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28. カイサのその後 ー閑話ー
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(光のカーテンって、どんなものかしら?
太陽が夜も沈まないって、どういう事かしら?)
カイサは馬車の中で、これから見られるであろう景色を想像してワクワクとしていた。
しかし、一時間もするとお尻や体が痛くなってきた。
(まだ着かないのかしら?)
まぁもう少しだろうと体を少し動かしつつ外の小窓を見ていたがもうさらに一時間が経ち、前方の御者席に繋がる小窓へと声を掛ける。
「ちょっと!まだ着かないの?」
だが、御者の背中側についている小窓から声をかけられた所で窓はしまっている。それに、ガタガタと馬を走らせている為に声は聞こえなかった。
「ちょっと!もう!インニエル、御者に聞きなさい!」
「は、はい。」
同じく馬車に乗っていたカイサ付きの侍女のインニエルに、カイサはイライラとして大きな声で言った。インニエルもまた、こんなに長く馬車に揺られた事はなく、ずっと耐えていたのだった。
結局、まだ着くはずもないという事を聞き休憩を取る事となった。
カイサも子供の頃は子爵家の娘であった為基礎学校は卒業している。しかし、カイサもまたやりたくない事は避けて通ってきた為、テストの点数も全く良くなかった。
なので貴族であれば覚えるべきリュックセレ国の地理をろくに覚えておらず、よってアールベック侯爵家が北の大地にある事は何となく聞いたがどのくらい遠いのかまでは理解していなかったのだ。
☆★
何度も休憩を取り、夜は高級宿屋に泊まり四日かけてどうにかアールベックのカントリーハウスに辿り着いた。
気候は、アールベックへと近づく毎に寒くなりせっかく着てきた燃えるほど赤い色の動きやすいワンピースだけでは震えるほどに寒かった。
本邸はオールストレーム伯爵家よりもずいぶんと大きく、重厚感のある屋敷であった。敷地が広く、別棟が幾つも建っていた。
「まぁまぁはるばるよくいらしてくれましたわね!さぁ、こちらへどうぞ。」
わざわざ玄関で出迎えてくれたのは、侯爵夫人のファンヌだった。おっとりとした見た目であり、カイサはうまくやっていけるかと不安になった。
応接室へと案内されたカイサは、部屋にある物は大きな暖炉とソファと机で、それ以外は物がないのに驚いた。それに、応接室だというのにずいぶんと小さく感じた。侯爵家であるから、オールストレーム伯爵家よりももっと部屋も広く、見せつけるような年代物の置物などが並んでいるのかと思ったが、置くスペースもなかった。
「うふふ。どうされたのかしら。暖炉が驚きまして?部屋が広いとどうしても暖まるのに時間が掛かるのですわ。」
(そうなのね。確かにここは暖かいわ。外の寒さが嘘のようね。)
「せっかくお知り合いになれたのですもの。しばらくいてくださいませね。今日はゆっくり休んで、明日からとっても素晴らしい場所へお連れ致しますわ!」
ファンヌはおっとりとした口調でそのように言った。
☆★
翌日。
ファンヌに連れられたカイサは、昼過ぎに別の屋敷に到着した。
「ここは、別荘ですの。夜には光のカーテンが見られますのよ?」
「え!そうなのですか!ファンヌ様、私光のカーテンが見たかったのですわ!」
「本当?それは良かったわ。でもね、毎日絶対に見られるわけではないのよ。だから気長に待ちましょうね。」
「そうなのですか…絶対見られるわけでは無いのですね。あ、では、太陽が沈まない夜はいつ見られますか?」
「あら。いつ、と言われればあと半年もしたらかしら。時期が違うのですものね。それも、美しいですわよ。一緒に見ましょうね。」
「半年も!?」
「えぇ。何もしていなければ退屈かもしれませんわね。けれど、やる事はたくさんありますから、一緒にされるのでしたら大歓迎ですのよ?」
「ファンヌ様、そろそろ…」
話していると、外でガヤガヤと声がしてきた。それを感じ取ったファンヌに付いている侍女マーユが言った。マーユは、ファンヌと同じほどの年代だ。
「あぁ、そうね。じゃあ私は行くわ。また夕食時にね、カイサさん。
