見つからない願い事と幸せの証明

鳴海

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Side レオポルト(本編)

04

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 乳母でカイルの母親のカローリナが亡くなって四年が過ぎた。
 俺とカイルは十二才になった。


 館の中庭にあるひと区画、いつも剣術の鍛錬をする噴水の傍で、俺は力尽きて地面に座り込み、荒れた呼吸が落ち着くのを待っていた。少し離れたところでは、カイルと剣術の師匠が打ち合っている。

 師匠曰く、カイルの剣術の腕は天才級らしい。まだ十二才だというのに、師匠から五本打ち合った内の二本は取れるようになっている。

 すごいよなー。俺なんて未だに一本も師匠から取れたことないのに。一緒に習い始めた筈なのになぁ。
 才能の有無が残酷な現実を俺に見せつける……辛い。

 剣術の腕だけじゃない。カイルは魔法だってすごかった。
 俺たちを指導してくれている魔術師の先生から、「百年に一人の逸材」と言われるほどの攻撃魔法の使い手であるらしい。流石はカイル、魔法大国ヴァルトーシュの王族の血筋なだけはある。

 もうホント、カイルはすごいよ。前世で本で読んだ時から憧れてたけど、俺の期待を一切裏切らない完全無欠っぷりだ。

 身長もすごく伸びたし、体つきも随分しっかりした。足なんてものすごく長い。その上顔だってカッコイイ。
 ちょっと前までは天使みたいにかわいかったけど、今ではそこに男らしさが加わってきて、たまらない魅力を醸し出している。これでモテないわけがない。

 屋敷の侍女たちも、よくカイルを見ては目の保養とばかりにニコニコしているし、領都の町中を歩けば、同じ年齢くらいの女の子たちは、皆カイルを見て目をハートにしている。

 うん、分かる分かる。皆の気持ち、すっごく分かるよ!
 だってカイル、すっごくカッコイイもんね。

 俺の尊敬するカイルがたくさんの人から認められていて、なんだか自分のことのように嬉しくなってくる。

 しかし、それに比べて俺は……。

 やはり身長はあまり伸びそうにない。
 思った通り多くの部分が母に似たらしく、すべてが小柄で細くて華奢だ。カイルと同じように鍛錬しているのにも関わらず、筋肉がまったく付かないこの身体には、心底ガッカリしてしまう。

 俺だって男なんだから、格好良く引き締まった筋肉質な身体には、やはり憧れてしまうわけなんだけど、どうやら縁がないらしい。

 俺みたいに頼りなさげな男が乳兄弟で、カイルには心から申し訳なく思ってしまう。もっと色々な才能に溢れたすごい奴が乳兄弟だったら、この先のカイルの苦労も少しは楽になったかもしれないのに。

 はぁ、ため息しか出てこない。

 でも、こんな俺にもカイルは相変わらず優しいし、いつも気を使ってくれる。

 剣術も魔法も体術も、俺がもっと練習したいと願ったら、嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれる。俺の悪いところを指摘してくれて、こうすればいい、ああすればいいと的確に理解しやすくアドバイスをしてくれるんだ。

 カイルの教え方はすごく上手くて分かりやすい。現世、頭の良くない設定持ちの俺としては、本当にものすごく助かっている。

 勿論、師匠や先生たちも、俺に分かりやすく教えてくれているつもりなんだろうとは思う。けれど、ウチに来ている先生方は、母がカイルのために手配した凄腕の天才ばかりなわけで。
 つまり、同じような天才同士であればツーカーというか以心伝心というか、イチ言えばジュウ分かるというか、そういう風にしっかりと伝わるんだろうけど、俺みたいな凡人には、なに言ってるのかサッパリ分からないことが多いんだ。

 だから、先生方の言ってることはカイルには理解しやすくても、頭の悪い俺にはチンプンカンプンなことが多くて。そこを丁寧に分かりやすくカイルが説明してくれるから、なんとか俺も少しずつは腕を上げていけてるんだと思う。

