彼女よりも幼馴染を溺愛して優先の彼と結婚するか悩む

佐藤 美奈

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第30話

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「……」

この男をどうしようか迷う。このまま見殺しにすべきだろうか。今、この瞬間に彼を放置すれば、死にかける彼の姿が悲劇的な物語の一部のように王都中に広まる。その結果、ローゼンベルク公爵家のバルコニーは〝悲恋の騎士が墜落死現場〟として知られることになり、そこを訪れる者たちは、いつしかその名を冠する〝自殺の名所〟へと変わってしまうだろう。

最悪なのは死体の後始末だ。彼が今この場で力尽き、足元から落ちて行く姿を目にするのは、何とも不愉快だし何よりも面倒くさい。それに、こんなみっともない姿で風邪をひいて死なれたりしたら、きっと彼の亡霊は毎晩私の枕元に立って、鼻水を垂らしながら泣き言を言い続けるだろう。それだけは絶対に嫌だ。まったくもって耐えられない。

私は、深いため息をついた。今世紀最大の溜息だったかもしれない。無意識のうちに手が伸び、カチャリと鍵を回して開けた。

アンドレは、雪崩れ込むかのように勢いよく部屋に入ってきた。驚きのあまり、私は何も言う間もなく、彼はそのまま私の足元に崩れ落ちた。私は息が詰まる思いだった。人生で初めて目の当たりにする光景に、ただただ圧倒されてしまったのだ。

ドン!

アンドレの額が床に叩きつけられると重い音が響き渡った。その衝撃で床が割れるのではないかという錯覚さえ覚えるほど、彼の姿勢には並々ならぬ力が込められていた。それは、ただの土下座ではなかった。あまりにも異様で奇妙で、それを芸術と言わずして何と呼べばよいのだろうか。

「ニーナ、心から謝る! 俺の愚かさが、どれほど君を傷つけたか、今なら痛いほど分かる!」

アンドレは、声の中に止めようのない苦しみを込めていた。床に額を押し付け、彼の身体は壊れそうに震えている。彼が言葉を発する度、その心の叫びが私の耳に届くようだった。

「『紅葉の誓い祭』でのこと、俺は、一生をかけても償えない過ちを犯したんだ! 君という光り輝くと、あのみたいな幼馴染を並べて、同じように愛の誓いを立てた自分が信じられない……神をも恐れぬ所業だ! 許されるはずがない!」

その言葉に込められた悔しさと後悔の深さが、私の胸にズシンと響いた。彼の姿勢と声から伝わってくるただならぬ思いに、私はどう反応していいのか分からなくなった。

それにしても〝日陰のきのこ〟とは、彼が溺愛する幼馴染に対するひどい言い草だった。アンドレは必死に弁解しようとするが、その言葉の裏には、彼の心の中でずっと隠し続けてきた弱さと、責任逃れの気持ちが色濃く現れていた。

「……あれは! あれは、キャンディが! あの女が、どうしても言うことを聞かないんだ!」

アンドレは、顔を歪めて身振り手振りで説明を始めた。その目は焦って手が震えている。

「俺が婚約者のニーナに愛を誓うと言ったら『ニーナ様だけに誓うなんて許さない! 私のことも一緒に誓ってくれなきゃ、ここで死んでやる!』なんて、わがままを言って、どうしようもなかったんだ! 彼女は、昔からそうなんだ! 自分勝手で、手が付けられない奴なんだ!」

なんて見事な責任転嫁だろうか。まるで、教科書に載っているかのような完璧な言い訳だった。彼が語るキャンディの姿は、無理やり作り上げられたヒロインのようだが、その言葉に一切の誠意は感じられなかった。アンドレがどれほど叫んでも、彼の中で本当の反省は感じられなかった。

私は腕を組み、無言でその土下座のパフォーマンスを冷ややかな視線で見つめていた。彼の誠実さが全く伝わってこないことに、ただただ呆れ果てるばかりだった。
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