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Ⅰ
夕食
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出来上がったお料理を持っていくと、食卓にいたのはブラッドと父であるアーノルド男爵、そして母上と彼の幼い妹、執事が一人だけでした。
「初めましてだな。まだ結婚もしていないのにこのようなことをさせてしまい申し訳ない」
そう言ってアーノルド男爵は私に自己紹介をします。まさかこんな形で初対面になるとは思ってもみませんでしたし、いきなり手料理を振る舞うのはどきどきします。
「いえ、私も好きでやっているので大丈夫です。お口に合うとよろしいのですが」
「どんな娘が相手なのか気になっていたけどあなたのような方で良かったわ。よろしくね」
次に口を開いたのはブラッドの母、つまり男爵夫人でした。
エイダと違って質素な身なりをしているため、一見すると貴族の妻には見えませんが、エイダとは似ても似つかない、優し気な眼差しで私のことを見てくれています。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
私も慌てて頭を下げます。
「思っていたのとは大分違うが、一応これでも僕らの初めての顔合わせの食事だ。楽しく食べようじゃないか」
ブラッドがそう言って、私たちは食事を始めます。
「……このお肉、おいしいわ」
最初にそう言ってくれたのは男爵夫人でした。
「本当ですか?」
「ええ、普段はステーキの時は胡椒メインの味つけだけど、こんな味もあるのね。手が進むわ」
「ありがとうございます!」
私は夫人の言葉に安堵しました。よく嫁ぎ先の嫁姑関係は問題になると聞きますが、彼女は気のいい女性だったようだったようです。
「ふむ、作ってもらった以上どんなものでも文句を言うつもりはなかったが、これは本当においしいな」
そう言って男爵もおいしそうに食べてくださっています。
「すでに大体察していると思うが、恥ずかしい話うちは生活に必要なぎりぎりの使用人を雇うことしか出来ないんだ。せめて初日ぐらいはこんなところを見せたくなかったものだが、なかなかうまくいかないものだね」
「いえ、うちも似たような事情なので状況は察しています。ブラッド殿と結婚した後も、手が足りないことがあれば本来メイドがやることもどんどん手伝いますので遠慮しないでください」
すると私の言葉に男爵は感動した様子でこちらを見てきます。
「実はこれまでいくつかの家に縁談を申し込んだのだが、皆我が家の状況を見て断られてしまったのだ。失礼ながらローウェル家はあまり評判が良くなかったから最後に回したつもりだったのだが、こんなことなら最初に申し込むべきだった」
「あはは……」
うちの評判が悪いというのは私としても同意するところなので苦笑いする他ありません。大方、家の窮状を見かねて遊び歩いている贅沢な女に育てられた我が儘お嬢様が嫁いでくるとでも思うでしょう。
「そうね、ブラッドはこんな環境にも関わらず学問も武術も頑張って育ったというのにうちのせいでいい縁談に恵まれないのではないかと心配してたからほっとしたわ」
男爵夫人もほっとします。ブラッドはしばしの間頬を赤くして照れていましたが、やがてこちらに向き直ります。
「……と言う訳で、こんな家でも良ければ我が家は君を歓迎するよ」
「ありがとうございます。私も婚約先がこの家で本当に良かったです」
もし金持ちの貴族に嫁ぐことが出来ても、貧乏性だと馬鹿にされるぐらいなら貧乏でも温かい家に嫁ぐ方がよほどいいです。
私を温かく迎えてくれる家に嫁ぐことが出来て良かった、と心からほっとします。
「片付けはどうにかするから君は今日は早めに休むといい」
食事が終わると、ブラッドは私を客間に案内してくれます。
ぼろぼろの屋敷ですが、客間も応接室と同じようにきれいに掃除され、ベッドはふかふかの布団が整えられていました。
「素晴らしい部屋ですね」
「そうだ。うちは応接室と客間だけはお金がかかっているからね。ではお休み」