カーリン、リスベツあとでね。」
ファンヌには、三人の侍女が付いている。その内のマーユと、ファンヌはカイサに宛がわれた部屋を出て行った。
「では。カイサ様。今から刺繍でもなさいますか?」
マーユよりも五歳ほど若いカーリンがそうカイサへと声を掛ける。
カーリンよりもさらに三歳ほど若いリスベツは刺繍を準備しようかとカイサの返事を待っていた。
「刺繍?いいえ、しないわ。そうねぇ…お茶を準備してちょうだい。ゆっくりお茶が飲みたいわ。」
「それでしたら、紅茶は準備しますからご自分でしていただけますか。」
「は!?どうして?あなた達の仕事でしょう?」
「申し訳ありませんが、私達も作業がありますから。どうされます?紅茶、準備しますか?」
「もういいわ!ちょっと、ファンヌ様がいないからって私にそんな態度取っていいの?粗相したって言うわよ!」
「カイサ様、お気に召しませんでしたなら申し訳ありません。ですが、ここではそろそろ冬支度の準備をしていきませんと間に合わなくなります。人手は足りませんし、やる事は山のようにありますから。それに、先ほどのファンヌ様のお言葉聞いておられましたか?」
「先ほど?なによ!」
「私達にあとでと言われておりましたよね?つまり、私達もファンヌ様と合流するのです。」
カイサはムッとしていたが、ファンヌは確かにそんな事言っていたなと思い出し、侍女に対してイライラとしたが言葉を繋げなかった。
「カイサ様、もし何もする事がなければ共にどうでしょうか。」
「リスベツ、カイサ様はきっとお疲れですよ。では、そろそろ私達もファンヌ様の方へ行かせてもらいます。ゆっくりなさっていて下さい。」
そう言って、カーリンもリスベツもさっさと部屋から出て行ってしまった。
(なによ…なによ!!客である私を放っておいて、いいと思っているの!?もてなしなさいよ!インニエルも帰ってしまったし。私に、誰か侍女が付きっきりで付くのかと思ったのに、なんなのよ!!)
カイサは、アールベック侯爵家が滞在中ずっともてなしてくれるものだと思い込んでいた。その為、いきなり一人にされてイライラとした気持ちがなかなか収まらないカイサである。
カイサと共に馬車に乗ってきたインニエルは、ファンヌに早々に返されてしまったのだ。
「うちの者が世話をさせていただくから、あなたは帰っていいのよ。」
インニエルはそう言われてしまえば、頭を下げ馬車と共に帰って行った。
インニエルがいれば、八つ当たりも出来るし、紅茶もゆっくり楽しめたのにと思ったカイサだが、状況は何も変わらない。
相変わらず外からは楽しそうな笑い声や、賑やかな声が聞こえてくる。それが余計にカイサの心をイライラとさせる。一体何をしているのだろうと気になったので窓際に向かった。
人が十人ほどだろうか。ファンヌもいたが、何やら集まって作業をしているようだった。
(何しているのかしら?)
「あ、カイサさん!良ければこちらにいらしてちょうだい。」
カイサに気づいたファンヌが手を振って声を張り上げた。
カイサはどうしようかと迷ったが結局、ファンヌがいる場所へと向かう。
(何しているのか気になるからよ。呼ばれたのだし。それだけよ。)
カイサは誰にとも無く言い訳し、ガヤガヤと声のする方へ向かう。
「あ、来て下さったのね。人手が足りないのよ、お願い出来る?」
「ファンヌ様…なにをされているのですか?」
「冬支度ですわ。体を動かして、皆で準備をすれば寒さなんて感じませんし、冬に使う物も準備が出来るし、体にもよくて一石三鳥ですの。」
そう言ったファンヌは、大きく斧を振り上げて薪割りをしていた。
「さぁ、一緒にやりましょう?カイサさんやった事ありまして?」
「な、ないですわよ、そんな事!使用人がやるべき事ではないのですか?」
若干引き気味で、カイサは冗談でしょう、とでも言うようにそのように口応えした。
「カイサさん、体を動かすのは、いつまでも若々しくいる為には必要な事ですのよ。ねぇ先生?」
「はい。そうですね。動かずに部屋に籠もってばかりいては、筋肉が凝り固まり、お腹や足にも知らぬ内に肉が付いて不健康になります。肌つやも悪くなりますし。」
「え?そうなのですか?
