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Side カイル
最終話 最期の願い事と幸せの証明
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王城の客室の煌びやかなベッドで眠るレオは、とても穏やかな顔をして、規則正しい寝息を立てている。
見ているだけで幸せで、でも早く起きて俺を見て欲しくて、その美しい薄茶色の瞳に俺を映して欲しくて、俺はついつい起こすかどうかで葛藤してしまう。
こういう時、レオなら俺が起きるまでずっとソワソワしながら待つんだろうな。でも、俺には無理だ。早くレオの笑顔が見たくて、早くレオと話がしたくて、早くレオを抱きしめたくて、待ってなんかいられない。
俺はベッドに上がると、可愛らしいレオの顔中にキスの雨を降らした。
「……ん……」
くすぐったいのか、もぞりとレオが動く。俺は更にキスを続けた。今度は声も掛けた。
「レオ? 朝だぞ」
「んん……」
「そろそろ起きないか?」
顔だけじゃなく、首筋や項、寝衣を少しめくって脇腹や背中、足のつま先や脹脛など、体中にキスしまくった。
その頃にはレオもすっかり目を覚ましていて、くすぐったそうに身をよじりながら可愛らしく笑っている。それでも俺はキスをやめない。
「ふっ、ふふふっ……ふ、カ、カイルったら……ふふ、もう起きたから、ははっ、もうやめて、くすぐった……あははっ」
「レオ、好きだ、大好きだ、愛してる」
「僕もカイルのこと大好き。今でも夢みたい、カイルに好きになってもらえるなんて。こんな風にたくさんキスしてもらえるなんて」
そんなこと、俺の方がいつも思っていることだ。
精霊王の言っていたことはきっと本当だ。俺はもうレオの愛でしか満足できないに違いない。だから、レオがいなければ満たされない。幸せを感じることすらできないだろう。
「昨日の結婚式で、新郎新婦の幸せそうな様子を見て、レオはまるで自分のことのように幸せそうに笑ってた。俺はそんなレオの笑顔を見るだけで、これ以上ないほどの幸せを感じた。その時に思った。俺はレオにいつだって幸せに笑っていて欲しいって。そのためならなんだってやる。なんだって俺にはできる。愛するレオの笑顔ほど、俺を幸せにしてくれるものは他にないんだ」
「カイル……」
「だから、いつでもレオには笑っていて欲しい」
レオが感極まったように、その美しい瞳を潤ませて俺に抱き着いてきた。
「……ごめっ……ごめんね、カイル。たった今笑って欲しいって言われたばかりなのに、カイルが言ってくれたことが嬉しすぎて、幸せすぎて、僕、涙が……」
俺の胸に顔を埋め、レオが喜びの涙を流している。
俺はレオの髪を優しく撫でた。撫でながらレオに問う。
「レオはどういう時に幸せを感じる? どういう時が一番幸せだ?」
「……僕は、僕は昔からずっと変わらない。カイルの幸せが僕の望み。カイルが幸せそうにしてくれることこそが、僕にとっての最高の幸せだよ」
「だったら、レオは笑っててくれないと。さっき言った通り、俺の幸せはレオの笑顔なんだから。ほら、笑って? 可愛い笑顔を俺に見せて」
レオは必死に涙を堪えながら、俺に笑顔を見せてくれた。
ああ、可愛いな、レオ。素直なレオが可愛くてたまらないよ。
俺はレオに口付けた。少しずつ角度を変え、重なりを深くしていく。
それを拒否せず、レオが受け入れてくれるというだけで、俺はとてつもなく幸せになれてしまうんだ。
レオ、レオ、俺の大切なレオ。
泣きたくなるくらいに大好きだ。
この後、俺とレオは国王夫妻や宰相たちに惜しまれつつ、またの来訪を約束して城を辞した。そして、まだまだ発展途上の自分たちの領地へと戻ったのである。
そこでまた、皆と協力し合いながら、領地発展のために汗水流して働く日々が続くことになる。
この地に越してきて、もう三年近い。
天候は既に安定し、農作物の収穫も、畑の広さに見合う以上の取れ高が期待できるようになっている。
住人が増えたことから家が立ち並ぶようになり、通りへの出店数も随分増えた。以前は寂れていた領主館付近も、今ではかなり活気が出てきたことを肌で感じることができる。
レオが精霊の愛し子であることは、既に皆に知らせてある。領民たちは皆、レオのことを「愛し子様」と呼んで慕っている。皆から愛され、幸せそうな笑顔を見せるレオは以前にも増してかわいくて、俺はこの地に移住してきて良かったと心から思った。
俺はロルフが聖獣であることも皆に教えた。レオが「愛し子様」と呼ばれているように、ロルフも「聖獣様、ロルフ様」と領民たちから崇められていて、どうやらまんざらでもない様子のロルフに、俺は笑いが隠せないでいる。
精霊の愛し子がいるだけではなく、聖獣が守っているこの地を魔獣が襲ってくることはないが、発展著しいこの土地を人間が襲うことは珍しくない。そういった野盗の類から領民を守る役割をしてくれているのが、シャルロタの侯爵領から来てくれたダンたち自衛団だ。
彼らのおかげで我が公爵領の治安はしっかり守られているし、領民たちも安心して暮らせている。
他領の貧民街からの移住者の受け入れは、常に行うことにしている。働き手の数は、そのまま畑の収穫量に比例する。いくらいても足りないくらい、俺が国王から任された土地は広大だ。
領都の発展に伴い、商人の行き来も盛んになってきた。そろそろ街道の整備も行いたいと思っている。彼ら商人には我が領に頻繁に足を運んでもらい、大いに商売を行って欲しいところである。我が領の物をたくさん買ってもらいたいし、他領の物もどんどん売ってもらいたい。
