ヒロインは始まる前に退場していました

サクラ マチコ

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第20話  言葉の授業

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「んと、ぼくハチだよ。5歳」
「ハチくんは犬族で、ナチ君と兄弟です。ハチ君、彼女は今日から一緒に勉強するヴィオさんですよ。君と同じ5歳のヒト族ですよ。
 さぁ、皆の自己紹介も出来たね。
 ヴィオさんの目標も素敵ですね、そのための努力もされているのが素晴らしいですよ」

 全員の紹介が終わったところで先生が纏める。ハチ君のお陰で、ドラゴン熱も一旦鎮火できたみたいです。私も自席に戻り、先生と向き合う。

「大きな目標、中くらいの目標、小さな目標を作るのはとても大切ですね。目標を達成するためには、計画を立てることも大切です。
 そうですね、先程のヴィオさんのお話を例えとして考えてみましょう」

 そう言いながら黒板に先生が文字を書いていく。

 ドラゴン、ダンジョン、銅ランク

「これらが大きな目標だとして、どの順番で書くのが正しいでしょうか? 大の目標、中の目標、小の目標、の順で考えましょう、分かる人」

 生徒たちが手を上げて、先生が指名する。黒板には《ドラゴン:大目標》《ダンジョン:中目標》《銅ランク:小目標》と追記された。

「そうですね。この順で正しいでしょう。では 君たちにとっても身近な目標となるでしょうが、銅ランクになるという目標を達成するには何をすべきでしょうか」
「強くなる!」
「ポイントを貯める!」
「ランクを上げる!」

 あかん、笑いそうになるけど生徒たちは真剣だ。ランクを上げる! と自信満々に答えたレン君、ランクを上げるにはどうするか? という質問ですよ。

 先生は冷静に言われることを書いていく。先生、プロですね、凄いです、尊敬です。

「沢山出ましたね。この《情報を集める》というのも一見地味に見えますが、非常に大切です。冒険者は戦うだけでどうにかなると思う人が多いのですが、情報を持っていない事で死んでしまう事も珍しくないですからね。だからこそ、このギルドでは資料室がとても大きいのですよ。
 知っているつもりで薬草と毒草を間違えてしまうこともあるし、普段はホーンラビットしか出ないから大丈夫と思っていて、ウルフが出てくることもありますからね。村の外に出る時は魔獣や魔物、植物などについても調べておくことを推奨します」

 普通の学校かと思いきや、内容を聞いていると冒険者ギルド監修って事がよく分かるね。
《情報を集める》という意見を出したケーテさんは、先生に褒められて照れている。美女の照れる姿はヨキですよ。
《銅ランクになる》という目標の隣にずらりと並んだ文字たち。やはり普通に日本語で読める不思議。ドラゴンとダンジョンという文字が消され、右端に並んだ文字だけが残る。

「ではこの計画の一つずつを見ていきましょう。
《強くなる》 ですが、これに繋がるものがいくつかありますがどれでしょうね」
「体力をつける」
「そうですね、それから?」
「走り込みをする」
「エデル先生の授業を頑張る」
「ふふっ、そうですね。エデル先生の授業をしっかり頑張れば 強くなれますね」

《強くなる》という文字の下に、右端のリストから選ばれた言葉が書き足され、選ばれた文字は消される。
 同じように、先生が選ぶ 《情報を集める》《装備を整える》 の下にもリストから選ばれた言葉が書き足されていく。

「素晴らしいですね。この様に《強くなる》だけでもやることが沢山ありますね。これが計画を立てる、という事です。
 体力をつけるの中に、腹筋1日に何回とか、走り込みの中に、村の柵沿いに何周とか、もっと小さな計画を作ることもできますが、こうして小さな目標と計画を作ることで、一つずつを確実にこなしていくと《強くなる》という目標に到達できるのです」

 Todoリストとか、成功体験とかそういう事の説明ですよね。それを若干5歳から9歳に行うとか、想像以上にレベルが高い授業してないですか?

「情報を集める中に追記されましたね。そう《文字を覚える》《計算が出来るようになる》ですね。ハチくん、トニーくん、覚える理由が分かりましたか?」
「お金もらう時にうそつかれないように」
「うん、資料読むのに文字すごい必要。絵が分かればいいと思ってたし、分かんなかったら聞けばいいと思ってた」

 あぁ、身内しかいないこのギルドなら良いけど、冒険者は旅をするのが常識で、隣の皇国みたく獣人差別をする国がある事を思えば、学が無い奴は損しても仕方がないと契約書とかで痛い目に合うこともあるんだろう。教えてくれる相手が真実だけを話すとは限らないしね。

 文字を覚える意味って、理解できないとなんとなく読めるんだから良いじゃんとか思っちゃうよね。
 あぁ‼  先生のここまでの前振りは、これが目的か!? 先生の担当は『言葉と文字』だったもんね? すごい! と思って先生を見たら、目が合った先生がニッコリ笑って唇に人差し指をあててウインクしてくれた。

 この村ヤバイ。皆、萌えが凄すぎる。シーからのウインクとか、マジで似合う人いるんですね。しかも5歳児相手にですよ? ぱっと見お堅そうな先生のバチコンウインクありがとうございます。

 そんな自分の中で巻き起こる節操無しな萌キュンの嵐で溺れそうになりながらも、理性を総動員させてコクリと頷くに留める。成人しててよかった。
 いや、本当の5歳だったらこんなに動揺していないかもしれない。きっと私は腐り気味の成人だったのかもしれない、気をつけよう。

 先生は何事もなかったように授業を始める。年齢が違う生徒だから、同じ授業をしている訳ではないのだろう。
 羊の三姉妹には何やら紙が配られて、それを読み解いていくみたい。トニー君たちには紙と小さな黒板が配られている。