 継続は力なり、七転び八起きの精神、ネバーギブアップ、ってね。
 俺は高望みはせず、自分にやれることをコツコツ頑張っていこうと思う。


 午前中の鍛錬が終わって昼食を取った後、午後は座学とマナー、ダンスレッスンなんかを受ける。

 マナーレッスンの時間。
 未だによく失敗し、講師の先生に睨まれてしまう俺とは違い、カイルの品の良い所作の素晴らしいことといったらもう……言葉にできないほどだ! ついつい見惚れちゃうけど仕方ないよね!

  動作のひとつひとつに、隠しきれない高貴さが滲み出てしまっている。
 とても平民とは思えないよ!

 ティーカップを口元に運ぶという単純な仕草でさえ、とても美しくて絵になってしまうのだからどうしようもない。流石、魔法大国ヴァルトーシュの次期国王様だと思う。血筋って侮れないよね。

 前世で読んだ本の内容から考えると、俺たちは十五才になると、貴族子弟の多くが入学する王立学園の生徒となるため、王都へと生活の場を移すことになる。
 確かカイルは学園入学式の一ヵ月ほど前、俺の母の手回しで貴族の養子となる予定だ。

 でも、もう大丈夫じゃないかな。カイル、いつ貴族の養子になっても問題ないだろう。マナーは完璧。美しい所作にはうっとりするばかりだ。

 本当に素晴らしいよ、カイル! 
 流石だね、カイル!!
 文句の付けどころがない!!!

「いやいや、坊ちゃんの目から見たら完璧かもしれませんが、わたしから見たらカイルもまだまだです。もっと精進してもらわないと。あ、坊ちゃんは死ぬほど努力しないとダメですよ。このまま学園に入学したら、ご自分が恥を掻きますからね! 家名に泥を塗ることになりますよ!」
「は、はぁ~い……」

 はぁ、マナーの先生に怒られてしまった。

 俺だって王族ほどではないにしろ、侯爵家というそれなりの名家の息子な筈なんだけどなぁ。カイルと比べたら月とすっぽん、大人と子供、天と地って感じでうだつが上がらない。

 これまた流石は悪役といったところか。俺の小者臭が半端なくって泣けてくる。


 午後の授業が一通り終わると、それから夕食までは俺たちの自由時間となる。
 この時間に二人で領都の町中を探索したり、馬で遠乗りに出かけたりするんだけど、今日はその遠乗りの時、領都からそう離れていない所にある妖精の森に出かけることにした。

 名前の通り、この森には妖精が住んでいると昔から言われていて、その奥深くには精霊王に会えるという伝説を持つ、不思議な妖精の泉があるという。

 精霊王に会えた者は、褒美として願いをひとつ、どんなものでも叶えてもらえるらしい。資格ある者しかその泉には辿り着けないらしく、当然、主人公カイルはその資格保持者だ。

 十二才のカイルがこの泉に辿り着き、精霊王に会うことは、本の中でもかなり大きなイベントの一つだ。けれど、このイベントを発生させるためには、性格の悪い悪役レオポルトの存在が不可欠だったりする。

 この時期、本の中の主人公カイルは、母を亡くして独りぼっちになった寂しさを埋めるため、領都の孤児院に足しげく通うようになっている。同じように親のいない孤児院の子供たちに仲間意識を持ち、互いに慰め合い、元気付け合ったりしているわけだ。

 ここで育む友情は、後にカイルがヴァルトーシュで反乱を起こす時、なくてはならない協力者を生むことになるんだけど、それは今はまだ別の話。

 ともかく、本の中のカイルはこの時期、空き時間の大半をこの孤児院で過ごしていた。レオポルトの従者見習いとしてもらえる給金のほとんどを、この孤児院に寄付していたのだ。たくさんの子供たちと心から笑い合い、無邪気に走り回って遊ぶことのできる孤児院は、この頃のカイルにとって最も大切な場所だったと言える。