レオの提案で、早い内から領都や地方の村々に学校を作ることにした。原則として、我が領民には全員に文字の読み書きを覚えてもらい、算術もある程度は習得してもらうつもりだ。
やりたいことや、やるべきことがたくさんあって、毎日が忙しい代わりに、とても充実している。気が付くと、足早に二十代は過ぎ去り、俺とレオは三十過ぎになっていた。
俺たちが三十五才になった頃、国の第三王子である十才のアルフレッドが、自分の意思により、我がヴァルシュ公爵家に養子に来てくれることになった。
アルフは国王エイルレインによく似た銀髪碧眼の美しく賢い子で、将来がとても楽しみだ。元々、月に一度は王城に顔を出している俺やレオとは、赤子の時からの顔見知りだったアルフである。俺を父上、レオを母上と呼び、すぐに家族として親しんでくれるようになった。
俺が危惧していた通り、レオはアルフを本当の息子として、目に入れても痛くないほど可愛がるようになった。おかげで嫉妬しまくりな俺とアルフとの間で、レオを取り合っての目に見えない熱い火花が常に散っていて、それを見た領民たちから頻繁に「大人気ない!」と揶揄われていたことは、今となってはいい思い出だ。
年月の流れと共に、村は町へと変わり、町は街へと姿を変えていった。俺とレオが住んでいた領主館も、今では公爵邸と呼ぶに相応しく、立派な城へと姿を変えている。
領民の数も多くなり、どこの誰に見られても恥ずかしくない、国内でも最も税収の多い領地として名が馳せるほど、我がヴァルシュ公爵領は発展した。
アルフが結婚したのは二十才の時である。政略結婚ではなく、王都の魔術学院にアルフが通っていた時、自らが見初めた二才年下の伯爵家の次女で、名をミレイユという勝気で元気のいい、素直で可愛らしい令嬢が相手だった。
当然のごとく、これまたレオが蝶よ花よと可愛がり、嫉妬した俺とミレイユとの間に、またもや目に見えない火花が散ったが、これも親子間の交流の一種と言えるだろう。
実際のところ、俺たちと息子夫婦はとても上手くやれていると思うし、素直で気取ったところのないミレイユは、領民たちからも公爵家嫡男の嫁として、あっと言う間に受け入れられていた。
やがて息子夫婦に子供ができた。一人でき、二人でき、気づけば俺とレオは、五人の孫持ちになっていた。
あれから約三十年、レオは毎日幸せそうで、そんなレオを見ている俺も、当然幸せな日々を過ごしている。
ただ、五十を過ぎた頃になると、レオがやたらと昔を懐かしむようになった。
「ヴァルトーシュに移住する前、二人で一年間旅をしたこと、覚えてる?」
「勿論だ。忘れるはずがない」
「あの旅、とても楽しかったなぁ。また二人で旅をするなんてこと、立場もあるし、やっぱりもう無理かな。二人で草原で寝転がって見た星空、とても綺麗だったよね」
レオからのそんな可愛いおねだりを、俺が無視できるはずがない。
五十五才になった時、俺は家督をアルフに譲った。そして、レオと俺とロルフと緑の妖精との四人で、また旅に出かけることにした。
俺たちは三十八年前と同じように、一年間色々なところを旅してまわった。
とはいえ、昔とは違ってもう若くない。一週間旅をしては邸に戻ってきてのんびりし、また一週間旅をして疲れては、邸で休んでその疲れを取る。そういった形での旅となった。
それでもレオはとても楽しそうだった。旅先の街並みを見ては、昔と現在の違いを面白がり、また変わらないところを懐かしがった。
草原で寝転がり、二人で美しい夜空もまた眺めた。
たくさんの流星が頭上を流れる中、俺たちは以前の旅の時のように色々なことを語り合った。子供の頃の話から現在に至るまで、二人の中に共有されてきた、数多くの記憶たちのすり合わせを行った。時には俺の記憶違いがあり、時にはレオの覚え違いがあった。
いずれにしろ、俺たちが二人で過ごしてきた中で作り上げてきた歴史の数々は、どれもかけがえのない素晴らしいものばかりだった。
「悪役だったはずの僕が、こんなに幸せになれるなんて。全部カイルのおかげだよ。カイルが僕を大切にしてくれたから、愛してくれたから、だからこんなにも幸せな人生を送ることができた。ありがとう、カイル」
そう言って、レオは俺の好きな可愛い笑顔をみせてくれた。
いくつになってもレオは誰よりも美しく、そして、俺にとっては世界で一番可愛くて大切な存在だ。
俺はレオを優しく抱きしめながら、相変わらず柔らかい薄茶色の髪に何度もキスをした。
「レオが好きだよ。今も、これまでも、これから先も、ずっとずっとレオだけを愛してる。レオのおかげで俺も幸せでいられた。そして、これからもレオだけがずっと好きだ」
「まったくもう、カイルはいくつになっても僕を喜ばせるのが上手いんだから! 本当にカイルはすごいなぁ!」
そう言って目をキラキラさせながら俺を褒めるレオは、五才から始まった貴族教育の時、俺の剣術の上達や勉強の理解が早いことを褒めてくれた時とまったく同じ顔をしていて、俺は嬉しさと誇らしさと懐かしさで、胸がキュンとしてしまったのだった。
約一年間に及ぶ旅が終わり、公爵位を既に息子に譲っている俺たちは、領都から離れた田舎にある、湖の傍の小さな別荘へと移り住んだ。
そこで俺たちは、昔、孤児院のためにやったように、薬草を摘んだり、小さな動物を狩ったり、時には写生をしたり、魚を釣ったりしながら、のんびりと二人だけの時間を楽しんだ。
二人で過ごす穏やかな時間は、ただ夕日を黙って眺めるだけで、なにものにも代えがたい贅沢なものに思えた。そして、そんな時間を過ごしながら、俺はあらためてレオの大切さ、愛しさを強く強く感じさせられていた。
レオが体調を崩し、ベッドから起き上がれなくなったのは、別荘に移り住んでから一年程経った頃だった。
申し訳ない、とレオは眉根を下げていたけれど、俺としては手取り足取りレオの世話を焼くことができて、楽しいばかりの時間だった。
