見つからない願い事と幸せの証明

鳴海

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Side レオポルト(本編)

02

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 日本という国で生まれ、運悪く車に轢かれて早死にしたらしい俺が、転生前の記憶を思い出したのは五才の時だった。

 前世、あれほど貧乏暮らしに苦しめられた俺だったが、中世欧州風の世界観を持つこの現世では、なんと、レオポルトという名の貴族の息子に生まれていた。しかも、侯爵家なんていう、なかなかのお金持ちの家の子である。

 侯爵の息子とは言っても俺は次男。ある理由から王都の侯爵邸ではなく、家族から一人だけ離されて領地で育てられていた。

 前世を思い出す前の俺は、王都に暮らす両親に会えない寂しさと悲しさから、かなり精神をこじらせ、ひねくれまくっていた。癇癪を起しては乳母のカローリナや使用人たちに我儘を言い、同い年の乳兄弟であるカイルに意地悪して虐めることで鬱憤うっぷんを晴らし、なんとか心の均衡を保っていたのである。

 そんな俺が前世を思い出したキッカケは魔法。

 運動神経のあまり良くない俺が見栄を張って高い木に登ろうとしたところ、案の定というかお約束と言うか、そこから落っこちて死にそうになった。それをカイルが魔法で助けてくれたのだ。

 普通だったら死んでいた筈の俺は目を覚まし、すぐ傍で魔力切れを起こして気を失っているカイルを見つけた。その時に、俺は前世の記憶を思い出したのだった。

 そして気付いた。
 ここが前世で俺が読んだことのある本の中の世界だということに。

 致命傷の怪我を癒す魔法なんて、普通は五才の子供が使える魔法じゃない。
 それなのに、どうしてカイルは俺を助けることができたのか。そんなすごい魔法が使えたのか。

 それはカイルがただの子供じゃないからだ。実はカイル、我がシャルロタ王国の隣の国、魔法大国ヴァルトーシュの王弟のご落胤だったのだ。そして、この本の物語の主人公でもある。

 ヴァルトーシュ国の人間は他国の人間よりも魔力が多く、魔法を使う才に長けている。中でも王族の魔法センスは絶大で、カイルは現ヴァルトーシュ国王の甥っ子であり、紛れもない王族。わずか五才でありながら凄い魔法が使えるのも納得のいくことだった。

 そのご落胤がどうして俺の乳兄弟なんてしているのか。
 そこにはヴァルトーシュ王国のお家騒動が関係していた。

 現ヴァルトーシュ国王は前王の第二妃の子で、王弟は正妃の子である。ヴァルトーシュでは生まれた順番で継承権が与えられるのだが、第二妃はあまりにも身分が低すぎた。元は男爵令嬢だったのである。
 対する正妃は歴史ある名門公爵家の令嬢だった。そのため、残虐な性格をした現国王である第一王子よりも、優秀な第二王子、つまりカイルの父親を王位につけようという派閥が暗躍を始め、政治的に第一王子を王太子の地位から退けようとした。 
 しかし、第二王子には自分が王位につくつもりはなかった。純粋に国を思い、いずれ王となる兄の補佐に徹しようと思っていたのだが、兄王子はそれを信じず、第二王子を何度も暗殺しようとした。

 命の危険を感じた第二王子は、頭に血が上っている兄が冷静になる期間を設けるため、隣国である我が国、シャルロタへ留学することにした。そこでカイルの母親である伯爵令嬢カローリナと出会い、恋に落ちたのだった。

 留学して三年。その間に第一王子は即位して王になったため、王弟という立場になっていたカイルの父親が学園を卒業して帰国の途につく時、カローリナの腹の中には新しい命が宿っていた。

 王弟はカローリナに約束した。兄と和解し、国での安全を確保できたら必ず迎えに来ると。
 しかし、王弟は戻ってこれなかった。ヴァルトーシュ王国では病死と発表されたが、兄の手の者により暗殺されたことは疑う余地もなかった。

 王弟の訃報を耳にしたカローリナは恐怖した。己の腹の中には愛した人の忘れ形見が宿っている。このことがヴァルトーシュ国王に知られたら、間違いなく殺されてしまうだろう。

