ヒロインは始まる前に退場していました

サクラ マチコ

文字の大きさ
482 / 584
ヒスの森ダンジョン

第425話 ヒスの森 その7

しおりを挟む

 順調にダンジョンを進んで12日目、一日一階層じゃないのはお肉とお米の回収を満遍なくやっているからです。

 今日は10階のボス戦です。
 大人たちは最初にダンジョンの事を聞いた時に肉の返答しかなかったので、ボス情報も勿論ありません。八人ですからそれなりに数が多いか、上位種が出るかもしれないけれど、ここまでに出てきた魔獣を思えばオークナイトと同レベルくらいの魔獣だと思っていたらいいかな?

「扉がある……」
「ボス部屋は特殊な作りになってるぞ。まず、必ずボス部屋に入る奴らは全員で扉に手を付く必要がある。扉に手を付けた奴らが全員入ったら扉が閉まるからな、そしたら中にいるボスとの戦闘が始まる」

 10階に下り、ボス部屋前の広い場所でベル君にボス部屋についての説明が始まりました。そういえば全部現地指導だよね。ギルドでちゃんと教えてもらってから入れた私は、かなり冒険者として恵まれた環境で育ったよね。ベル君は何があっても絶対安全な人たちがいるからこそだろうけど、私も絶対安全な場所だったけど、自分でも安全な場所でゆっくり学べたもん。現場では復習してる感じだったから冷静に対処できたよね。

「中に入るまでに障壁は作っておいた方が良い。特殊ダンジョンの場合は準備していた強化が全部消えることもあるが、普通のダンジョンでそれは無い筈だからな」

 なんと、特殊ダンジョンはそんな事もあるんですか? 私結界魔法と強化が無いと激弱ヒト族なんですけど死にません?

「消えるというよりは弱体化されるから相殺されると考えればいいかと思いますよ。焦らずにもう一度かけ直すことは出来ますから、ヴィオ様の魔法行使の速さでしたら問題ないと思います」

 ルイスさんの言葉にホッとした。
 成程、デバフのせいでバフが消えるって事ね。最初にかけてないとデバフだけ受けるって事か。どんな種類が来るのかは調べられたらいいけど、特殊ダンジョンのボス部屋に入る時は、出来る限りのバフをかけておいた方が安全って事だね。

「行けそうか?」
「う、うん、大丈夫!」

 チアキさんからのボス部屋講習が終わったようだ。全員でボス部屋に手を付けば、聞き慣れたギギっという音を鳴らしながら扉がゆっくりと開いていく。
 隣を見れば非常に緊張した面持ちのベル君、大丈夫だろうか。

 扉が閉まる音でピャっと飛び跳ねているのが可愛いけど、彼のプライドの為にもそんな事は言わない。
 徐々に明るくなる部屋にいたのは二匹の鹿だ。
 この人数で二匹という事は、きっと固定種のボスって事だろう。

「チアキさん緑の鹿二匹、角ありのデカイのと、一回り小さい角ナシです」
「ああ、フォレストディアの番だな。
 雄は角での攻撃もある、両方木魔法が得意だから拘束に蔦系は使えないぞ」
「「「はいっ!」」」

 ボスの正体はフォレストディア、これはケイブディアと戦った後に鹿系の魔獣を調べた時にいたやつだね。森や草原で時々現れるというけど、この森では見かけなかった。雄は2メートルくらいはあるだろうか、かなり大きい。雌は一回り小さいけれど、普通の鹿に比べれば大分大きい。
 雄の角はヘラジカのような横に大きく広がっており、その先端は凶悪なくらい尖がっている。あれで突き上げられたら怪我では済まないだろう。

「俺たちが雄を行くから、チャーキ様達は雌をお願いします」
「分かった、では俺と白雪がサポートするからまずはヴィオがやりたいようにやればいい」
「わかりました【シャドーバインド】【ウエイト】【ウォーター】」

 ベル君は竜の大人たちが、私はチアキさんと白雪さんのサポートでボス戦に挑むことになっていた。人数が多いから雄を担当してくれるんだろう。
 チアキさんに言われたので、まずは雌の身体を影の拘束で動けないようにする。今までは壁で囲ってから首チョンパだったんだけど、あの襲撃を体験したことで闇属性魔法をもっと強化する必要性を感じた。このダンジョンでも積極的に使っていたので、影の紐は太く、多くなっている。

 カカカン カカカン カカカン

 自由に動く前足だけで藻掻いている雌鹿、首から下半身にかけて夥しい量の黒い紐が纏わりついており、重量変化の魔法により身体がどんどん重たくなってきている筈だ。そして顔には水玉が纏わりついている為、顔を激しく振っても空気を取り込むことは出来ない。

「【エアカッター】」

 快楽殺人者でもないからね、そんなに苦しませるつもりはない。かけた魔法が想像通りの効果をもたらしているのを確認したところで、いつもの首チョンパで終了です。

「終わりました! 今回は小さい魔獣だったけど、大きな相手の時は重量魔法と土魔法を一緒にかければ沈んで更に動きが取れなくなりそうですね」
「成程な、確かにそうかもしれん。俺もかなり色んな魔法を試してきたが、ヴィオの魔法は無駄がないな。俺は格好良さに拘り過ぎてたし、映画の影響を受けまくっていたが、見てたものの違いなのかもしれんな」

 ラノベと言っても種類は沢山ありますからね。イマイチ覚えていないけど、腐っていた可能性は高いので、Bな方は確実に読んでいたと思うんですよ。だからと言って少年漫画も知っているから無節操に色んなものを読んでいたのかもしれないんですけどね。