ある時、レオが言った。
「ねえ、カイル。僕、考えていることがあるんだけど」
「ああ、俺も考えていることがある。多分だけど、同じことじゃないか?」
「やっぱりね、カイルなら同じことを考えてくれるんじゃないかって、思ってたんだ」
ふふっ、とレオがベッドの上で嬉しそうに笑った。その後で、少し不安そうな顔をする。
「でも、本当にいいの? 僕に合わせてくれているだけってことはない?」
「そんなこと、あるわけないだろう。俺の心からの望みだ」
「そうか……良かった」
レオはとても嬉しそうだった。
そして、またある時、レオは俺に言った。
「カイルに一つ、聞きたいことがあるんだ」
「疲れているんじゃないか? 今日はもう眠った方がいい。顔色が良くない」
「今聞きたいんだ。今じゃないとダメなんだよ。お願い、カイル」
レオはずるい。俺がレオの願いを聞かずにいられないことが分かっていて、こんなお願いの仕方をする。
「……なんだ? 少しだけだぞ」
「ありがとう、カイル!」
ほら、またそうやって可愛く笑う。まったく、レオにはかなわないな。
愛しているよ、愛しているんだ。
レオの笑顔だけが俺を幸せにしてくれる。
「それで、どうしたんだ? なにを聞きたい?」
「うん、あのね、僕はちゃんと笑えてた? 幸せそうに、ちゃんと笑えてた? 実際、幸せだったから大丈夫だと思うんだけど、一応聞いておきたいんだ。僕、ちゃんと笑顔だった? 昔、言ってたよね。カイルの幸せは僕の笑顔だって。僕、カイルのことを笑顔で幸せにしてあげられてた? カイルは幸せに……なれた?」
その真剣な表情に、以前と比べると随分痩せ細ってしまったレオの腕を、俺は思わず手に取った。その手を両手で握りしめ、俺の存在をレオの魂に刻み付ける。
「ああ、勿論だよ。レオはいつだって笑ってた。太陽の様に笑っていて、レオの笑顔を見るだけで、俺はいつだって幸せになれた。ありがとう、レオ。最高の人生だった。レオのおかげで、俺は世界一の幸せ者になれたよ」
「そっか……ふふ、カイル、幸せだったんだね。だったら、僕も幸せだ。だって、カイルが幸せになることだけが僕の望みだったんだもの」
「そうだな、レオはいつもそう言ってくれていた」
「カイル、ありがとう、幸せになってくれて。カイルのおかげで……僕も……」
「……レオ?」
「うん……僕も、今とても……幸せだ、よ」
「ああ、分かってる。分かってるよ、レオ」
「愛してる、よ、カイル……」
「俺もレオを愛してる。これからもずっとレオだけを愛するから!」
「ふふ……うれし、な……」
その言葉を最後に、レオは昏睡状態に入った。
レオが目を閉じたまま、浅い呼吸だけを繰り返すようになってから丸二日が過ぎた。俺はレオの体に柔らかくシーツを巻くと、まるでこの世の至宝を抱くかの様に、大切に大切に抱き上げた。そして、転移の魔法を使った。
移動した先は、シャルロタ王国にある懐かしい妖精の泉だ。
俺が転移すると、最後にここに来た時と同じように、精霊王が既に姿を現していて、水辺で俺たちを待ってくれていた。
「お久し振りです、精霊王よ」
『ああ、久し振りよな、我が愛し子たちよ』
「願い事をしに来ました。レオはもう自分の口からは言えないけれど、でも、あなたにはレオの最期の願いが今も聞こえているはずだ。それを叶えていただきたい」
『本当にいいのか』
精霊王の表情は心痛に満ちている。
「ええ。レオの転生を取り止め、ここで魂の生まれ変わりを最後にしてもらいたい。俺もレオから直接聞いたわけじゃない。けれど、これがレオの最期の願い事で間違いないはずだ。違いますか」
『いや、違わぬ。レオポルトは今も心の奥底で我にそう願い続けておる。その理由も伝えてくれておるが、カイルよ、お前は正しく理解しているか。なぜ、ここにきてレオポルトが転生を、来世でまたお前と会うという願いを取り下げようとしているのか、きちんと理解しておるのか』
俺は座り込み、膝の上にレオの体を横抱きにして抱えると、その頬を愛しさを込めて優しく指で撫でた。
「勿論、理解している。俺たちはもう十分に生きた。とても幸せだった。かけがえのない素晴らしい生だった。これ以上の幸せはもう必要ない。考えられない。俺たちは考えうる最高の幸せをこの世で手に入れた。だからもういいんだ。ここで終わりにすることこそ、今の生が最高に幸せなものだったことの証明になる。代わりはもういらない。そうレオは言っていないか?」
『……その通りだ。我が愛し子は眠りの奥深いところで、お前が今言ったことと同じことを、ずっと我に訴えておる』
俺の目から涙がボロボロと零れ落ちた。
「レオは幸せそうだろう? 誰よりも幸せそうにしているだろう? あなたの目にはどう見える?」
『ああ、とても幸せそうだ。笑顔で、とても満ち足りた表情をしておるわ。これまでの人生で最も幸せそうに笑っておる』
「当たり前だ! だってレオは幸せだったんだから! …………だからどうか、どうかレオの願いを、最期の願いを叶えてやって下さい。お願いします」
俺の涙がレオの顔の上に落ちる。ぼたぼたと流れ落ちる涙を拭う気にもならない。だって、この涙は幸せの涙なのだから、拭う必要なんてどこにもないのだ。
『カイルよ、お前はどうする。お前の願い事はどう変じるつもりだ』
「俺もレオと一緒だ。もう転生は必要ない。前に転生を願った時、あの頃は知らなかった。レオと両想いになれたばかりで、とても幸せで。だから、もし自分が死ぬとしたら、この世に未練が残ると思っていた。もっとレオと一緒にいたい、だから来世でも出会いたい、もっと愛し合いたいと思うに決まっていると、そう思っていた。でも違った。あの後、俺たちには数えきれないほどの幸せが訪れて、もう未練なんて一かけらも残っていない程の幸せを俺たちは手に入れた。それくらい、俺たちは幸せだった。最高の幸せを手に入れた。だからもう転生の必要はないんだ。ここで終わりにしたい。今回の生を俺たちの魂の最後の旅にしてあげたい」
