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「ルジェナ様、呼ばれましたよ。下へ行きましょう。」
ヨハナにそう言われ、ルジェナは逸る気持ちを抑えつつ、ゆっくりと部屋を出た。
ーーー先ほど、馬車の駆ける音が遠くから聞こえて窓からそれを見つけたルジェナは、出迎えようと部屋を飛び出そうとした。だが、ヨハナに硬く止められたのだ。
「呼ばれるまでお待ち下さい。そう言われましたよね?
いいですね?」
そう言われれば、ヨハナを押しのけて下に向かうなんて事はせず、けれどもソワソワと部屋の中を行ったり来たりと何度も歩き回っていた。
☆
あの交流会から三日。
昨夜、ヘルベルトからルジェナに告げられたのはルーラントが明日訪ねてくるという事だった。あの時の言葉は社交辞令ではなかったと嬉しく思い、そんな胸躍る気持ちを隠す事もせず顔を綻ばせたルジェナに、ヘルベルトは苦いような何とも言えない顔をしながら尋ねる。
「それで、彼とはどうだったのだ?いい奴だったか?」
途端に顔が真っ赤になったルジェナを見て、アレンカはコロコロと笑った。
「ルジェナの顔を見て?しっかりと答えているわよ。
あなた、明日は心して望まないといけないわね。」
「ルジェナ姉さん、良かったですね。僕も王子様と話してもいいでしょうか。」
「え?王子様…?」
「ダリミル!
まぁ、なんだ…ルジェナよ、明日は呼ばれるまで部屋で待っていなさい。」
ルジェナは、何と答えたらいいかと赤い顔を隠すように俯く。だがダリミルが王子様と言ったので、はて、王族ではなく侯爵だったはずだがと思ってダリミルを見るとワクワクと期待に胸を膨らませるようなそんな顔をしてヘルベルトを見つめ、名前を呼ばれると肩をすくめていた。
父にそう言われたので頷くと、それからは交流会で話した事を思い出し終始顔を綻ばせていた。
☆★
ルジェナが応接室へと入ると、ヘルベルトとルーラントが向かい合い、談笑していた。
ルーラントは、三日前とはまた違った服装で、髪もしっかりとセットされ姿勢正しく座っており、ルジェナが入ってくると視線を向けて柔らかい笑みを向ける。
そんなルーラントに、視線を奪われるルジェナは足を止めてしまう。
「おお、ルジェナ来たか。こちらに座りなさい。」
ヘルベルトに言われ、その隣に視線を向けられたルジェナは、気を取り直し一つ頷いて言葉を返して歩みを進める。
「お待たせ致しました。」
ルジェナが座ると同時に、ルーラントは口を開いた。
「ルジェナ嬢。あなたのお父上は私があなたとお会いになる事、お許し下さったよ。だから、これからもこうして訪ねて来てもいいだろうか。」
先日の交流会で会った時とは違い、ルーラントの少し顔が強張り緊張した面持ちで話す姿に、見惚れながらも言葉を返す。
「はい、ルーラント様。ご丁寧に挨拶に来て下さいまして嬉しく思います。
その時を楽しみにしております。」
すると、視線を合わせどちらからともなくフワリと笑い合うと、ヘルベルトが一際大きな咳払いをする。
「エエン!
