「僕より強い奴は気に入らない」と殿下に言われて力を抑えていたら婚約破棄されました。そろそろ本気出してもよろしいですよね?

今川幸乃

文字の大きさ
9 / 34

帝国の陰謀

しおりを挟む
「イレーネ、面倒な事態になったかもしれない」

 辺境伯の館にお世話になって数日。私は特に何をして欲しいとも言われなかったのでもてなされるままにのんびりと暮らしていました。敢えてやっていたことと言えば毎日のお祈りぐらいでしょうか。
 オーウェン様もお忙しいのか、会うのは数日ぶりになってしまいましたが、険しい表情をしています。

「どうしたのでしょうか?」
「あれから賊についての調査を進めた。結構きつめに尋問したのか彼らは訓練されていたのか全く口を割らなかった。そこで詳しい者を呼んで彼らの持ち物や衣服がどこ産のものか調査させた。すると興味深いことが分かった。衣服や消耗品は王国の様々なところで買ったものだが、持っていた短剣だけはどうも帝国産のようだったのだ」
「そ、そうなのですか!?」

 隣国オーランド帝国とは今のところ平和が続いていますが、それはあくまでウィラード辺境伯家が睨みを利かせているからであり、薄氷のものだと言われています。
 とはいえ、その帝国の賊がなぜ我が国にはいってきたのでしょうか。

「つまり、帝国の賊が我が国に侵入しているということですね?」
「そうだ。そして彼らはあなたが王都を出た瞬間に殺そうとした。馬車にはあなたしか載っていなかった以上、あなたを狙っている以外に考えられない」
「嘘……なぜ帝国に!?」

 私は帝国には行ったこともありませんし、帝国出身の人ともほぼ会ったことがありません。
 帝国に恨みを買った覚えはありません。

「分からない。だが、この国は聖女の力で持っているとも言える。それがなくなれば倒せると思ったのかもしれない」
「ですが、辺境伯様も帝国をしっかり防いでくださっているはずです」

 私一人を殺すことがそこまで戦況に影響するのでしょうか。いまいちぴんと来ません。

「それはそうだ。とはいえ我らも聖女の加護で豊かになっているからこそ帝国に対抗出来ているだけだ」
「ですが、新しい聖女のレイシャもいます」
「イレーネから見てレイシャの魔力はどのくらいだ?」
「せいぜい私の半分ほどかと……あ」

 殿下にかなり雑な追放のされ方をしたせいで私も自分自身のことを過小評価してしまっていましたが、思った以上に私の存在は重要だったようです。

「つまりそういうことだ」
「でも私はもう追放されていますし、わざわざ殺さなくても……」
「そうは言っても心ある者が殿下の命令を反故にして急に呼び戻すかもしれない」

 確かに、追放自体に無理があった以上それをなしにしようとする者がいてもおかしくはありません。それが帝国にとって都合が悪い、というのは分かりますがだからといって刺客まで向けてくるとは。

「では一体私はどうすれば……」
「分からない。だがあなたが王宮を出た瞬間襲い掛かって来た以上、これは恐らく計画的な陰謀だ。だから窮屈かもしれないが、しばらくの間この館からは一歩も出ない方がいい」
「分かりました」

 元々王宮から一歩も出ない生活をしていたのでそのことには何の不満もありません。オーウェン様もレナも私にかなり良くしてくれているので、居心地も大変いいです。
 ただ、話を聞いて私の中に色々と嫌な予感が湧いてきます。これだけで済めばよいのですが。
 さて、そんな話をしているところにどたどたという足音がして一人の兵士が部屋に駆け込んできます。

「大変ですオーウェン様! 帝国領から賊が国境を越えて我が領地に棲みついて人々から金品を奪っているという報告が入っています!」
「おのれ、帝国め……早速ちょっかいをかけてきやがったか」

 報告を聞いてオーウェン様は悔しそうに唇を噛みます。

「どういうことですか?」
「正式に軍勢を送り込めば戦争になってしまう。だから賊に金でも渡して我が領地に送り込んで嫌がらせをしているのだろう」
「でもそれも戦争を仕掛けるのと同じではないのですか?」

 正直なところ私にはその違いがよく分かりません。が、オーウェン様は首を横に振ります。

「うちの王家がしっかりしていればな。無論、我が家としてもそうしてもらえるよう要請は出す。だが、ボルグ殿下の乱心で王宮はそれへの対応どころではないかもしれない。もしかしたらうちの国がどこまでまともに機能しているのか確かめるためにやっているのかもしれないな」
「なるほど」

 軍勢を送り込めば殿下たちもさすがに真面目に対処せざるを得ないですが、賊なら見過ごされるかもしれないということのようです。うちの殿下が無能を晒している間に帝国は着々と陰謀の手を巡らせているということです。
 とはいえ、王都には殿下以外にも陛下や大司教など様々な人がいるはずです。なぜ皆殿下の横暴を止めないのでしょうか。そんな疑問が私の頭をよぎります。
 そこへ続いて兵士が駆けてきました。