大粒の涙を流しながらそう訴える俺の言葉を、まるでナイフで刺されているかのように辛い表情で聞きながら、精霊王は頷いた。
『分かった。お前たちの願いを聞き届けよう。お前たち二人の魂の、今後一切の転生を無きとする』
「あ、ありがと……ござ、ま……」
俺は泣きながらレオの体を抱きしめた。きっともうすぐレオの心臓は動きを止める。
レオ、レオ、心から愛してる。誰よりも誰よりも大切に想っている。
やっぱり、俺たちが思っていたことは同じだったな。それはそうだろう。どれだけ長い間一緒にいたと思ってるんだ。レオの考えていることなんて、お見通しに決まってるだろう? 俺がレオの望んでいることが分からない筈ないじゃないか。
ありがとう、好きになってくれて。ありがとう、好きにならせてくれて。
こんなにも俺を幸せにしてくれて、ありがとう、レオ。
『カイルよ。前回ここに来た時のこと、覚えておるか。我がお前に夢を見させて謝罪した件だ』
「ああ、覚えてる」
『あの時、我はお前に約束したな。転生後は五才より前に二人を会わせてやると。あれの代わりに望みを一つ聞いてやらねばなるまい。なにを望む? 今、お前は我になにを望むのだ』
「そんなの決まってる。レオが逝く時、俺も一緒に逝けるよう取り計らって欲しい。一緒がいい。少しも離れたくない。頼みます、お願いします。どうか……どうか俺もレオと一緒に逝かせて下さい」
俺はレオを抱きしめたまま、深々と頭を下げた。
優しいな、精霊王。あなたには分かっていたはずだ。今、新たなる望みを聞けば、俺がなにを願うのか、あなたには分かっていたはずだ。分かっていて、聞いてくれた。一緒に逝けるよう、取り計らってくれた。
感謝します。心から感謝します。
「ロルフ」
俺が小声で呼ぶと、長年慣れ親しんだロルフの気配をすぐ傍に感じた。
「今までありがとう。お前にはとても感謝している。お前のおかげでレオを危険から遠ざけることができた。本当にありがとう」
『かまわぬ。我もそなたたちと共にあって、とても有意義な時を過ごせた。そなたたち亡き後、ヴァルトーシュのことは心配するな。時々様子を見てやることにする。我はもう二度と人間との契約はせぬが、気にかけることくらいはしてやってもよい。なにせ、そなたとレオポルトの子供と孫たちだからな。放ってはおけぬ』
「助かる」
心残りがなくなった。ロルフが見てくれるなら安心だ。
ああ、レオの心音の脈打つ間隔がゆっくりになっていく。もうすぐ自分が死ぬことが分かっていて、こんなにも満ち足りた気持ちになれるなんて、こんな幸せな最期を迎えることができるなんて、思ってもみなかった。
「全部レオのおかげだ。俺の幸せは全部レオのおかげ」
そう言うと、俺はレオの唇にキスを落とした。
その後の記憶はもうない――――――――。
*************
これは過去、遠い昔、精霊王が気に入った人間に、自らの加護を与えていたという伝説が残る時代の物語である。
精霊王が最後に加護を与えた人間と言われているレオポルト。彼の伴侶であったとされるカイルが興したヴァルシュ公爵領は、今もなお妖精の恵み多い土地として有名である。
この地方には、このような言い伝えが今も残っている。
『 この世に未練は残すべし。
未練無きまま死を迎えれば、
転生潰えて輪廻は終わる。 』
この言い伝えに対し、ヴァルシュ公爵領では輪廻の終わりを幸せなことだと伝えていることに対し、それ以外の他領では、輪廻の終わりを魂の消滅と捉え、恐ろしいことだと伝えている。
果たして、どちらの考え方が正しいのか。
その答えを知る者はないだろう。
ただし、この世で消滅を迎えた魂は、精霊界で安らかな眠りにつくともいわれており、もしそうであるならば、すべてをやりきった後に輪廻の輪からはずれて安らかに眠ることは、決して悪いことではない。むしろ良いことなのではないかとの意見を主張する者もいることは確かである。
いずれにせよ、魂の管理者たる精霊王が姿を隠して千年以上が過ぎている今、既にその存在そのものが作り話とされる昨今において、この議論にどれだけの意味があるのか、不明であると言わざるを得ない。
ただ、伝説の中において、初代ヴァルシュ公爵カイルとその伴侶レオポルトは、他に類をみないほど仲睦まじく、最期の時さえも精霊王に願って同じ時に迎えたという話が残っている。
これが本当なのか作り話なのか、それは誰にも分からない。
ただその話をカイル、レオポルト両人の息子へ伝えたとされる聖獣は、その後、こうも話し伝えたそうである。
二人の魂は、その美しさゆえに魅せられた精霊王が精霊界へと連れ帰り、そこで今も静かに隣り合って眠り続けているという。
この話の真偽について、もはや魔法すら使えなくなった我らには判断することさえ不可能だが、ただ、もしも二人の魂が今もなお精霊界で共に眠っていることが事実であるならば、それはとてもとても、とても美しい愛の話だと断じることに、誰も異論ないのではなかろうか。
いつか世界の不思議が解明され、精霊界への扉が開くことがあれば、その時にはぜひ、精霊王さえをも魅了した二人の魂の美しさを目にしてみたい、と、そう思うことは決しておかしなことではないと思うのだが、いささか夢想的であっただろうか…………。
<ヴァルトーシュ王国歴史書二十二巻あとがきより一部抜粋>
end
◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇
