異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

文字の大きさ
328 / 332

326話 「バクスのお願い」

しおりを挟む
パウンドケーキの件から数週間後。
宿の玄関を潜る人影が一つ。

「ただいまーっと」

そう言って玄関をあがり、食堂へと向かったのは八木であった。
ちなみに時刻はちょうどおやつ時。今日は珍しく仕事が早く終わったため若干早いが帰宅することにしたのだ。

「あっれ? 誰もおらん……」

いつもであれば夕飯の支度をしているかおやつタイムな加賀かアイネ、それに咲耶がいるはずである。
だがその日の食堂が無人であり周辺から物音一つしないでいた。

「んー、小腹が空いたんだけどなー」

その体格に見合うだけ食事を必要とする八木である。
昼ごはんはきっちり食べているが、すぐにお腹が空いてしまうのだ。
おやつ時ということで何か食えるかと期待していたが当てが外れたようである。

「おやつがない……このクッキー缶うーちゃんのだよな」

ごそごそと棚をあさってみるがおやつは見当たらない。
一応クッキー缶が見つかりはしたがそれはうーちゃん用のおやつである。
しばらく悩む八木であったが、やがておもむろに缶の蓋をあけてしまう。

「一枚だけ……!?」

ぽこんと軽い音と共に開いたクッキー缶であるが、中にあったのはクッキーが一枚だけであった。
最後の一枚ということで食べたら怒られそう……と悩む八木であったが、不意に蓋の裏側、死角となった部分からにゅっと白いものが伸びてくる。

「ごめんごめんちょっとお腹が……空いて、さ……あえ?」

それは最後の一枚を掴むとひゅっと引っ込む。
てっきりクッキー缶を開けたことに気が付いたうーちゃんが手を伸ばしたのか、そう思い横に視線を向ける。
だがそこにはうーちゃんの姿はなかった。

「…………こわっ」

周りを見渡しても誰もいない、八木はぶるっと身震いするとそそくさと宿の玄関を出る。

「まあパンでも食べるかねーっと……あふん?」

おやつがなければパンを食べればいいじゃない。 八木は財布片手にオージアスのパン屋へと向かっていた。
パン屋の前へといき、扉に手をかけるが鍵が掛かっていて開かない。よくよく見れば店内は無人でパンも並んでいないようである。
うっそだろとショックを受け立ち尽くす八木へと不意に声が掛かる。

「今日はもう終わりだぞって八木じゃないか」

「あ、オージアスさんどもっす」

パン屋の主人オージアスであった。
どこかに出かけるのだろうか、裏口から出てきた彼は私服で手に何か包みをもっている。

「パン買いにきたのか? もう売り切れちまって残ってるのこれしかないが……」

「ちょっと買ってもいいすか? 小腹が空いちゃって」

「別にかまわんが……実はこれからバクスのところに行くんだが八木もいくか? ちょっと味見して欲しいのがあるそうだぞ、パンを食うならそれと一緒に食うといい」

「お、いきますいきます」

手にもった包みはパンで、これからバクスのもとへと行くという。
パンとバクスの……おそらく燻製肉を食べられるのならばと八木は嬉しそうに軽い足取りでオージアスへと続いて行く。


バクスがいるであろう燻製小屋へと向かうとそこにはバクスだけではなく、ゴートンや咲耶もいた。
味見役としてバクスは読んでいたのだろう。
燻製小屋の扉は開け放たれ、普段荷物を置いているであろうスペースに今は椅子とテーブル、それにBBQで使うコンロが置かれていた。
オージアスは彼らの姿を確認すると手を上げ声をかける。

「待たせたな」

「いや、ちょうど良いタイミングだ……八木も一緒か。今日は早かったんだな」

「何か食えるときいて」

「おう、こいつだ」

ルンルンとスキップしながら近寄る八木に見せるようにドンとテーブルへ肉の塊を置く。
表面は飴色のそれは予想通り燻製肉であった、それもバクスの得意なベーコンだ。

「ベーコン? パンのおかず欲しかったんでありがてえっす」

「うむ……ほれ、パンも焼くから」

「頼んます」

パンと相性ばっちりなベーコンをみて拝むような仕草を見せる八木。
バクスは軽く苦笑すると手を差し出し、パンを受け取る。これからベーコンと一緒にコンロで焼くのである。

「そういや味見して欲しいって聞いたんすけど、これ普通のベーコンじゃないんで?」

焼けるのを待つ間ふと疑問に思ったことを口にする八木。
バクスは日々燻製の研究を怠らない、そのため作るたびにほんの僅かではあるが味付けを変えていたりする。
そういった意味ではすべて新作と言えなくもないが、バクスはこれまでそれらをわざわざ味見してほしいと頼むことはなかった。ゆえに八木の目の前でおいしそうに脂を滴らせるそれは特別、ということになる。

「うむ……まあ詳しいことはあとにして食ってみてくれ。 前情報なしで素の感想を聞きたい」

「うぃっす」

やはり特別ではあったようだ。
ただ事前に情報を与える気はないようでバクスはそういうと焼けたパンを八木へと手渡した。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生小説家の華麗なる円満離婚計画

鈴木かなえ
ファンタジー
キルステン伯爵家の令嬢として生を受けたクラリッサには、日本人だった前世の記憶がある。 両親と弟には疎まれているクラリッサだが、異母妹マリアンネとその兄エルヴィンと三人で仲良く育ち、前世の記憶を利用して小説家として密かに活躍していた。 ある時、夜会に連れ出されたクラリッサは、弟にハメられて見知らぬ男に襲われそうになる。 その男を返り討ちにして、逃げ出そうとしたところで美貌の貴公子ヘンリックと出会った。 逞しく想像力豊かなクラリッサと、その家族三人の物語です。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...