異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

文字の大きさ
2 / 332

1話 「森の中 前」

しおりを挟む
 そして時点は冒頭へと戻る。

 意識が暗転してどれ程立っただろうか、瞼の奥を刺激する光に加賀は意識を取り戻しゆっくりと目を開いていく。
 加賀の目に飛び込んできたのは透き通るような青い空、そして青々とした木々の姿であった。
 イリアの言っていた通り転生先は森の中のようである、あたりをぐるりと見渡してもあるのは木ばかり。
 加賀は辺りを見てみたい、そんなどきどきする気持ちをぐっと抑え転生前に話しあった通りその場で待ち続ける事にした。

(それにしても……ほっそい体になっちゃったなー)

 八木が来るまで手持ち無沙汰になった加賀、まわりを見ても木ばかりなので今度は自分の体を見てみる事にしたようだ。
 加賀の要望は10代、確かにその体は大分若返っているようで体の線の細さからして恐らく10~12歳あたりだと推測できる。
 転生して10代の体になる事は分かっていた加賀であるが、やはりいざ転生してみると己の体に違和感を覚えるのだろう、先ほどから確かめるように体を触ったり動かしたりしている。

「あー……うわぁ」

 そして確かめるように声を発する加賀。
 鈴の音のなるような綺麗な声、それは声変わり前の少年というよりはまるで少女の様である。

「これがボクの声とか違和感半端ないね、声変わりする前かー……10代前半だろうなあ」

 しかしここまで変わるとはと改めて自分の体を見つめる加賀。
 その体はとても細く肌は白い、声は少女の様である。
 さらに少し俯いた際に顔に髪が掛かる、転生前短かった髪は今では肩に掛かる程の長さとなっており、髪は綺麗な真紅色をしていた。

「わー……髪の色すっごい赤い。綺麗だけどさー……」

 服装もだいぶ変わっている、着ているのは青み掛かった半そでのチュニックに細身の長ズボン、靴下と革靴とシンプルな物だ。
 腰には紐と何か入れられている袋が括り付けられている。
 この辺りはイリアが気をきかせて現地に合わせて用意してくれたものだろう。
 一通り確かめ終わると加賀は軽く息を吐き独り言ちる。

「趣味って言ってたけど一体どんな見た目になってるのやら……八木も何かすごいことになってそ」


 そう呟いてから待つこと暫し、未だに八木は姿を見せないでいた。
 次第に立ったままでいるのが辛くなってきた加賀、辺りを見渡しどこか座れる所がないか探し始める。
 すると草に隠れて先ほどは分からなかったが岩がある事に気が付いた。

「お、丁度良いのめっけー。さっすがに地面に直で座るのはねー……あれ、なんかいる」

 座ろうと岩へと近づく加賀であるが、ふと地面に白いものが動くのが視界に入る。
 加賀は恐怖よりも興味の方が勝ったのだろうおそるおそる近寄ると白いものを除きこむように確認する。

「あ、ウサギじゃん。異世界にもいるんだねーウサギ」

 白い物の正体がウサギであると理解しほっと胸を撫でおろす加賀。
 安心したのか今度はウサギが何をしているのだろうかと気になってきた様でひょいとウサギの前にかがみこむ。
 ウサギはどうやら食事中だったようでごろんと横になったままはむはむと草をはんでいた。

「ウサギってニンジンのイメージ強いけど草も食べるんだね。あ、草食動物だしそれが普通なのか……草おいし?」

 人がペットに話かけるようにウサギへと声をかける加賀。
 通常野生のウサギにそんな事を尋ねても何か反応が返ってくる訳でも無いが、ウサギは加賀をちらりと一瞥すると首をぶんぶんと横に振る。

「おいしくないんかいっ……あれ、このウサギ言葉通じてる? さすが異世界、ウサギに言葉通じるとか半端ないね」

 ふとここで加賀の頭の中に疑問が浮かんでくる。
 このウサギは何でまずい草をはんでいるのだろうか? その疑問を確かめるべく加賀はウサギをまじまじと観察しだし、そしてその体がひどく痩せ細っている事に気が付いた。
 アバラは浮き、全体的に肉付きがひどく薄い。毛皮も艶がなくぼさぼさに荒れてしまっている。

「やせてるなあ……ちゃんとご飯食べてないのかな」

 もしかすると転生した際に持っていた袋に食べれるものが入っているかも、そう思い袋の中をあさってみるが中にあるのは加賀が生前つかっていた包丁セットぐらいで食べれそうなものは入ってなかった。
 加賀は何か食べれそうなものはないだろうかと当たりを見回し、ふと上をみた時に地球でよく見た果物、リンゴを発見する。