※読んで下さってありがとうございました。
心から感謝いたします。
一言でもいいので、ご感想いただけると嬉しいです(◍´ꇴ`◍)
見ているだけで幸せで、でも早く起きて俺を見て欲しくて、その美しい薄茶色の瞳に俺を映して欲しくて、俺はついつい起こすかどうかで葛藤してしまう。
こういう時、レオなら俺が起きるまでずっとソワソワしながら待つんだろうな。でも、俺には無理だ。早くレオの笑顔が見たくて、早くレオと話がしたくて、早くレオを抱きしめたくて、待ってなんかいられない。
俺はベッドに上がると、可愛らしいレオの顔中にキスの雨を降らした。
「……ん……」
くすぐったいのか、もぞりとレオが動く。俺は更にキスを続けた。今度は声も掛けた。
「レオ? 朝だぞ」
「んん……」
「そろそろ起きないか?」
顔だけじゃなく、首筋や項、寝衣を少しめくって脇腹や背中、足のつま先や脹脛など、体中にキスしまくった。
その頃にはレオもすっかり目を覚ましていて、くすぐったそうに身をよじりながら可愛らしく笑っている。それでも俺はキスをやめない。
「ふっ、ふふふっ……ふ、カ、カイルったら……ふふ、もう起きたから、ははっ、もうやめて、くすぐった……あははっ」
「レオ、好きだ、大好きだ、愛してる」
「僕もカイルのこと大好き。今でも夢みたい、カイルに好きになってもらえるなんて。こんな風にたくさんキスしてもらえるなんて」
そんなこと、俺の方がいつも思っていることだ。
精霊王の言っていたことはきっと本当だ。俺はもうレオの愛でしか満足できないに違いない。だから、レオがいなければ満たされない。幸せを感じることすらできないだろう。
「昨日の結婚式で、新郎新婦の幸せそうな様子を見て、レオはまるで自分のことのように幸せそうに笑ってた。俺はそんなレオの笑顔を見るだけで、これ以上ないほどの幸せを感じた。その時に思った。俺はレオにいつだって幸せに笑っていて欲しいって。そのためならなんだってやる。なんだって俺にはできる。愛するレオの笑顔ほど、俺を幸せにしてくれるものは他にないんだ」
「カイル……」
「だから、いつでもレオには笑っていて欲しい」
レオが感極まったように、その美しい瞳を潤ませて俺に抱き着いてきた。
「……ごめっ……ごめんね、カイル。たった今笑って欲しいって言われたばかりなのに、カイルが言ってくれたことが嬉しすぎて、幸せすぎて、僕、涙が……」
俺の胸に顔を埋め、レオが喜びの涙を流している。
俺はレオの髪を優しく撫でた。撫でながらレオに問う。
「レオはどういう時に幸せを感じる? どういう時が一番幸せだ?」
「……僕は、僕は昔からずっと変わらない。カイルの幸せが僕の望み。カイルが幸せそうにしてくれることこそが、僕にとっての最高の幸せだよ」
「だったら、レオは笑っててくれないと。さっき言った通り、俺の幸せはレオの笑顔なんだから。ほら、笑って? 可愛い笑顔を俺に見せて」
レオは必死に涙を堪えながら、俺に笑顔を見せてくれた。
ああ、可愛いな、レオ。素直なレオが可愛くてたまらないよ。
俺はレオに口付けた。少しずつ角度を変え、重なりを深くしていく。
それを拒否せず、レオが受け入れてくれるというだけで、俺はとてつもなく幸せになれてしまうんだ。
レオ、レオ、俺の大切なレオ。
泣きたくなるくらいに大好きだ。
この後、俺とレオは国王夫妻や宰相たちに惜しまれつつ、またの来訪を約束して城を辞した。そして、まだまだ発展途上の自分たちの領地へと戻ったのである。
そこでまた、皆と協力し合いながら、領地発展のために汗水流して働く日々が続くことになる。
この地に越してきて、もう三年近い。
天候は既に安定し、農作物の収穫も、畑の広さに見合う以上の取れ高が期待できるようになっている。
住人が増えたことから家が立ち並ぶようになり、通りへの出店数も随分増えた。以前は寂れていた領主館付近も、今ではかなり活気が出てきたことを肌で感じることができる。
レオが精霊の愛し子であることは、既に皆に知らせてある。領民たちは皆、レオのことを「愛し子様」と呼んで慕っている。皆から愛され、幸せそうな笑顔を見せるレオは以前にも増してかわいくて、俺はこの地に移住してきて良かったと心から思った。
俺はロルフが聖獣であることも皆に教えた。レオが「愛し子様」と呼ばれているように、ロルフも「聖獣様、ロルフ様」と領民たちから崇められていて、どうやらまんざらでもない様子のロルフに、俺は笑いが隠せないでいる。
精霊の愛し子がいるだけではなく、聖獣が守っているこの地を魔獣が襲ってくることはないが、発展著しいこの土地を人間が襲うことは珍しくない。そういった野盗の類から領民を守る役割をしてくれているのが、シャルロタの侯爵領から来てくれたダンたち自衛団だ。
彼らのおかげで我が公爵領の治安はしっかり守られているし、領民たちも安心して暮らせている。
他領の貧民街からの移住者の受け入れは、常に行うことにしている。働き手の数は、そのまま畑の収穫量に比例する。いくらいても足りないくらい、俺が国王から任された土地は広大だ。
領都の発展に伴い、商人の行き来も盛んになってきた。そろそろ街道の整備も行いたいと思っている。彼ら商人には我が領に頻繁に足を運んでもらい、大いに商売を行って欲しいところである。我が領の物をたくさん買ってもらいたいし、他領の物もどんどん売ってもらいたい。
レオの提案で、早い内から領都や地方の村々に学校を作ることにした。原則として、我が領民には全員に文字の読み書きを覚えてもらい、算術もある程度は習得してもらうつもりだ。
やりたいことや、やるべきことがたくさんあって、毎日が忙しい代わりに、とても充実している。気が付くと、足早に二十代は過ぎ去り、俺とレオは三十過ぎになっていた。