 そして私たち3人は文字の書き取り練習らしく、村の名前、私たち3人の名前が前の黒板に書かれた。そして先生からトニー君たちと同じように小さな黒板と鉛筆みたいなものを渡される。家から持ってきたノートと鉛筆は使わないんだね。

「読める子は多いけど、書けない子が多いからね。まずは書く練習をして、それから難しい言葉、契約書なんかでよく使われる言い回しの勉強をしているよ。
 君たちはまだ始めたばかりだからね。自分たちの名前と村の名前は書けるようになろうね」

 そう言われて白い鉛筆を握る。少し太めだけど然程握るのに不便はない。チラリと隣を見れば、2人は完全にグー握り。いや、それ上手く書けなくない? 疲れちゃうでしょ?
 思った通り、無駄に力が入るから文字は震え、鉛筆は折れるし、大変そう。

 だけど私もこの世界の文字を書けるようにならないと。もう一度座り直して黒板を見つめ手元に視線を落とす。

(あれ? これって日本語で書いたらどうなるんだろう)

 一度考えたら気になって仕方がない。先生は2人とすぐ後ろのメンバーにつきっきりだから、試すなら今だろう。

 さまにあ村 

 平仮名と漢字の二つで書いてみる。文字は確かに日本語で記載している筈なのに、手元の板に書かれた文字は象形文字のような形になっている。

 ヴィオ

 次はカタカナだ。やはり同じように象形文字になる。どういう仕組み? ? ? 逆に日本語はもう書くことが出来なくなっているのかな?

 そう思って、いろはにほへとと書いてみれば、そこには象形文字が浮かぶことなく《いろはにほへと》と文字が書いてある。どういうこと?

 漢字とカタカナの混合文字を書いてみようとすれば、やはり同じように《東〇スカ○ツリー》と象形文字にならなかった文字がある。

 もしかしたら、こちらの文字を書こうと思って書いた文字は勝手に編集されて、日本語で書こうと思えばそれが暗号的な特殊文字として書くことが出来るのかも。だとしたら知られたくない事なんかは日本語で書けばいいかもだね。

「おや? ヴィオさんは自分の名前と村の名前は書けたようですが、その他に書いてあるのは 何でしょう? 見たことのない文字ですね。
 言葉は大陸共通ですが、文字は一部部族などで暗号化されていると聞きますが、それでしょうか?」

 いつの間にか私の背後にいた先生が、手元の文字を見て考察を始めている。あぁ、やっぱりこの《日本語》は読めない文字なんだね。

「お母さんが時々使ってた文字なの。なんて書いてあるのかは知らないんです」

 とりあえず先生にはそんな風に誤魔化してみる。先生たちにはお父さんから少し事情を話してあるって言ってたから「あぁ、そう言えば旅をしていたんでしたね」と納得してくれた。

「お前、凄いな」
「びお、もう書けるの? すご~い」

 そんな声が聞こえて振り返れば、キラキラした目で子犬と子猫が…ゲフンゲフン。レン君とハチ君が見つめてきている。ここはズルいとか、生意気とかではなく、尊敬になるんですね? 可愛いかよ。

「2人は鉛筆の持ち方を変えてみると良いと思う」

 そう言って持ち方から直していく。
 長いテーブルだし、私たちは小さいので3人並んでもひとつのテーブルに収まる。2人に譲られ私が真ん中に座り、右のレン君、左のハチ君の指の位置を少しずつ変えながら握り方指導をする。

「こうか? 何か持ちにくいぞ?」
「う~、むずかしいね」
「慣れないと持ちにくいかもだけど、慣れたら沢山文字を書いても疲れにくくなるよ? まずはこの持ち方で丸を書いてみよう?」

 クルリと綺麗な円を書く。簡単に見えるけど、鉛筆の持ち方が違えば上手く書けない。2人も見よう見真似でカチカチに固まった手で書いていく。プルプルしてます。

「レン君、手首は机につけたままでいいんだよ? こんな感じ」

 肘が上がったまま、全部がカチカチのレン君は細く震える円になる。鉛筆を持ったまま、手首を少しテーブルに置いた状態で鉛筆をゆっくり動かして円を書く。

「おぉ! それならいけそうだな」
「ぼくもやってみる」

 ハチくんは浮かせすぎて線が書けてなかったからね。2人とも素直に真似しながら、今度は綺麗な円を書くことが出来た。多少の歪みはちびっこのご愛敬。

「じゃあ、次は真直ぐ線を引いてみよう。文字は線の集まりだからね」
「「うん!」」

 質問も疑問もなく、すぐに自分の小さな黒板に取り掛かる2人。上手く真っすぐ引けたときは、ブンブン尻尾が振られ、曲がった時にはへにょりと垂れる。顔は真剣なままなのに尻尾が素直過ぎて、さっきから左右の尻尾ブンブンで幸せパンチを食らっております。
 あぁ、天国はここにありました!

 横線に縦線を何本も練習していると、先生も覗き込んできて感心している。2人も嬉しそうに「これ、一番うまく書けた!」と見せている。

「鉛筆の持ち方は皆自由だったので気にしたことが無かったですが、それをきちんと教えることで、こんなに変わるのですね。来年はそこから教えてあげることにしましょう。2人がこんなにじっと座って勉強しているのも初めてですよ。
 ヴィオさんは素晴らしい先生ですね。」

 書きにくければ、少しずつ変えて、いつの間にか正しい持ち方に近い感じに修正するのだろう。だけどそれは時間がかかるし、書けないとつまらなくて続けることが難しいかもしれない。さっきの成功体験じゃないけど、これも《上手く線が書けた》という体験だもんね。きっと今までのハチ君は飽きて寝てしまってたのかもしれないね。

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