美人な姉を溺愛する彼へ、最大の罰を! 倍返しで婚約破棄して差し上げます

佐藤 美奈

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第23話

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潮風はやさしく、私の髪を撫でていった。
ここ、ラ・セリーヌの海辺は、まるで異国の詩の一節から抜け出してきたような場所だった。白い帆船がゆっくりと港に帰ってくる様を眺めながら、心を落ち着けるように、大きく息を吸い込んだ。

「……平和ね」

誰に言うでもないその言葉が、自分の胸の奥にすとんと落ちていく。
旅に出てすぐは、正直、何を見ても何を食べても、心が上滑りしているような感覚だった。風景は綺麗なのに、まるで絵葉書のようで、そこに私はいない。そんなちぐはぐな感覚が、ずっと付きまとっていた。

それでも私は、一歩ずつ、自分自身を取り戻しはじめていた。

朝、ゆっくりとした時間に目覚め、侍女のリナが淹れてくれた紅茶を飲みながら日記をつける。最初は、フレッドへの尽きせぬ怒りや、姉様への整理しきれない気持ちばかりを書き連ねていたけれど、いつの間にか、その日の天気や、市場で見つけた珍しい果物のこと、親切にしてくれた宿屋の主人のことなど、他愛ないことでページが埋まるようになっていた。

「お嬢様、最近、本当に顔つきが明るくなられました」

ある朝、テラスで朝食をとっていると、リナが嬉しそうに言った。

「そう? 自分ではあまりわからないけれど」

「はい。以前はどこか、常に何かと戦っておられるような、張り詰めたご様子でしたが、今はとても穏やかです。ラ・セリーヌの太陽みたいですよ」

お世辞だとわかっていても、頬が緩むのを止められない。リナの言う通り、その穏やかな日々の中で、心に刺さっていたトゲが、風に吹かれるようにやわらいでいった。

そんなある日の午後、私は日課の散歩の途中、港の近くにある小さな古本屋に、ふらりと立ち寄った。
古びた紙の匂いと、少しほこりっぽいインクのにおいが、やけに心地よかった。壁一面に並べられた背表紙を眺めているだけで、時間がゆっくりと流れていくようだった。そこで、まさか運命の出会いが待っているとも知らずに。

「その本、お好きなんですか?」

私がふと手に取った、一冊の恋愛詩集に目を落としていると、不意に背後から声をかけられた。少し低くて、心地よく耳に響く声。驚いて振り返ると、そこにいたのは、私と同じくらい……ううん、少しだけ年上に見える青年だった。

日に焼けた健康的な肌に、悪戯っぽくきらきらと輝くヘーゼル色の瞳。貴族の仕立ての良いシャツを着ているけれど、袖はざっくりとまくり上げられ、どこかラフな着こなしだった。品の良さと、そこらへんの悪ガキみたいな無邪気さが、不思議なバランスで同居している人だった。

「え、ええ。言葉選びが、とても綺麗で……」

突然のことに動揺しながら、私はなんとかそう答えた。

「わかります。切なくて、美しいですよね。でも、結末は少し皮肉だと思いませんか? 愛を貫いたはずが、結局は二人を縛る鎖になるなんて」

「……! 私も、今、ちょうどそう思っていました」

思わず声が弾んだ。誰かと、こんな風に本の感想を語り合ったのは、本当に久しぶりだったから。フレッドは、こういう詩集を『女子供の読む、感傷的な慰み物だ』と見下していたし、姉様とは……もう、昔のようには話せない。

「運命なんてものは、いつだって皮肉屋なんですよ、お嬢さん」

彼はそう言って、太陽みたいに、にっと人懐っこく笑った。その笑顔に、私の心臓が、きゅっと可愛らしい音を立てた。

それが、アレスター・フォン・ギルフォードとの出会いだった。
聞けば、彼はこの港町ラ・セリーヌを治めるギルフォード侯爵家の庶子で、家督を継ぐ腹違いの兄がいるため、家督争いとは全く無縁の自由な立場なのだという。

「要するに、厄介者扱いされてるってことですよ」

本人は、軽口を叩いていたけれど。

「だから、こうして小さな船を一つ借りて、貿易の真似事なんてしてるんです。王都の窮屈な社交界より、潮風に吹かれてる方が、よっぽど性に合ってる」

彼の周りにはいつも、私が今まで知らなかった伸びやかで心地よい空気が流れていた。
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