彼女よりも幼馴染を溺愛して優先の彼と結婚するか悩む

第43話

「キャンディ！　今回は殿下のお心遣いで見逃してやるが、次にニーナに無礼を働いたら、その時はこんなものでは済まさんからな！」

床に膝をつき、頭を深く下げているキャンディ。その姿勢は、無防備で鼻から垂れた涙のようなものが、彼女の顔を濡らしていた。彼女のその姿を見下ろすアンドレの視線は無情だ。

「アンドレ、まだわたしを苦しめるの！　何をしようっていうのよ！」

キャンディは涙で濡れた顔を上げ、視線を鋭くアンドレに投げつけながら言った。涙の跡が彼女の頬を伝って、痛みを滲ませるように流れていったが、その表情には一切の弱さは見受けられなかった。むしろ、挑発するような力強ささえ感じる。

（やっぱり、こいつは反省してないな）

その視線が交わると、アンドレは、心の中で何かが引っかかるような鋭く心を掴まれる感覚が走った。キャンディは決して屈してはいない。折れない強い意志を持って、静かにこちらを見据えている。涙の奥に隠された目に込められた悪意は、まだ彼女が完全に諦めていない証だった。

（俺じゃなきゃ、気づかないだろうな。こいつの性格を知り尽くした俺だからこそ、その微妙な変化がわかる）

言葉にしない小さな仕草、ほんの一瞬の表情の変化、それらが全て彼女の内面で起こっている感情の波を示しているように感じられた。誰も気づかないような瞬間に、彼だけが感じ取ることのできる特別な感覚。それは、何年もの歳月を共に過ごしてきたからこそ、自然に生まれた感覚だった。

「さて、どうしようか？　じゃあ、雪の中を裸で走らせてみるのも悪くないな」

アンドレは何でもないことを言うように冷静に言い放った。その目には、ほんの少しの遊び心と、温かさを一切感じさせない冷たい光があった。

「雪山で駆け回る！？　ふざけないで！　そんなこと、わたし、寒くて死んじゃうじゃない！」

キャンディは目を見開き、口を尖らせながら必死に反論した。溺愛されていた幼馴染からの信じられない言葉に、一瞬、ものすごいショックに襲われてめまいがした。

「だったら、ニーナへの態度を改めろ！」

アンドレは一歩も引かず、冷たい声でそう言い放った。彼の言葉には妥協も容赦もない。

「アンドレ、冗談にもほどがあるわ」

キャンディは呆れたようにため息をつきながら、目の前の男に対してますます怒りを募らせた。

「俺は騎士として正直者なんだ。俺がこういう冗談を言わないことを知ってるだろ？　わかったな！　本当にやらせるからな！」

アンドレの口調は、冗談とは思えないほど真剣で、その瞳の奥に潜む確固たる意志が彼女を圧倒する。

「この極悪人！　悪魔！　ゲス野郎！」

「だからその、言葉遣いを直せ！　口を縫い合わせるぞ！」

「怖いこと言わないで！　そんなことしたら、あんたの大事な部分切り落としてやる！」

「そんな恐ろしい冗談を言うなよ。そんなことしたらニーナとの子供が作れなくなるだろう？」

「本気だわ！　お前は、わたしとの子供を作れ！　このクソ野郎がよぉ！」

アンドレのその警告には一片の冗談も含まれていない。キャンディにとって、彼の言葉はただの脅しではなく、現実味を帯びて感じられた。

しかし、彼女は反射的に言い返し、鋭い目でアンドレを睨みつけた。互いに言葉を交わすたびに、張り詰めた緊張感が漂う。険悪な空気の中、どこか息が詰まるようなぎりぎりのバランスで、それぞれの思いが交わる瞬間が広がっていた。

二人の間で繰り広げられる言い合いは、どこか消化不良な感覚を残しながらもその場は解散となった。