「おやすみなさい」
こうして私は殿下と別れ、ベッドに入るのでした。
私が日ごろ使わせられている粗末なベッドと違い、ベッドはとてもふかふかで寝心地が良かったのですぐに意識が遠くなりました。
「初めましてだな。まだ結婚もしていないのにこのようなことをさせてしまい申し訳ない」
そう言ってアーノルド男爵は私に自己紹介をします。まさかこんな形で初対面になるとは思ってもみませんでしたし、いきなり手料理を振る舞うのはどきどきします。
「いえ、私も好きでやっているので大丈夫です。お口に合うとよろしいのですが」
「どんな娘が相手なのか気になっていたけどあなたのような方で良かったわ。よろしくね」
次に口を開いたのはブラッドの母、つまり男爵夫人でした。
エイダと違って質素な身なりをしているため、一見すると貴族の妻には見えませんが、エイダとは似ても似つかない、優し気な眼差しで私のことを見てくれています。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
私も慌てて頭を下げます。
「思っていたのとは大分違うが、一応これでも僕らの初めての顔合わせの食事だ。楽しく食べようじゃないか」
ブラッドがそう言って、私たちは食事を始めます。
「……このお肉、おいしいわ」
最初にそう言ってくれたのは男爵夫人でした。
「本当ですか?」
「ええ、普段はステーキの時は胡椒メインの味つけだけど、こんな味もあるのね。手が進むわ」
「ありがとうございます!」
私は夫人の言葉に安堵しました。よく嫁ぎ先の嫁姑関係は問題になると聞きますが、彼女は気のいい女性だったようだったようです。
「ふむ、作ってもらった以上どんなものでも文句を言うつもりはなかったが、これは本当においしいな」
そう言って男爵もおいしそうに食べてくださっています。
「すでに大体察していると思うが、恥ずかしい話うちは生活に必要なぎりぎりの使用人を雇うことしか出来ないんだ。せめて初日ぐらいはこんなところを見せたくなかったものだが、なかなかうまくいかないものだね」
「いえ、うちも似たような事情なので状況は察しています。ブラッド殿と結婚した後も、手が足りないことがあれば本来メイドがやることもどんどん手伝いますので遠慮しないでください」
すると私の言葉に男爵は感動した様子でこちらを見てきます。
「実はこれまでいくつかの家に縁談を申し込んだのだが、皆我が家の状況を見て断られてしまったのだ。失礼ながらローウェル家はあまり評判が良くなかったから最後に回したつもりだったのだが、こんなことなら最初に申し込むべきだった」
「あはは……」
うちの評判が悪いというのは私としても同意するところなので苦笑いする他ありません。大方、家の窮状を見かねて遊び歩いている贅沢な女に育てられた我が儘お嬢様が嫁いでくるとでも思うでしょう。
「そうね、ブラッドはこんな環境にも関わらず学問も武術も頑張って育ったというのにうちのせいでいい縁談に恵まれないのではないかと心配してたからほっとしたわ」
男爵夫人もほっとします。ブラッドはしばしの間頬を赤くして照れていましたが、やがてこちらに向き直ります。
「……と言う訳で、こんな家でも良ければ我が家は君を歓迎するよ」
「ありがとうございます。私も婚約先がこの家で本当に良かったです」
もし金持ちの貴族に嫁ぐことが出来ても、貧乏性だと馬鹿にされるぐらいなら貧乏でも温かい家に嫁ぐ方がよほどいいです。
私を温かく迎えてくれる家に嫁ぐことが出来て良かった、と心からほっとします。
「片付けはどうにかするから君は今日は早めに休むといい」
食事が終わると、ブラッドは私を客間に案内してくれます。
ぼろぼろの屋敷ですが、客間も応接室と同じようにきれいに掃除され、ベッドはふかふかの布団が整えられていました。
「素晴らしい部屋ですね」
「そうだ。うちは応接室と客間だけはお金がかかっているからね。ではお休み」
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