…良かったな、ルジェナ。
そして、ルーラント殿、ありがとう。これからも娘をよろしく頼む。」
「はい、もちろんです。
…では、先ほどのお話は了承という事で宜しいでしょうか。」
「ふん…ルジェナが、いいと言ったらだぞ。」
「?」
ルーラントと少し機嫌の悪そうなヘルベルトが話す内容が分からないと二人の顔を見比べていると、いきなりルーラントがソファから立ち上がりテーブルを挟んでルジェナの側まで来ると片膝をついてしゃがみ込み、顔を上げて見つめる。
ルジェナは、いきなりの事で胸が騒ぎ、ルーラントの視線を受ける事で精一杯だ。
「ルジェナ=カフリーク様。
私、ルーラント=バルツァーレクはあなたに見合う為にこれまで努力してきました。あなたがバルツァーレク侯爵家に嫁いで来てくれるその日を夢見ています。どうか、その日を現実としていただく事は出来ませんか。」
「!!」
それを聞き、ルジェナは顔に瞬時に熱が集まるのを感じ、手で口元を覆った。
「あなたと共に生き、歩む人生を送らせてはいただけませんか。そして辛く、悲しい時があればその苦しみを分けて下さい、以前の時のように。
二人でならばきっと乗り越える道を探す事が出来るはずだから。
そしていつか、あなたの奏でる音を聞かせていただけませんか。共に演奏出来る日を夢にみているのです。」
「…はい。」
ルジェナは胸が熱くなり、目元もジワジワと熱が集まる感覚を覚え、ルーラントに手を伸ばそうと体を浮かそうとしたその時。
「ウオッホン!
分かった!分かったから、もういい!全く…目に毒だ……。
ルジェナ、幸せになりなさい。ルーラント殿、いいか、本当に頼むからな!」
「!」
「は、はい!もちろんです!」
ルジェナとルーラントは、呆れたようなヘルベルトの声にハッとしてお互いの手を引っ込めた。
「いいか、ルーラント殿。ルジェナが望むから婚姻を結ぶのだからね、そこのところよろしく頼むよ?
ルジェナはね、学院に通ってもいないし、世間知らずなんだ。だからね…」
ヘルベルトの言葉が次から次へと出てきそうになったその時、扉が叩かれるとすぐに開き、うんざりしたような声でアレンカとダリミルが入って来た。
「あなた!いつまでもしつこいとルジェナに嫌われますわよ!
ルーラント様、うちの主人はこんなですけれど、これから家族になるのをどうか嫌だと思わないでちょうだいね?」
「そうだよ父上!もう充分ですよね?
ルジェナ姉さん、本当におめでとう!そして、ルーラント様、知識は豊富ですがどこか抜けている姉さんをどうか末永くお願いします。
ついでに、親バカの父も口うるさいと思う事無くよろしくお願いします。」
そう言って、二人はソファの前まで来るとルーラントへ頭を下げる。
ルーラントは、いきなり入ってきたアレンカとダリミルにも嫌な顔を見せず微笑むと、立ち上がり口を開いた。
「私の方こそ、これからどうぞよろしくお願いします。」
深々と頭を下げるルーラントに、アレンカとダリミルが頭を上げて声を掛ける。
「うふふ。こんな素敵な方がルジェナの旦那様になって下さるなんて嬉しいわ!
私の事は、今日この時から第二の母だと思ってちょうだいね。」
「僕の事も、どうか弟と思って接していただけると嬉しいです、ルーラント様。」
頭を上げたルーラントは、幾らか表情も和らいで言葉を繋ぐ。
「…認めて下さり、ありがとうございます。」
「認めるもなにも、ねぇあなた?
そうそう、結婚はいつにするのかしら?ドレスを決めるのもじっくり選びたいものね。」
「でも姉さんは早くルーラント様の所へ行きたいかもしれませんよ?」
「あら、そんなの淋しいわ!
でも…まあそうよね、侯爵家に嫁ぐのだもの。いろいろと学ばないといけないわよね。高位貴族は私達と違ってお披露目もあるでしょうし。その辺りを、決めていかないといけないわね。
さぁ、座り直しましょう?あぁ、ルジェナはルーラント様のお隣に移動してね。」
そうアレンカに言われ、ルジェナは驚くが、確かにここで話すのならば座る位置はそうした方がいいのだろうと立ち上がり、先ほどまでルーラントが座っていた側へと移動する。ルーラントも、アレンカに促された為ソファへと座った。
アレンカとダリミルは未だぶつぶつと口を開きたそうにしているヘルベルトの隣に座る。
「ねぇ、それで?
