異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

文字の大きさ
241 / 332

239話 「一人で出来るもん」

しおりを挟む
冬が終わり春が来る。
すっかり暖かくなり雪も溶け緑が溢れてきた今日この頃。
装いが春らしくなっただけで宿の従業員のやる事は変わらない。が、たまに普段と違う事が起こることもある様だ。
何時ものように食事をしようと冷蔵庫をガサゴソと漁りはじめたら加賀であるが、野菜室を開いたところで頭を両手で抱えてしまう。

「あー!」

「? どうかしたか?」

不意に上がった加賀の悲痛な叫びに一体どうしたのかと従業員が集まってくる。

「玉ねぎ買い忘れてた……」

頭を抱えたままぽつりとそう呟く加賀。
冷蔵庫の中には玉ねぎが一つだけ寂しげに転がっている。

「……あら、本当ね。これじゃさすがに足らない……」

「んぐう……しゃーない、ささっと買ってこよう」

宿の料理は玉ねぎを結構使うことが多い、いろいろな料理に使えるので自然と使う量も増えてしまうのだ。
今日予定している料理にも勿論使うためこのままでは調理を始める事が出来ない。
軽く息を吐いて立ち上がろうとする加賀であるが、不意にその横顔がぶにっと突かれる。

「ん?」

うっ(まかせいー)

ぶにっとしたものはうーちゃんの前足であった。
足を掴んでむにむにと感触を楽しむ加賀へうーちゃんはもう片方の前足で胸をぶにっと叩くと、買い物籠へと前足を伸ばす。

「もしかしてうーちゃんが言ってくれるって事? ……だ、だいじょぶ?」

代わりに買いに行こうとしてくれていると理解した加賀であるがどこか不安そうにうーちゃんへと声を掛ける。

うー(よゆーよゆー)

「そ、そう……ならお願いしちゃおっかな? はい、これお財布……お金持ってるのは知ってるけど、これは宿で使う食材だから持ってきんしゃい」

加賀と違って普通の人はうーちゃんの言っていることは分からない、その為の不安であったがうーちゃんの余裕そうな態度を見ていざとなれば肉体言語で何とかなるだろうと考えを改めた加賀。すっとお財布を差し出すがうーちゃんも何故かお金を持っているため最初うーちゃんはお財布を受け取らなかった。
だが宿で使う食材なのだからと加賀はうーちゃんのお腹に財布を突っ込んでしまう。

「玉ねぎ以外に食べたいのあればついでに買ってくるといいよー」

うー(わふー)

食べたいのがあれば買ってきても良い。それを聞いたうーちゃんは嬉しそうにスキップしながら厨房を出て行く。
おそらく自分の好きな物を自由に買ってみたかったのだろう。
そのため最初は自分のお金を使おうとしたのだ。
とても微笑ましい事であるが、一体何を買ってくるのかという不安も残る。

「……本当に大丈夫か」

そうぽつりとバクスが漏らすのも仕方の無いことだろう。


うーちゃんが最初に向かったのは八百屋である。
近所であるし、何より頼まれた物は忘れない様に最初に買っておきたかったのだ。

「おんや珍しい、今日は加賀ちゃんと一緒じゃないんだねえ」

うーちゃんが来たのに気がついた店のお婆さんが辺りに他に誰も居ないのを見てそう口にする。
普段は加賀であったり誰かしらと一緒に居るためうーちゃん一人はめずらしい……と言うか初めてなのである。

うー

「はいはい玉ねぎね。採れたてだから美味しいよ……もっと? はいはい、それじゃもう一山ね」

玉ねぎを指さしたうーちゃんを見て籠に玉ねぎを入れてあげるお婆さん。
だが量が足りないと思ったうーちゃんはもう一つの山も指さしもう一山籠に入れてもらう。
恐らくそれだけあれば2~3日は持つ量だろう。

