無口なきみの声を聞かせて ~地味で冴えない転校生の正体が大人気メンズアイドルであることを俺だけが知っている~

槿 資紀

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第十二話

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 昨晩は祖父母宅に帰りついてから、布団に寝転がりながらサブスクでホラー映画を見て、何となく引っ付きあいながら寝た。ジャンプスケアの演出があっても身じろぎひとつしなかった久瀬だが、寝ぼけて返事もなおざりな俺に「怖いから」という理由で身を寄せてきたのだ。ガンガンに冷房をきかせた部屋だったので、久瀬の体温を感じているのは心地良く、あっという間に眠りへと誘われた。

 そして起きたらもう昼前になっていた。今日は祭りの当日、設営の手伝いに一時ごろから呼ばれている。作業が終わった後は存分に祭りを楽しめと言われているので、気合が入るところである。

 顔を洗って、久瀬より先に居間へ上がる。すると、揚げ物をする香ばしい匂いと、カラカラという音が台所から響いていた。テレビでは甲子園の準々決勝の試合を流していて、机の上には、そうめんが丸めてたくさん盛り付けてある大きなザルが鎮座していた。

「カイちゃんおはよう、もうすぐ天ぷら揚げ上がるからねぇ、おそうめん食べてお待ち」

「おはようばあちゃん、ありがと……」

「たくさんおあがりね。ごめんねぇ、今から大変やけど、無理せんと休み休み頑張んなさいね」

 ピピピピ……と、台所からタイマーの音が響く。祖母ははいはい、とおっとり返事をしながら戻っていった。入れ替わるように、久瀬が居間へ、ゆったりと現れる。

「わ……そうめん、いっぱい」

「そうめん好き?」

「めっちゃね」

 そんな、知性のフィルターに全く通していないような掛け合いをしながら、並んで胡坐をかいて座る。絶妙に息の合わない「いただきます」を合唱して、氷の入ったつゆ入れを掴み、ひたひたにそうめんを浸して、一気に啜った。

「天ぷらと、玉子焼きもどうぞ~」

「わ~、最高。うまそ~」

「ありがとうございます、そうめんおいしいです」

「ま~! よかった~! たくさん食べてね~、足りなかったらまた茹でるからねぇ。あ、どれどれ。ばあちゃんもちょっと一緒にお昼もらうねぇ」

 祖母は小さめのおわんにそうめんをひと束ぶんくらい入れ、つゆをぶっかけて、その上にてんぷらを乗せたものを持っていた。そして、ソファに座ってそれをちまちまと食べながら、テレビの甲子園中継を見始める。ばあちゃんの分少なくない? と言えば、味見で沢山食べてるのよ、と本当かどうかわからないことを言う。

「そうそう、二人ともね、あの、甚平を縫ったのよ。食べ終わったら着てみてくれる?」

「え、すご。いつの間に」

「おとといから、ちょっとずつね。もし気に入ったら持って行って、お祭りで着んしゃいね。涼しいから、しばらくは部屋着にしてもよかよ」

「うわ、嬉しい! ありがとう!」

「え、あの、いいんですか? 僕の分まで……」

「ちょっとね、若い子には馴染みないかも知れんけど、よかったら貰ってくれる? カイちゃんがこんなにいい子連れてきてくれて、嬉しかったんよ。これからも仲良くしたってね」

 久瀬はコクコクと何度も頷いた。祖母も少し照れくさそうにウフフと笑って、あっという間に空っぽになったお椀を持って台所へ引っ込んでいった。

「いい子、かな……僕、ちゃんと……こんなに貰ってばっかりで……」

「久瀬がちゃんと受け取ってくれるから、ばあちゃんも嬉しいんだよ、きっと。俺も嬉しいし……祭りさ、楽しみだな」

「うん……!」

 ズゾゾゾ、と、残り少ないそうめんを啜る。セミの鳴き声、風鈴の音色、台所から聞こえる水音に、テレビの音声。田舎は思ったよりも、たくさんの音が溢れているけれど、どこか静謐で、穏やかな時間が流れている。

 今までは意識してこなかった些細なことが、久瀬と一緒にいるだけで、こうも鮮やかなものとして、頭に焼き付くのだから、たまらない。

 ああ、やっぱり、どうしようもなく。俺は、久瀬のことが好きらしい。今までは、どうにか意識しないよう、目を逸らして来たけれど……もう、誤魔化しきれなかった。

 だからといって、どうするということもないけれど。この穏やかで温かい関係を、出来るだけ長く続けられるように……俺の気持ちひとつで、久瀬とのこれからの交友関係に、何らかの滞りが生じたら、きっとそっちの方が俺は耐えられない。

 これからも、久瀬と沢山、色々なことが出来たら、俺はそれでたくさんだ。

 +++

「ああそうだ、カイちゃん。ひとつ、頼まれてくれる? 久しぶりにラムネなんか飲みたくって。これ、お代金渡すから、おつりは取っといて、ミズキくんと何か晩御飯食べなさいね」

「え? いいよ、ばあちゃん。ラムネくらい買ってくるよ」

「いいから、いいから、ね。楽しんでおいで」

 ポチ袋をぐいぐいと握らせて、俺の手をポンポンと叩く祖母。向こうで自転車に乗り込んだ久瀬が怪訝そうにこちらを見ていて、待たせるのも申し訳ない。ありがとう、ありがとう、と何度も繰り返しながら、俺は祖母に手を振りつつ、出発した。