というか、先生…?」
カイサは、ファンヌがそのように何でもない事のようにさらりと言う言葉を聞いて、自分が今までオールストレーム家でそのように過ごしていたのは良くなかった事なのかと疑問を口にした。
「医師をされてますのよ。他の方々も、普段は仕事があるのですが、時間がある時にはこちらに来て皆でやっているのです。皆で、皆の分の冬支度をするのですわ。ここで貯まっていったものは、領地の皆で使うのです。貯まったら、ここで使わない分はカントリーハウスの倉庫へ運び込み、備蓄しておくのですわ。」
「!」
「さ、カイサさん。良ければこれを握って下さる?こうやって上から振り上げるのですわ。膝も使ってですのよ?
上手くやれればスッキリしますわ。」
「こ、こうですか?」
カイサは、自分が使用人のような事をやる事には抵抗があったが、自分よりも爵位の高いファンヌも一緒になってやっていたし、体にもいいと聞いて誘われるがままにやってみる事にした。
「そうそう!いい感じですわ!カイサさん見込みがあるわね!
体も動かせるし、結構運動にもなるから良ければ一緒にやって下さる?ほら、体もポカポカしてきません事?」
「ま、まぁ確かに…。」
「部屋でずっといても楽しく有りませんわ、寒いだけですもの。それよりも、本格的な冬籠もりに向けて皆で準備をしていくのは思いのほか楽しいですのよ。ほら、薪は幾らあってもいいですもの。」
カイサは、体を動かす事は体にも肌つやにもいいという事を初めて知った。薪割りも、やってみると意外にも面白いと感じる。また、構える際に、もっと腰を据えて、だの膝を曲げて、だのと周りから声を掛けられ、上手く割れた時には周りから拍手喝采され、初めは戸惑っていたもののだんだんと笑顔が出るようになった。
「あんた、笑っていた方がいい顔してるな!」
そんな声がカイサに掛けられる。誰に言われたのかなんて関係なく、言われた事は胸が温かくなるほど嬉しく感じた。
薪割りをする前のカイサだったら間違いなく言葉遣いがなっていない事と、庶民かもしれない人に声を掛けられた事に腹を立てていただろう。しかし、カイサはだんだんと体を動かす内、その考えも変わっていく。
周りの皆に褒められ、共に汗を流す度に戸惑いはなくなり、面白くなっていく。
「フフフフ。ここは、何もないけれどやるべき事はたくさんあるわ。だんだんとアールベック領に染まっていって、子供達に構うなんて考えも無くなっていくでしょうね。
ここは、ドレスなんて必要ないし、宝石なんて作業の邪魔になるだけ。
未来の王妃には、悪影響なんて及ぼしもしないわ。」
ファンヌの呟きは、誰に聞こえる事もなく肌寒い空へと消えていく。
それからしばらく、何年もカイサは誘われるがままに自分の意思でここアールベック侯爵領に腰を据えるのだった。
「澄んだ空気、本当に素敵!
寒いけれど体を動かせば震える事もないわ。案外居心地いいわね。ここにいれば私、やる事がたくさんあるもの。薪割りに食糧の蓄え、それから…とにかくたくさん!
それに、上手くやれれば皆が私の事を褒めてくれるわ!そういえば私、アロルドに褒められた事、あったかしら…?
景色もいいし。本当に素敵な場所!」
カイサは、アロルドを忘れたわけではないがここ何年も自分がやる事に小言を言われていた為に、比べてここアールベック領での生活は飽きないと感じていた。ここでは自分を褒めてくれる人がいて、笑い合う人達もいる。薪や食糧の蓄えなどの備蓄物資が自分達の手で増えていく毎に達成感も味わえる。
カイサは、フレドリカもシェスティンの事も忘れたわけではないが、アロルドがきっとうまくやってくれているだろうと思った。
(フレドリカに会えるかと思ったけれど、きっとあの子も頑張っているのよね。シェスティンにも、いい結婚相手が見つかったかしら。
私はここで、楽しい生活を存分にさせてもらうわね!)
