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エフタの谷
第508話 酒の完成
しおりを挟む精霊の依り代を作るとはいえ、まずは今夜の勝手巻きパーティーですよ。
早速広場に移動して、酢飯や卵焼きの準備をはじめれば、大人たちが手伝ってくれる。
海苔は他でも見たことがあったというけれど、黒い紙だから何かを書くにも使えないし、板海苔じゃない方は黒いし、良くないものだと思って捨てていたと聞いて泣きそうになった。
そういえばこの世界では黒は瘴気というイメージが強いんだよね。
闇属性が忌み嫌われているとかは(一部の国以外では)無いんだけど、魔獣とかで黒いのは危険度が高いとは言われているんだよね。
何かよく分からないドロップアイテムが黒ければ持って帰らないのも仕方が無いのかもしれないね。
日本人のように「何故それを食べてみようと思った?」というチャレンジ精神は、竜人族にはなかったようです。
「そういえば酒作りから一週間経っただろう? そろそろ完成しているんじゃないか?」
「おぉ! 確かにそうだな。ではその完成披露パーティーも一緒にしよう」
ブルさんの声に、あの日一緒に新しいお酒を作った面々が盛り上がり始める。そういえばチアキさん達がダンジョンに行く前の日に作ったから、一週間は過ぎてるね。
たった一週間で完成するというのは発酵と違う過程を経ているからだとは思うけど、どんなお酒になっているのか楽しみだね。
お酒を飲み始めると食事をしなくなる人もいるというので、先に勝手巻きパーティーからスタートです。
自分達の好きな具材を乗せて食べるというのは大人も楽しいらしく、非常に盛り上がりました。
やっぱり海苔が先に足りなくなったので、最後は海鮮丼をお伝えして綺麗さっぱり用意した具は無くなりました。
そして皆が楽しみにしていたお酒の発表です。
私達が実験したのは四種類、ワインを期待して二種類の葡萄、ビールを期待して麦、大本命の日本酒を期待して米。
これらがどうなっているのか、タニアさん宅の棚に並べられた酒樽を毎日眺めていたので楽しみです。
まずは竜人族の皆さんが作った新しい組み合わせのお酒を試飲。
これはチアキさんとイブさんが一緒に楽しんでいます。
浄化の魔道具があるので酔わない事は分かっているんだけど、自分が作った物は試飲したいし、既にお寿司でお腹がいっぱいだから他の試飲をすれば飲めなくなってしまう。
思っていた通りだったり、想定外の味だったり、思っていた以上に美味しかったりと概ね成功していたお酒は、何をどれだけ入れたのか忘れた人もいて、盛り上がっている。
「さて、では俺たちの新作も試飲してみるか」
「これは全部一種類ずつしか入れてないから、失敗はなさそうだよね」
二人は浄化の魔道具を付けていない筈だけど、試飲程度では酔わないようですね。
まずは赤い葡萄で作ったお酒から確認です。
「おぉ、見た目は綺麗な色だな」
「そうだね、あの果実の色そのままだと嫌だったけど、透明感があってこれは綺麗だね」
「匂いはぶどうジュースに似てるかもしれないですね」
クンクンしてみると、葡萄の甘い香りがする。ワインのツンとした感じがないから酒になっていないのかもしれない。
まずは三人で小さなグラスを傾ける。竜人族の皆はそれを静かに見守ってくれているけど、ワクワクした瞳は隠せていない。
「お!」
「へぇ」
「わぁ、ちゃんとお酒になってますね。ワインって感じではないけど、凄く美味しいです」
「「「「おぉぉぉ!!!」」」
チアキさんからはサングリアっぽいと言われ、確かにそうかもと思った。渋みが欲しい人にとってはイマイチかもしれないけど、これはこれで非常に美味しいと思う。
試飲が終われば皆で回し飲みになるので、赤い葡萄酒は少しずつグラスに移されて直ぐに空っぽになる。
緑の葡萄で作ったお酒は透明に見える感じで、爽やかな白ワインという感じだった。
「よしっ、次はビールだな」
「え? 麦のお酒じゃなかったっけ?」
