見つからない願い事と幸せの証明

鳴海

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Side レオポルト(本編)

03

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 前世の記憶を思い出した日から三年が経ち、俺とカイルは八才になった。


 大事件が起こった。
 いや、この世界について書かれた本の大ファンであり、それを何度も読んだおかげで内容をほぼ完璧に覚えている俺は、実はこの事件が起こることを知っていた。
 知っていたけど、俺にはそれを防ぐことができなかった。

 なにが起こったか。
 俺の愛すべき乳母であり、カイルの母親であるカローリナが亡くなったんだ。
 まだ二十七才の美しくうら若き女性だった。実母にほとんど会うことのない現世の俺にとって、本当の母のような人だった。

 死因は肺炎。

 この世界では、怪我は魔法で治癒することができるけど、病気を魔法で治すことはできない。それができるのは、百年に一度くらいの頻度でこの世に現れる聖女という存在らしいけど、今の世の中に聖女はいない。

 治癒魔法の使い手だって、実はかなり希少な存在だったりする。しかも、瀕死の状態から一瞬で元の元気な状態に戻すほどの強力な治癒魔法を使える人間なんて、全世界でも一握りしかいない。
 その一握りの中にカイルは入っている。カイルは本当に本当にすごい存在なんだ。

 カローリナは元々あまり体が丈夫ではなく、この領主館でも風邪をひいて寝込むことが少なくなかった。だから、おれもつい油断したんだ。今回もただの風邪だと思ってた。すぐに元気になると思ってたんだ。

 せっかく前世の記憶があったのに。
 もっと早く気付いていたら、手の打ちようがあったかもしれないのに。

 ごめんな、カイル。俺ってば本当に役立たずだ。

 唇を噛み締め、カイルは目をぎゅっと閉じて静かに涙を流し続けている。俺はそんなカイルを、ただ抱きしめることしかできないでいた。

 カイルにとってカローリナは唯一の肉親だった。
 本当は伯爵令嬢たるカローリナには、国内に親兄弟や親戚がいっぱいいるだろうし、ヴァルトーシュ国の王弟である父方にだって多くの親戚がいる筈だ。

 本当はたくさんの身内がいるのに、そのことを知らず、カローリナだけを頼りにして生きてきたカイル。この世にたった一人で取り残され、どれだけ心細く、寂しい思いをしていることだろう。

 カローリナの葬儀は侯爵家領地でひっそりと行われた。
 ちなみに、カローリナの親友だった俺の母も葬儀に訪れた。俺が覚えている限り、現世で母に会ったのはこれが初めてだ。

 ヴァルトーシュ国王は、弟の愛したカローリナという伯爵令嬢が、俺の母と親しく、親友と言えるほどの仲だったことを知っていることだろう。その母が用もないのに頻繁に領地を訪れていたら、怪しまれるに決まってる。それが分かっているからこそ、母は今まで一度たりとも領地を訪れなかったのだ。決して俺を嫌っているからではない。

 それは分かっているけれど……。

「久しぶりですね。元気にしていましたか?」
「はい、母上もお元気そうでなによりです」

 顔を合わせた時、俺と母が交わした会話はたったこれだけだった。

 記憶にある中で、これが母との初めての会話になるんだけど、その割に素っ気ない。親子なんだしさ、もっとこう、なにかあるもんなんじゃないの、と思わなくもない。

 しかし、そんな母もカイルにはやたらと話しかけ、心配し、可哀想にと涙ながらに抱きしめていた。

 うん、ちょっと酷いよね。流石にこれはないんじゃないかな。物語のレオポルトが捻くれて性格が悪くなったのも、当然のような気がするよ。

 まあでも俺は大丈夫。精神年齢ではとっくに二十代半ばだし、なにより前世の記憶の中に、母親から愛情を受けて育った記憶がちゃんとあるからね。現世の母親が冷たくても全く問題なし。

 それよりも、一人ぼっちになってしまったカイルに、俺の母という心強い味方がいることを俺は嬉しく思った。

 物語の展開上、侯爵夫人である母は、これから先のカイルにとって、なくてはならない後ろ盾の一人なんだ。彼女の助けなくして、カイルの輝かしい未来への幕開けは訪れない。それを知っている俺にとって、母とカイルが仲良くしている光景は、喜ばしい以外のなにものでもない。

 葬儀の後、母はカイルとの別れをこれでもかと惜しみつつ、後ろ髪を引かれながらも泣く泣く王都へと帰っていった。

 この母の尽力により、平民として生きてきたカイルは、いずれ我が侯爵家から分派した子爵家に養子に入ることになる。そこでやっと貴族としての身分をカイルは手に入れることになるわけだけど、それはまだ数年先の話。

 その数年先、貴族になった時に困らないように、現在、カイルは俺と一緒に色々なことを学んでいるわけですよ。それなのに。

「俺までダンスを習う必要あるのかなぁ。レオは貴族だし、いつかは社交界に出るから分かるけど、俺はなぁ……」

 そんな風に、不満そうに愚痴を言うカイル。
 いやいや、必要だからね。っていうか、君にこそ必要なんだよ。将来は一国の王になるんだからね。しっかりと色々と覚えてがんばろうね。

