無口なきみの声を聞かせて ~地味で冴えない転校生の正体が大人気メンズアイドルであることを俺だけが知っている~

槿 資紀

文字の大きさ
3 / 35

第三話

しおりを挟む
 久瀬が転校してきて、早半月が経った。

 俺は気付いてはいけないことに気付いてしまったという罪悪感から、敢えて彼の存在を意識から外そうと躍起になり、結果何も手につかなくなってしまった。

「オイ珍しいなお前白沢ァ! たるんでるんじゃないか特待生~!」

「スマセン……」

 昼休み、職員室。英語の単語小テストでスペルミスをありえないほど繰り返してしまい、高校どころか中学を含めても、俺史上初めての再テストを食らってしまった。

 英語の教科担、斎藤先生はどこか嬉しそうに俺の肩をバシバシと叩く。ジャングルクルーズで珍獣でも見たかのようなテンションだ。俺は何も楽しくないが。

 一応これでも俺は小学生の時から今までずっと優等生で通ってきたのだ。家からの近さを加味しつつ、特待生制度の完全学費免除を狙ってあえてこの高校にしたが、一応県内で一番の進学校も射程圏内の成績だったし、この高校に入学してから一度だって学年三位までを逃したことはない。

 一番の得意科目の英語で再テストを食らったともなれば、流石に危機感を覚える。駿台模試でだって得点率八割を割ったことはなかったのに。

 今年一番くらい打ちひしがれながら、職員室内の長テーブルに腰掛け、再テストに取り掛かる。さっさとこれを終わらせて昼飯を食べたい。通りかかる教員全員が物珍しそうに俺のことを見てくるので、さらし者にされたような気分だ。

「あ、ああ、君ね……ひとまずね、君は今日のところは再テスト免除でいいよ」

 一分くらいで二十問を埋め終わり、さあ提出しようと立ち上がったとき、そんなことを言う斎藤先生の声が耳に入る。今度は俺が面食らう番だった。斎藤先生は生徒がどんな事情を抱えていようが一切配慮しないというすげないスタンスが一貫しているタイプの教員だ。そんな斎藤が、再テストを免除とは。それも、どこかしぶしぶと言った態度の滲む声である。

 俺は恐る恐る、仕切りの向こうにある、斎藤のデスクのほうを覗き込んだ。すると、丁度、ぺこりと無言で一礼をして、回れ右をした生徒の姿が目に入った。俺はつい瞠目すると同時、妙な納得感が喉元まで込み上げてくるのがわかった。

「ああ、そうだ、久瀬くん。まだ再テスト受けに来たの、半分もいないから。今日の放課後までには必ず受けに来るようにってクラスに伝えておいて、よろしく」

 斎藤先生は不機嫌そうに、久瀬の方を見るでもなく、どこかぶっきらぼうにそう言い放った。久瀬は立ち止まり、俯いた。考えずとも、困っているのが分かった。

 俺は何故か申し訳ない気持ちになりながら、敢えて気にしないフリをして、久瀬の横を通り過ぎた。すれ違いざま、吐く息が震えているのが聞こえてきて、ズキ、とこめかみが痛んだ。

「斎藤先生、終わりました」

「おん、どれ、貸してみ……ウン、よし。来週は気ぃ抜くなよ白沢~」

「はい、気を付けます」

「ん、お疲れ」

 斎藤先生はバインダーに挟んだ再テスト名簿らしきものにチェックを付け、シッシッと追い払うみたいに手を振った。俺は適当に一礼し、踵を返した。久瀬はいつの間にかいなくなっていた。

 さて、教室に戻れば、いつものように賑わいでごった返している無秩序な雰囲気が満ちている。しかし、自分の席で弁当を食べるでもなく、窓の外を見ている久瀬の所在なさげな肩がいやに目についた。いかにも、途方に暮れていますといった風体だった。

「んぉ、白沢再試くんじゃん、お疲れぃ!」

「再試常連みたいに言わんでくれるか。これが初めてだっての……」

 ゲラゲラ笑いながら、友人の橋本が手を振ってくる。わざわざ俺の前の席を陣取って、好き者なことだ。むしろ再テスト常連はアイツの方なのだが。そしてサボり常習犯でもあり、斎藤先生にはしっかり目をつけられている。