ウキウキしながら三つ目の樽を引き寄せたチアキさん。ビールはチアキさんの希望であり、そうなっているとは限らないですよね。
酒樽の蓋を開ければフワリと香る酒の匂い。うん、確実にビールではない事は分かりますね。
出来たらいいな! で作ったんだから、そんなに捨てられた子犬みたいな顔をしないでください。
そんなチアキさんの事は放置し、イブさんが小さなグラスに琥珀色の液体を注いで渡してくれた。
「これも綺麗な色だね。香りが良いよ」
「そうですね。こんなに濃い色になると思ってなかったですけど、綺麗ですね」
一口含めば、葡萄の時よりも強い酒精が感じられた。どこかで飲んだことのあるような香りと味。
しばらく考えていたら、復活したらしいチアキさんから正解が出た。
「おぉ、これはあれだ、ウイスキーだな。バーボンとかあの大人の酒だ」
私のその二つの違いはよく分かりません。茶色いお酒で割って飲む大人のお酒というイメージです。
これは竜人族から非常に人気だった。酒精が強いというのは彼らにとっても好ましいんだね。
ただ、麦の量が少なくなると味が薄くなり、香りも少し弱かった。樽の半分麦を贅沢に入れたものが良いようですね。
最後に期待していた米のお酒だ。
麦の事があるので、米の量を少なくしていたものから飲んでみる。
「これは樽の三割までのやつだな」
「これも透明だね。あっ、良い匂いだし、飲みやすいね」
飲んだお酒は日本酒っぽい。日本酒の味をそんなに覚えていないから『ぽい』としか言えないけど、知らないヒトだったらこれでいいんじゃなかろうか。
だけど次に四割米を入れたものを飲んだら、ちょっとさっきの言葉を反省した。
「香りが違うね。米の量でこんなに変わるもの?」
「これは美味いな。工程を全部ふっ飛ばして一週間で出来たこれを日本酒と呼ぶのは申し訳ないが、米酒という事でいいんじゃないか?」
「そうですね。三割のほうは料理酒として使うには良いと思うので、両方作るのでいいと思います」
こうなってくると更に多く米を使った半分のものはどれだけ素晴らしい日本酒になっているのかと期待が高まる。
ドキドキしながら酒樽の蓋を取れば――
「白い?」
「ん? あれ? ホントだ、白いね」
「なんだ? 溶けてないのか?」
今までのお酒は入れた筈の穀物が綺麗さっぱり消えていた。最後の樽は真っ白で、ツブツブしている訳ではないけど、こんなに色がついているお酒は今回初めてで驚いている。
「とりあえず飲んでみない? 匂いはお酒だよ」
迷わずグラスに注ぐイブさんは勇者ですね。
いや、勇者はチアキさんでしたが、こっちの元勇者は少しビビってますよ。
だけど試飲だからね。一口飲んでみればかなり強い酒精を感じる。やっぱり穀物を多く入れると酒精が強くなるのだろうか。
「これはどぶろくだな。昔飲んだのを思い出したぞ」
「ドブロク? 違うお酒なの? ちょっときついけど、お米っぽくて僕は一番好きだな」
どぶろくは南国沖縄とか、鹿児島とかで飲まれていると聞いた覚えがある。自家製どぶろくは各家庭の味みたいな。これがそうなの?
飲んでみれば米が残っていないのは分かるけど、色だけは残ってしまったのかな?
同じ穀物を使っていても量でこんなに違うものが出来るというのは面白いね。
とりあえず私が作るのは三割の料理用のお酒だけでいいかな。
チアキさんの自宅用は四割の米酒を作ってもらえばいいと思う。
酒精は十分という事なので、樽は普通の木で作った樽を使うことにしたけれど、竜人族のヒトたちはエルダートレント製の樽で、麦酒と米酒(どぶろく)を作っていましたよ。
はじめましてのドワーフと仲良くなるのに麦酒は作っておいてもいいかもしれないね。
チアキさん期待のビールは出来なかったけれど、概ね成功したお酒作り。
樽を沢山購入させてもらったところで、エフタの集落とはお別れです。
また遊びにおいでと言ってもらえたので、是非また遊びに来たいと思います。
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