ヒロインは始まる前に退場していました

サクラ マチコ

文字の大きさ
159 / 584
閑話

〈閑話〉 ルシダニア皇国 1

しおりを挟む

この大陸ではほとんどの国で 誕生日を祝うことがない。
平民は産まれた時期に関係なく、1年の始まりである土の季節の初めに一斉に1歳年を重ねるからだ。
勿論 裕福な商家などでは 産まれた月に特別な祝をすることもあるだろうが、金と時間に余裕があるからこそできることである。

ヴィオの持つギルドカードには 登録した時の5歳という年齢が記載されていたが、これもギルドに提出すれば書き換わる。
まだ5歳のままなのは、サマニア村に戻るまで ギルドカードを提出していないからである。ダンジョン踏破の記録も分かる為、外の旅ではカードを出さないように言われているからマジックバッグに収納したままである。
お金のやり取りで タグは使うものの、タグには名前とパーティー名しか記載が無いため まだ気づいていない。

さて、平民は年越しで年を重ねるが、貴族は誕生季もしくは 誕生月で祝うことが多い。
これは、貴族の洗礼式を 誕生季の初めに行う事からそうなったのだろう。
平民とは違い 多額の寄付を行ってくれる貴族の為には 洗礼式も少々特別なものとなっている。


◆◇◆◇◆◇



今日はこの小さな教会が建つ 子爵領のご息女が洗礼式を迎える日である。
他の貴族の子女よりも 気を使うことは間違いない。

アスヒモス子爵領の教会を任されている エドムント司教は 朝から胃がキリキリと痛むような気がしていた。
彼は ルシダニア皇国の皇都にある サンゼー教学舎 を素晴らしい成績で卒業した後、皇都の聖堂で司祭となった。
両親は素晴らしい出世街道を歩んだエドムントに 大いなる期待をしたが、基本的に真面目で 融通が利かず、神の教えに忠実すぎたエドムントは、聖堂での魑魅魍魎ともいえる 司祭たちの考えについていけなかった。

前皇帝の弟であるフーソーンが、その権力を使ってやりたい放題しているのを誰も止めることはなかった。止めるどころか 修道士や修道女も食い散らかし、自分の子飼である司祭や司教におさがりを与えている。
そして彼に阿る者たちは  教会での良い立場が欲しいと、フーソーンヘ 見目麗しい 若い女や男を上納していた始末だ。
それを知った時、あまりのショックに 教会のトップである枢機卿に蛮行を止めて欲しいと、たかが司祭でしかない、たかが伯爵家の次男でしかないエドムントが訴えたのだ。

エドムントは知らなかった。
神を信じ、神々に感謝を伝え、真摯に祈る事こそが司祭や司教の務めであると思っていたから。
教会にいる者は 神の教えを真摯に守る事こそが大切だと思っていたから。
信者から金を集め、聖属性を特別なものとし、献金を行うもの以外には 高額なお布施を要求し、それらを 弱者に還元するのではなく、自分たちの懐に入れ、貴族よりも贅沢な暮らしをすることを良しとしている者たちがこんなに多かったなんて、知らなかったのだ。


気付けばエドムントは王都の聖堂から追い出され、魔の森を眼下に臨む 最果ての子爵領にある教会に転属させられていた。
所謂 左遷である。

エドムントの両親はその結果に激怒した。
貴族の子供であるのに、多少の清濁を併せて吞むこともできないなんてと。
フーソーン・ゴーガンの下に付き、彼のお気に入りになることが出来れば、バースキー伯爵家も、次期領主となる兄も もっと良い生活が出来た筈なのにと。
聖堂から たった一つの荷物鞄だけを持って 実家に戻ったエドムントに、そんな言葉を投げかけた家族。
絶縁という最後のプレゼントを渡されて、実家の玄関を跨ぐことさえできず 辻馬車を乗り継ぎ、最果ての子爵領に到着したのだ。


皇都の聖堂は、神国にある大聖堂にも負けぬほどの荘厳な教会だった。
エドムントは実家からの援助が無く、神国への留学をしたことはなかったが、教科書にある大聖堂の絵は何度も見た事がある。
皇都でしか過ごしたことが無いエドムントは、地方の教会の実情を知らなかった。

勿論学生時代に 様々な教会に赴き、そこに訪れる人々に聖魔法を施すという授業を受けたことがあるので、聖堂以外の教会にも行ったことはあった。
ただ、学生の実習を受け入れるような教会は それなりの設備があり、見られても恥ずかしくないようにしている教会だったのだろう。
実家にあった 庭師の資材置き場かと思うような建物が、まさか教会だなんて思ってもみなかったのだ。