カイサは今日も、汗を流しながら、冬支度の為に薪を割っていたーーー。
太陽が夜も沈まないって、どういう事かしら?)
カイサは馬車の中で、これから見られるであろう景色を想像してワクワクとしていた。
しかし、一時間もするとお尻や体が痛くなってきた。
(まだ着かないのかしら?)
まぁもう少しだろうと体を少し動かしつつ外の小窓を見ていたがもうさらに一時間が経ち、前方の御者席に繋がる小窓へと声を掛ける。
「ちょっと!まだ着かないの?」
だが、御者の背中側についている小窓から声をかけられた所で窓はしまっている。それに、ガタガタと馬を走らせている為に声は聞こえなかった。
「ちょっと!もう!インニエル、御者に聞きなさい!」
「は、はい。」
同じく馬車に乗っていたカイサ付きの侍女のインニエルに、カイサはイライラとして大きな声で言った。インニエルもまた、こんなに長く馬車に揺られた事はなく、ずっと耐えていたのだった。
結局、まだ着くはずもないという事を聞き休憩を取る事となった。
カイサも子供の頃は子爵家の娘であった為基礎学校は卒業している。しかし、カイサもまたやりたくない事は避けて通ってきた為、テストの点数も全く良くなかった。
なので貴族であれば覚えるべきリュックセレ国の地理をろくに覚えておらず、よってアールベック侯爵家が北の大地にある事は何となく聞いたがどのくらい遠いのかまでは理解していなかったのだ。
☆★
何度も休憩を取り、夜は高級宿屋に泊まり四日かけてどうにかアールベックのカントリーハウスに辿り着いた。
気候は、アールベックへと近づく毎に寒くなりせっかく着てきた燃えるほど赤い色の動きやすいワンピースだけでは震えるほどに寒かった。
本邸はオールストレーム伯爵家よりもずいぶんと大きく、重厚感のある屋敷であった。敷地が広く、別棟が幾つも建っていた。
「まぁまぁはるばるよくいらしてくれましたわね!さぁ、こちらへどうぞ。」
わざわざ玄関で出迎えてくれたのは、侯爵夫人のファンヌだった。おっとりとした見た目であり、カイサはうまくやっていけるかと不安になった。
応接室へと案内されたカイサは、部屋にある物は大きな暖炉とソファと机で、それ以外は物がないのに驚いた。それに、応接室だというのにずいぶんと小さく感じた。侯爵家であるから、オールストレーム伯爵家よりももっと部屋も広く、見せつけるような年代物の置物などが並んでいるのかと思ったが、置くスペースもなかった。
「うふふ。どうされたのかしら。暖炉が驚きまして?部屋が広いとどうしても暖まるのに時間が掛かるのですわ。」
(そうなのね。確かにここは暖かいわ。外の寒さが嘘のようね。)
「せっかくお知り合いになれたのですもの。しばらくいてくださいませね。今日はゆっくり休んで、明日からとっても素晴らしい場所へお連れ致しますわ!」
ファンヌはおっとりとした口調でそのように言った。
☆★
翌日。
ファンヌに連れられたカイサは、昼過ぎに別の屋敷に到着した。
「ここは、別荘ですの。夜には光のカーテンが見られますのよ?」
「え!そうなのですか!ファンヌ様、私光のカーテンが見たかったのですわ!」
「本当?それは良かったわ。でもね、毎日絶対に見られるわけではないのよ。だから気長に待ちましょうね。」
「そうなのですか…絶対見られるわけでは無いのですね。あ、では、太陽が沈まない夜はいつ見られますか?」
「あら。いつ、と言われればあと半年もしたらかしら。時期が違うのですものね。それも、美しいですわよ。一緒に見ましょうね。」
「半年も!?」
「えぇ。何もしていなければ退屈かもしれませんわね。けれど、やる事はたくさんありますから、一緒にされるのでしたら大歓迎ですのよ?」
「ファンヌ様、そろそろ…」
話していると、外でガヤガヤと声がしてきた。それを感じ取ったファンヌに付いている侍女マーユが言った。マーユは、ファンヌと同じほどの年代だ。
「あぁ、そうね。じゃあ私は行くわ。また夕食時にね、カイサさん。
カーリン、リスベツあとでね。」