 この時に助けの手を差し伸べたのが、子供の頃からカローリナを実の妹のようにかわいがっていた現世での俺の母親、侯爵夫人というわけだ。

 伯爵令嬢カローリナは病気で死亡したと発表された。実際は平民に身を偽り、カイルと同時期に生まれた侯爵夫人の息子、レオポルトの乳母という職に就き、身を隠すために侯爵家領地でひっそりと生活することになったのである。

 家族が王都暮らしなのに、なぜかレオポルトだけが田舎の領地で育てられることになった経緯には、そういう裏事情があったのだった。王弟のご落胤カイルと、その母親であるカローリナを敵の目から隠し、身の安全を図るためにレオポルトの存在が利用されたのである。

 それについて言わせてもらえば、俺だってレオポルト――現世の俺――を、可哀想だなぁと思わなくもない。生まれてすぐから、なぜか自分だけが親元から離れて暮らさなくてはならなかったわけだし、その理由を教えてもらえていなかった。
 寂しかっただろうし辛かっただろう。そりゃあ捻くれもするさ。

 けれど仕方がない。
 だって、この本の主人公は俺じゃない。乳兄弟のカイルなのだから。

 カイルのこの先の人生を思い出してみると、確か、悪政に苦しむヴァルトーシュの民を現王から救い出すため、迫害されている故王弟派の貴族たちの旗印となって反乱を起こすことになる筈だ。そして、多くの仲間たちからの協力を得て現王を倒し、自らが即位してヴァルトーシュ国王になるんだ。
 その後は正しい政治を行うことで国民に愛される偉大な王となり、素晴らしい伴侶を迎え、幸せな人生を送ることになる。

 それらを総合して考えてみると、ふむ、カイルのスペックの高さも納得である。

 だっておかしいもんな。平民の子が金髪碧眼でさぁ、顔だって驚きの可愛さなんだよ。目なんてぱっちりしてクリクリの二重だし、成長したら超イケメンになるに決まってる。性格だって優しいし、正義感に満ちてるし、気も使えるし思いやりもある。

 その上、やはりいずれ王になる人間はどこか違うのか、人を惹きつけるカリスマ性のような力強い魅力が、まだ五才なのにも関わらずカイルには既に備わっている。

 本当にすごいよカイル、流石は主人公だな!

 前世の俺は親父のせいで貧乏だったから、唯一の娯楽と言えば、図書館で借りた本を読むくらいだった。カイルを主人公とする本のタイトルは忘れちゃったけど、小学校低学年くらいの頃、俺はその本が本当に本当に大好きで、何度も借りては繰り返し読んだことを今でもよく覚えている。

 子供向けだったけれどすごく面白くて、カイルが頑張っているから、俺もクソ親父の横暴に負けずに頑張ろうと、何度も勇気付けられていた。

 つまりカイルは前世の俺にとって、恩人とも言うべき存在だったわけだ。

 現世の俺、つまり侯爵子息レオポルトは、カイル幼少期の天敵という役柄で、この物語に登場する。

 両親から見捨てられたと思って捻くれているレオポルトは、平民のくせにすべてにおいて自分より優れていて、また、母親と一緒に暮らしているカイルのことを羨み妬み、憎みまくり嫌いまくる。そして、虐めまくるわけだ。

 前世の俺はそんなレオポルトのことを「なんて性格の悪いやつなんだ、最低!」なんて嫌っていた。でも、今は俺自身のことだからね、レオポルトの心の闇も寂しさも、まあそれなりに理解できるんだ。

 だってさぁ、平民の子のはずのカイルは王子様丸出しの容姿をしているのに対し、俺は貴族でありながら髪も瞳も薄茶色なんていう、すごく平凡っていうか、インパクトのない色味をしているんだよね。

 顔の作りだけは、さすがにそこは侯爵家の血がちゃんと入っているからか、おかげ様でかなり整っているけれど、将来は男らしくキリリとした超超イケメンに成長するカイルと違い、線の細い中性的な、なんとも頼りない感じに俺は成長する。色も生っ白くて弱々しく、いかにも健康的な見た目のカッコいいカイルとは大違い。

