無口なきみの声を聞かせて ~地味で冴えない転校生の正体が大人気メンズアイドルであることを俺だけが知っている~

槿 資紀

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第十五話

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 だって、そんなのは。久瀬がそうだって言うなら、俺なんて余程、久瀬のことが好きだ。

 でも、そこから先が、俺には無かった。好きだから、どうしたいのか。俺は、このままが良いって思った。久瀬と、これからも、可能な限りずっと、変わらない関係で居続けたいって。

 久瀬は、どうなのだろう。わからない。久瀬は、俺に何を望んでいる? 俺は、俺に出来ることなら、すべて叶えたい。久瀬にそう願われるまでもなく、俺にとって、久瀬が特別なのだから。

 考えずとも、俺と久瀬が、両想いということだけは、はっきりしている。じゃあ、その先は?

 俺も、久瀬も、男だ。久瀬に出会う前は、異性が恋愛対象で、好きのその先になにがあるかは、なんとなく分かった。でも、久瀬が相手になるだけで、どうすればいいか分からなくなる。何が変わるのか、何を変えなきゃいけないのか。

「久瀬は……俺と、どうなりたい? 俺は、どうしたらいい?」

「まずは、カイリくんの気持ちを知りたい。僕に好きって言われて、どう思ったのか。僕のこと、どう思ってるのか」

「俺も、好きだよ……俺だって、久瀬のこと、好きだ、特別に。でも……俺だけだって思ってた。だから、久瀬に好きって言われても、どうしたらいいか分からない」

「……すき? ほんとうに?」

 久瀬の目が見開かれた。神秘的なグリーンアイズ。鏡みたいに、俺の狼狽えた顔を映していて、吸い込まれそうってこういうことなんだ、と思った。

 そんな瞳が、とろりと蕩けた。たった数センチ、眦が動いただけ。それなのに、全身が総毛立つのが、ありありと分かるほどだった。凄絶だった。

「そっか……ふふ、じゃあ、カイリくんは、僕だけのカイリくん、だね」

「久瀬、だけの……?」

「そうだよ。僕だけ。そうじゃないと、不公平でしょ? 僕には、カイリくんしかいないんだから」

「……え? いや、でも、そんな」

 そんなことがあるだろうか。だって、久瀬は、アイドルだ。沢山のファンがいる。きっと、信じられないほどの人に、信じられないほど愛されている。

 久瀬に、俺しかいないなんて、そんなはずはない。俺なんかのせいで、捨て置かれて、忘れられてしまっていいものではないんじゃないか。

「カイリくん……?」

 久瀬の瞳が、今度は不安そうに揺れた。ドッ、と、心臓を鷲掴みにされたみたいな衝撃が走った。今度は、飲みこまれそうだと、無性に恐ろしくなった。

「久瀬に、俺しかいないなんて……俺には、勿体ないっていうか。そんな、大袈裟すぎるような、気がして、それで……」

「本当だよ。母さんは僕が二歳の時に病気で亡くなって、父親は初めからいなかった。僕を育ててくれたおばあちゃんも、中学生のときに……それで、ひとりになってすぐ、事務所にスカウトされて、アイドルになって……それも、全部捨てて、逃げてきた。今の僕には、カイリくんしかいない」

 久瀬は、言い終わるが早いか、覆いかぶさるみたいに俺の体を抱きしめた。まるで、自分の存在を確かめるみたいに、腕の力がこもっていた。

「僕、カイリくんの特別でいられるなら、なんでもする。だから、僕とずっと一緒にいて。僕を一番に好きでいて。僕だけのカイリくんになって……」

「なあ、久瀬。何もしなくていいんだよ……久瀬は久瀬だって、言ったろ? 何をしなくても、久瀬は俺の一番で、特別なんだ。俺にも、どうしようもないくらい。だから、きみには俺だけなんて、そんな寂しいこと言わないでくれよ……」

 久瀬には、きっと、俺以外にもいる。その可能性までも、捨ててほしくない。

 全部捨てて、逃げてきたから……久瀬は、そう言った。ならもし、久瀬が、元の居場所に戻ったら? もし、久瀬が、やり直したいと望んだら?