俺たちが三十五才になった頃、国の第三王子である十才のアルフレッドが、自分の意思により、我がヴァルシュ公爵家に養子に来てくれることになった。
アルフは国王エイルレインによく似た銀髪碧眼の美しく賢い子で、将来がとても楽しみだ。元々、月に一度は王城に顔を出している俺やレオとは、赤子の時からの顔見知りだったアルフである。俺を父上、レオを母上と呼び、すぐに家族として親しんでくれるようになった。
俺が危惧していた通り、レオはアルフを本当の息子として、目に入れても痛くないほど可愛がるようになった。おかげで嫉妬しまくりな俺とアルフとの間で、レオを取り合っての目に見えない熱い火花が常に散っていて、それを見た領民たちから頻繁に「大人気ない!」と揶揄われていたことは、今となってはいい思い出だ。
年月の流れと共に、村は町へと変わり、町は街へと姿を変えていった。俺とレオが住んでいた領主館も、今では公爵邸と呼ぶに相応しく、立派な城へと姿を変えている。
領民の数も多くなり、どこの誰に見られても恥ずかしくない、国内でも最も税収の多い領地として名が馳せるほど、我がヴァルシュ公爵領は発展した。
アルフが結婚したのは二十才の時である。政略結婚ではなく、王都の魔術学院にアルフが通っていた時、自らが見初めた二才年下の伯爵家の次女で、名をミレイユという勝気で元気のいい、素直で可愛らしい令嬢が相手だった。
当然のごとく、これまたレオが蝶よ花よと可愛がり、嫉妬した俺とミレイユとの間に、またもや目に見えない火花が散ったが、これも親子間の交流の一種と言えるだろう。
実際のところ、俺たちと息子夫婦はとても上手くやれていると思うし、素直で気取ったところのないミレイユは、領民たちからも公爵家嫡男の嫁として、あっと言う間に受け入れられていた。
やがて息子夫婦に子供ができた。一人でき、二人でき、気づけば俺とレオは、五人の孫持ちになっていた。
あれから約三十年、レオは毎日幸せそうで、そんなレオを見ている俺も、当然幸せな日々を過ごしている。
ただ、五十を過ぎた頃になると、レオがやたらと昔を懐かしむようになった。
「ヴァルトーシュに移住する前、二人で一年間旅をしたこと、覚えてる?」
「勿論だ。忘れるはずがない」
「あの旅、とても楽しかったなぁ。また二人で旅をするなんてこと、立場もあるし、やっぱりもう無理かな。二人で草原で寝転がって見た星空、とても綺麗だったよね」
レオからのそんな可愛いおねだりを、俺が無視できるはずがない。
五十五才になった時、俺は家督をアルフに譲った。そして、レオと俺とロルフと緑の妖精との四人で、また旅に出かけることにした。
俺たちは三十八年前と同じように、一年間色々なところを旅してまわった。
とはいえ、昔とは違ってもう若くない。一週間旅をしては邸に戻ってきてのんびりし、また一週間旅をして疲れては、邸で休んでその疲れを取る。そういった形での旅となった。
それでもレオはとても楽しそうだった。旅先の街並みを見ては、昔と現在の違いを面白がり、また変わらないところを懐かしがった。
草原で寝転がり、二人で美しい夜空もまた眺めた。
たくさんの流星が頭上を流れる中、俺たちは以前の旅の時のように色々なことを語り合った。子供の頃の話から現在に至るまで、二人の中に共有されてきた、数多くの記憶たちのすり合わせを行った。時には俺の記憶違いがあり、時にはレオの覚え違いがあった。
いずれにしろ、俺たちが二人で過ごしてきた中で作り上げてきた歴史の数々は、どれもかけがえのない素晴らしいものばかりだった。
「悪役だったはずの僕が、こんなに幸せになれるなんて。全部カイルのおかげだよ。カイルが僕を大切にしてくれたから、愛してくれたから、だからこんなにも幸せな人生を送ることができた。ありがとう、カイル」
そう言って、レオは俺の好きな可愛い笑顔をみせてくれた。
いくつになってもレオは誰よりも美しく、そして、俺にとっては世界で一番可愛くて大切な存在だ。
俺はレオを優しく抱きしめながら、相変わらず柔らかい薄茶色の髪に何度もキスをした。
「レオが好きだよ。今も、これまでも、これから先も、ずっとずっとレオだけを愛してる。レオのおかげで俺も幸せでいられた。そして、これからもレオだけがずっと好きだ」
「まったくもう、カイルはいくつになっても僕を喜ばせるのが上手いんだから! 本当にカイルはすごいなぁ!」
そう言って目をキラキラさせながら俺を褒めるレオは、五才から始まった貴族教育の時、俺の剣術の上達や勉強の理解が早いことを褒めてくれた時とまったく同じ顔をしていて、俺は嬉しさと誇らしさと懐かしさで、胸がキュンとしてしまったのだった。
約一年間に及ぶ旅が終わり、公爵位を既に息子に譲っている俺たちは、領都から離れた田舎にある、湖の傍の小さな別荘へと移り住んだ。
そこで俺たちは、昔、孤児院のためにやったように、薬草を摘んだり、小さな動物を狩ったり、時には写生をしたり、魚を釣ったりしながら、のんびりと二人だけの時間を楽しんだ。
二人で過ごす穏やかな時間は、ただ夕日を黙って眺めるだけで、なにものにも代えがたい贅沢なものに思えた。そして、そんな時間を過ごしながら、俺はあらためてレオの大切さ、愛しさを強く強く感じさせられていた。
レオが体調を崩し、ベッドから起き上がれなくなったのは、別荘に移り住んでから一年程経った頃だった。
申し訳ない、とレオは眉根を下げていたけれど、俺としては手取り足取りレオの世話を焼くことができて、楽しいばかりの時間だった。
ある時、レオが言った。
「ねえ、カイル。僕、考えていることがあるんだけど」
「ああ、俺も考えていることがある。多分だけど、同じことじゃないか?」