 まあ、俺のそんな励ましなんて必要ないくらい、カイルはなにをやっても優秀だ。悪役のダメ人間設定がある俺とは大違い。

 そう、悲しいことながら、俺はなにをやっても不器用で要領が悪い。

 本の中のレオポルトは、自分よりなんでも上手くこなしてしまうカイルに腹を立て、それで虐めまくるんだ。
 カイルに辛い思いをさせ、読者に同情させることが本の作者の狙いなんだろうから、俺の不器用設定は必要不可欠だったんだろうと思う。

 けどさぁ、今の俺はカイル虐めないしね。不器用設定マジで邪魔。なにをするにも下手くそで失敗ばかりするし、要領悪くて時間がかかるし、すっごく大変なんだもん。

 まあ、へこたれずに頑張るけどね。

 知識も剣術も魔法も、他にも俺が手に入れられる能力の全ては、カイルのために使うつもりだから。カイルのためのものだから。

 前世でも家計を助けるために早い内からアルバイトをしていた俺は、根性だけは誰にも負けない自信がある。カイルのために挫けずへこたれず諦めず、コツコツと頑張っていこうと思う。

 継続は力なり、だもんね。前世の人は良いこと言った!




 我が母が王都へと帰った日の夜、そろそろ寝ようかとベッドに入った俺の部屋のドアが静かにノックされた。

「レオ? 俺だけど入っていい?」
「カイル?! いいよ、すぐ入って」

 扉を開けて入ってきた寝衣姿のカイルは、なぜか枕を抱きしめていた。とても辛そうなその表情に俺の心配が募る。

「どうしたの? なにかあった?」
「うん……あの、一緒に寝てもいい?」
「え?」
「なんだかすごく心細くて寂しいんだ」
「カイル……」

 そりゃそうだろう。唯一の肉親を亡くしたんだ。しかも、カイルはまだ八才でしかない。辛くて悲しくて心細いに決まってる。

「いいよ、一緒に寝よう。ホントは僕も寂しかったんだ。カイルが来てくれて嬉しい」

 俺がそう言うと、ホッと安堵の表情をカイルが見せた。

 本の中には書かれていなかった、珍しくカイルが見せた弱い部分。本来なら人には見せたくないだろう部分を俺には見せてくれたことが、すごく信頼されているように感じてとても嬉しい。

 二人でベッドの布団に潜り込んだ。大人用の、しかも貴族が使うベッドだから、子供二人が寝ても余裕の広さがある。
 けれども俺たち二人は、その広いベッドの真ん中に身を寄せ合い、くっつくようにして横になった。

 お互いの顔が近くに見える。相手の息遣いが聞こえる。
 体が触れると心音まで聞こえてくるようで、とても安心できた。二人でいれば大切な人を失った悲しみも、少しは和らぐような気がした。

 とはいえ、すぐに眠れる筈はないし、だからといってあまり辛気臭くなるのも良ろしくない。だから、俺の方からカイルにひとつ、話題を提供することにした。

「僕とカイルってさ、同じ年齢じゃない?」
「うん」
「それなのに、僕の方が身長は低いし、身体だって小さくて華奢だろう? やっぱり僕だって男だからさ、悔しいなって思ってたんだ。だから、少しでも大きくなれるようにって思って、苦手な剣術の練習だってがんばってたんだけど全然ダメで……今回、僕が細い理由が分かったよ」
「まだ成長期じゃないってだけじゃないの?」

 そう言ったカイルに、だったら良かったんだけどね、と俺は大きなため息をついてみせた。

「僕の母上、カイルも会っただろう? どう思った?」
「奥様? 奥様は……お綺麗な方だと思うよ。レオと良く似てた。レオは奥様似だね」
「そう、それ! そこなんだよ、問題は!」

 俺も初めて会って思ったけど、俺はどうやら母親似らしい。薄茶色の髪と瞳は勿論のこと、顔だってソックリだった。そしてきっと、体格も母親似なんだろう。俺の母はとっても小柄でホッソリした女性だった。

 あーこりゃだめだ、しょうらいのすがたがみえた…………と思ったね、俺は。

「母上に似ている僕は、きっといつまでたっても小さいままなんじゃないかな。筋肉だって格好良くつかないだろうし。母上にお会いしてそれに気付いた時、僕、本気でがっかりしちゃったよ」

 そう言って俺が唇を尖らせると、カイルは小さく笑った。
 そして、少し考えてからわずかに眉をひそめた。

「こんなことを言うとレオに悪いけど、俺、奥様のことあまり好きじゃない」
「え?!」

 俺は驚いた。だって母はとてもカイルに心を砕いていた。すごく心配していたし、優しく接していたはずだ。

 それなのにどうして?!

