美人な姉を溺愛する彼へ、最大の罰を! 倍返しで婚約破棄して差し上げます

佐藤 美奈

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第25話

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陽だまりのような日々。
私の心にできた凍てついた氷が、アレスターという温かい光の中で、じわじわと、心がほどけていくような感覚があった。

そんなある夕暮れ時だった。
茜色に染まる海を二人で並んで見ながら、彼がぽつりと、真剣な声で言った。

「なあ、マリア」

「なあに?」

「君は、どこかに深い傷を抱えている。……そうだろ?」

どきり、と心臓が跳ねた。
彼の顔を見つめると、彼は海を見たまま、静かに続けた。

「無理にとは言わない。話したくないなら、話さなくていい。俺はただ、君が時々、すごく遠い目をするのが、気になってただけなんだ」

見抜かれていた。
この人は、私の笑顔の裏にある、癒えない痛みに気づいていたんだ。
フレッドとのこと、姉様のこと……話すべきだろうか。でも、こんな暗い話をしたら、彼に幻滅されてしまうかもしれない。そう思うと、怖くて言葉が出てこなかった。

私が言い淀んでいると、アレスターは優しく、私の声に重ねるように口を開いた。

「けどな、マリア。君は、その傷から目を逸らさずに、ちゃんと自分で見つめてる。過去に囚われるんじゃなくて、それも自分の一部だって、必死に受け入れようとしてるように見える」

彼は、そこで初めて私の方を向いた。ふだんのからかうような輝きは消え、優しく包み込むような光に変わっていた。

「……それって、すごく強くて、なかなかできることじゃないよ。俺は、そんな君を、すごいと思う」

その言葉は、私が誰かに一番言ってほしかった言葉だったのかもしれない。

『可哀想に』でもなく『大変だったね』でもなく、『君は強い』と。
私が、私自身の力で、苦しみの中から立ち上がろうとしていることを、彼はちゃんと認めてくれた。

「……そういうこと、さらっと言わないでよ……」

視界が、涙で滲む。声が震えて、うまく言葉にならない。

「……ずるい、わ……」

見抜かれていたことが、恥ずかしくて。でも、それ以上に、心の奥の、一番柔らかい場所に触れられたことが、どうしようもなく嬉しくて。

「ずるいのが、僕の取り柄だから」

彼はそう言って、困ったように笑った。その憎らしいほど優しい顔に、私はついに堪えきれず、噴き出してしまった。涙と笑いが、ぐちゃぐちゃになって溢れ出す。
ああ、私、笑えてる。泣きながら、だけど、心の底から。

傷ついた心が、アレスターという陽だまりの中で、ゆっくりと、あたたかく、溶けていく。
私は、この人のことが、好きなんだ。
その事実を、私はこの時、はっきりと自覚した。



楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。
私がラ・セリーヌを去る日が、やってきてしまった。私の心にはもう、故郷へ帰ることへの迷いはなかった。逃げるための旅は、もう終わったのだ。これからは、前を向いて生きていく。

私が帰る朝、アレスターは、約束通り港まで見送りに来てくれた。
彼は、いつものように軽口を叩きながらも、その瞳はどこか寂しげだった。

「じゃあ、そろそろ……」

馬車に乗り込もうとする、その直前。
アレスターは、私の手を掴むと、一通の封筒をその手に強く握らせた。

「……手紙?」

「お守り、みたいなもんだ。王都に着いたら読んでくれ」

そして、彼はそっと私の耳元に顔を寄せ、ささやいた。

「必ず、会いに行く。君がそれを望んでくれるなら、何度でも」

その真剣な声と、ヘーゼル色の瞳に射抜かれて、私はただ、黙って頷くことしかできなかった。

馬車が、ゆっくりと動き出す。
窓から見えるアレスターの姿が、だんだんと小さくなっていく。
私は、彼から貰った手紙を、胸に強く抱きしめた。

そっと封を開けると、中には一枚の便箋。
彼の少し乱暴な、でも力強い字で、私たちが最初に出会ったあの詩集の一節と、たった一言だけ、こう書かれていた。

『待ってる。
 ――アレスター』

涙が、また一筋、頬を伝った。でも、それはもう、悲しみの涙ではなかった。
私は、生まれ変わったのだ。
過去を乗り越え、新しい愛の始まりを、その胸に確かに感じながら。
私は、希望に満ちた気持ちで、故郷への帰路についた。
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