「カイリくん、大丈夫だった?」

「あ、うん……おつかい頼まれた。ラムネ買ってきてほしいって」

「ラムネ? あの、糖分補給で食べるやつ?」

「ああいや、炭酸のほう。飲み物よ」

「へぇ……おばあちゃん、ラムネ好きなんだ」

「まあ、最近じゃコンビニとかスーパーでもあんま見ないし……祭りじゃ確実に売るから、たまにはって感じかも。実際、たまに飲むと美味いんだよね。早飲み競争、俺結構得意だったよ。角度にコツあってさ」

「早飲み競争⁉ なんか難しいの……⁉」

「お、さては未経験か……瓶の中にビー玉入ってて、傾けすぎるとビー玉が飲み口塞ぐのよ。なぜかみんな飲みこみながら瓶揺らすから、カラカラ~って一斉に音鳴って、ちょっと面白い」

「へぇ~! 楽しそう、飲んでみたいかも」

 なら、何本か買って帰った方がいいかもしれないな。まだ花火もしてないし、今晩は無理でも、明日の夜、ラムネをお供に花火なんかやるのも乙だろう。

 さて、自転車をゆったり十分も漕げば、あっという間に会場の小学校校庭に到着。町内会のおじさんたちに挨拶しながら、機材を運び込んだり、何かと組み立てのフォローをしたりと、設営の手伝いをこなす。

 何分暑いので、おじさんたちも休み休み交代で作業にあたっていた。俺と久瀬も何かひとつタスクを終わらせる度に、ちょくちょく休憩させてもらった。

 さて、そんなこんなで、あっという間に四時ごろ。ステージ前にパイプ椅子を並べて置いてくれ、と言われ、備品のあるプレハブと何度か往復する。その作業が終わる頃には、会場は随分祭りめいて、じんわりと胸が高鳴った。

「おーい! 二人とも!」

 達成感と疲労感で、ぼんやりと会場じゅうを繰り返し見回していた俺と久瀬に、ステージ横のテントから、祖父が手招きした。はたはたと小走りで駆け寄ると、祖父はニカッと笑い、俺と久瀬に茶封筒を差し出した。

「わるいなあ、少ねんだけど、これ、じいちゃんからのお手当」

「えっ、マジ?」

「やっ、あの、受け取れません……! カイリくんはまだしも、僕は……こんなに良くして頂いたのに」

「なぁにを言うとんね! 若いもんは遠慮せず受け取っとき、な! せっかくこっち来てくれて、暑い中頑張ってもらって……貰ってくれんと示しがつかんから!」

 わはは、と豪快に笑いながら、祖父は俺と久瀬の肩を叩いた。そして、ずっと呼ばれていたのに無視していた声の方へ、ようやく向かっていく。

「カイリくん……これ、せめてカイリくんが使って。僕、泊めてもらって、たくさんおもてなししてもらって、そのお礼のための手伝いだったのに」

「や、ごめん。そんなことしたら信じられないくらい怒られるから。じゃあさ、せっかくだし、この祭りでパーッと使っちゃえば! 出店の売り上げ、町内会の活動費にもなるっぽいし。まわりまわってじいちゃんたちの打ち上げ代とかになるんじゃね?」

「確かに……? そうなの、かな……?」

 釈然としないというか、どこか自信なさげに首を傾げつつ、茶封筒を見つめる久瀬。どうしてこんなに健気で律儀なのか。俺なんか「え、マジ?」で受け取ってしまったし。

 ともあれ、俺はじいちゃんに確認して、ステージの裏の人目がつかない場所を借り、甚平に着替えることにした。紬織りだという生地はシンプルで渋く、洗練されている感じがした。モデルみたいなスタイルをしている久瀬はばっちり着こなしていて、つい目をやってしまうようなオーラがあった。試しに、目について持って来た扇子を持たせてみると、とんでもなく絵になるありさまで、俺はつい感動してしまった。

 持って来たリュックを本部のプレハブに置かせてもらい、スマホと財布だけ持って会場へふたたび繰り出す。まだ日も沈んでいない、夕方にさしかかった時間帯。ぼちぼち、気が早い近所の小中学生らしき来場者が確認できた。

「ごめん、カイリくん……人が集まりだしたら、あんまり話せなくなるかも」

「ああ、おっけぃ! なんかあったらメッセね」

「……あの、さ。カイリくんは、なんで、とか……気にならない? 変、でしょ」

 ドク、と、鼓動が跳ねる。ちょっと、そこは触れられたくないところだ。だって、推測でしかないけど、理由は分かってる。何と言ったものか。

「うーん……まあ、事情についてはさ、言いたいって思った時に、言ってもらえたら。少なくとも、俺は気にしない。久瀬は久瀬だし」

「――カイリくんは、やっぱり」

 そこまで言って、久瀬は口をつぐむ。胃が締め付けられるように痛い。その先に続く言葉を、頭が勝手に想像してしまう。ゆっくり息を吸って、震えないように、咳払いした。

「久瀬は久瀬だよ。俺にとっては、それがすべて」

 これだけは、間違いなく、俺の、まぎれもない本音。久瀬が誰であろうが、俺と出会う前にどんなことをしていようが、俺にとっては、こうして仲良くなった同級生の久瀬が、すべて。

 ありのままでなくても、言いたくないことがあっても、俺は、それをひっくるめて、目の前にいる久瀬のことが好きだから。

 だからどうか、焦らないで。この関係が、変わってしまうのは、どうにも惜しいのだ。

 ごめんねと、久瀬が小さく呟いた。どうにも切なくなりながら、俺は久瀬の背中をポンポンと叩き、鼻を啜ったのだった。
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