「神に見捨てられた無能の職業は追放！」隣国で“優秀な女性”だと溺愛される

第41話 彼は骨が折れる

アンナのとんでもない言葉に、度肝を抜かれて落ち着きを失っていたルークだが、アンナの言葉は信用に値する紛れもない事実だとルークは認識した。

「アンナ僕が今から、かっこいい所を見せるからな！」
「頑張ってください」

アンナを愛してるから頑張るぞと、ルークは恐れを知らぬ顔で英雄的な勇ましい声で言った。アンナも優しく声援を送る。

ルークは改めて呼吸を整え精神集中を始めた。そしてアンナに指示された場所に固く握りしめた右拳でそこを全力で叩いた。

「あああああああああああああああああああああああああああ」

右拳に凄まじい激痛が走った瞬間、ルークは声にならない悲鳴を上げた。坑道の広くひらけた場所にはルークの叫びが響き続ける。苦痛に耐えかねて立っていることもできずに地面に膝をついた。我慢できない痛みでのたうち回った。

「ルークさん！　しっかりしてください！」

アンナが慌てた様子で駆け寄ってきた。ルークも自分と同じように、壁が砕けて穴ができるとばかり思っていた。それなのに思っていたこととは完全に違って、アンナは最初ぽかんとした表情でルークを見ていた。

最初アンナはルークが演技でわざとふざけているのかと思った。でも地面に倒れて辛そうに痛がる素振りを見せる。アンナはルークをよく観察すると演技ではなく、彼は本当に痛がってるのだと認識した。そして、ハッと気がつくとルークの元に心配して駆け寄った。

「――骨が折れたよ」
「え……？　ルークさん何言ってるんですか？　このくらいで骨が折れるわけないじゃないですか」

ルークは痛みが少し落ち着いたというか、右手に感覚がなくなっていた。ルークは疲労が感じられる姿で、骨が折れたと不安そうな顔で言う。寂しそうな感じで落ち込んだ声だった。アンナはそんなことで骨が折れるなんてあり得ないですよと、自然な雰囲気で微笑んで言った。

結論を言うなら、ルークの右手は深い傷を負っている。間違いなく手の甲や指の骨が折れて関節に異常がある。明日には右手の皮膚が真っ赤に腫れ上がっていることだろう。硬くて丈夫な岩の壁を生身の手で思いきり打ちつけたら、右手のかなりの部分が壊れているのは当然のこと。

「アンナ僕の傷だらけの手を見てくれ……間違いなく折れてるよ。いや、もう右手は駄目かもしれない」

ルークは今にも泣き出しそうな不安や悲しみの顔で言う。ルークは自分の右手をアンナに差し出した。右手は肉が削がれて骨が見えるくらいの大ダメージを受けている。正直に言って折れてるどころの騒ぎではない。彼の右手は衝撃の姿になってしまっていた。再起不能なほどの痛手でボロボロの状態。

（アンナにかっこいい所を見せたかっただけなのに……大変なことになった。僕の右手は、一生動かないかもしれない……）

壁を砕こうとしたら自分の手が粉々になってしまった。どうして自分は全力で頑丈な岩の壁を叩いてしまったのかと、悔しそうに顔を歪めて心は絶望を味わう。この世界にも回復魔法は存在するが、ルークは回復魔法は使えなかった。

もし仮に使えたとしても無理だろう。回復魔法を使えるほとんどの者は、ほんのかすり傷程度を治すのが精一杯。それが当たり前で公然たる事実だった。これほどの大怪我を治す回復魔法の使い手は、世界にひと握りしかいない。この世界には薬はあるが、回復ポーションなどの傷を一瞬で元通りに治す便利な道具は存在しない。それゆえに回復魔法を使える者は貴重で高く敬意を払われている。

回復魔法の使い手で頂点と言われる聖女のレイチェルでさえ、短時間で完全に治すことは不可能なこと。それに回復魔法には他の魔法の何倍もの膨大な魔力量が必要になる。こんな大怪我を一気に治したら疲れ果て消耗し尽くした状態になってしまう。そうなったら、その後しばらくの間は魔法は使えなくなる。

この世界では、病気やケガは回復魔法で再生を促す治療法が普通。毎日少しずつ治療を行うのが、広く一般的とされている手法なのであった。