ファンヌには、三人の侍女が付いている。その内のマーユと、ファンヌはカイサに宛がわれた部屋を出て行った。
「では。カイサ様。今から刺繍でもなさいますか?」
マーユよりも五歳ほど若いカーリンがそうカイサへと声を掛ける。
カーリンよりもさらに三歳ほど若いリスベツは刺繍を準備しようかとカイサの返事を待っていた。
「刺繍?いいえ、しないわ。そうねぇ…お茶を準備してちょうだい。ゆっくりお茶が飲みたいわ。」
「それでしたら、紅茶は準備しますからご自分でしていただけますか。」
「は!?どうして?あなた達の仕事でしょう?」
「申し訳ありませんが、私達も作業がありますから。どうされます?紅茶、準備しますか?」
「もういいわ!ちょっと、ファンヌ様がいないからって私にそんな態度取っていいの?粗相したって言うわよ!」
「カイサ様、お気に召しませんでしたなら申し訳ありません。ですが、ここではそろそろ冬支度の準備をしていきませんと間に合わなくなります。人手は足りませんし、やる事は山のようにありますから。それに、先ほどのファンヌ様のお言葉聞いておられましたか?」
「先ほど?なによ!」
「私達にあとでと言われておりましたよね?つまり、私達もファンヌ様と合流するのです。」
カイサはムッとしていたが、ファンヌは確かにそんな事言っていたなと思い出し、侍女に対してイライラとしたが言葉を繋げなかった。
「カイサ様、もし何もする事がなければ共にどうでしょうか。」
「リスベツ、カイサ様はきっとお疲れですよ。では、そろそろ私達もファンヌ様の方へ行かせてもらいます。ゆっくりなさっていて下さい。」
そう言って、カーリンもリスベツもさっさと部屋から出て行ってしまった。
(なによ…なによ!!客である私を放っておいて、いいと思っているの!?もてなしなさいよ!インニエルも帰ってしまったし。私に、誰か侍女が付きっきりで付くのかと思ったのに、なんなのよ!!)
カイサは、アールベック侯爵家が滞在中ずっともてなしてくれるものだと思い込んでいた。その為、いきなり一人にされてイライラとした気持ちがなかなか収まらないカイサである。
カイサと共に馬車に乗ってきたインニエルは、ファンヌに早々に返されてしまったのだ。
「うちの者が世話をさせていただくから、あなたは帰っていいのよ。」
インニエルはそう言われてしまえば、頭を下げ馬車と共に帰って行った。
インニエルがいれば、八つ当たりも出来るし、紅茶もゆっくり楽しめたのにと思ったカイサだが、状況は何も変わらない。
相変わらず外からは楽しそうな笑い声や、賑やかな声が聞こえてくる。それが余計にカイサの心をイライラとさせる。一体何をしているのだろうと気になったので窓際に向かった。
人が十人ほどだろうか。ファンヌもいたが、何やら集まって作業をしているようだった。
(何しているのかしら?)
「あ、カイサさん!良ければこちらにいらしてちょうだい。」
カイサに気づいたファンヌが手を振って声を張り上げた。
カイサはどうしようかと迷ったが結局、ファンヌがいる場所へと向かう。
(何しているのか気になるからよ。呼ばれたのだし。それだけよ。)
カイサは誰にとも無く言い訳し、ガヤガヤと声のする方へ向かう。
「あ、来て下さったのね。人手が足りないのよ、お願い出来る?」
「ファンヌ様…なにをされているのですか?」
「冬支度ですわ。体を動かして、皆で準備をすれば寒さなんて感じませんし、冬に使う物も準備が出来るし、体にもよくて一石三鳥ですの。」
そう言ったファンヌは、大きく斧を振り上げて薪割りをしていた。
「さぁ、一緒にやりましょう?カイサさんやった事ありまして?」
「な、ないですわよ、そんな事!使用人がやるべき事ではないのですか?」
若干引き気味で、カイサは冗談でしょう、とでも言うようにそのように口応えした。
「カイサさん、体を動かすのは、いつまでも若々しくいる為には必要な事ですのよ。ねぇ先生?」
「はい。そうですね。動かずに部屋に籠もってばかりいては、筋肉が凝り固まり、お腹や足にも知らぬ内に肉が付いて不健康になります。肌つやも悪くなりますし。」
「え?そうなのですか?