 それだけじゃない。魔法も剣術も勉強も、なにをやってもレオポルトはカイルには勝てないんだから、そりゃ憎みたくもなるだろう。自分に劣等感を与えまくる存在が常に傍にいるんだもんね。それってかなり辛いと思う。なにかで発散しなくちゃ、やってられない心境だったんだろうな。
 だからと言って、その発散方法が理不尽な虐めっていうのはダメだけど。

 とりあえず、前世を思い出した俺は、即座にダッシュして走り出した。俺を助けるために治癒魔法を使い、魔力切れを起こしてしまったカイル。彼を一刻も早く助けなきゃならない。

 俺たちの住んでいる領主館の門前には、常に警備をしている守衛がいる。俺は門まで全力で走ると、必死になって助けを求めた。

「助けて! カイルが死んじゃう!!」

 中庭で気を失っているカイルの元へ守衛を連れて戻ると、急いでカイルを部屋へと運んでもらった。その間に俺は、当館の専属医師として雇われているおじいちゃん先生を呼びに行き、早く早くと手を引いてカイルの元へと急がせた。

 診断結果は予想通りの魔力切れ。
 気を失っているカイルの口に、先生が液体の魔力回復薬を注ぎ込んで飲ませると、それまで真っ白だったカイルの頬に、わずかながら赤味がさした。

「魔力が枯渇した時にできることは、十分な睡眠を取らせることくらいしかないからのう。ゆっくり寝かせてあげなされ」
「分かりました、ありがとうございます」

 俺がそう言って頭を下げると、先生は一瞬だけ怪訝そうな顔をした。そして笑う。

「なんだか今日の坊ちゃんは、いつもと違って礼儀正しい良い子だのう」
「僕、今までの自分が悪い子だって気付いたんだ。今度からはもっと良い子になるよ」
「それは良い心がけじゃの。カイルとも仲良くな。あんまり虐めるんじゃないぞ」
「もう虐めない。これからは仲良くする」
「そうかそうか」

 先生は皺だらけの手で優しく俺の頭を撫でると、カイルの部屋を出て行った。

 眠るカイルのベッドの傍には、心配顔のカローリナが付きそっている。俺は静かに彼女の近くまで歩み寄ると、頭を下げて謝罪した。

「僕のせいでカイルがこんなことになって、本当にごめんなさい」
「大した事なかったのですからお気になさらず。それに、坊ちゃんをお守りするのは、乳兄弟であるカイルの役目ですから。それより、坊ちゃんこそ大丈夫ですか? 木から落ちたのでしょう?」
「僕は平気。カイルが魔法で助けてくれたおかげだよ。ねえ、このままカイルが目を覚ますまで、僕が傍についていてもいい?」
「いつ目を覚ますか分かりませんよ? もしかしたら明日の朝までこのまま眠っているかも」
「それでもいいから傍にいさせて? お願い。部屋に戻っても、どうせカイルのことが気になって落ち着かないし、夜だって眠れないに決まってるもの」

 カローリナは少し驚いたような表情で俺を見た。
 医者の先生と同じで、俺の言動があまりにも今までと違うことに戸惑っているのだろう。

 うん、分かる。だって俺、つい一時間前まで暴君みたいに我儘で傍若無人で意地悪だったもんね。でも、心を入れ替えたから信じて欲しい。
 前世の記憶を思い出した俺は、もう絶対にカイルのことは虐めないし、館の皆にも迷惑かけないように頑張るから。

 そんな思いを込めてカローリナを見つめると、彼女は慈愛に満ちた優しい笑みを俺に返してくれた。

「ありがとうございます、レオポルト坊ちゃん。それではカイルのこと、お願いしてもいいですか?」
「任せてよ! なにかあったら、すぐに先生とカローリナに言うから」
「はい。では、お願いします」

 また後で様子を見にきますね、と言ってカローリナは部屋を出て行った。

 俺はついさっきまでカローリナが座っていた椅子に腰を下ろした。寝ているカイルの寝顔を静かに見つめる。

 綺麗な寝顔。でも、まだ少し苦しそうでもある。

 カイルがこんなことでは死なないことを、俺は誰よりもよく知っている。だってカイルはこの世界のヒーローなんだから。

 でも、それでもやっぱり心配せずにはいられない。
 だって、俺を助けるために魔力を枯渇させたんだ。とてもありがたいし、申し訳ない。大丈夫だって分かっていても、心配するに決まってる。

