【完結】花に祈る少女

まりぃべる

文字の大きさ
40 / 41

40. 番外編 異国の王子の行く末

しおりを挟む
 イェブレン国へと帰ったボトヴィッドは、同じく一団で共に帰ってきた父親であるハムザ国王の玉座の前で、跪いて頭を垂れ、下を向いたままに言葉を発する。


「国王の思いの通りに。」

「…よいのか、それで。」

「はい。どうせ、イェブレン国の王族のしきたりは性に合っておりませんでした。
…私はもう、生きる価値を見出せないですから。」

「…そんな事を申すな。お前は私に似て素晴らしい才能の持ち主であったのだぞ?だからこそ目をかけてやったのだ。
では、明日の朝、刑を執行する。それまでは、イェブレン国の王子として振る舞うように。」

「ありがとうございます。温情に感謝致します。
…父上、今までありがとうございました。」

「よせ。
…ではな、ボトヴィッド。」



ーーー
ーー



 翌日。

 あまり寝られないままにボトヴィッドは侍従に連れられ、宮殿の出入り口である門へとたどり着いた。


(なぜ、門…?)


 昨夜父親であるハムザから、刑を執行すると言われていた。この国では、国王が全てであり、国王が気に入らない事をした者は誰しもが極刑となり命でもって国王に報いていた。
ボトヴィッドもまた、王族としての責務を果たせなかったのだ。イェブレン国の王子として、身分のある女性と結婚し子供を授かり命を繋いでいく事こそがボトヴィッドの使命であったからだ。
 このイェブレン国は、力こそ全てであり、女性に好意を持たれれば持たれるほど、それにも勝る。だから後宮にはたくさんの女性がいるし、国王の子供もまたたくさんいた。

 その中でもボトヴィッドは特に武力は誰よりも勝っていたのだ。


(父上に目をかけていただいていたのは理解している。それでも…恋をしてしまった。に。)


「お乗り下さい。」

「え?」


 そこには、簡素な馬車があった。昨日までの旅路で使っていたものとは比べ物にならないほどの簡素なもの。


(馬車に乗ってどこへ行けというのだろうか。処刑場は、宮殿中にあったはずだが…。)


 そう疑問を持ったボトヴィッドであったが、すでに無気力であった為に素直にそれに乗った。




 ーーー二年前。

 ボトヴィッドは、遠征に来た帰りに盗賊に襲われた。

 …いや。

 盗賊のふりをした、反対勢力の者が始末しろと破落戸に依頼したのだろうとボトヴィッドは思っている。

 それほどまでに、ハムザは子供が多くいた。子供が多いという事は、それだけ次の国王になるのは誰か、という争いが起きる。それにより犠牲になるのもまた、ハムザの子供達であった。


 ボトヴィッドはしかし、襲われてもおいそれとやられるような腕ではない。交わして逃げていたのだが、少し油断した隙に、トドラー渓谷という険しい山に囲まれた場所で、岩の割れ目に落ちてしまう。盗賊に見つからなかったのはいいが、どう這い上がろうかと考えたが、疲れと落ちた際に打ちつけた部分の痛みの為にそこで気絶してしまう。


「ん……」

「気が付いた?」

「え?あれ?」

「もう!あなたなんであんな所に居たの?驚いたわ!怪我もしているようだし。ま、幸い命に関わるようなものじゃなくて良かったわね。」


 ボトヴィッドは、その助けてくれた女性が思いのほか美しく、見とれてしまった。だが、王族なだけあってさすがに綺麗な女性は見慣れている為に、すぐに正気に返り、言葉を返す。


「あ…ありがとう。助けてくれたのか。ここは…?」

「私の家よ。と言っても、渓谷に空いた穴を勝手に手直しして住んでいるだけだけれどね!」


 そう言ってクスリと笑う女性の笑顔は眩しいと感じたボトヴィッドだったが、突如肩から背中にかけて痛みを感じて顔が引き攣ってしまう。


「うっ…!」

「あ、大丈夫!?地上から落ちたのかしらね?」


 そう言って、女性はボトヴィッドの元へ駆け寄り跪いて顔を覗き込む。
 ボトヴィッドは、柄にもなく顔が赤くなってしまう。


「え、ちょっと、本当に大丈夫!?熱でもあるんじゃない!?顔が真っ赤よ!
薬、持ってくるわ。」


 そう言って立ち上がった女性の手をボトヴィッドは逃すまいと、素早く掴む。


「!?」

「あ、ごめん。…ねぇ、名前は?」

「私は……」



ーーー
ーー


 ボトヴィッドは鍛えていた為に体が丈夫である。そのくらいの怪我であれば、三日もすれば通常の生活程度であれば普通に過ごし、一週間もすれば訓練にも参加しているほどだ。
 だが、あらかた治るまでボトヴィッドは、そこでゆっくりと世話になったのだった。
 俗世から隠れるようにひっそりと暮らすケルットゥという名のその女性は、ボトヴィッドに何故ここで住んでいるのか、最後まで理由を教えてはくれなかったが、とても魅力的に感じたボトヴィッドであった。




☆★

 どの位乗っていたのだろうか。ボトヴィッドは体を鍛えているとはいえ、この簡素な馬車に何時間も休憩なく乗っている事に限界を感じてきた頃、やっと馬車が止まる。


「お降り下さい。」


 馬車の外から御者がボトヴィッドへと声を掛ける。
ボトヴィッドはその声に素直に応じ、足を踏み出すとすでに日は暮れかかっていた。


「では。」


 御者は、ボトヴィッドを降ろすとすぐにまた元来た道を戻って行った。
 

(暗くなってきたのに、大丈夫なのか?)