 俺は手招きに応じて橋本へと歩み寄った。そして、身をかがめてズイと注意を引く。

「な、昼休みに入ってから、英語の再テのこと何か聞いた?」

「なんだ急に、別になんもないけど」

「あそ」

 当たり前だ。久瀬は授業で当てられても、どんなに話しかけられても、首を縦に振るか横に振るか、傾げるしかない。頑なに声を出さないのだ。

 きっとそれは、彼の秘密の露見に関わるから。ラヴィのメインボーカルだった彼の声は特徴的で、魅力的だ。一度聞けば、俺のような門外漢でも忘れない。

 すう、と息を吸った。出来るだけ、何気なく。

「あのさ、みんな。斎Tが、単語の再テスト放課後までに受けに来いってさ。まだ半分も来てないってキレれたから、まあ一応伝言な~!」

「うへぇ」

 すぐそばの橋本が舌を出しながら肩を竦める。教室じゅうで曖昧な返事やら、めんどくさぁ、といった不満の声が湧いた。

 項のあたりがモゾリとした。どこからか視線を受けているが、俺は努めてそちらを見ず、ロッカーへ弁当を取りに行った。

「にしてもさ、カイリお前、なんか最近変じゃね? 疲れてるとか?」

 俺が席に戻って弁当を広げ始めれば、橋本は椅子の背もたれを正面にするように座り直し、スマホを弄りつつそんなことを言い出した。

「いやまあ、うーん……なんだろな、ちょっとバイト入れすぎたっぽい」

「そりゃお前特待生維持しつつバイトもして俺らとネトゲ周回もしてってさ、いつ寝てんのそれ。遊びには誘っても来ないし、どこに金使ってんの?」

「大学のための貯えだよ。バイトは一応趣味の延長だし、流石に三年になったらもう辞めるけどさ……あとはアレ、妹のご機嫌取り。アイツ月の小遣い、好きなアイドルのグッズとかライブですぐ使い果たすからさ、めっちゃタカられるわけ」

「お前ホントに高校生? こわ」

「だってさあ、ロースクール行くにも金かかるっぽいし……妹の進路のこととかも考えるとさ、これ以上父さんが夜勤増やしたら流石に罪悪感ヤバいっつーか」

「なのに妹にはえげつない嫌われてんのウケるわ。かわいそ」

「いやまあ別に。アイツのあのノリで好かれたら逆にウザそうだし」

 へ~、と、納得したんだかしてないんだか、橋本は気のない相槌を打って、勝手に俺の弁当から唐揚げを口に入れた。コイツもコイツで横暴なのだ。俺の周りにはどうやらこういう人間ばかり集まるらしい。まあ、俺が朝から揚げた唐揚げだ。ウマ、ウマ、といい反応を返してくれるだけ、文句ばかりの妹よりはずっとマシだった。

「カイリさぁ、たまにはリフレッシュとかしろよ。勉強は特待生だからしゃーないんだろうけどさ、バイトして家の手伝いして、寝る前にちょっとゲームしてって、流石に潤い足りねえんだよ」

「その心は?」

「放課後ラウワン行こうぜ、青柳も浅田も来んの」

「お~、考えとくわ」

「来ない了解」

 話が早くて何よりである。

 何度断ってもめげずに誘ってくれる橋本には悪いのだが、正直なところ、学校に来るだけでも気疲れで困憊になるのだ。こうして何気なく話をするだけなら楽しいし、むしろ橋本といった友人の存在はありがたく思っている。

 それでも、人付き合いは自分の鏡というように、誰かと深く付き合えば付き合うほど、自分の持つ感覚のズレと直面することになる。きっと俺は、そのズレを感じる頻度が人よりもいくらか多く、それによって発生するストレスへの耐性が頗る低いのだ。

 きっとその感性は、法曹に向いていると、そう言ってくれた母の言葉を、ずっと心の支えにしている。幸い勉強と努力は性に合っていたので、ひとまず今は、勉強を第一にして、生活を構築しているわけだ。