「やっぱりね、カイルなら同じことを考えてくれるんじゃないかって、思ってたんだ」
ふふっ、とレオがベッドの上で嬉しそうに笑った。その後で、少し不安そうな顔をする。
「でも、本当にいいの? 僕に合わせてくれているだけってことはない?」
「そんなこと、あるわけないだろう。俺の心からの望みだ」
「そうか……良かった」
レオはとても嬉しそうだった。
そして、またある時、レオは俺に言った。
「カイルに一つ、聞きたいことがあるんだ」
「疲れているんじゃないか? 今日はもう眠った方がいい。顔色が良くない」
「今聞きたいんだ。今じゃないとダメなんだよ。お願い、カイル」
レオはずるい。俺がレオの願いを聞かずにいられないことが分かっていて、こんなお願いの仕方をする。
「……なんだ? 少しだけだぞ」
「ありがとう、カイル!」
ほら、またそうやって可愛く笑う。まったく、レオにはかなわないな。
愛しているよ、愛しているんだ。
レオの笑顔だけが俺を幸せにしてくれる。
「それで、どうしたんだ? なにを聞きたい?」
「うん、あのね、僕はちゃんと笑えてた? 幸せそうに、ちゃんと笑えてた? 実際、幸せだったから大丈夫だと思うんだけど、一応聞いておきたいんだ。僕、ちゃんと笑顔だった? 昔、言ってたよね。カイルの幸せは僕の笑顔だって。僕、カイルのことを笑顔で幸せにしてあげられてた? カイルは幸せに……なれた?」
その真剣な表情に、以前と比べると随分痩せ細ってしまったレオの腕を、俺は思わず手に取った。その手を両手で握りしめ、俺の存在をレオの魂に刻み付ける。
「ああ、勿論だよ。レオはいつだって笑ってた。太陽の様に笑っていて、レオの笑顔を見るだけで、俺はいつだって幸せになれた。ありがとう、レオ。最高の人生だった。レオのおかげで、俺は世界一の幸せ者になれたよ」
「そっか……ふふ、カイル、幸せだったんだね。だったら、僕も幸せだ。だって、カイルが幸せになることだけが僕の望みだったんだもの」
「そうだな、レオはいつもそう言ってくれていた」
「カイル、ありがとう、幸せになってくれて。カイルのおかげで……僕も……」
「……レオ?」
「うん……僕も、今とても……幸せだ、よ」
「ああ、分かってる。分かってるよ、レオ」
「愛してる、よ、カイル……」
「俺もレオを愛してる。これからもずっとレオだけを愛するから!」
「ふふ……うれし、な……」
その言葉を最後に、レオは昏睡状態に入った。
レオが目を閉じたまま、浅い呼吸だけを繰り返すようになってから丸二日が過ぎた。俺はレオの体に柔らかくシーツを巻くと、まるでこの世の至宝を抱くかの様に、大切に大切に抱き上げた。そして、転移の魔法を使った。
移動した先は、シャルロタ王国にある懐かしい妖精の泉だ。
俺が転移すると、最後にここに来た時と同じように、精霊王が既に姿を現していて、水辺で俺たちを待ってくれていた。
「お久し振りです、精霊王よ」
『ああ、久し振りよな、我が愛し子たちよ』
「願い事をしに来ました。レオはもう自分の口からは言えないけれど、でも、あなたにはレオの最期の願いが今も聞こえているはずだ。それを叶えていただきたい」
『本当にいいのか』
精霊王の表情は心痛に満ちている。
「ええ。レオの転生を取り止め、ここで魂の生まれ変わりを最後にしてもらいたい。俺もレオから直接聞いたわけじゃない。けれど、これがレオの最期の願い事で間違いないはずだ。違いますか」
『いや、違わぬ。レオポルトは今も心の奥底で我にそう願い続けておる。その理由も伝えてくれておるが、カイルよ、お前は正しく理解しているか。なぜ、ここにきてレオポルトが転生を、来世でまたお前と会うという願いを取り下げようとしているのか、きちんと理解しておるのか』
俺は座り込み、膝の上にレオの体を横抱きにして抱えると、その頬を愛しさを込めて優しく指で撫でた。
「勿論、理解している。俺たちはもう十分に生きた。とても幸せだった。かけがえのない素晴らしい生だった。これ以上の幸せはもう必要ない。考えられない。俺たちは考えうる最高の幸せをこの世で手に入れた。だからもういいんだ。ここで終わりにすることこそ、今の生が最高に幸せなものだったことの証明になる。代わりはもういらない。そうレオは言っていないか?」
『……その通りだ。我が愛し子は眠りの奥深いところで、お前が今言ったことと同じことを、ずっと我に訴えておる』
俺の目から涙がボロボロと零れ落ちた。
「レオは幸せそうだろう? 誰よりも幸せそうにしているだろう? あなたの目にはどう見える?」
『ああ、とても幸せそうだ。笑顔で、とても満ち足りた表情をしておるわ。これまでの人生で最も幸せそうに笑っておる』
「当たり前だ! だってレオは幸せだったんだから! …………だからどうか、どうかレオの願いを、最期の願いを叶えてやって下さい。お願いします」
俺の涙がレオの顔の上に落ちる。ぼたぼたと流れ落ちる涙を拭う気にもならない。だって、この涙は幸せの涙なのだから、拭う必要なんてどこにもないのだ。
『カイルよ、お前はどうする。お前の願い事はどう変じるつもりだ』
「俺もレオと一緒だ。もう転生は必要ない。前に転生を願った時、あの頃は知らなかった。レオと両想いになれたばかりで、とても幸せで。だから、もし自分が死ぬとしたら、この世に未練が残ると思っていた。もっとレオと一緒にいたい、だから来世でも出会いたい、もっと愛し合いたいと思うに決まっていると、そう思っていた。でも違った。あの後、俺たちには数えきれないほどの幸せが訪れて、もう未練なんて一かけらも残っていない程の幸せを俺たちは手に入れた。それくらい、俺たちは幸せだった。最高の幸せを手に入れた。だからもう転生の必要はないんだ。ここで終わりにしたい。今回の生を俺たちの魂の最後の旅にしてあげたい」