ルジェナはルーラント様のどこに惹かれたのかしら?」
「!」
皆がソファに座るとすぐにアレンカが口を開く。目を輝かせて言うアレンカだったが、しかしそれを素早く止めたのはダリミルだ。ダリミルはまだ僅か十一歳であるのに、次期領主としての風格がかなり備わってきており、周りの空気を読むのにも聡く、ルジェナはそんなダリミルに心の中で感謝をした。皆の前で言える事ではなかったからだ。
「母上!それを聞くのは野暮というのでしょう?
それよりも、僕、ルーラント様に二つほどお願いがあるのですが。」
「ん?なんだろうか。」
そんなダリミルに、ルーラントも話を合わせようと繋げる。アレンカの問いの答えを聞きたくはあったが、皆がいる今聞くべきではないと思ったからだ。
「一つ目は…ルーラント義兄さま、と呼んでもいいでしょうか。」
それまではハキハキと快活に話していたのに、少し緊張気味に言いにくそうに口を開いたその内容に、ルーラントは微笑ましく思い口角を上げて答える。
「僕には兄弟がいないため、呼んでくれるなら嬉しく思う。僕もダリミルと呼んでもいいかな?」
「は、はい!ありがとうございます!!
…それとですね、ルジェナ姉さんが嫁いでしまうと、音色を奏でる者がいなくなり昔のような、万人に好まれるといえばそれまでですが淡白な味に逆戻りしてしまいます。
なので、厚かましくも僕や、領民達が扱えるような楽器を手配していただく事は可能でしょうか。」
「味?……農産物の事か?ここ数年、確かにここカフリーク領で作られるワインやジュースは、以前より格段と深みのある濃厚でそれでいて優しい味となったのだったね。
そうか、それはルジェナ嬢のおかげだったのか。」
「はい。
姉さんが、昔から毎日ブドウ達に綺麗な音色を聴かせてくれるから、味が変わったのだと僕は確信しています。なので、バルツァーレク領での特産物である楽器を何か、購入させて頂けたらと思います。
できれば、希望する領民達に与えたいと考えています。価値のある素晴らしい楽器を、たかがブドウに聴かせるのかと思われるかもしれませんが、音楽は同時に聴く人々にも安らぎを与えてくれると思っております。どうか…」
「ダリミル、君は領地の事をよく考えているんだね。僕は、どんな理由であれ楽器を所望してくれるのであれば、準備させよう。その内、この地に音楽隊が出来るかもしれないな!
だが、今回は初心者用の楽器を考えるから、金銭の準備はしなくていい。」
「ありがとうございます!え、でも…それは……」
ルーラントのその言葉に、今まで大人顔負けの口振りだったダリミルはヘルベルトに助けを求めるように視線を向ける。すると、今まで口を開かずことの成り行きを見守っていたヘルベルトは慌てて口を開いた。
「そ、そうだな。ルーラント殿。特別扱いはしなくていいぞ、ルジェナとの結婚と楽器を購入するのは別問題であるからな。」
「いえ、それなのですが、先ほどダリミルは領民達に与えると言っておりました。初めて楽器を手にする者も多いでしょう。その者達にいきなり大きな楽器を与えても、上手く音が出なくて挫折すると本末転倒です。
ですので、子どもでも音が奏で易い、見習いが作る横笛を手配します。もしそれが出来、他のもやってみたいとなった時には、本格的な楽器を購入してくれると助かります。」
「ほう…なるほど。それはいいかもしれんな。」
「はい、こちらとしても、見習いの勉強に繋がりますし。もちろん見習いといってもきちんとした音が出るものしか準備させませんから。」
ルーラントがそう言うと、アレンカは手を一つ叩き嬉々として言葉を繋ぐ。
「素晴らしい考えね!ルジェナも、バイオリンの音を出すの随分苦労していたものね!