 その時はきっと、久瀬にとっての俺は、取るに足らないものになるだろう。でも、俺は、それでいい。久瀬がそうしたいと思ったことがすべてだから。

 久瀬が、今は、俺を望むなら、俺はそれを全身全霊で叶えよう。だからって、久瀬が俺に囚われて、他の可能性を潰してしまうようなことは、起こってほしくないのだ。

「僕には、カイリくんがいればいい……」

「……わかったよ。久瀬がそう思うだけ、一緒にいよう。久瀬はさ、何を買いかぶってるのか知らないけど、俺だって大概、こんなに俺のこと好きで、一緒にいたいって言ってくれるの、久瀬しかいないんだぜ。俺も、そうしたいって、思うのも……」

 ああ、そう。思えば、ずっと、久瀬ばっかりだ。俺から遊びに誘うのも、休みの日も会いたいって思うのも、大好きな祖父母の家に一緒に行きたいって思うのも。

 久瀬と、色々なことをしたい。次から次に、久瀬とやりたいと思うことが浮かんでくる。もし、それを受け入れてもらえたら、たまらなく嬉しくて、力が湧いてくる。

「カイリくんは、どうして僕を好きになったの」

「どうしても、気になって、いつの間にか、目で追ってた。そうしたら、いつのまにか」

「カイリくんは、僕のどんなところが好き?」

「反応が素直で、健気だなって思って、嬉しかった。笑ってくれた時が一番嬉しくて、好き」

「もう、あの、親戚の人のことは、どうでもいい?」

「少なくとも、こだわりはないかな」

「じゃあ、連絡先ブロ削してね」

 言われて、俺は久瀬の肩を叩き、離れてもらった。そして、ポッケからスマホを取り出し、久瀬に見えるようにアプリを操作して、任務を遂行した。

「意外と容赦なかった……」

「まあ、久瀬以外にはこんな感じよ。あのライン交換も社交辞令の延長みたいなもん。お互いにな」

「向こうはそんな感じじゃなかったけどね」

「ハハ……酔っぱらってさえなければ、二割くらいは真に受けたかな」

「あ、酔ってたの、あの人」

「うん、目がすわってた。典型的な酔っ払い」

 明日には、全部忘れていることだ。向こうも、俺も。それで、少なくとも俺は、二度と思い出さない。

「やっぱり、ムカついてきた……僕のカイリくんに冗談半分であんなこと……」

「逆に、冗談でもないのに、俺のこと好きだっていうの、久瀬くらいなんだって。俺の何がそんなに良かったの?」

「だって、変なんだよ、カイリくん。僕さ、一応、それなりにアイドルやってたから、人の視線の引き方とか、意識の誘導の仕方とか、ある程度感覚で掴めてる。だから、僕以外に視線とか意識が行くように気を付けてるのに、カイリくんだけは欺けないわけ。初日に目の色見られたから、まさかって思ったけど、その割には流行とか芸能には疎いし……」

「あの……俺の、変なところが良かったってこと?」

「……僕は、望んで、ひとりになろうとしてた。でも、本当は、寂しいのは嫌いだし、誰にも頼れなくて、ずっと辛かった。カイリくんがいなかったら、きっと、もっと……いつも、カイリくんが、助けてくれた。カイリくんだけは、見逃さなかった。僕を見てくれた。だから、僕は、カイリくんが良い。カイリくんなら、きっと、いつでも僕を見つけてくれるから」

 ああ……そうか。俺も、ようやく分かった。どうして、こんなにもたまらなく、久瀬のことが好きなのか。

 俺はずっと、変なところにばかり気が付いて、目がいってしまう、自分の気質が嫌だった。気まずい思いをするだけだし、気付いてしまったからには、見て見ぬふりをするのもそれはそれで気分が悪い。ひたすら気を遣って、なにかと手を出して、厄介事に巻き込まれたりもして……気付いたら、ドッと疲れている。そんな日々の繰り返しだ。

 いつしか、深く人と関わるのが億劫になって、うわべだけで広く浅く、人間関係を構築するようになった。楽しく話せる人はいても、それ以上は踏み込まないように。俺の変なところに、気付かれないように。

 久瀬みたく、俺の変なところを歓迎してくれる人なんてなかなかいないのだ。気持ち悪い、余計なお世話と言われたこともある。それ以来、気付かれないように、という強迫観念を抱くようにもなった。

 でも、久瀬は、気付いたうえで、受け入れてくれた。あまつさえ、助けてくれた、なんて言った。

 この厄介な気質があったおかげで、久瀬とここまで仲良くなれた。花火のことをたまたま聞いたときも、そうだ。久瀬がいなかったら、ただ気まずい思いをして、どんな反応をすればいいかと必死で考えて、あとで一人ため息をついて終わりだっただろう。

 こんな気質でも、あってよかったと……久瀬のおかげで、そう思えたのだ。

「見つけてほしくない時でも、見つけちゃうかもしれない。それでもいい?」

「僕は、カイリくんがいれば、寂しくないって、そう思えるから。だから、嬉しいよ」

 今度は、俺の方から、思いきり、久瀬に抱き着いた。久瀬はクスクスと嬉しそうに笑いながら、ぎゅう、と抱きしめ返してくれた。

 花火は、いつの間にか、終わっていた。それでも、満天の星の光は変わらず、あたたかく降り注いで、ため息が出るほどきれいだった。
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