 隣を見れば、まだまだこれからという感じなので見学です。
 牡鹿の足元が完全に凍って固まっている事を思えば、ダルスさんとルイスさんの水竜兄弟による氷魔法なのかもしれないね。だけど上半身というか首から上は動かせるから、危険な角を振り回しながら、牡鹿が放ったとみられる木の槍があちこちからニョッキニョッキと生えておりますよ。

「クソっ! この野郎! 硬いっ!」

 さっきからベル君は頑張って剣で攻撃しているんだけれど、小柄なベル君の身体半分ほどもある角を持っている牡鹿ですからね、中々苦戦しているようですよ。
 剣で切りかかっても角で防がれ、全く当たりません。

「ベルっ!」
「うわっ!」

 剣の攻撃を右の角で受けられた時、その隙間に剣が引っかかり、ベル君の手からすっぽ抜けてしまった。その隙を見逃すことなく牡鹿が放った蔦がベル君の身体を締め付け、左の角がベル君を突き刺そうとしたところで、牡鹿の首が落ちた。
 タニアさんとバレンさんが竜化した腕で首を切り落としたのだ。

「ふぅ~、びっくりしたぁ」
「ははっ、ヴィオなら窮地に陥ることなくやれそうだがな、まあベルも初めてにしてはよくやったな」

 思わず息を止めていたからエフェクトが出て一気に力が抜けた。
 ベル君に巻き付いていた蔦も、術者が消えたことでなくなっているけど、ベル君は非常に悔しそうだった。

「なんじゃ、ベル坊は悔しそうじゃな」
「…………」
「なにが駄目だったのか、まずは反省点から聞こうか?」

 真っ赤な顔で俯いているベル君、バレンさんに促されてコクリと頷いたので怖かったという事ではないのだろう。
 ボス部屋は私達が出るまでは新手の魔獣が出てくることがない安全地帯だ。他に待っている人が居れば出来るだけ早く出た方が良いだろうけど、ここに別の冒険者は居ない。
 白雪さんが慣れた様子でテーブルと椅子のセットを作り、私がお茶を準備する。チアキさんは最近ハマって大量に作っている甘味を切って準備中。
 ダンジョンで採れた果物を沢山のせて、ホルルタンが落とす生クリームをたっぷり塗った、クリームとフルーツたっぷりロールケーキです。
 いつもならロールケーキが出てきた時点でウキワクになるベル君も、今日はチラリとも見やしない。

「つ、角が硬くて、ぜっ全然、攻撃が、通らなかった……」

 つっかえつっかえ、悔し涙を流しながら呟く言葉を大人たちは静かに聞いている。うん、なので白雪さんとチアキさんはもうちょっとだけケーキを食べるの待ちません? え? 美味しいから早く食べろ? まあいただきますけど……。あ、今日のはキーウィキウイたっぷりのですね。キーウィの酸味が生クリームの甘みとマッチして非常に美味しいですね。

「なんで前からの攻撃に拘った? 拘束しているんだし、あの鹿の角がお前の腕力ではどうにかならないのは直ぐに分かっただろう?」
「グズッ、う、うん、けど……」

 やべぇ、ロールケーキの美味しさを満喫してたけど続いてましたよ。テーブルの左右で温度差が酷い。
 白雪さんも、チアキさんのホッペについた生クリームを指ですくってパクリ♡ 美味いのう、じゃないんですよ。

「まあ、初めてのボス戦というのは緊張してしまって周りが見えなくなりますからね。障壁をギリギリまで保てていただけでも上々というところではないですか?」
「まあ確かにそうよね。ヴィオちゃ……」

 オハナシアイをしていた竜人チームの皆さんが、私達のティータイムにお気付きになったご様子です。何だかすみません。

「ふふっ、ヴィオちゃんはダンジョンに何度か潜っているんだものね、私達もお茶を頂きましょうか。ベルも甘いものを頂いて元気を出しなさい。まだあと10階分もダンジョンはあるし、次の20階で挽回できるように頑張るべきよ?」

 ケーキを五人分、新たに切り分けてくれるのもチアキさん、そして五人分だけではなくおかわりもするようです。私は一つでお腹がいっぱいです。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

【書籍化決定】アシュリーの願いごと

ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」 もしかして。そう思うことはありました。 でも、まさか本当だっただなんて。 「…それならもう我慢する必要は無いわね?」 嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。 すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。 愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。 「でも、もう変わらなくてはね」 この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。 だって。私には願いがあるのだから。 ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻1/19、タグを2つ追加しました ✻1/27、短編から長編に変更しました ✻2/2、タグを変更しました

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」 義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。 父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。 けれど―― 公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。 王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。 さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。 そして下されたのは――家ごとの褫奪。 一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。 欲しがったのは肩書。 継いだのは責任。 正統は叫びません。 ただ、残るだけ。 これは、婚約を奪われた公爵令嬢が “本当に継がれるべきもの”を証明する物語。

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で一人の騎士と運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

恋は、母をやめてから始まる――正体を隠したまま、仮の婚約者になりました

あい
恋愛
両親を失ったあの日、 赤子の弟を抱いて家を出た少女がいた。 それが、アリア。 世間からは「若い母」と呼ばれながらも、 彼女は否定しなかった。 十六年間、弟を守るためだけに生きてきたから。 恋も未来も、すべて後回し。 けれど弟は成長し、ついに巣立つ。 「今度は、自分の人生を生きて」 その一言が、 止まっていた時間を動かした。 役目を終えた夜。 アリアは初めて、自分のために扉を開く。 向かった先は、婚姻仲介所。 愛を求めたわけではない。 ただ、このまま立ち止まりたくなかった。 ――けれどその名前は、 結婚を急かされていた若き当主のもとへと届く。 これは、 十六年“母”だった女性が、 もう一度“ひとりの女”として歩き出す物語。

処理中です...