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第17話
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「キャンディの領地が、今年の長雨でひどい不作になってしまった。男手も足りず、このままでは冬を越せない領民も出てくると……彼女から、助けを求める手紙が届いたんだ。どうしても、行かなければならない」
まただ。また、キャンディ。怒りが湧くのを通り越して、もう笑えてくる。この男の辞書には、“学習”や“反省”という言葉は存在しないのだろう。
「そう。私の領地の収穫祭よりも、彼女の領地の方が大事だと言いたいのね?」
「そういう問題じゃないだろう!」
「ええ、そうね。問題なのは、あなたの優先順位よ。未来の妻となる私と、あなたのただの幼馴染である彼女。結局、あなたは彼女を選ぶのね!」
「これは優しさだよ、わがままとは違う」
「男手も足りないって言うけど、あなたが一人加わったところで何も変わらないでしょう?」
「信じられない。君がそんな冷たい言い方をするなんて……そんなにキャンディが憎いのか!」
口論は次第にヒートアップしていったが、彼がどんな言葉を並べても何も響かなくなっていた。
「わかったわ。どうぞ、お行きなさい。お優しい騎士様。困っているご友人を助けて差し上げたらいいわ」
「ニーナ、頼むから分かってくれ!」
「分かりたくもないわ!」
私は彼に背を向け、そのまま歩き出した。背後から、彼が苦しげに息を呑む音が聞こえたが、振り返ることはしなかった。
結局、私は一人で収穫祭の全てを取り仕切った。領民たちの前に立ち、笑顔で挨拶をして葡萄酒を振る舞う。公爵令嬢として、何の不安もないように振る舞いながらも、心の中は荒れ狂う嵐のように静かではなかった。
「見事な采配だね、ニーナ」
不意に、穏やかな声が響いた。振り向くと、そこには王太子ロッドが立っていた。いつの間にか私の隣に来ていて、その顔には優しげな微笑みが浮かんでいた。
「あなたがいれば、この領地は安泰だ」
「ロッド……なぜ、こちらに?」
「君が一人で奮闘していると聞いてね。少しでも力になれればと思って」
彼はそう言って、包み込むような寛大な雰囲気で、何気なく私の仕事を手伝い始めた。重い樽を運ぼうとする使用人に指示を出したり、領民たちの輪に加わり、気さくに言葉を交わしたり。その穏やかな行動一つ一つが、私の傷ついた心を深い愛情で癒してくれるようだった。
しかし、その優しさに触れるたびに私は心苦しく感じた。アンドレを許して、よりを戻してしまった。体の奥底から込み上げるような不安感に、私は動悸を感じながら落ち着かなくなった。いつも思いやりを持って私を見守ってくれるロッドに対して、申し訳ない気持ちが強くなった。どうして、こんなにも私を気遣ってくれるロッドを選ばなかったのだろう。
夕暮れ時、収穫祭の賑やかな音が次第に静まり返る頃、ロッドは柔らかな声で言った。
「君という宝石は〝極めて貴重〟で〝計り知れない価値〟を持っている。そのことをアンドレ卿は、どうやら理解していないようだ」
「……」
その言葉に、私は一瞬、言葉を失った。ロッドは少し間を置いてから穏やかな目で続けた。
「以前にも言ったことがあるけれど、私なら君に寂しい思いはさせないし、君を裏切らない」
彼の言葉には、真摯さと優しさがにじみ出ていた。その表情も、私の心に届く温もりを感じさせる。
私の心は、もうアンドレから離れてしまっていた。その冷たく固くなった心は、もう何の温もりも感じることができなかった。そして、ロッドの言葉が、私の心に重く響いた。今の私には、彼の言葉が何よりも深く染み込んでくるようだった。
まただ。また、キャンディ。怒りが湧くのを通り越して、もう笑えてくる。この男の辞書には、“学習”や“反省”という言葉は存在しないのだろう。
「そう。私の領地の収穫祭よりも、彼女の領地の方が大事だと言いたいのね?」
「そういう問題じゃないだろう!」
「ええ、そうね。問題なのは、あなたの優先順位よ。未来の妻となる私と、あなたのただの幼馴染である彼女。結局、あなたは彼女を選ぶのね!」
「これは優しさだよ、わがままとは違う」
「男手も足りないって言うけど、あなたが一人加わったところで何も変わらないでしょう?」
「信じられない。君がそんな冷たい言い方をするなんて……そんなにキャンディが憎いのか!」
口論は次第にヒートアップしていったが、彼がどんな言葉を並べても何も響かなくなっていた。
「わかったわ。どうぞ、お行きなさい。お優しい騎士様。困っているご友人を助けて差し上げたらいいわ」
「ニーナ、頼むから分かってくれ!」
「分かりたくもないわ!」
私は彼に背を向け、そのまま歩き出した。背後から、彼が苦しげに息を呑む音が聞こえたが、振り返ることはしなかった。
結局、私は一人で収穫祭の全てを取り仕切った。領民たちの前に立ち、笑顔で挨拶をして葡萄酒を振る舞う。公爵令嬢として、何の不安もないように振る舞いながらも、心の中は荒れ狂う嵐のように静かではなかった。
「見事な采配だね、ニーナ」
不意に、穏やかな声が響いた。振り向くと、そこには王太子ロッドが立っていた。いつの間にか私の隣に来ていて、その顔には優しげな微笑みが浮かんでいた。
「あなたがいれば、この領地は安泰だ」
「ロッド……なぜ、こちらに?」
「君が一人で奮闘していると聞いてね。少しでも力になれればと思って」
彼はそう言って、包み込むような寛大な雰囲気で、何気なく私の仕事を手伝い始めた。重い樽を運ぼうとする使用人に指示を出したり、領民たちの輪に加わり、気さくに言葉を交わしたり。その穏やかな行動一つ一つが、私の傷ついた心を深い愛情で癒してくれるようだった。
しかし、その優しさに触れるたびに私は心苦しく感じた。アンドレを許して、よりを戻してしまった。体の奥底から込み上げるような不安感に、私は動悸を感じながら落ち着かなくなった。いつも思いやりを持って私を見守ってくれるロッドに対して、申し訳ない気持ちが強くなった。どうして、こんなにも私を気遣ってくれるロッドを選ばなかったのだろう。
夕暮れ時、収穫祭の賑やかな音が次第に静まり返る頃、ロッドは柔らかな声で言った。
「君という宝石は〝極めて貴重〟で〝計り知れない価値〟を持っている。そのことをアンドレ卿は、どうやら理解していないようだ」
「……」
その言葉に、私は一瞬、言葉を失った。ロッドは少し間を置いてから穏やかな目で続けた。
「以前にも言ったことがあるけれど、私なら君に寂しい思いはさせないし、君を裏切らない」
彼の言葉には、真摯さと優しさがにじみ出ていた。その表情も、私の心に届く温もりを感じさせる。
私の心は、もうアンドレから離れてしまっていた。その冷たく固くなった心は、もう何の温もりも感じることができなかった。そして、ロッドの言葉が、私の心に重く響いた。今の私には、彼の言葉が何よりも深く染み込んでくるようだった。
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