ヒロインは始まる前に退場していました

サクラ マチコ

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閑話

〈閑話〉ファイルヒェン・ドライ・メネクセス その3

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大陸歴 578年~


アイリスとパーティー登録をして旅をした。
自重を止めたアイリスの聖属性魔法の威力は凄まじく、いつしか『冒険者の聖女』と呼ばれるようになっていた。
ある意味教会とは正反対の位置にいる存在が冒険者なのに、教会の権威ともいえる聖女を冒険者が名乗るなんて、ある意味喧嘩を売っているようなものだったんだけど、アイリス自身は笑って聞き流していた。

「聖女なんて権力者が勝手に都合良い様に呼んでるだけ。回復が得意な冒険者は沢山いるんだから、魔獣を倒して怪我人を間近で治せる彼らこそ聖人で聖女だと思うよ」

というのがアイリスの持論だった。
ヘラツィオ共和国とリズモーニ王国のダンジョンに潜る時には、臨時でパーティーを組み『冒険者の聖女』という名をひろめていった。
そして パーティーを組んで2年が過ぎた時、久しぶりにメネクセス王国に戻ってきた。
とはいえ、俺が育った場所はこの国の東端で、今居るのは西の端だ。リズモーニ王国の国土をすっぽり飲み込んでもはみ出るほどの大国だ。かなり距離は遠い。

プラネルト辺境伯は リズモーニ王国との国境という事もあり栄えていた。
しばらくこの街での活動をしていたが、辺境伯が支える領地だけあり 騎士団などの活躍もあって 魔獣討伐などは少ないようだった。
隣町のヘイジョーの町は ここより栄えてはいないが 土地が広くて 冒険者を誘致しているという話だったので、二人の拠点となる家を構えることも考慮して移動することにした。

「私ね、将来は 自分の家の裏庭とかで薬草とかを育てながら 薬屋さんをしてみたいんだよね」

いつだったか、アイリスが教えてくれた夢だ。
アイリスは採集の腕も良く、魔道具作りも巧みだ。
二人で銀の上級になったけれど、どこのギルドに行っても昇級試験を受けないかと勧誘されるのを断るのも疲れてきたのもある。
579年、俺たちは プラネルトのギルドでパーティー解散の手続きをして ヘイジョーの町に移動し、村の端にある小さな家を買った。
パーティーのままにしておけば、俺がギルドに顔を出すだけでも アイリスへの依頼を受けて欲しいと言われてしまうからな。

今、アイリスのお腹には 俺の子供がいる。無理はさせたくない。
ヘイジョーのギルドでも 回復魔法の依頼をされたことがあったけど、ギルド長に状況を告げたら納得してくれた。
やはり妊娠中は魔力が乱れやすく、無理をすることで子供に悪影響がある可能性があると言われた。
金に関しては、幸いこれまで碌に無駄使いをすることもなく貯めてきた俺たちだから、10年くらい働かなくてもどうにでもなりそうではあるから、アイリスにはゆっくり過ごしてもらうことにした。


「なあ、アイリス。俺は父親になれるのかな?」

「何言ってるの? もうこの子の父親なんですけど?」

日に日に腹が膨らむアイリスを見て、嬉しいと思う反面、怖いとも思う。
俺は両親の記憶がないし、家族という関係を知らないから。
トルマーレ辺境伯がとても気遣ってくれていたというのは今では理解している。だけど、親としての愛情をもらっていたとはやはり思っていない。
だからこの子に俺が与えられるのかが心配なのだ。

「そっか~、フィルは両親がいない…かもしれないんだったね。
私も生まれた国が神国だったから、あのままいたら聖属性がバレた時点で軟禁される予定だったから逃げたんだよね。だから両親にももう会うことはないんだ。
この子は祖父母がいないんだね。
だったらさ、その分 私とフィルで愛情沢山、お腹いっぱいって言うくらいに与えてあげよう?」

アイリスは自分の過去をあまり話さない。神国出身だなんて初めて聞いたぞ?
たしか神国は この大陸からは距離のある孤島で、船がないと入ることができないと習った。海には水棲魔獣がいるし、小舟で近付くことも、勿論泳いで到達する事も不可能だ。
そんな国からどうやって逃げ出したんだろうか。

だけど、あまりにもアイリスがあっけらかんと言うもんだから、神国の事は聞き流し、祖父母のことに関してもそれもそうかと思ってしまう。
そうだな、俺たちの両親が居なくても、俺とアイリスがたっぷり愛情を注げばいいんだよな。