 ボトヴィッドは、すぐ近くに泊まれる街でもあるのか?と思ったが、まぁどうでもいいかとかぶりを振って、辺りを見渡す。


「!!?」


 ボトヴィッドは執行人がいるかと思ったが、そこにいたのは、なんとあの、世話になった女性であった。


「バカね、王様からの使いから聞いたわよ。」


 周りは、山に囲まれたトドラー渓谷。その女性ーーーケルットゥ以外は誰もいない。あの日と同じ、美しい女性がボトヴィッドの目の前にいる。


「何故……」

「それはこっちの台詞よ!
…離れる時に言ったでしょ、私は独り身がお似合いだって。なのに、私と一緒になる事を願ってしまったのでしょ?
ボトヴィッド、あなた身分のある人だと思っていたのに。私のせいで人生を棒に振って……!」

「いや、棒に振ってなどいない!
ボクは、あなた以外考えられなかった!ただそれだけだ。」

「…私、化け物なの。」

「は?」

「私、ボトヴィッドより年上よ?それもかなり。」

「あぁ、それならなんとなくは思っていた。でも、美しいよ。」

「それはそうよ、だって私、願ってしまったのだもの。そして、。」

「?」

「私、年上なの。それも、十や二十じゃないのよ。何歳かなんてもう忘れたわ。だって、私へのなんだもの。自然の摂理から逸脱した願望を願ってしまった大バカ者の私へのね。」

「さっきから何言って……もしかして、花姫に?」

「ええそう。良かったわね、ボトヴィッドはまだ、祈られる前に断られたのでしょ?その方が私、幸せだったのかもしれないわ。」

「………」

「さ!ボトヴィッドも、こんな化け物の私の為に人生を棒に振ってしまって後悔したでしょ。
王様からは、ボトヴィッドをよろしく、とだけ言われているの。だけど、この渓谷は広いのよ。事だってあるわ。…さよなら、ボトヴィッド。」

「待てよ、ケルットゥ!」


 ボトヴィッドは今まで呆然とケルットゥの話を聞いていたが、ケルットゥがさよならと言い、後ろを向いてしまった為に慌ててそう声を掛け、腕を掴む。


「ごめん、正直言って驚いた。でも、そんなに長く生きていたんなら、淋しかっただろう?一人でずっとここにいるなんて。
父上からは何も聞いてないんだけど、生きていいって事かな。これからはボクも一緒にいていいって事だよね?
いつか、長く生きてこられて良かったってケルットゥに思ってもらえるように、ボク尽くすから!さよならなんて言わないで!」

「…バカね。」

「ああ、何とでも言ってくれよ。愛しいケルットゥ!」


 ここは、険しいトドラー渓谷。そこでの生活は、王族であったボトヴィッドにとって簡単ではないけれど、一度諦めた人生であった為に、どんな事でも耐えられると思ったボトヴィッドであった。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】田舎育ちの令嬢は王子様を魅了する

五色ひわ
恋愛
 エミリーが多勢の男子生徒を従えて歩いている。王子であるディランは、この異様な光景について兄のチャーリーと話し合っていた。それなのに……  数日後、チャーリーがエミリーの取り巻きに加わってしまう。何が起こっているのだろう?  ディランは訳も分からず戸惑ったまま、騒動の中心へと引きづりこまれていくのだった。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

実在しないのかもしれない

真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・? ※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。 ※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。 ※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

わたしの方が好きでした

帆々
恋愛
リゼは王都で工房を経営する若き経営者だ。日々忙しく過ごしている。 売り上げ以上に気にかかるのは、夫キッドの健康だった。病弱な彼には主夫業を頼むが、無理はさせられない。その分リゼが頑張って生活をカバーしてきた。二人の暮らしでそれが彼女の幸せだった。 「ご主人を甘やかせ過ぎでは?」 周囲の声もある。でも何がいけないのか? キッドのことはもちろん自分が一番わかっている。彼の家蔵の問題もあるが、大丈夫。それが結婚というものだから。リゼは信じている。 彼が体調を崩したことがきっかけで、キッドの世話を頼む看護人を雇い入れことにした。フランという女性で、キッドとは話も合い和気藹々とした様子だ。気の利く彼女にリゼも負担が減りほっと安堵していた。 しかし、自宅の上の階に住む老婦人が忠告する。キッドとフランの仲が普通ではないようだ、と。更に疑いのない真実を突きつけられてしまう。衝撃を受けてうろたえるリゼに老婦人が親切に諭す。 「お別れなさい。あなたのお父様も結婚に反対だった。あなたに相応しくない人よ」 そこへ偶然、老婦人の甥という紳士が現れた。 「エル、リゼを助けてあげて頂戴」 リゼはエルと共にキッドとフランに対峙することになる。そこでは夫の信じられない企みが発覚して———————。 『夫が不良債権のようです〜愛して尽して失った。わたしの末路〜』から改題しました。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

【完結】見えてますよ!

ユユ
恋愛
“何故” 私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。 美少女でもなければ醜くもなく。 優秀でもなければ出来損ないでもなく。 高貴でも無ければ下位貴族でもない。 富豪でなければ貧乏でもない。 中の中。 自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。 唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。 そしてあの言葉が聞こえてくる。 見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。 私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。 ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。 ★注意★ ・閑話にはR18要素を含みます。  読まなくても大丈夫です。 ・作り話です。 ・合わない方はご退出願います。 ・完結しています。

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

処理中です...