「リンゴだ……果物だけどたぶんだいじょぶだよね?」

 加賀の頭上になっているリンゴは赤く色づき非常に美味しそうに見える。草ではなく果物ではあるがあれならウサギでも食べる事が出来るのではと思い加賀は立ち上がった。

「いや、どう考えてもとどかないよねあれ」

 リンゴがなっているのは加賀の背よりはるか高所であった、背伸しようが飛び跳ねようが手が届くことはないだろう。
 石を投げてもよいがうまい具合に落ちるとは限らないし、何よりリンゴに傷がついてしまう。
 さてどうしたものかと悩む加賀だが何かを思いついたのか手をぽんと叩いた。

「そうだ精霊魔法! えっと、確か精霊魔法は普通に話かけるだけで良いんだよね? 風の精霊さん? 魔力を渡しますのでリンゴを取って下さい!」

 そういった直後加賀の体から何かが……おそらく魔力であろうものがごっそりと抜かれていく。
 そして強く風が吹いたかと思うとボトボトと加賀の周りに大量のリンゴが落ちてきた。

「うひゃー、ちょっリンゴ多すぎぃ……まさか木になってるの全部とれた?」

 再び加賀が頭上を見上げるとその視線の先には先ほどまであったリンゴは全て無くなってしまっていた。
 加賀が精霊にお願いした内容が曖昧だった為、目の前になるリンゴを全てとる結果となったのだろう。
 今後精霊魔法使う際はできるだけ詳しく、せめて対象は指定したほうが良いなと反省する加賀であった。


「さってさってリンゴの皮むいてーっと。ウサギちゃん? うーちゃん? リンゴむいたけど食べるかーい」

 うー(何だその名前は)

「へあ!?」

 加賀の問いかけに突然言葉を返してきたウサギ。
 まさか返事が返ってくるとは思っていなかった加賀は驚きのあまり変な声を上げてしまう。

 うーうー(…今後はそう呼ぶように。してリンゴだったか? まあせっかく剥いたのだ、頂くとしよう)

「ウサギがしゃべった……でも異世界だし、異世界だから。あ、リンゴだね? はいうーちゃん」

 うー…(だからうーちゃんではなく……まあ良い好きに呼べ)

 どうやら名前を名乗っていたウサギではあったが、ウサギが喋った事で一瞬思考がフリーズした加賀には聞こえてなかったようだ。そして加賀の中でウサギの名称がうーちゃんに決定づけられる。
 うーちゃんは加賀からリンゴを受け取ると器用にも前足で掴みしゃくしゃくと食べはじめた。
 そしてびくりと身を震わせたかと思うとそのまま固まってしまう。

「見た目としゃべり方のギャップすごいなあ。ん、あれ 口に合わなかった? 蜜入ってるし熟してると思ったんだけどなー」

 切ったリンゴの断面をみると蜜がはいっており、十分に熟していることが伺える。加賀が一つ食べてみるが酸味と甘みのバランスがほどよく、おいしいリンゴのようでその顔には笑顔が浮かんでいる。
 加賀が甘いもの苦手だったかな? と思っていると固まっていたうーちゃんが急に動き出し、すさまじい勢いでリンゴ食べ始めた。
 剥いたリンゴはあっという間になくなってしまう。さらには1個だけでは食い足りなかったのかうーちゃんは加賀にお変わりを要求する。

 うー!(なにこれむっちゃうまま。もう1個! もう1個!)

 先ほどまでの口調と態度はどこに行ったのだろうか。
 うーちゃんはぴょんぴょんと跳ね全身でリンゴをくれアピールをしだす。

「はいはい、ちょっとまってねー」

 そう言って次のリンゴの皮を剥き始める加賀。

「はい、どーぞ」

 うー(わっほい)

 剥き終わったリンゴをうーちゃんに加賀が手渡したその直後であった、加賀の背後の草むらがガサガサと音を立て揺れ始める。
 加賀はようやく八木が来たのだろうと思い声を上げながら振り返った。

「八木おっそーいっ!?」

 振り返った先にいた生き物を見て加賀は驚きのあまり身をびくりと竦ませる。
 加賀が振り返った先にいたのは……剥きだしの上半身を覆う異常に発達した筋肉、2mを軽く超えているであろう巨躯の生き物。
 地球ではまずありえないその生き物は先ほどの加賀の言葉が聞こえてしまっていたのだろう。加賀のほうへと振り返りその視線に加賀を捉えた。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生小説家の華麗なる円満離婚計画

鈴木かなえ
ファンタジー
キルステン伯爵家の令嬢として生を受けたクラリッサには、日本人だった前世の記憶がある。 両親と弟には疎まれているクラリッサだが、異母妹マリアンネとその兄エルヴィンと三人で仲良く育ち、前世の記憶を利用して小説家として密かに活躍していた。 ある時、夜会に連れ出されたクラリッサは、弟にハメられて見知らぬ男に襲われそうになる。 その男を返り討ちにして、逃げ出そうとしたところで美貌の貴公子ヘンリックと出会った。 逞しく想像力豊かなクラリッサと、その家族三人の物語です。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...