そう、あの時は本当にそう思ってたんだ。


◆◇◆◇◆◇


580年の水の季節、ついに俺たちの子供が産まれた。
近所のおばさんたちが手伝ってくれて、無事に女の子が産まれてくれた。

「ンギャ~、ンギャ~、ンギャギャンギャ!」

小さいくせに、全身に力を込めてるからか、驚くほど大きな声で鳴く赤子だった。

「フィル坊、泣いてんじゃないよ!あんたは今日からお父さんなんだからね。
ちゃんとアイリスちゃんと 赤ちゃんを守ってやるんだよ?」

「あ、ああ、ミリアさん、ヨーシャさんも、ありがとう、ありがとう。
アイリス、俺たちの子供を産んでくれて本当にありがとう」

いつの間にか涙を流していた俺の背中をバシバシ叩きながら、お産の手伝いをしてくれていた近所のおばさんたちは帰って行った。

「ふふっ、フィルの嬉しそうな顔を見たら お産の疲れも吹っ飛んじゃった。
さあ、じゃあお父さんの初めての大仕事を頑張ってもらおうかな?」

「え? 何? 俺にできること?」

柔らかい布に包まれた赤子は泣き疲れたのか、アイリスの胸の上で眠っている。
本当に小さくて、こんなにも弱そうな生き物、俺が守らないと駄目だな。
そんな事を思っていたら、アイリスが楽し気にお願いを告げてくる。

「この子の名前、決めてくれる?」

それは一大事ではないか。
これまでも腹にいた時から名前を考えてはいた。ただ、あまりにも腹を蹴ったり動いたりが激しいもんだから、近所のおばさんたちも「多分男の子だね」といってたから 男の名前しか考えてなかったんだよな。

「髪はアイリスと同じピンクだな」

「そうだね、この子も髪色で珍しがられるかもしれないね。色変えの魔道具があった方が良いかな」

あ、確かに俺たちが一緒に居る間は問題ないだろうけど、洗礼後はあった方がいいかもしれない。

「瞳の色はどうだろうね」

アイリスが胸の上でトントンと背中を撫でさすれば 赤子の目が軽く開いた。
まさか……。
直ぐに閉じられた瞼だが、見えた色は俺と同じ菫色に見えた。

「フィルには見えた?」

「あ……ああ。俺と同じだと思う」

この色のせいで王族の落胤だとこの子も言われてしまうのだろうか。
いや、共和国にいた時には誰もそんな事は言わなかった。だったらこの子が大きくなる前には 共和国に戻るか?

「へ~、菫色か~。私の髪色でフィルの目の色って、すごく可愛い色合いだよね!将来絶対モテるよね」

「は?そんな事許さんよ?」

「プッ!やっといつものフィルに戻ったね。私たちずっとこの色で来たじゃない?
大丈夫、この子が私たちの子供だって知られたら、この色で産まれたことも不思議じゃないって思われるよ。大丈夫!」

考え込みそうになってたら、そんな風に励ましてくれるアイリス。
出産直後で大変なのはアイリスなのに、俺はまた心配かけてしまったんだな。

「ごめん、ありがとう。
そうだな、俺たちの可愛い娘だ。そうだな……、ヴァイオレットはどうだろう。
愛称はヴィオだ」

「ヴィオ? 可愛いね。
ヴィオ~、あなたの名前はヴァイオレットになりましたよ~。
あなたのお父さんが決めてくれたからね~。初めてのプレゼントだよ~」

ああ、そうか。
名前は両親からの初めてのプレゼント。
ということは俺のファイルヒェンも 両親が決めてくれたんだろうか。そう考えたら この名前も大切なものに思えてくるな。


◆◇◆◇◆◇


出産後、まだ元通りとまでは行かないまでも、アイリスはヴィオを抱えたまま庭の薬草の手入れをしている。
俺は日帰りで出来る依頼をギルドから受けて過ごしている。

帰ったらクリーンで綺麗にしてから自宅に入る。
前に急いで入ったら、アイリスから滅茶苦茶怒られたからな。

アイリスの胸に抱かれたヴィオは 今日は珍しく起きていた。
俺の姿を見てキャッキャと嬉しそうに手を伸ばしてくれる。

「アイリス、みたか?今笑ったぞ。
可愛いなぁ。ヴィオ~、パパでしゅよ~。
あ!ほら、今目を開けた!おぉ!俺と同じ菫色の目だな。
髪色はアイリスと同じピンクが少しずつ濃くなっていてるな。
くぅ~~~!可愛いすぎるだろ!これは周りが放っておかないだろうな!変な男に嫁にはやれんな!どうしてくれようか!」

産まれて直ぐよりも より色が鮮明に見えてきたヴィオの瞳は、とても綺麗な菫色だった。
もうこの色を見ても焦ることはない。
ほっぺたはフワフワの柔らかで たまらない感触だ。

「ふふっ。もう、生まれたばかりの赤子相手に結婚相手の心配って、どれだけ心配性なのよ。けど、可愛い娘なのは否定しないわ。おとうさん、私たちのことしっかり守ってね?」

「もちろんだ!!!」

微笑むアイリスごとヴィオを抱締めて幸せ過ぎる日々を満喫する。
俺、こんなに幸せになって良いんだろうか。そんな事を思ったから、だからあんな知らせを受けることになったのかもしれない。
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