「神に見捨てられた無能の職業は追放!」隣国で“優秀な女性”だと溺愛される

佐藤 美奈

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第56話 価値の高い女性

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「サーシャ様おやめください。私のような無能が、サーシャ様に教えられるようなことは無いと思うのですが……」

アンナは正直な気持ちを口にした。能力の低い家事の自分が教えられることは何もない。どうしてサーシャは、こんな事を言ってくるのかという思いだった。疑問で頭の中は混乱して動揺する。

「アンナ様、そんなこと言わないで! 私を見捨てないでください! 確かに私はアンナ様に比べたら未熟者です。私の実力が足りていなくてアンナ様に、ご指導いただける基準に達していないことは重々承知しています。ですがどうかお願いいたします!」

サーシャは石にかじりついても、アンナに教えてほしいと願い続けている。へりくだってアンナを神様扱いせんばかりである。サーシャは天才パティシエとして、国際的にも知名度が高く多くの人に尊敬されて名声を響き渡らせる女性。そんな彼女がアンナに見捨てないでと泣いて頼み込んでいる。

アンナに弟子にしてください! とお願いしているが、サーシャには世界中に数え切れないほど弟子がいる。お菓子作りを学べる学校を二十年以上前に立ち上げていた。その学校の卒業生たちは一流の会社にヘッドハンティングされたり、自分の店を持ったりして世間から高く評価されている。そんな尊敬するサーシャの姿を生徒たちが見たらショックで倒れるのは間違いない。

「お母様、どうか落ち着いてください! アンナが困っていますよ!」

ルークは慌てたように叫ぶ。すがるような目でアンナを見上げて懇願する母を注意した。アンナを掴んで離さない母の手を引き離した。アンナを困らせたら駄目だよと母によく言って理解させようとする。

こんなに冷静さを失っている母を見たのは初めてだった。ルークはあり得ない母の幼稚な行動に、戸惑ってどうしてよいか分からなくなる。あまりにも予想外だったため止めるのが遅れてしまった。

「――本当に素晴らしい料理だったわ。極上の味わいで私の身体に喜びを与えてくれた……私を気持ちよくさせてくれて……歓喜の絶頂にさせてくれた料理だったわ」

サーシャはベッドに戻らされて座っていたが、興奮が冷めやらぬ状態であった。まだ身体に強烈な快感の余韻よいんが残っている。先ほどのことを思い出しているのか僅かに頬を赤らめて、気持ち良さそうに目をつむって軽く身震いをしている。そんなサーシャの様子をアンナは見ながら、病気が治って体調も回復したみたいで良かったなと嬉しそうな顔をしていた。

「私はおかゆを作っただけで、大したものではありません」

アンナの作った料理はお粥。病気で体力が弱ったサーシャには消化の良いものを作った。麦や豆などの雑穀類に卵を入れて味付けは塩と、いたってシンプルなものとなっている。

ただしアンナは家事の職業がレベルアップして、身体能力と家事全般の技能が上がっている。さらに特別な能力が神によってランダムに与えられている。アンナはサーシャの病気が回復に向かうことを願いながら、いつになく表情を引き締め真剣な顔をして額に汗が光るほど神経を集中させて作った。

アンナの作った料理は、どんな病気でも治す言わば万能薬やエリクサーといえる。この世界には薬はあるが、アンナの作ったものほどの効果はない。実に貴重な料理をアンナは普通に作ってしまった。お金持ちなら何としても手に入れたいアンナという重要な存在。

アンナは公爵家の家族と使用人に、職業が家事だという理由で冷たい態度を何年間も取られた。そのため自分に自信がない弱気な性格になってしまった。自分のことを能力が低くて他の人よりも劣っていると思っている。

天然ぶりを発揮して周囲を困惑させることもあるが、困っている人がいたら助けたいという気持ちが強く優しく正しい心を持つ女性。純粋なので悪い心を持つ人間に危うく騙されることもあるかもしれない。だとしてもアンナの人間の限界を超えた神がかり的な力で無事に乗り切れるだろう。
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