


 真夜中の月から優しい光の粒が降り注ぐ中、私とセイブル伯爵様はどちらからともなく近づいて唇をゆっくり重ねました。
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