「オーウェン様! 伯爵閣下自ら賊の討伐に向かうため、館の守備は任せるとのことです」
「分かった! すぐに行く!」

 そう言ってオーウェン様は立ち上がります。
 こうして平和に思われた辺境伯領も一気に緊張に包まれるのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。 パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。 最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。 さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。 その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。 王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。 こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。 ※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。 ※カクヨムにも掲載中です。

捨てられた聖女は穢れた大地に立つ

宵森 灯理
恋愛
かつて聖女を輩出したマルシーヌ聖公家のソフィーとギルレーヌ王家のセルジュ王子とは古くからの慣わしにより婚約していたが、突然王子から婚約者をソフィーから妹のポレットに交代したいと言われる。ソフィーの知らぬ間に、セルジュ王子とソフィーの妹のポレットは恋仲になっていたのだ。 両親も王族もポレットの方が相応しいと宣い、ソフィーは婚約者から外されてしまった。放逐された失意のソフィーはドラゴンに急襲され穢れた大地となった隣国へ救済に行くことに決める。 実際に行ってみると、苦しむ人々を前にソフィーは、己の無力さと浅はかさを痛感するのだった。それでも一人の神官として浄化による救助活動に勤しむソフィーの前に、かつての学友、ファウロスが現れた。 そして国と民を救う為、自分と契約結婚してこの国に留まって欲しいと懇願されるのだった。 ソフィーは苦しむ民の為に、その契約を受け入れ、浄化の活動を本格化させる。人々を救っていく中でファウロスに特別な感情を抱きようになっていったが、あくまで契約結婚なのでその気持ちを抑え続けていた。 そんな中で人々はソフィーを聖女、と呼ぶようになっていった。彼女の名声が高まると、急に故郷から帰ってくるように、と命令が来た。ソフィーの身柄を自国に戻し、名声を利用とする為に。ソフィーとファウロスは、それを阻止するべく動き出したのだった。

婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。

三葉 空
恋愛
 ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……

虐げられた聖女は精霊王国で溺愛される~追放されたら、剣聖と大魔導師がついてきた~

星名柚花
恋愛
聖女となって三年、リーリエは人々のために必死で頑張ってきた。 しかし、力の使い過ぎで《聖紋》を失うなり、用済みとばかりに婚約破棄され、国外追放を言い渡されてしまう。 これで私の人生も終わり…かと思いきや。 「ちょっと待った!!」 剣聖(剣の達人)と大魔導師(魔法の達人)が声を上げた。 え、二人とも国を捨ててついてきてくれるんですか? 国防の要である二人がいなくなったら大変だろうけれど、まあそんなこと追放される身としては知ったことではないわけで。 虐げられた日々はもう終わり! 私は二人と精霊たちとハッピーライフを目指します!

婚約者を奪われるのは運命ですか?

ぽんぽこ狸
恋愛
 転生者であるエリアナは、婚約者のカイルと聖女ベルティーナが仲睦まじげに横並びで座っている様子に表情を硬くしていた。  そしてカイルは、エリアナが今までカイルに指一本触れさせなかったことを引き合いに婚約破棄を申し出てきた。  終始イチャイチャしている彼らを腹立たしく思いながらも、了承できないと伝えると「ヤれない女には意味がない」ときっぱり言われ、エリアナは産まれて十五年寄り添ってきた婚約者を失うことになった。  自身の屋敷に帰ると、転生者であるエリアナをよく思っていない兄に絡まれ、感情のままに荷物を纏めて従者たちと屋敷を出た。  頭の中には「こうなる運命だったのよ」というベルティーナの言葉が反芻される。  そう言われてしまうと、エリアナには”やはり”そうなのかと思ってしまう理由があったのだった。  こちらの作品は第18回恋愛小説大賞にエントリーさせていただいております。よろしければ投票ボタンをぽちっと押していただけますと、大変うれしいです。

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

渡里あずま
恋愛
アデライトは婚約者である王太子に無実の罪を着せられ、婚約破棄の後に断頭台へと送られた。 ……だが、気づけば彼女は七歳に巻き戻っていた。そしてアデライトの傍らには、彼女以外には見えない神がいた。 「見たくなったんだ。悪を知った君が、どう生きるかを。もっとも、今後はほとんど干渉出来ないけどね」 「……十分です。神よ、感謝します。彼らを滅ぼす機会を与えてくれて」 ※※※ 冤罪で父と共に殺された少女が、巻き戻った先で復讐を果たす物語(大団円に非ず) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです

星名柚花
恋愛
聖女アンジェリカは平民ながら聖王国の王妃候補に選ばれた。 しかし他の王妃候補の妨害工作に遭い、冤罪で国外追放されてしまう。 契約精霊と共に向かった亜人の国で、過去に自分を助けてくれたシャノンと再会を果たすアンジェリカ。 亜人は人間に迫害されているためアンジェリカを快く思わない者もいたが、アンジェリカは少しずつ彼らの心を開いていく。 たとえ問題が起きても解決します! だって私、四大精霊を従える大聖女なので! 気づけばアンジェリカは亜人たちに愛され始める。 そしてアンジェリカはシャノンの『運命の番』であることが発覚し――?

処理中です...