 しかし、悪役レオポルトはそれが気に食わない。カイルが少しでも楽しそうにしていると腹を立て、それを邪魔したくなってしまう。
 それでモブ腰巾着に命じて、毒蛇を孤児院に放つという、とんでもない暴挙に出てしまうんだ。

 そのせいで、何人かの子供が蛇に噛まれて死にそうになってしまう。彼らを助けたいという望みを叶えてもらうため、カイルは妖精の泉を探しに出かけるというわけだ。

 このイベントにより、カイルは精霊王の加護を得て『精霊の愛し子』となる。
 これはもう、この本のストーリー上では絶対絶対必要なイベントであり、なにがあっても外すわけにはいかない大切なイベントなんだ。

 だからと言って、今の俺は孤児院の子供に酷いことなんてしない。そんなことできるわけがない。そもそも、カイルもそこまで孤児院と懇意にしているわけじゃない。俺と一緒に時々出かけて、子供たちにお菓子を配ったり、遊んであげたり、勉強を教えたりはしてるけど、まあその程度のものだ。

 本の設定と違い、カイルは俺と仲が良くて寂しくないから、孤児たちとそこまで仲良くする必要がないんだろうなぁ。うーん。

 まあ取り合えず、カイルの今後を考えると精霊王の加護は絶対に必要だ。だから俺は無邪気な顔をして何気なく言った。

「ねえ、カイル。妖精の泉って本当にあるのかなぁ。二人で探してみない?」
「妖精の泉? そんなの迷信だろ」

 めっちゃ素っ気ない。あまり興味なさそう。

「そっ、そうかもしれないけど、でも僕、探してみたいな。だって、会えればなんでもお願い聞いてもらえるんでしょう?」
「レオはなにか頼みたいことがあるのか?」
「そうだなぁ、これから先もずっとカイルと一緒にいられますようにって、そうお願いしたいかな」
「!! よし行こう! 今すぐ探しに出かけよう!!」

 急に機嫌良くノリノリになったカイルに首を傾げつつ、俺たちは妖精の泉探しに出かけることになった。



 妖精の森とは、領都から馬で北に三十分ほど走ったところにある、とてもとても深い森だ。その森に入り、馬でしばらく進んだところで、俺はこっそり計画していた通り自分の馬の足を止めた。少し前を進んでいるカイルに声をかける。

「僕はここで待っているから、カイル一人で泉を見つけてきてよ」
「どうした? 具合でも悪いか? だったらすぐに領主館に戻ろう」
「大丈夫、体調は悪くないよ」
「だったらどうして」
「うん、あのね、カイルも知ってると思うけど、妖精の泉に辿り着けるのは資格のある特別な人だけなんだよ。僕にはきっと資格はない。でも、カイルにはあると思うんだ。だから、カイル一人で行った方がいい。僕がいたらきっと邪魔になってしまうもの」
「そんなことないと思うけど。レオにだって資格は絶対にあると思う。だって、レオほど頑張り屋で思いやりがあって優しい人間を俺は他に知らない」

 いやいや、悪役にそんな資格あるわけないから。
 でも、気を使ってくれて、優しい言葉をたくさんありがとう。大好き、カイル。ホントに優しい人だなぁ。

「僕にはないと思うけど……」
「いや、絶対ある!」
「でもね、普通の人は泉には辿りつけないんだよ? 特別な選ばれし者だけが辿り着ける神聖な場所なんだ。カイルは特別な人だよ。僕だけじゃなく、館の使用人の皆だって誰だって、カイルを知っている人は皆そう思ってる。だけど僕はどこもかしこも普通だもの。いや、普通以下かな。資格を持ってる筈がないよ」