ルーラント様、横笛ってどのくらいで準備していただけるのかしら?」
「そうですね…数によりますが、一週間あれば。」
「そう。じゃあ、笛がこちらに来たらルジェナ、やってみたい人たちに教えて差し上げて。三週間もあれば、音が出るようになるわよね?」
アレンカはルジェナに顔を向け、すぐにルーラントへと向き直る。
ルジェナも、アレンカのその話に一つ頷いた。
「まぁ個人差はありますが、吹ける人はすぐ出来るかと。」
ルーラントは、無難にそのように答える。
「決まりね!ルジェナ、笛が来たら教えてあげるのよ?一ヶ月もすれば、きっと吹けるようになる人も出て来るわ。そうしたらルジェナ、あなた何の憂いも無くバルツァーレク家に嫁げるわね!」
「え」
「なに!?それはさすがに早くないか!」
しかし次のアレンカの言葉に、ルジェナは思わず言葉を漏らす。
ヘルベルトなんて体を乗り出してアレンカへと視線を向けて大声を出した。
「あら、早いものですか!きっとルジェナもルーラント様も早く一緒にいたいはずよ?私達だって縁談が決まってすぐに私が嫁いで来たのよ。忘れたの?」
「いや、うーん…でもあちら側にも準備というものがあるばすだよ。」
そう言って、ルーラントへとチラチラ視線を送る。
「失礼ながら…うちは来ていただけるのであれば今すぐにでも。」
「ほら、あなた。ね?こういうお話を持ってきて下さるって事はある程度準備されてるのよ。」
「な!
だがねぇ、一ヶ月……」
「父上、一ヶ月もあると思いましょう。
ルーラント義兄さま、ルジェナ姉さんをよろしくお願いします。」
「さぁ、話も纏まったしせっかくだからいただきましょう?」
未だブツブツと言っているヘルベルトをよそに、ダリミルとアレンカはそう告げると、すっかりぬるくなった紅茶に皆口をつけ、ブドウケーキに手を伸ばした。
ヨハナにそう言われ、ルジェナは逸る気持ちを抑えつつ、ゆっくりと部屋を出た。
ーーー先ほど、馬車の駆ける音が遠くから聞こえて窓からそれを見つけたルジェナは、出迎えようと部屋を飛び出そうとした。だが、ヨハナに硬く止められたのだ。
「呼ばれるまでお待ち下さい。そう言われましたよね?
いいですね?」
そう言われれば、ヨハナを押しのけて下に向かうなんて事はせず、けれどもソワソワと部屋の中を行ったり来たりと何度も歩き回っていた。
☆
あの交流会から三日。
昨夜、ヘルベルトからルジェナに告げられたのはルーラントが明日訪ねてくるという事だった。あの時の言葉は社交辞令ではなかったと嬉しく思い、そんな胸躍る気持ちを隠す事もせず顔を綻ばせたルジェナに、ヘルベルトは苦いような何とも言えない顔をしながら尋ねる。
「それで、彼とはどうだったのだ?いい奴だったか?」
途端に顔が真っ赤になったルジェナを見て、アレンカはコロコロと笑った。
「ルジェナの顔を見て?しっかりと答えているわよ。
あなた、明日は心して望まないといけないわね。」
「ルジェナ姉さん、良かったですね。僕も王子様と話してもいいでしょうか。」
「え?王子様…?」
「ダリミル!