 本当はこんな魔力枯渇なんて、カイルにとっては大したことじゃないんだろう。

 これから先、カイルには大変な苦労がたくさん待ちうけている。けれど、そのすべてに打ち勝ち、進み続ける強い力をカイルは持っているんだ。そして、そんな苦労の先には、当然ながら大きな幸せが待っている。信頼し合える仲間ができるし、心から愛し合える人とも出会うことができるんだ。

 物語において、俺はカイルを虐める悪役だけど、前世の記憶を思い出した俺はそんなことをするつもりはない。

 だって、カイルは前世の俺にとって、幼い頃の憧れの人だったんだ。辛い日々の中、頑張る気力をいつも与えてくれた恩人だ。心から尊敬してるし、感謝もしてる。
 だから俺は、今後は少しでもカイルのためになるように、役に立つように生きていこうと心に決めた。

 王都の両親に手紙を書き、すぐに家庭教師の手配をしてもらおう。剣術と魔法の先生も、それ以外の勉強の先生も、少しでも早いうちに手配してくれるようお願いしよう。
 それらの先生たちから、カイルには俺と一緒にたくさんの貴族教育を受けてもらうことになる。そこで得た知識や能力は、これから先のカイルの人生に、大いに役立つことになるはずだ。

 俺はカイルの手をそっと握った。

「カイル、もう大丈夫だからね。カイルのこれからの人生が少しでも楽になるように、僕ができる限りの協力をするから」

 静かな寝息をたてて眠るカイルは、今はまだ五才の小さな少年で、まるでお人形のように可愛らしい。金色の髪はふわふわで、同じく金色の睫毛は影ができるほど濃くて長い。あまりに整ったその容貌にあらためて驚かされるばかりだ。
 うん、さすがは主人公といったところか。

 これが十年後には、滅多に見ないほど精悍な男前になるんだもんなぁ。

 本の中で活躍するカイルはめちゃくちゃカッコ良くて、女の子にもすっごくモテていた。それでいて愛する人に一途なんだよなぁ。そこがまたいい!

 現世の俺は、これまでずっとカイルに意地悪だった。
 けれど、もう二度と虐めない。仲良くする。いや、俺の方が仲良くしていただくんだ。

 カイルが目を覚ましたら、これまでのことを謝ろう。そして、これから先、仲良くしてもらえるようにお願いしよう。

 カイルの綺麗な寝顔を見ていると……なんだか俺も眠くなってしまった。なんだかんだ俺の体もまだ五才だ、疲れるのも仕方がない。

 ちょっとだけうたた寝しようと思い、俺は静かにそっと瞼を閉じた。



 結局俺はかなり本気で寝入ってしまったようだ。

 心地良い眠りの中、誰かに優しく頭を撫でられた感触に気付き、俺はゆっくりと目を開けた。椅子に座った状態で、ベッドに上半身をうつ伏せて眠っていた俺の目に、カイルの少し心配そうな顔が映った。

「おはよう、レオ……っていうか、もう夜? そんな格好で眠ってると体が痛くなっちゃうよ」
「カ、カイル……」
「俺もついさっき目が覚めたばかりなんだけど、あれ? 俺どうしたんだっけ? レオが木から落ちて治癒魔法をかけたところまではボンヤリと覚えてるけど……もしかして俺、魔力がなくなって倒れちゃったとか?」
「うん」
「レオは俺にずっとついててくれたの?」
「うん」
「うわぁ、なんか俺、助けるつもりが逆に迷惑かけちゃったのかな。だとしたら、ごめんね? レオは怪我は大丈夫だっ――――?!」
「うわ~~ん、カイル良かった――っっ!!」

 俺は思わずカイルに抱きついていた。元気なカイルを見て、本当に嬉しかったんだ。大丈夫だろうとは思っていたけど、本音ではやっぱり不安だったから。

「カイル、カイル! 良かった! 無事で本当に良かった!!」
「レ、レオ?」
「僕のせいで本当にごめんなさい。助けてくれてありがとう。ああ、良かった。あのまま目を覚まさなかったらどうしようって、すっごく怖かったんだ。カイル……カイル、うぅっ、ぐすっ、本当に良かったぁ」