 カイルは綺麗な金髪の頭を手で掻きながら、大きなため息をついた。

「あのなー、レオ。気付いていないだろうけど、この森に入ったくらいからずっと、レオの頭の上に妖精がのっかってるぞ」
「えっ!」
「しかも三匹も。その子たちの指差す方向に俺たちは進んでるんだ。きっともうすぐ泉に着くんじゃないかな?」
「ええっ?!」
「だから、もし資格がないとすれば、レオじゃなく俺の方だと思うぞ。まあ、進むべき方向を教えてくれているくらいだから、俺にも資格はあるんだろうとは思うけど」

 俺の頭上から異なる色を纏った妖精が三匹、フワリと飛んで俺の顔の前に現れた。それは俺の手の平ほどのサイズの人の姿をしていて、背中に虫が持つような透明な羽がついた可愛らしい見た目をしている。

 うわー、すっごくカワイイ!

 その三匹は「うんうん、カイルの言う通り」と言わんばかりに俺に頷いて見せると、一生懸命に森の奥を指さしている。言葉はないけどその子たちが「あっちだよ、あっちに泉があるよ」と教えてくれてることが俺にも分かる。

 えええ、ほ、本当に俺が行ってもいいのかな。
 だって俺、悪役なのに……。

 迷っている俺にカイルが言った。

「取り合えず、もう少し進んでみよう。しばらく行っても泉に着かないようなら、その時にまた考えればいい。な?」
「う、うん、分かったよ」

 それを聞いた妖精たちが、嬉しそうに俺の周りをクルクル飛び回り、やがてまた頭の上に戻っていった。
 俺の頭って妖精にとって居心地が良い場所なのかな???

 ともかく、俺とカイルはまた森の奥へと進んでいった。
 すると五分もしない内に、信じられないほど透明度の高い神秘的な泉に辿り着いたのだった。

 泉の水面上には、俺の頭の上にいる子たちと同じような、色とりどりの妖精たちが飛び回っている。あまりに幻想的で美しい光景に、思わず見惚れて声も出ない。

 やがて泉の中心が眩い光で輝きだした。光がどんどん集まって、少しずつ人の形を取り始める。やがてそれは信じられないほどの美しさを持つ、精霊や妖精たちの王へと姿を変えたのだった。

 輝く銀色の長い髪は泉の中へと続いていて、終わりが見えないほどとても長い。髪色と同じ銀の瞳は、この世の全てを見透かすように澄み渡っている。顔の造形は、もう言葉では表現できないほど秀麗であり、この目の前の存在が人の世のものではないことが、誰に説明されなくても理解できる。そんな不思議さと神々しさを精霊王は持っていた。

 精霊王は水面を飛び回っていた小さな妖精たちを引き連れ、泉の縁の俺たちの近くまで、まるで水の上を滑るようにして音もなく近付いてきた。

 俺は自然と馬から飛び降りて、その場に跪いていた。

「せっ、精霊王様でございますか? お、お会いできて光栄です」
『ふむ、人の子がここに辿りついたのは二百年ぶりか。まして我の姿が見えた者は三百年ぶり。しかもそれが二人もいるとは。なんとも面白い』

 美声が頭の中に直接響いてきた。

 あー、やばい。目の前のこの人、前世の俺が本で読んで、頭の中で想像した精霊王そのものだ。か、感動で涙出そう……。

 感極まる俺の隣では、カイルが立ったまま堂々と精霊王と向かい合っていた。

「あなたに会えた者は、どんな願いも聞き届けてもらえるというのは本当ですか」
『ん? お前はとても強い魂を持っておるな。待ち受ける運命もまた重いが……いや、なんだ? 少し歪みが出ておるか? ふむ、面白い。よし、願いを言ってみるが良い。ここまで辿りつくことができ、我に会うに相応しい魂を持つ者への褒美だ。気に入れば聞き届けてやらぬこともない』

 そういうと、精霊王は今度は俺の方を見た。
 途端、少し驚いたような顔をする。

 え、な、なに?!