「なんで? なにか嫌なことされたりした?! そんなはずないよね。だって、母上はカイルのこと大切に思っているようだったし」
「そこがおかしいんだ。だって、奥様はこれまで一度も領地に来たことがなかった。レオがいるのにだよ。それなのに、俺の母さんが死んだからってわざわざ領地に来るなんて……意味が分からないよ。優先順位がどう考えてもおかしい。俺に優しくしてくれるのはありがたいけど、もっとレオに優しくするべきだよ。なに考えてるんだろう。ったく」
「それはまあ……」

 それは、カローリナが本当はただの乳母ではなく、母にとって妹のような存在の大切な親友だったからだ。それに、カイルはヴァルトーシュ王国故王弟の忘れ形見なんだ。そりゃあ優しくもするだろう。
 なによりカイルは主人公だし、悪役の俺より大事にされるのは当然だ。

 けれど、そういう裏設定をカイルは知らないからなぁ。
 うーん、と俺は考え込む。なんて説明したらいいんだろう。

 カイルが俺の母を嫌うのは良くない。彼女は今後のカイルにとって、強い後ろ盾となってくれる大切な存在だ。いい印象を持っていた方が、今後の展開がスムーズに進むに違いない。
 実際、本の中では二人の関係は良好だった。

 そう思いつつ。
 カイルが俺のために怒ってくれることを、とても嬉しく感じた。

 平気だと思っていたけど、現世での母にあそこまで蔑ろにされると、やはり寂しく思う気持ちはどこかにあったんだろう。

 そんな俺の心の悲しみを、カイルが全部消し去ってくれた。心がぽかぽかと温かくなり、カイルを大切に思う気持ちが身体の中から溢れてしまう。

 俺は思わずカイルに抱きついていた。

「カイル、ありがとう。大好き」
「レオ……俺もレオのことが大好きだ。これからもずっと一緒にいてくれる?」

 カイルも俺を抱き返してくれた。
 近距離から見つめると、その目は少し潤んでいるように見えた。平気そうに見えても、母親を亡くしたばかりの八才の子供だ。悲しいに決まってる。先のことが不安だろうし、心細いに違いない。

 ふと三年前のことを思い出した。

 前世の記憶を思い出した俺は、それまでカイルに酷い態度を取っていた自分を恥じ、泣きながら謝罪して許しを乞うた。

 号泣する俺を泣き止ませようと、カイルは顔中にいっぱいキスしてくれた。それは、俺たちを安心させる時や慰める時などに、カローリナがいつもそうしてくれていたからだ。

「当たり前だよ。絶対カイルと一緒にいる。ずっと一緒にいる。絶対一人にしないから、だから安心して」

 そう言うと、俺はカイルの顔中にキスの雨を降らせた。大丈夫だよ、一緒にいるよ、一人じゃないよと、そう伝えたくて、そんな想いをたくさん込めてキスをした。
 驚いた顔をしたものの、すぐにカイルはくすぐったそうに身をよじった。

「ふふふ、くすぐったい。……でも、すごく気持ちいい」

 カイルは俺にされるがままキスを受けていたけれど、やがて俺の両腕を掴んで逃げられなくすると「お返し!」とばかりに、今度は自分が俺の顔にキスし始めた。
 確かに気持ちいい。けど、かなりくすぐったい。

「あ、こら……ふふふ、やめてよカイル。今日は僕がキスする日だよ、ふふっ」
「どうして? 俺がしちゃあダメ?」

 そう言って、カイルはまた楽し気に俺の顔にキスをばらまく。

「あっ……だ、だって、ふふっ、だって、今回は僕がカイルを元気付けたいのに……ふっ……ふふ、こらぁ!」
「俺だってレオを元気付けたいよ」
「それって母上のこと? それならもう全然気にしてないよ。だから、ほら、今日キスするのは僕だよ」

 カイルに掴まれた腕を外して俺がキスしようとすると、それをスッと上手くよけて、カイルが俺の頬に口付けた。

「ダメ。だってレオがかわいいから、キスしたいんだもの」
「んん? ちょっと意味がよく分かんないけど、とにかく今日は僕がキスする番なんだってば、ほらぁ、カイルはちょっと大人しくして」

 俺が負けじとキスをし返すと、今度はカイルがキスしてくる。
 くすぐったがりながらキスしてキスし返されてを繰り返す内に、気が付くと俺たちは抱き合いながら、額をくっつけてクスクス笑っていた。

 やがて笑いが収まると、額をつけたまま俺とカイルは互いの目を見つめ合った。
 カイルが真面目な顔で言った。

「ありがとう、レオ。すごく元気が出た」
「ううん、僕の方こそいっぱい元気もらったよ」
「俺……レオがいてくれて良かった。大好きだよ、レオ」
「僕もカイルが大好き」

 そのまま俺たちは寄り添うようにして眠りについたのだった。



 その日以来、俺たちは同じベッドで一緒に眠るようになった。
 母親を亡くして寂しがるカイルを放っておけなかったし、俺だって家族から見捨てられている状態で、本物の母親以上に慕っていた乳母を亡くして本当に悲しかった。

 俺たちは同じベッドに入り、いつも手をつないで眠った。
 そうすることでお互い一人じゃないと実感することができたし、すごく安心できてグッスリ眠ることができたんだ。





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