まぁ、なんだ…ルジェナよ、明日は呼ばれるまで部屋で待っていなさい。」
ルジェナは、何と答えたらいいかと赤い顔を隠すように俯く。だがダリミルが王子様と言ったので、はて、王族ではなく侯爵だったはずだがと思ってダリミルを見るとワクワクと期待に胸を膨らませるようなそんな顔をしてヘルベルトを見つめ、名前を呼ばれると肩をすくめていた。
父にそう言われたので頷くと、それからは交流会で話した事を思い出し終始顔を綻ばせていた。
☆★
ルジェナが応接室へと入ると、ヘルベルトとルーラントが向かい合い、談笑していた。
ルーラントは、三日前とはまた違った服装で、髪もしっかりとセットされ姿勢正しく座っており、ルジェナが入ってくると視線を向けて柔らかい笑みを向ける。
そんなルーラントに、視線を奪われるルジェナは足を止めてしまう。
「おお、ルジェナ来たか。こちらに座りなさい。」
ヘルベルトに言われ、その隣に視線を向けられたルジェナは、気を取り直し一つ頷いて言葉を返して歩みを進める。
「お待たせ致しました。」
ルジェナが座ると同時に、ルーラントは口を開いた。
「ルジェナ嬢。あなたのお父上は私があなたとお会いになる事、お許し下さったよ。だから、これからもこうして訪ねて来てもいいだろうか。」
先日の交流会で会った時とは違い、ルーラントの少し顔が強張り緊張した面持ちで話す姿に、見惚れながらも言葉を返す。
「はい、ルーラント様。ご丁寧に挨拶に来て下さいまして嬉しく思います。
その時を楽しみにしております。」
すると、視線を合わせどちらからともなくフワリと笑い合うと、ヘルベルトが一際大きな咳払いをする。
「エエン!
…良かったな、ルジェナ。
そして、ルーラント殿、ありがとう。これからも娘をよろしく頼む。」
「はい、もちろんです。
…では、先ほどのお話は了承という事で宜しいでしょうか。」
「ふん…ルジェナが、いいと言ったらだぞ。」
「?」
ルーラントと少し機嫌の悪そうなヘルベルトが話す内容が分からないと二人の顔を見比べていると、いきなりルーラントがソファから立ち上がりテーブルを挟んでルジェナの側まで来ると片膝をついてしゃがみ込み、顔を上げて見つめる。
ルジェナは、いきなりの事で胸が騒ぎ、ルーラントの視線を受ける事で精一杯だ。
「ルジェナ=カフリーク様。
私、ルーラント=バルツァーレクはあなたに見合う為にこれまで努力してきました。あなたがバルツァーレク侯爵家に嫁いで来てくれるその日を夢見ています。どうか、その日を現実としていただく事は出来ませんか。」
「!!」
それを聞き、ルジェナは顔に瞬時に熱が集まるのを感じ、手で口元を覆った。
「あなたと共に生き、歩む人生を送らせてはいただけませんか。そして辛く、悲しい時があればその苦しみを分けて下さい、以前の時のように。
二人でならばきっと乗り越える道を探す事が出来るはずだから。
そしていつか、あなたの奏でる音を聞かせていただけませんか。共に演奏出来る日を夢にみているのです。」
「…はい。」
ルジェナは胸が熱くなり、目元もジワジワと熱が集まる感覚を覚え、ルーラントに手を伸ばそうと体を浮かそうとしたその時。
「ウオッホン!
分かった!分かったから、もういい!全く…目に毒だ……。
ルジェナ、幸せになりなさい。ルーラント殿、いいか、本当に頼むからな!」
「!」
「は、はい!もちろんです!」
ルジェナとルーラントは、呆れたようなヘルベルトの声にハッとしてお互いの手を引っ込めた。
「いいか、ルーラント殿。ルジェナが望むから婚姻を結ぶのだからね、そこのところよろしく頼むよ?
ルジェナはね、学院に通ってもいないし、世間知らずなんだ。だからね…」
ヘルベルトの言葉が次から次へと出てきそうになったその時、扉が叩かれるとすぐに開き、うんざりしたような声でアレンカとダリミルが入って来た。
「あなた!いつまでもしつこいとルジェナに嫌われますわよ!