『これはまた……珍しい魂よのう。この世界のものとは違う輝きを放っておる。しかも……元は真っ黒だったはずのものが、今は透明とも言える澄んだ状態を保っている。うーむ。妖精たちもあやつが気に入ったか。なるほどのう――――よし、それで? お前も我になにか望みがあるのか?』

 しばらくなにか独り言を呟いていた精霊王が、俺に突然質問をしてきた。
 あたふたしながらも俺は答える。

「ぼ、僕の望みはカイルの願いがすべて叶うことです!」
「はぁ?!」

 ぶんっ、と首をまわしてカイルが驚いた顔で俺を見た。

「ちょっと待て、なにを言ってるんだよ、レオ!! おい精霊王、ちょっと待ってくれ、今の願いは無しだ」

 カイルはなにを焦っているのか、不敬にもタメ語で精霊王にストップをかけると、跪いている俺に視線を合わせるため、自分も片膝をついた。がしっと俺の肩をつかむ。

「今のはどういうことだよ。レオの願いは、この先もずっと俺と一緒にいられるようにって、そう願うって言ってたよな!」
「だ、だって、カイルとずっと一緒にいるっていうのは、僕自身がそうするって決めてるから、わざわざお願いしなくても大丈夫かなって思ったんだ。それよりも、カイルの願いが叶うことの方が僕にとっては重要なんだよ」
「レオ……」
「そんなことよりも、ホラ、カイルも早くお願いしたら?」

 俺は笑顔でカイルを促した。

 うん、覚えてる、この感動的な場面をばっちり覚えてるよ俺は!

 カイルはね、ここで言うんだ。毒蛇のせいで今にも死にそうになっている孤児院の子供たちを助けて欲しいって。それを聞いた精霊王が、私欲のないカイルに感心し、子供たちを助けてくれた上に加護を与えてくれるんだ。

 前世、本でそのシーンを読んだ時、カイルの他人を思いやる優しい心に、俺は胸が震えるほど感動したんだ。もう本当に素晴らしかった。

 でも、あれ? 今はその望みはないよね。子供たちは毒蛇に噛まれてないし。
 それじゃあ、カイルはなにを願うんだろう。

 うん、きっと世界平和とか、世の中から飢えた人がいなくなるようにとか、疫病が流行らないようにとか、そういうことを願うんだろうな。
 うんうん、さすがは主人公、俺の前世からのヒーローだよ!

 ワクワクする俺の目の前で、カイルは精霊王に向かって言い放った。

「俺の願いはレオを、レオポルトを俺のものにすること。それだけです!」
『……それは嫁にするという意味か?』
「そうです!」
「ちょっと待って――――っ?? ストップ、ストップ! え、なに? ちょっと、なに言ってんの、カイル!! 精霊王様、今の無しっ、無しですから! すみません、少しお待ちいただけますか!」

 その、とんでもなく変な願い事に驚いた俺は、慌ててカイルの服を掴んで詰め寄った。

「なっ、なに言ってるんだよ、カイル! そんなお願いおかしいよね?!」
「おかしくない。俺の願いはそれしかない」
「え、ええぇ~~~~?? そ、そんなバカな……」

 頭の中をはてなマークでいっぱいにした俺だったが、そこでふと、あることに思い当たった。

 ああ、そうか。なるほどね。今のカイルはまだなにも知らない。自分が隣国の王弟の落とし胤であることも、殺された父親の無念も。そして、愛する人と引き離された母親の悲しみも、今はまだなにも知らないんだ。

 唯一の肉親だった母親が亡くなって、カイルには家族のように親しい人間は俺しかいない。だから、俺に対する執着が強くてあんな願い事をしてしまったんだろう。
 うん、納得できた。でも、そうなると……。