 その、筈なのだが。今は、そのバランスが、少しずつ崩れ始めている。授業中も、ふとした瞬間に、久瀬の存在が視界の隅にちらついて、集中を乱してしまうようになった。

 あの一瞬だけ。彼のターコイズグリーンを目の当たりにしたのは、それだけのこと。緑の瞳と言うだけで、彼の正体をラヴィのミズキと断定するのは些か早計なのではないか。

 もしかしたら、見間違いかもしれないし。久瀬の声だって聞いたことないのに。

 ああ、そうだ……声。一度聞いたら忘れようがないほど、艶があり、特徴的な声。

 久瀬の声を聞くことが出来れば、事実がどうであれ、納得できるんじゃないか。本人か別人か、それではっきりするんだから。

「つっても、なあ……」

「お? 何、どした?」

「いや、ごめん、何でもない」

 橋本は怪訝そうに眉を顰め、スマホを凝視しながら肩を竦める。久瀬が橋本くらい饒舌であれば、どんなにいいことか。

 久瀬の声を聞く。これが簡単なことであれば、苦労はしないのであった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。

天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!? 学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。 ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。 智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。 「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」 無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。 住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!

泣き虫で小柄だった幼馴染が、メンタルつよめの大型犬になっていた話。

雪 いつき
BL
 凰太朗と理央は、家が隣同士の幼馴染だった。  二つ年下で小柄で泣き虫だった理央を、凰太朗は、本当の弟のように可愛がっていた。だが凰太朗が中学に上がった頃、理央は親の都合で引っ越してしまう。  それから五年が経った頃、理央から同じ高校に入学するという連絡を受ける。変わらず可愛い姿を想像していたものの、再会した理央は、モデルのように背の高いイケメンに成長していた。 「凰ちゃんのこと大好きな俺も、他の奴らはどうでもいい俺も、どっちも本当の俺だから」  人前でそんな発言をして爽やかに笑う。  発言はともかく、今も変わらず懐いてくれて嬉しい。そのはずなのに、昔とは違う成長した理央に、だんだんとドキドキし始めて……。

なぜかピアス男子に溺愛される話

光野凜
BL
夏希はある夜、ピアスバチバチのダウナー系、零と出会うが、翌日クラスに転校してきたのはピアスを外した優しい彼――なんと同一人物だった! 「夏希、俺のこと好きになってよ――」 突然のキスと真剣な告白に、夏希の胸は熱く乱れる。けれど、素直になれない自分に戸惑い、零のギャップに振り回される日々。 ピュア×ギャップにきゅんが止まらない、ドキドキ青春BL!

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

俺の幼馴染が陽キャのくせに重すぎる!

佐倉海斗
BL
 十七歳の高校三年生の春、少年、葉山葵は恋をしていた。  相手は幼馴染の杉田律だ。  ……この恋は障害が多すぎる。  律は高校で一番の人気者だった。その為、今日も律の周りには大勢の生徒が集まっている。人見知りで人混みが苦手な葵は、幼馴染だからとその中に入っていくことができず、友人二人と昨日見たばかりのアニメの話で盛り上がっていた。 ※三人称の全年齢BLです※

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

【完結】ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。

或波夏
BL
ハーレムラブコメが大好きな男子高校生、有真 瑛。 自分は、主人公の背中を押す友人キャラになって、特等席で恋模様を見たい! そんな瑛には、様々なラブコメテンプレ展開に巻き込まれている酒神 昴という友人がいる。 瑛は昴に《友人》として、自分を取り巻く恋愛事情について相談を持ちかけられる。 圧倒的主人公感を持つ昴からの提案に、『友人キャラになれるチャンス』を見出した瑛は、二つ返事で承諾するが、昴には別の思惑があって…… ̶ラ̶ブ̶コ̶メ̶の̶主̶人̶公̶×̶友̶人̶キ̶ャ̶ラ̶ 【一途な不器用オタク×ラブコメ大好き陽キャ】が織り成す勘違いすれ違いラブ 番外編、牛歩更新です🙇‍♀️ ※物語の特性上、女性キャラクターが数人出てきますが、主CPに挟まることはありません。 少しですが百合要素があります。 ☆第1回 青春BLカップ30位、応援ありがとうございました! 第13回BL大賞にエントリーさせていただいています!もし良ければ投票していただけると大変嬉しいです!

処理中です...