◆◇◆◇◆◇


教会には 私と12歳離れた司教がお一人と、修道士が二人いるだけでした。
クローニン・トーロフ司教も 同級生だったフーソーン・ゴーガン司教に苦言を何度も告げたことで 左遷されたのだという事でした。
修道士の2人も ゴーガンから襲われそうになったところを 拒否した結果、この地に左遷されたのだそうです。

ここに来たのが私一人では大変だった筈ですが、トーロフ司教と修道士たち、皆がゴーガンからの被害者であるという共通点があったことで、絶対にここから見返してやろうと一致団結することが出来ました。

あれから二十年、十年前にトーロフ司教は 大司教となり、このアスヒモス子爵領を出て、ルシダニア皇国西部地区の教会を纏めていらっしゃいます。

あの時 修道士だった彼等は司祭となり、今でも私の補佐をしてくれています。
物置小屋のようであった教会もすっかり美しくなり、今では信徒たちも手入れによく来てくれるので、美しさを保つことが出来ています。

この地に赴任した当初は、貴族の洗礼式を受け入れるようなことは出来ませんでした。
洗礼式で使用している水晶すら、この教会にあるものは古く、トーロフ司教が丁寧に手入れをしてくれていたから使用できていたくらいだったのです。
しかし 十年前 トーロフ司教が大司教となり 西部地区に栄転されるとき、トーロフ大司教から 新しい水晶が贈られました。

「これは この十年間頑張って働いてくれた君への 特別賞与だと思ってください。この皇国の中心では腐った者達が多いですが、君のように 真摯に神と向き合う者がいるのも事実です。
君の素晴らしい心を無くすことなく、これからも頑張ってくださいね」

左遷された私たちには、毎月本来なら送られてくるはずの手当てが入っていません。
教会を維持するために、教会本部から送られるはずの資金なのですが、きっと本部にいるゴーガンの手の者が 着服しているのでしょう。
ですから この水晶は トーロフ大司教が 自腹で購入してくれたに違いありません。
私は 実家から絶縁されていますから、実家からの支援も望めません。水晶が無ければ 貴族は疎か、平民の洗礼式もできなくなり、この教会の収入が途切れてしまうことを心配してくださったのでしょう。

綺麗になった教会、新しくなった水晶、皇都から左遷されてくる修道士や司祭、少しずつ人数が増え、町民に支えられて この教会は成り立っています。
子爵令嬢は 噂に聞くところ 少々お転婆が過ぎるお嬢様という事ですが、私たち司教は 神の教えをお伝えするのがお仕事です。

洗礼式を無事に終えることが出来るよう、万全の準備を致しておきましょう。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

【書籍化決定】アシュリーの願いごと

ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」 もしかして。そう思うことはありました。 でも、まさか本当だっただなんて。 「…それならもう我慢する必要は無いわね?」 嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。 すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。 愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。 「でも、もう変わらなくてはね」 この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。 だって。私には願いがあるのだから。 ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻1/19、タグを2つ追加しました ✻1/27、短編から長編に変更しました ✻2/2、タグを変更しました

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」 義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。 父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。 けれど―― 公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。 王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。 さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。 そして下されたのは――家ごとの褫奪。 一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。 欲しがったのは肩書。 継いだのは責任。 正統は叫びません。 ただ、残るだけ。 これは、婚約を奪われた公爵令嬢が “本当に継がれるべきもの”を証明する物語。

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で一人の騎士と運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

恋は、母をやめてから始まる――正体を隠したまま、仮の婚約者になりました

あい
恋愛
両親を失ったあの日、 赤子の弟を抱いて家を出た少女がいた。 それが、アリア。 世間からは「若い母」と呼ばれながらも、 彼女は否定しなかった。 十六年間、弟を守るためだけに生きてきたから。 恋も未来も、すべて後回し。 けれど弟は成長し、ついに巣立つ。 「今度は、自分の人生を生きて」 その一言が、 止まっていた時間を動かした。 役目を終えた夜。 アリアは初めて、自分のために扉を開く。 向かった先は、婚姻仲介所。 愛を求めたわけではない。 ただ、このまま立ち止まりたくなかった。 ――けれどその名前は、 結婚を急かされていた若き当主のもとへと届く。 これは、 十六年“母”だった女性が、 もう一度“ひとりの女”として歩き出す物語。

処理中です...