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第6話
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「マリア、聞いて」
カミーユ姉様が、私の肩を掴んで、まっすぐに目を見てきた。青い瞳に浮かんでいたのは、穏やかな哀しみと、揺るぎない覚悟だった。
「あなたの幸せが、一番大事なのよ。あの男の言うことなんて、これっぽっちも聞く必要はないわ。あんな男に嫁いで、あなたが幸せになれるはずがない」
「でも、婚約は……大神官様との婚約を破棄するなんて、アルンハイム家に迷惑が……」
「そんなもの、私とヒューゴがなんとかするわ」
きっぱりと言い切る姉の隣で、ヒューゴ様が頷く。
「その通りだ。大神官の権威など、所詮は国内だけの話。俺が隣国との外交カードを少しちらつかせれば、王家も下手に動けなくなる。それに、あんな品位のない男を聖職者のトップに据えておくこと自体が、この国の恥だ。これを機に、神殿の膿を出す良い機会かもしれん」
頼もしい二人の言葉に、私はただ泣くことしかできなかった。
でも、この涙は、さっきまでの絶望の涙とは少し違っていた。固く凍りついていた心が、姉と義兄の温かさで、少しずつ溶かされていくような、そんな涙だった。
◇
その夜、私は自室のベッドで、ぼんやりと天井を見つめていた。
フレッド様からもらった、小さな野の花の髪飾り。それが、化粧台の上で寂しそうに光っている。彼はこれをくれた時、こう言ったんだ。
『華やかな宝石よりも、君にはこういう素朴な花がよく似合う』
その言葉を、私は宝物のように大切にしてきた。でも、今ならわかる。彼は、私に素朴であれと、暗に要求していただけなのだ。彼の隣で、彼の権威を脅かさず、ただ従順に咲いているだけの、都合のいい花であれと。
私は、誰かのための飾りじゃない。
そっと髪飾りを手に取り、窓を開ける。ひんやりとした夜風が、火照った頬に心地よかった。私は、その髪飾りを、庭の闇に向かってそっと投げた。さようなら、私の淡い恋。さようなら、偽りのあなた。
鏡の前に立ち、自分の顔をまっすぐに見つめる。
泣き腫らした、ひどい顔。でも、その瞳の奥には、今までなかった強い光が灯っている気がした。
姉様のように、太陽みたいには輝けないかもしれない。
でも、私には私の輝き方があるはずだ。フレッド様が押し付けた『素朴さ』という名の檻から出て、私自身の足で、私自身の道を歩いていく。
ドレッサーの引き出しから、ベルベットの小箱を取り出す。中には、フレッド様から贈られた婚約指輪が納められていた。小さなダイヤモンドが、月明かりを反射して冷たく光る。
私は、その指輪を手に取らなかった。ただ、静かに小箱の蓋を閉じる。
この結婚、本当に幸せになれるの?
数時間前まで、私の心を支配していた問い。
その答えは、もう出ている。
「この結婚は、しない」
私の運命は、ここから静かに、けれど劇的に動き出す。
誰かに与えられる幸せじゃない。私が、私自身の手で掴み取る、本当の幸せを探す旅が、今、始まるのだ。
窓の向こうに、ゆっくりと朝の気配が広がっていく。
夜明けは、もうすぐそこまで来ていた。
カミーユ姉様が、私の肩を掴んで、まっすぐに目を見てきた。青い瞳に浮かんでいたのは、穏やかな哀しみと、揺るぎない覚悟だった。
「あなたの幸せが、一番大事なのよ。あの男の言うことなんて、これっぽっちも聞く必要はないわ。あんな男に嫁いで、あなたが幸せになれるはずがない」
「でも、婚約は……大神官様との婚約を破棄するなんて、アルンハイム家に迷惑が……」
「そんなもの、私とヒューゴがなんとかするわ」
きっぱりと言い切る姉の隣で、ヒューゴ様が頷く。
「その通りだ。大神官の権威など、所詮は国内だけの話。俺が隣国との外交カードを少しちらつかせれば、王家も下手に動けなくなる。それに、あんな品位のない男を聖職者のトップに据えておくこと自体が、この国の恥だ。これを機に、神殿の膿を出す良い機会かもしれん」
頼もしい二人の言葉に、私はただ泣くことしかできなかった。
でも、この涙は、さっきまでの絶望の涙とは少し違っていた。固く凍りついていた心が、姉と義兄の温かさで、少しずつ溶かされていくような、そんな涙だった。
◇
その夜、私は自室のベッドで、ぼんやりと天井を見つめていた。
フレッド様からもらった、小さな野の花の髪飾り。それが、化粧台の上で寂しそうに光っている。彼はこれをくれた時、こう言ったんだ。
『華やかな宝石よりも、君にはこういう素朴な花がよく似合う』
その言葉を、私は宝物のように大切にしてきた。でも、今ならわかる。彼は、私に素朴であれと、暗に要求していただけなのだ。彼の隣で、彼の権威を脅かさず、ただ従順に咲いているだけの、都合のいい花であれと。
私は、誰かのための飾りじゃない。
そっと髪飾りを手に取り、窓を開ける。ひんやりとした夜風が、火照った頬に心地よかった。私は、その髪飾りを、庭の闇に向かってそっと投げた。さようなら、私の淡い恋。さようなら、偽りのあなた。
鏡の前に立ち、自分の顔をまっすぐに見つめる。
泣き腫らした、ひどい顔。でも、その瞳の奥には、今までなかった強い光が灯っている気がした。
姉様のように、太陽みたいには輝けないかもしれない。
でも、私には私の輝き方があるはずだ。フレッド様が押し付けた『素朴さ』という名の檻から出て、私自身の足で、私自身の道を歩いていく。
ドレッサーの引き出しから、ベルベットの小箱を取り出す。中には、フレッド様から贈られた婚約指輪が納められていた。小さなダイヤモンドが、月明かりを反射して冷たく光る。
私は、その指輪を手に取らなかった。ただ、静かに小箱の蓋を閉じる。
この結婚、本当に幸せになれるの?
数時間前まで、私の心を支配していた問い。
その答えは、もう出ている。
「この結婚は、しない」
私の運命は、ここから静かに、けれど劇的に動き出す。
誰かに与えられる幸せじゃない。私が、私自身の手で掴み取る、本当の幸せを探す旅が、今、始まるのだ。
窓の向こうに、ゆっくりと朝の気配が広がっていく。
夜明けは、もうすぐそこまで来ていた。
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