 俺はカイルの顔を見た途端、ホッとしたせいで溢れ出した涙が止まらず、顔をグチャグチャにしながらカイルを更に強く抱きしめた。

 そんな俺に、カイルはかなり戸惑っているようだ。魔力の枯渇で倒れる前と今とでは、俺の態度は全く違う。
 あまりの豹変っぷりにカイルが驚き、動揺するのも当然だ。

「ど、どうしたの? なんだかいつもと違うね。あ、もしかしてレオ、木から落ちた時に頭打っちゃったとか?! それでなんだか変に――――」
「頭は打ってない。ただ、すごく反省したんだ! 今まで意地悪したり我儘言ったりしてごめんなさい。死にそうになってまで僕を助けてくれて……ううっ、本当に本当にありがとう。そして、ごめんなさい。もう今更謝っても遅い? 僕のことなんて嫌いになった? 嫌いになってもいい。でも僕はカイルのことが大好き! 本当にごめんね。カイルが目を覚ましてくれて本当に良かった!」

 自分にしがみ付いて泣きじゃくる俺を、やがてカイルは優しく抱きしめてくれた。そして、安心させるように頭を撫でてくれる。

「大丈夫だよ、レオ。もう泣かなくていいよ」
「だって、だって……」
「レオのこと、嫌いになったりしないよ。嫌いだったら最初から助けてないよ」
「ほ、ほんとに? でも僕、今までいっぱいカイルに嫌なことしてきたのに……」

 首元に顔を埋めるようにして抱きつく俺を、カイルは自分の体からそっと引き離した。そして、その綺麗な碧い瞳を俺に近付け、静かにじっと見つめてくる。

 うわっ、近い。

 あまりの近さに焦ったけど、俺は視線を反らさず、反省の気持ちをたっぷり込めて正面からカイルを見返した。

 きっとカイルは俺の真意を見極めようとしてるんだ。また俺が変な悪戯を仕掛けようとしているのか、それとも本気で反省しているのかを。
 そう思ったから、俺は目を反らすことなくカイルの瞳を見つめ続けた。

 やがてカイルはくすりと笑うと、俺から顔を遠ざけた。

「なんだか今日のレオは、まるで昔のレオみたいだ」
「昔の僕?」
「そう。俺と仲が良くて、毎日笑ってた頃のレオだよ。最近はいつも怒ってばかりで悲しかった。今は昔のレオが戻ってきたみたいですごく嬉しい」
「…………」

 それは俺たちが今よりもずっと小さかった頃のことだ。その頃の俺は、ただ毎日カイルと遊んで楽しくて、カローリナが傍にいてくれるのが嬉しくて、家族と離れて暮らしていることを気にしたことすらなかった。
 けれども少しずつ成長して周りが見えてくると、自分が一人ぼっちだということに俺は気付いたんだ。

 どうして家族と一緒じゃないんだろう。どうして会いに来てくれないの? やっぱりいらない子だから? 僕のことが嫌いだから? だから家族とは一緒にいられないの?

 そんなことを考えていると、毎日が辛くて苦しくなった。母親であるカローリナといつも一緒のカイルが羨ましかった。羨ましいという気持ちが憎いに変わっていった。カイルに意地悪するようになった。

 イライラしてムシャクシャして、怒りの感情が抑えられなかった。どんどん乱暴になっていき、誰彼かまわず怒鳴り散らかすようになった。カイルからも少しずつ距離をとられるようになった。そうしたらもっと寂しくなって、もっとイライラして、俺は手がつけられないほどの癇癪持ちになっていた。

 乳兄弟である俺とカイルは、生まれてすぐからずっと一緒だった。昔はまるで本当の兄弟みたいに仲が良かった。それなのに、俺が勝手に捻くれた。理由も言わず、カイルを拒絶してしまったんだ。

 けれども、カイルは今言ってくれた。昔の俺が戻ったみたいで嬉しいと、こんな自分勝手な俺に言ってくれたんだ。
 俺はカイルの言葉がありがたくて、すごくすごく嬉しくて、涙がまたボロボロと零れて止まらなくなってしまった。

「ごめん、カイル、本当にごめんなさい。今まで本当にごめんねー…うううっ」
「いいよ、もう気にしなくていいんだ」
「うっうっ、ありがとう、カイル大好き――――っ」
「俺もレオのことが大好きだよ。ふふ、なんだか今日のレオはすっごくかわいいな。ほら、おいで、レオ。もう泣かないで」