ルーラント様、うちの主人はこんなですけれど、これから家族になるのをどうか嫌だと思わないでちょうだいね?」
「そうだよ父上!もう充分ですよね?
ルジェナ姉さん、本当におめでとう!そして、ルーラント様、知識は豊富ですがどこか抜けている姉さんをどうか末永くお願いします。
ついでに、親バカの父も口うるさいと思う事無くよろしくお願いします。」
そう言って、二人はソファの前まで来るとルーラントへ頭を下げる。
ルーラントは、いきなり入ってきたアレンカとダリミルにも嫌な顔を見せず微笑むと、立ち上がり口を開いた。
「私の方こそ、これからどうぞよろしくお願いします。」
深々と頭を下げるルーラントに、アレンカとダリミルが頭を上げて声を掛ける。
「うふふ。こんな素敵な方がルジェナの旦那様になって下さるなんて嬉しいわ!
私の事は、今日この時から第二の母だと思ってちょうだいね。」
「僕の事も、どうか弟と思って接していただけると嬉しいです、ルーラント様。」
頭を上げたルーラントは、幾らか表情も和らいで言葉を繋ぐ。
「…認めて下さり、ありがとうございます。」
「認めるもなにも、ねぇあなた?
そうそう、結婚はいつにするのかしら?ドレスを決めるのもじっくり選びたいものね。」
「でも姉さんは早くルーラント様の所へ行きたいかもしれませんよ?」
「あら、そんなの淋しいわ!
でも…まあそうよね、侯爵家に嫁ぐのだもの。いろいろと学ばないといけないわよね。高位貴族は私達と違ってお披露目もあるでしょうし。その辺りを、決めていかないといけないわね。
さぁ、座り直しましょう?あぁ、ルジェナはルーラント様のお隣に移動してね。」
そうアレンカに言われ、ルジェナは驚くが、確かにここで話すのならば座る位置はそうした方がいいのだろうと立ち上がり、先ほどまでルーラントが座っていた側へと移動する。ルーラントも、アレンカに促された為ソファへと座った。
アレンカとダリミルは未だぶつぶつと口を開きたそうにしているヘルベルトの隣に座る。
「ねぇ、それで?
ルジェナはルーラント様のどこに惹かれたのかしら?」
「!」
皆がソファに座るとすぐにアレンカが口を開く。目を輝かせて言うアレンカだったが、しかしそれを素早く止めたのはダリミルだ。ダリミルはまだ僅か十一歳であるのに、次期領主としての風格がかなり備わってきており、周りの空気を読むのにも聡く、ルジェナはそんなダリミルに心の中で感謝をした。皆の前で言える事ではなかったからだ。
「母上!それを聞くのは野暮というのでしょう?
それよりも、僕、ルーラント様に二つほどお願いがあるのですが。」
「ん?なんだろうか。」
そんなダリミルに、ルーラントも話を合わせようと繋げる。アレンカの問いの答えを聞きたくはあったが、皆がいる今聞くべきではないと思ったからだ。
「一つ目は…ルーラント義兄さま、と呼んでもいいでしょうか。」
それまではハキハキと快活に話していたのに、少し緊張気味に言いにくそうに口を開いたその内容に、ルーラントは微笑ましく思い口角を上げて答える。
「僕には兄弟がいないため、呼んでくれるなら嬉しく思う。僕もダリミルと呼んでもいいかな?」
「は、はい!ありがとうございます!!