大粒の涙を流しながらそう訴える俺の言葉を、まるでナイフで刺されているかのように辛い表情で聞きながら、精霊王は頷いた。
『分かった。お前たちの願いを聞き届けよう。お前たち二人の魂の、今後一切の転生を無きとする』
「あ、ありがと……ござ、ま……」
俺は泣きながらレオの体を抱きしめた。きっともうすぐレオの心臓は動きを止める。
レオ、レオ、心から愛してる。誰よりも誰よりも大切に想っている。
やっぱり、俺たちが思っていたことは同じだったな。それはそうだろう。どれだけ長い間一緒にいたと思ってるんだ。レオの考えていることなんて、お見通しに決まってるだろう? 俺がレオの望んでいることが分からない筈ないじゃないか。
ありがとう、好きになってくれて。ありがとう、好きにならせてくれて。
こんなにも俺を幸せにしてくれて、ありがとう、レオ。
『カイルよ。前回ここに来た時のこと、覚えておるか。我がお前に夢を見させて謝罪した件だ』
「ああ、覚えてる」
『あの時、我はお前に約束したな。転生後は五才より前に二人を会わせてやると。あれの代わりに望みを一つ聞いてやらねばなるまい。なにを望む? 今、お前は我になにを望むのだ』
「そんなの決まってる。レオが逝く時、俺も一緒に逝けるよう取り計らって欲しい。一緒がいい。少しも離れたくない。頼みます、お願いします。どうか……どうか俺もレオと一緒に逝かせて下さい」
俺はレオを抱きしめたまま、深々と頭を下げた。
優しいな、精霊王。あなたには分かっていたはずだ。今、新たなる望みを聞けば、俺がなにを願うのか、あなたには分かっていたはずだ。分かっていて、聞いてくれた。一緒に逝けるよう、取り計らってくれた。
感謝します。心から感謝します。
「ロルフ」
俺が小声で呼ぶと、長年慣れ親しんだロルフの気配をすぐ傍に感じた。
「今までありがとう。お前にはとても感謝している。お前のおかげでレオを危険から遠ざけることができた。本当にありがとう」
『かまわぬ。我もそなたたちと共にあって、とても有意義な時を過ごせた。そなたたち亡き後、ヴァルトーシュのことは心配するな。時々様子を見てやることにする。我はもう二度と人間との契約はせぬが、気にかけることくらいはしてやってもよい。なにせ、そなたとレオポルトの子供と孫たちだからな。放ってはおけぬ』
「助かる」
心残りがなくなった。ロルフが見てくれるなら安心だ。
ああ、レオの心音の脈打つ間隔がゆっくりになっていく。もうすぐ自分が死ぬことが分かっていて、こんなにも満ち足りた気持ちになれるなんて、こんな幸せな最期を迎えることができるなんて、思ってもみなかった。
「全部レオのおかげだ。俺の幸せは全部レオのおかげ」
そう言うと、俺はレオの唇にキスを落とした。
その後の記憶はもうない――――――――。
*************
これは過去、遠い昔、精霊王が気に入った人間に、自らの加護を与えていたという伝説が残る時代の物語である。
精霊王が最後に加護を与えた人間と言われているレオポルト。彼の伴侶であったとされるカイルが興したヴァルシュ公爵領は、今もなお妖精の恵み多い土地として有名である。
この地方には、このような言い伝えが今も残っている。
『 この世に未練は残すべし。
未練無きまま死を迎えれば、
転生潰えて輪廻は終わる。 』
この言い伝えに対し、ヴァルシュ公爵領では輪廻の終わりを幸せなことだと伝えていることに対し、それ以外の他領では、輪廻の終わりを魂の消滅と捉え、恐ろしいことだと伝えている。
果たして、どちらの考え方が正しいのか。
その答えを知る者はないだろう。
ただし、この世で消滅を迎えた魂は、精霊界で安らかな眠りにつくともいわれており、もしそうであるならば、すべてをやりきった後に輪廻の輪からはずれて安らかに眠ることは、決して悪いことではない。むしろ良いことなのではないかとの意見を主張する者もいることは確かである。
いずれにせよ、魂の管理者たる精霊王が姿を隠して千年以上が過ぎている今、既にその存在そのものが作り話とされる昨今において、この議論にどれだけの意味があるのか、不明であると言わざるを得ない。
ただ、伝説の中において、初代ヴァルシュ公爵カイルとその伴侶レオポルトは、他に類をみないほど仲睦まじく、最期の時さえも精霊王に願って同じ時に迎えたという話が残っている。
これが本当なのか作り話なのか、それは誰にも分からない。
ただその話をカイル、レオポルト両人の息子へ伝えたとされる聖獣は、その後、こうも話し伝えたそうである。
二人の魂は、その美しさゆえに魅せられた精霊王が精霊界へと連れ帰り、そこで今も静かに隣り合って眠り続けているという。
この話の真偽について、もはや魔法すら使えなくなった我らには判断することさえ不可能だが、ただ、もしも二人の魂が今もなお精霊界で共に眠っていることが事実であるならば、それはとてもとても、とても美しい愛の話だと断じることに、誰も異論ないのではなかろうか。
いつか世界の不思議が解明され、精霊界への扉が開くことがあれば、その時にはぜひ、精霊王さえをも魅了した二人の魂の美しさを目にしてみたい、と、そう思うことは決しておかしなことではないと思うのだが、いささか夢想的であっただろうか…………。
<ヴァルトーシュ王国歴史書二十二巻あとがきより一部抜粋>
end
◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇
※読んで下さってありがとうございました。
心から感謝いたします。
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