というか、先生…?」
カイサは、ファンヌがそのように何でもない事のようにさらりと言う言葉を聞いて、自分が今までオールストレーム家でそのように過ごしていたのは良くなかった事なのかと疑問を口にした。
「医師をされてますのよ。他の方々も、普段は仕事があるのですが、時間がある時にはこちらに来て皆でやっているのです。皆で、皆の分の冬支度をするのですわ。ここで貯まっていったものは、領地の皆で使うのです。貯まったら、ここで使わない分はカントリーハウスの倉庫へ運び込み、備蓄しておくのですわ。」
「!」
「さ、カイサさん。良ければこれを握って下さる?こうやって上から振り上げるのですわ。膝も使ってですのよ?
上手くやれればスッキリしますわ。」
「こ、こうですか?」
カイサは、自分が使用人のような事をやる事には抵抗があったが、自分よりも爵位の高いファンヌも一緒になってやっていたし、体にもいいと聞いて誘われるがままにやってみる事にした。
「そうそう!いい感じですわ!カイサさん見込みがあるわね!
体も動かせるし、結構運動にもなるから良ければ一緒にやって下さる?ほら、体もポカポカしてきません事?」
「ま、まぁ確かに…。」
「部屋でずっといても楽しく有りませんわ、寒いだけですもの。それよりも、本格的な冬籠もりに向けて皆で準備をしていくのは思いのほか楽しいですのよ。ほら、薪は幾らあってもいいですもの。」
カイサは、体を動かす事は体にも肌つやにもいいという事を初めて知った。薪割りも、やってみると意外にも面白いと感じる。また、構える際に、もっと腰を据えて、だの膝を曲げて、だのと周りから声を掛けられ、上手く割れた時には周りから拍手喝采され、初めは戸惑っていたもののだんだんと笑顔が出るようになった。
「あんた、笑っていた方がいい顔してるな!」
そんな声がカイサに掛けられる。誰に言われたのかなんて関係なく、言われた事は胸が温かくなるほど嬉しく感じた。
薪割りをする前のカイサだったら間違いなく言葉遣いがなっていない事と、庶民かもしれない人に声を掛けられた事に腹を立てていただろう。しかし、カイサはだんだんと体を動かす内、その考えも変わっていく。
周りの皆に褒められ、共に汗を流す度に戸惑いはなくなり、面白くなっていく。
「フフフフ。ここは、何もないけれどやるべき事はたくさんあるわ。だんだんとアールベック領に染まっていって、子供達に構うなんて考えも無くなっていくでしょうね。
ここは、ドレスなんて必要ないし、宝石なんて作業の邪魔になるだけ。
未来の王妃には、悪影響なんて及ぼしもしないわ。」
ファンヌの呟きは、誰に聞こえる事もなく肌寒い空へと消えていく。
それからしばらく、何年もカイサは誘われるがままに自分の意思でここアールベック侯爵領に腰を据えるのだった。
「澄んだ空気、本当に素敵!
寒いけれど体を動かせば震える事もないわ。案外居心地いいわね。ここにいれば私、やる事がたくさんあるもの。薪割りに食糧の蓄え、それから…とにかくたくさん!
それに、上手くやれれば皆が私の事を褒めてくれるわ!そういえば私、アロルドに褒められた事、あったかしら…?
景色もいいし。本当に素敵な場所!」
カイサは、アロルドを忘れたわけではないがここ何年も自分がやる事に小言を言われていた為に、比べてここアールベック領での生活は飽きないと感じていた。ここでは自分を褒めてくれる人がいて、笑い合う人達もいる。薪や食糧の蓄えなどの備蓄物資が自分達の手で増えていく毎に達成感も味わえる。
カイサは、フレドリカもシェスティンの事も忘れたわけではないが、アロルドがきっとうまくやってくれているだろうと思った。
(フレドリカに会えるかと思ったけれど、きっとあの子も頑張っているのよね。シェスティンにも、いい結婚相手が見つかったかしら。
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