「何か気になるのでもあったかい?」

玉ねぎをゲットしたうーちゃんは他に何か面白いものは無いだろうかと商品をキョロキョロと見渡している。そしてある商品の所でピタリと視線を止めた。

うー

「ああ、そのジャガイモかい。越冬させると美味しくなる品種でね、採れたてだとそうでもないんだけど……ああ、今は丁度美味しい時だよぉ。買ってくかい?」

目についたのはジャガイモである。
それ自体は珍しい物ではないが、どうも普段食べているのと形が違うことにうーちゃんは気がついたのだ。
実際お婆さんの説明によると越冬させると美味しくなる品種であり、普段食べていた物とは違うと分かる。

うっ

即答であった。
美味しいと聞けば買わない訳にはいかない。

「はいはい、これも二山だね。……うん、確かに。気を付けて帰るんだよ」

うー

「はて、あっちは宿じゃないけど……まだ買う物でもあったのかねえ」

玉ねぎとジャガイモをゲットしたうーちゃんはそのまま宿とは反対方向へと駆けていく。




向かった先は宿とは街の反対側にあるチーズを専門に扱う店であった。
以前バクスから遠いが味はここが一番だと聞いていたのを覚えていたのである。

「うおぉっ!?」

店内に走った勢いそのままに突っ込むうーちゃん。
突如として突っ込んできた巨大な兎の姿に店主が思わず大声を上げ後ろに下がる。

「な、なんだこのでっけえ兎は……」

うっ

入ってきたものが兎であると分かった店主は幾分落ち着きを取り戻したようだ。そしてそのでっかい兎が仕切りに店内にあるチーズを指さしている事に気がつく。

「あ? ……チーズ欲しいのか?」

うっ

「……金持ってるし籠には食材入ってると。 お使いか何かか? 言葉分かってるみてーだし……」

店主はチーズが欲しいのかと言う自分の独り言に反応したうーちゃんを見て、籠の中身やうーちゃんの手の中にある物へちらりと視線を向ける。
そして財布を持っていることや食材が入っている籠を見て感心した様子を見せる。

うー

「ああ、まあ客なら歓迎だ。 どのチーズが欲しいんだ?」

再びチーズを指さしたうーちゃんを見てどのチーズが欲しいかを問う店主。
どうやらちゃんと客として扱ってくれる様である。

「おう……一番人気で状態良くて食いごろのやつ……やるなお前さん」

うーちゃんはそれが欲しいと分かるようにあるチーズへと近寄るとすっと指を向けた。
それは店の中でも特に良いチーズだったようで店主はニヤリと笑みを浮かべる。

「んん? まさか丸ごと買う気か? ……まじかよ」

そしてお金を払おうと店主に代金を手渡したうーちゃんであるが、その額は巨大なチーズ丸ごと1個と同じ額であった。

「……すまん、ほかにも欲しがる奴が居るんだ。 半分で良いなら……お、すまねえな」

しばしどうしたものかと悩んでいた店主であるが、このチーズを目当てにしている客が他にも居ることを伝える。
うーちゃんとしても別に買い占めるのが目的ではないので半分貰えれば十分とすっと代金を半分にして店主へと渡す。

「落とさずに帰れよー?」

チーズを籠に詰め込んだうーちゃんは次の目的地へと向かう。
ジャガイモを見たときに食べたくなった料理があったのだ。それに使う食材を一通り集めるつもりの様である。


ところで春になると出てくるものと聞いて何を思い浮かべるだろうか。
様々な食材は勿論のこと、草木や花、それに虫や動物など様々なものが春になると姿を見せる。
そしてここフォルセイリアではそれらに加えてあるもの達が春になると姿を現し始める。

ねっとりとした粘り気のある視線がうーちゃんの歩く姿を見つめていた。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生小説家の華麗なる円満離婚計画

鈴木かなえ
ファンタジー
キルステン伯爵家の令嬢として生を受けたクラリッサには、日本人だった前世の記憶がある。 両親と弟には疎まれているクラリッサだが、異母妹マリアンネとその兄エルヴィンと三人で仲良く育ち、前世の記憶を利用して小説家として密かに活躍していた。 ある時、夜会に連れ出されたクラリッサは、弟にハメられて見知らぬ男に襲われそうになる。 その男を返り討ちにして、逃げ出そうとしたところで美貌の貴公子ヘンリックと出会った。 逞しく想像力豊かなクラリッサと、その家族三人の物語です。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...