 俺は恐る恐る精霊王に質問の言葉をかけた。

「精霊王様、叶えていただける願いというのは、今この場でお伝えしなくてはいけないのでしょうか。僕たちはまだ、本当に願いたいことに気付けていないようなんです。できれば、もう少し考える猶予をいただきたいのですが……」
『うむ、普通ならそのような我儘は聞かないのだが、お前たち二人の魂は面白い。分かった、待ってやろう』
「本当ですか! あ、ありがとうございます!」

 嬉しさとありがたさのあまり、俺は何度も精霊王に頭を下げた。

『そして、それとは別に、レオポルト。先程お前は、自分の欲よりも友の願いを優先するよう我に願った。その無欲の想いはとても美しく我を感心させた。それに、お前の魂の色は滅多にないほど澄んでいて美しい。そのような美しき魂を有するお前に、我の加護を与えてやろうと思うのだ』
「え?」
『我の加護は自然に愛される力。今後、お前の行くところは常に太陽が世界を照らし、雨の恵みに溢れ、風が清廉な空気を運び、大地は豊穣をもたらすだろう。そして、カイル』
「はい」
『お前には我が愛し子たるレオポルトを、あらゆる障害から守って欲しい。そのための力を授けよう。聖獣よ、ここへ』

 精霊王の呼びかけに応じ、金色に輝く大きな狼のような姿の生き物が、突如俺たちの前に現れた。その迫りくる威圧感に、思わず俺とカイルは怯んでしまう。

『聖獣よ、あの者の助けとなってくれぬか』
『承知しました、精霊王よ』

 聖獣はその大きな身体を、音もなく弾むようにカイルの隣へと移動させた。腰を下ろし、まるで見定めるかのようにカイルをじっと見つめる。
 やがてなにかに納得したかのように小さく頷いた後、その聖獣はカイルに話しかけた。

『そなたを我が主と認めよう。契約はそなたが我に名を付けた瞬間から始まり、そなたの死をもって満了する』
「契約するとどうなる? なんでも言うことを聞いてくれるのか?」
『そうだ。しかし、悪しきことに我の力を使えば、そのたびに我の中の聖力は減ずることになる。聖力の大半を失った我は深い眠りにつくことになり、そうなればそなたとの契約は満了を待たずして切れることになるだろう』
「分かった。じゃあ、名前をつけよう。お前は……ロルフ、ロルフだ」
『我が名はロルフ。名を与えてくれたそなたに服従し、決して逆らわぬことを誓おう』

 まるで大昔からのパートナーの如く、カイルとロルフは信頼し合った目でお互いを見つめた。

 うわー、なんだか感動的な場面だなぁ……って、ちょっと待ってくれ。
 なんだよこれは?!

 本にはこんなこと書いていなかった。カイルは聖獣と契約なんてしなかったし。ってか、聖獣なんてあの本には出てこなかった筈だ。

 あれー、おかしいなぁ。
 本の中のカイルは精霊王に会って願いを叶えてもらい、加護を付与してもらうだけだった筈なのに。あれれれれ?

 俺が混乱していると、精霊王が俺の顎に手をかけて顔を上向かせた。

『先ほどの約束通り、お前に我が加護を与えよう』

 精霊王はそう言うと、俺の額に静かにキスを落とした。
 途端に横からドス黒いオーラが。

『待てカイル、なぜお前は我に殺気を向ける?』
「俺のレオにキスしたから殺す!」
『加護! 加護を与えただけだぞ、これは!』
「いくら精霊王とはいえ、俺のレオに不埒な真似をしたら許さない!」
『……おかしい、お前の魂の色形からすると、本来ならばもっと冷静で正義感に溢れた清廉な人間になっておる筈なのだが……あー、待て待て。もうせぬから安心せよ。我が加護は無事に付与された』

 思いっきり不機嫌な顔で、カイルは抜きかけていた剣を腰に戻した。

「次にやったら殺す」
『さてさて、気の短いものよな。お前の魂の歪みはほんに面白い。安心せよ、額への祝福は一度で十分だ、二度とはせぬ。今後はただ愛するのみ』
「愛する、だと……?」