 今よりもっと小さい頃、俺たちがなにかしらの理由で泣いていたら、カローリナはそんな俺たちを優しく慰め、抱きしめ、泣き止むまで顔中にいっぱいキスをしてくれた。それを真似しているのか、カイルが俺の顔中にちゅっちゅっとキスをし始めた。俺の涙も唇で吸い取ってくれる。

 優しいな、カイル。号泣している俺を泣き止ませるためにそんなことを……本当になんていいヤツなんだ。

 おかげで俺の滝のような涙はなんとか止まった。
 けれど、それでもまだカイルはキスをやめようとしない。

「カイル、ありがとう。僕、もう大丈夫だよ」
「本当に? でもまだ心配だから、もう少しキスしてあげるね」

 そう言って、カイルは俺へのキスを再開する。
 まったくもう、心配性だな、カイルは。でも、この優しさも主人公としての素質の一つだと言われれば、それはそれで納得してしまう。

 でも、気持ちはありがたいけど、なんだか少し恥ずかしくなってきた。俺って前世では高校生だったのに、五才の子の前であんなに泣くなんて……あー、マジで恥ずかしい。

 俺の顔は恥ずかしさのあまり赤くなってしまった。気付いたカイルが顔を傾げる。

「あれ、なんだか顔が赤いね」
「あー、これはその、ちょっと……」
「もしかして、俺にキスされて赤くなっちゃったの?」

 なぜだかカイルがすごく嬉しそうな顔をして、更にたくさんのキスを俺の顔に落とし始めた。

 さっきまでは違ったのに、今では本当にカイルのキスがテレくさくて、俺の顔はもっと赤くなってしまった。ぎゃー、ホントにテレ恥ずかしい!

 俺は赤い顔を見られないようにするために、カイルの胸に顔を埋めて隠した。その状態のまま、どうしてもカイルに聞いておきたかったことを質問する。

「ねえ、カイル。これからも僕と仲良くしてくれる……?」

 こ、断られたらどうしよう。
 緊張する俺に、上からカイルの声が聞こえてきた。

「うん、仲良くする。それに、もう絶対に離さないから!」
「離さ……? よく分からないけど、とにかく、これからも仲良くしてくれるってことでいいんだよね?」
「うん、仲良くするよ。ずっとレオと仲良くする!」

 そう言って、カイルは自分の胸の中の俺の体を抱きしめてくれた。俺も嬉しくて抱きしめ返した。

 良かった、本当に良かった。心底ホッとした。
 カイルにこれまでのことを許してもらえただけじゃなく、仲直りもできた上に、今後も仲良くしてくれるとの約束を取り付けた。すごく嬉しかったし、本当にありがたいと思った。

 しかし、あらためて考えると、本当にこれはすごいことだ。
 
 だってあのカイルと!
 俺が前世で憧れてたあのカイルと、これからずっと仲の良い乳兄弟でいられるんだ。こんなに嬉しいことはない。
 なんて……なんて最高なんだ!!

 俺の胸は感動で打ち震えた。



 この後、カイルを心配しているであろうカローリナの部屋まで、二人で仲良く手を繋いで歩いて行った。元気そうなカイルを見て、カローリナはとても嬉しそうだった。

 その時、俺とカイルのおなかがグーと同時に鳴ったことで、二人が夕食を食べそこねていたことに気が付いた。カローリナがすぐに炊事場でスープや、他にも色々と温めてくれて、それをカイルと一緒に美味しく食べた。

 記憶が戻る前の俺は「平民なんかと同席したら食事が不味くなる」なんて生意気言ってたクソガキだったけど、もうそんなことは言わない。言うわけがない。
 むしろ今の俺は、カイルと同じテーブルで食事ができることを、涙が出るほど嬉しいと思ってるんだから。

 チラリと見ると、さすがはカイル。カトラリーの使い方も既に上手い。不器用な俺とは大違いだ。

 うん、反省。
 これからは一緒に食事をしてくれるカイルに恥をかかせないためにも、カトラリーの使い方もしっかり練習しようと思う。



 カイルと一緒に食べたご飯は、とってもとっても美味しかった。



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