…それとですね、ルジェナ姉さんが嫁いでしまうと、音色を奏でる者がいなくなり昔のような、万人に好まれるといえばそれまでですが淡白な味に逆戻りしてしまいます。
なので、厚かましくも僕や、領民達が扱えるような楽器を手配していただく事は可能でしょうか。」
「味?……農産物の事か?ここ数年、確かにここカフリーク領で作られるワインやジュースは、以前より格段と深みのある濃厚でそれでいて優しい味となったのだったね。
そうか、それはルジェナ嬢のおかげだったのか。」
「はい。
姉さんが、昔から毎日ブドウ達に綺麗な音色を聴かせてくれるから、味が変わったのだと僕は確信しています。なので、バルツァーレク領での特産物である楽器を何か、購入させて頂けたらと思います。
できれば、希望する領民達に与えたいと考えています。価値のある素晴らしい楽器を、たかがブドウに聴かせるのかと思われるかもしれませんが、音楽は同時に聴く人々にも安らぎを与えてくれると思っております。どうか…」
「ダリミル、君は領地の事をよく考えているんだね。僕は、どんな理由であれ楽器を所望してくれるのであれば、準備させよう。その内、この地に音楽隊が出来るかもしれないな!
だが、今回は初心者用の楽器を考えるから、金銭の準備はしなくていい。」
「ありがとうございます!え、でも…それは……」
ルーラントのその言葉に、今まで大人顔負けの口振りだったダリミルはヘルベルトに助けを求めるように視線を向ける。すると、今まで口を開かずことの成り行きを見守っていたヘルベルトは慌てて口を開いた。
「そ、そうだな。ルーラント殿。特別扱いはしなくていいぞ、ルジェナとの結婚と楽器を購入するのは別問題であるからな。」
「いえ、それなのですが、先ほどダリミルは領民達に与えると言っておりました。初めて楽器を手にする者も多いでしょう。その者達にいきなり大きな楽器を与えても、上手く音が出なくて挫折すると本末転倒です。
ですので、子どもでも音が奏で易い、見習いが作る横笛を手配します。もしそれが出来、他のもやってみたいとなった時には、本格的な楽器を購入してくれると助かります。」
「ほう…なるほど。それはいいかもしれんな。」
「はい、こちらとしても、見習いの勉強に繋がりますし。もちろん見習いといってもきちんとした音が出るものしか準備させませんから。」
ルーラントがそう言うと、アレンカは手を一つ叩き嬉々として言葉を繋ぐ。
「素晴らしい考えね!ルジェナも、バイオリンの音を出すの随分苦労していたものね!
ルーラント様、横笛ってどのくらいで準備していただけるのかしら?」
「そうですね…数によりますが、一週間あれば。」
「そう。じゃあ、笛がこちらに来たらルジェナ、やってみたい人たちに教えて差し上げて。三週間もあれば、音が出るようになるわよね?」
アレンカはルジェナに顔を向け、すぐにルーラントへと向き直る。
ルジェナも、アレンカのその話に一つ頷いた。
「まぁ個人差はありますが、吹ける人はすぐ出来るかと。」
ルーラントは、無難にそのように答える。
「決まりね!ルジェナ、笛が来たら教えてあげるのよ?一ヶ月もすれば、きっと吹けるようになる人も出て来るわ。そうしたらルジェナ、あなた何の憂いも無くバルツァーレク家に嫁げるわね!」
「え」
「なに!?それはさすがに早くないか!」
しかし次のアレンカの言葉に、ルジェナは思わず言葉を漏らす。
ヘルベルトなんて体を乗り出してアレンカへと視線を向けて大声を出した。
「あら、早いものですか!きっとルジェナもルーラント様も早く一緒にいたいはずよ?私達だって縁談が決まってすぐに私が嫁いで来たのよ。忘れたの?」
「いや、うーん…でもあちら側にも準備というものがあるばすだよ。」
そう言って、ルーラントへとチラチラ視線を送る。
「失礼ながら…うちは来ていただけるのであれば今すぐにでも。」
「ほら、あなた。ね?こういうお話を持ってきて下さるって事はある程度準備されてるのよ。」
「な!
だがねぇ、一ヶ月……」
「父上、一ヶ月もあると思いましょう。
ルーラント義兄さま、ルジェナ姉さんをよろしくお願いします。」
「さぁ、話も纏まったしせっかくだからいただきましょう?」
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