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第26話
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結婚式の前、修羅場と化したあの日から、二年という歳月が流れた。
あの忌まわしい出来事も、今では『昔、大変なことがあってね』と、遠い国の物語のように話せるようになった。けれど、心の奥深く、誰にも見せない場所にしまってある箱の中には、未だに消えない記憶が二つだけ、呪いのように保管されている。
それでも、私は今、確実に幸せな未来へと、その一歩を踏み出そうとしていた。
そして――数か月後。
アルンハイム家の陽光が降り注ぐサンルームで、私は声を弾ませていた。
「お花は、純白のカサブランカがいいと思うの。気品があって、少し大人びていて、凛とした雰囲気でしょう? あの頃の“私”とは違うんだって、自分自身に、そして皆に伝えたいの」
私の言葉に、侍女のリナが嬉しそうに微笑みながら、手元の羊皮紙にメモを取る。
「かしこまりました、マリアお嬢様。純白のカサブランカですね。きっと、お嬢様のドレスに映えますわ。……あっ、失礼いたしました。もうすぐ“奥様”ですね」
「もう!」
リナの茶目っ気のある言葉に、私はそう言いながらも、頬が緩むのを止められない。
「うふふ、まだ慣れないけど……いい響きね、その呼び方」
そう。私は再び、結婚式の準備をしている。
一度は悪夢に変わった、あの儀式のために。
でも今度は、あの日のような、胸を締め付ける不安も、すべてを諦めたような虚しさも、どこにもない。私の隣に立つ人が、きちんと私という人間を見て、私の言葉を、私の心を、何よりも大切にしてくれる人だと、心の底から信じているから。
「緊張してる?」
いつの間にか背後に立っていた彼が、私の肩を優しく抱きしめながら、耳元でささやいた。日に焼けた健康的な彼の匂い。私を安心させてくれる大好きな匂い。
私は、彼の胸に心地よく体重を預け、迷いなく首を横に振った。
「ううん、幸せよ。今度こそ、ちゃんと」
私の婚約者、アレスター・フォン・ギルフォード。
ラ・セリーヌの港町で出会った太陽みたいな人。
もちろん、あの夜の出来事が、心の傷が、完全に消えてなくなったわけではない。
フレッドが浴室で、私を見下すような口ぶりだった。『あいつは地味でおとなしいし、退屈でさ』という、見下した声。
そして、姉様が……カミーユ姉様が、湯気の中で勝ち誇ったように鼻で笑い、『あの子は、私の引き立て役でしかないもの。私の方が、ずっと美人じゃない』と吐き捨てた、残酷な言葉――。
どちらも、今でもふとした瞬間に胸を刺すように思い出され、そのたびに静かな痛みが心に広がっていく。
でも、もうその痛みに、私は飲み込まれない。
その痛みも、私の一部なのだ。あの絶望があったからこそ、私は強くなれた。あの裏切りがあったからこそ、人の真心がどれほど温かく、かけがえのないものかを知れた。
今の私がここにいるのは、あの過去のおかげなのだと、ようやく思えるようになったのだ。
あの忌まわしい出来事も、今では『昔、大変なことがあってね』と、遠い国の物語のように話せるようになった。けれど、心の奥深く、誰にも見せない場所にしまってある箱の中には、未だに消えない記憶が二つだけ、呪いのように保管されている。
それでも、私は今、確実に幸せな未来へと、その一歩を踏み出そうとしていた。
そして――数か月後。
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「お花は、純白のカサブランカがいいと思うの。気品があって、少し大人びていて、凛とした雰囲気でしょう? あの頃の“私”とは違うんだって、自分自身に、そして皆に伝えたいの」
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「かしこまりました、マリアお嬢様。純白のカサブランカですね。きっと、お嬢様のドレスに映えますわ。……あっ、失礼いたしました。もうすぐ“奥様”ですね」
「もう!」
リナの茶目っ気のある言葉に、私はそう言いながらも、頬が緩むのを止められない。
「うふふ、まだ慣れないけど……いい響きね、その呼び方」
そう。私は再び、結婚式の準備をしている。
一度は悪夢に変わった、あの儀式のために。
でも今度は、あの日のような、胸を締め付ける不安も、すべてを諦めたような虚しさも、どこにもない。私の隣に立つ人が、きちんと私という人間を見て、私の言葉を、私の心を、何よりも大切にしてくれる人だと、心の底から信じているから。
「緊張してる?」
いつの間にか背後に立っていた彼が、私の肩を優しく抱きしめながら、耳元でささやいた。日に焼けた健康的な彼の匂い。私を安心させてくれる大好きな匂い。
私は、彼の胸に心地よく体重を預け、迷いなく首を横に振った。
「ううん、幸せよ。今度こそ、ちゃんと」
私の婚約者、アレスター・フォン・ギルフォード。
ラ・セリーヌの港町で出会った太陽みたいな人。
もちろん、あの夜の出来事が、心の傷が、完全に消えてなくなったわけではない。
フレッドが浴室で、私を見下すような口ぶりだった。『あいつは地味でおとなしいし、退屈でさ』という、見下した声。
そして、姉様が……カミーユ姉様が、湯気の中で勝ち誇ったように鼻で笑い、『あの子は、私の引き立て役でしかないもの。私の方が、ずっと美人じゃない』と吐き捨てた、残酷な言葉――。
どちらも、今でもふとした瞬間に胸を刺すように思い出され、そのたびに静かな痛みが心に広がっていく。
でも、もうその痛みに、私は飲み込まれない。
その痛みも、私の一部なのだ。あの絶望があったからこそ、私は強くなれた。あの裏切りがあったからこそ、人の真心がどれほど温かく、かけがえのないものかを知れた。
今の私がここにいるのは、あの過去のおかげなのだと、ようやく思えるようになったのだ。
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