 またドス黒いオーラを放ち始め、腰の剣に手をかけようとしたカイルの腕に、俺は全力でしがみ付いた。必死になってカイルを止める。

「カ、カイル、ど、どど、どうしちゃったの? さっきから精霊王様に不敬だよ?!」
「だって、あいつがレオにキスなんてするから」
「い、いいよ、キスくらい! 減るもんじゃないし」

 キスなんかのことより、精霊王の怒りに触れて、カイルになにか悪いことが起こることの方が俺には怖い。
 そんなことを思っていた俺に、カイルはなぜか怒ったような顔をした。

「へぇ? キスは減るもんじゃないからしていいのか。だったら、俺もさせてもらうことにする」
「カイルなに言っ――――んん?!」

 いきなり俺はカイルにキスをされた。しかも、額ではなく唇にだ。
 驚いた俺がやめてとカイルに言おうと口を開くと、そこからカイルの舌が滑り込んできた。

「!!」

 カイルの舌に俺の舌を絡め取られ、口の中を舐めまわされる。ぬるりとした感触が不思議と気持ち良くて、背中と下半身がぞわぞわした。口の中に溜まった唾液を飲み込むと、体が熱くなって柔らかな快感に全身が震えた。

「ああ……ん、んンっ……あ、はあっ」

 やがて足に力が入らなくなり、かくんと膝を折って倒れそうになった俺の腰に、カイルの逞しい腕が回された。俺を軽々と支えながら、カイルは楽しそうに自分の口元についた唾液をぺろりと舐める。

「キスで腰が抜けたのか? かわいいな、レオは」
「カイル……な、なんで?」
「レオが不用意に、キスくらい減らないからされてもいい、みたいなこと言うからだぞ。そんなこと言うと今みたいな目に合うんだから、もう言ってはダメだ」
「あ、うん、分かったよ。ごめんなさい」
「分かればいい」

 なるほど、いきなりキスなんてされたから驚いたけど、カイルは俺に注意喚起してくれたんだな。男の俺とキスするなんて、本当だったら絶対に嫌だっただろうに、自らを犠牲にしてくれてまで俺のために!

 なんという正義感! なんという思いやりの気持ち!!
 ありがとうカイル。流石は正義の主人公だ!

 どうでもいいことかもしれないけど、さっきのアレ、前世現世合わせて俺のファーストキッスだったなー…。



 その後、なぜか白い目で見てくる精霊王にお礼を言い、また来ることを約束して、俺たちは泉を離れたのだった。

 聖獣のロルフはいつもカイルの傍に付き添っているわけではなく、呼べば姿を現すらしい。体のサイズも変更自在で、本来の大きなサイズでもいられるし、犬くらいの大きさになることも、ポケットに入るくらい小さくなることも可能だそうだ。超便利!

 そして、この時以来、俺の周りには一匹の緑色に光る妖精が飛び回るようになった。

 どうやら俺、この妖精に気に入られたらしい。もしかすると、自らの加護を与えた俺を監視するための、精霊王からのお目付け役かもしれないけど、まあ、それはどうでもいい。こんな可愛い子がいつも傍にいてくれるなんて、俺としたら大歓迎だ。

 ちなみにこの妖精ちゃん、他の人たちには見えないらしい。
 カイルは精霊王に会えるほどの特別な魂の持主だし、聖獣の契約者でもあるから、この妖精のことも問題なく見えるんだって。
 さすがはカイル、どんな時でも完璧です!


 それはともかく。
 ふぅ、今日はなんだか色々あって疲れてしまったなぁ。

 予定とは違い、なぜだか俺が精霊王から加護をもらい、カイルは聖獣と契約してしまったけど、これって大丈夫なのだろうか。今後の展開に変な影響を与えたりしないよねぇ?!


 正直、かなり不安だ……。





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